11.二つの町、二本の川。口座に積もるのは“結果”だけ。
馬車の揺れは眠気を誘うはずなのに、俺の意識は妙に冴えていた。
理由は簡単だ。端末の通知が、一定の間隔で鳴る。
――依頼達成報告(登録)
――成果分配(確定)
――支払額:当該依頼報酬の10%(契約条項に基づきギルドより支払)
俺は端末を閉じて、窓の外に目をやった。
夜明け前の道は灰色で、遠くに丘の影が重なっている。荷車の列が静かに伸び、交易路の石が車輪で擦れる音がする。
(……不労所得、最高)
口に出せば軽く聞こえる。だが、これは俺の能力が金を生むわけじゃない。
金はあくまで「強化されたパーティが依頼を成功させた結果」。
その結果から、契約に従ってギルドが俺へ10%を支払う。永続で。
俺が“座っているだけで”金が入るように見えるなら、それは俺が座っている間に誰かが命を張っているからだ。
それでも、俺はやっぱり金が好きだ。
前世で、金があれば避けられた苦労が多すぎた。
残業で擦り切れて、雨の日に足を取られて、横断歩道で――そんな人生の最後が、たぶん俺の全てを決めた。
この世界に来て気づいた。
金がないと、もっと簡単に死ぬ。
剣が振れなくても、魔法が使えなくても、金があれば「死なない環境」を買える。食料も、薬も、護衛も、身分も。
だから俺は金を集める。静かに、確実に、目立たずに。
馬車が大きく揺れ、護衛の男が振り返った。
「オサムさん、寝ないんですか」
「端末がうるさくて」
「……ああ」
護衛はそれ以上聞かない。聞けば詮索になる。詮索は剥奪に繋がる。
ギルドは護衛にも“余計な好奇心を持たない人間”を選んでいる。選べるだけの金を、ギルドも持っている。
今回向かうのは、城塞都市だ。
《リンデン砦市》
北方の山脈から流れる二本の川が交わる、古い関所の町。
外壁は分厚く、城門には鉄格子が二重。
交易の要衝であると同時に、ダンジョン災害の前線でもある。
「ここは空気が違いますよ」
護衛がぽつりと言った。
「ギルドと領主が、ほぼ同じ部署みたいな顔して動きます。
下手な噂は……すぐ消されます」
消される。
穏やかな言い方だが、意味は分かる。情報の統制が強い。
ということは、俺のような“制度の歪み”が使われている可能性も高い。
城門をくぐると、朝の市場が始まっていた。
肉の匂いとパンの匂い。金属の音。怒鳴り声。
兵士が歩き、冒険者が歩き、商人が歩く。
人の流れが太い町は、地面に金が沈んでいるみたいに見える。
ギルド支部は、これまで見たどの支部よりも“役所”に近かった。
受付の後ろには記録棚が壁一面に並び、職員の手元には帳簿と端末。
笑い声がない。無駄話がない。全員が仕事をしている。
案内された奥の部屋で、支部長が待っていた。
名は エルンスト・ヴァルデン。
背が高く、白髪混じりの短髪。目が冷たいのではなく、速い。
俺を見た瞬間に、必要な情報だけを抜き取っている目だ。
「不動収……通称オサム。十八。戦闘不能。魔力ほぼゼロ。
一都市一PT協約に基づき、追放成立後に次都市へ移動。
成果分配は“追放後に元PTが成功させた依頼報酬の10%をギルドが永続支払い”。――ここまでで相違ありませんね」
「ありません」
俺が即答すると、エルンストは頷いた。
「よろしい。ここでは曖昧を嫌います」
机に書類が二つ置かれる。
いつも通りの二段階契約――ギルド⇔俺、ギルド⇔パーティ。
ただし、最後の一枚に封蝋が押されていた。
領主の印だ。
「……領主?」
「ええ。リンデン砦市は、領主権限が強い。
当市の領主――辺境伯グレゴール・フォン・リンデンが、あなたの“枠”に関与しています」
俺は喉が鳴るのを堪えた。
政治の匂いが、はっきり濃くなった。
(……使われ方が、上がったな)
エルンストが淡々と続ける。
「この町では、中堅を強化している暇がありません。
“主力を、町の使いやすい最強に寄せる”。その方針です」
――あなたが以前言った案の「強いPTに入って最強化」だ。
ここで採用される。
俺は、端末の通知を思い出す。
前の二都市の成果分配が積もっている。金は増えている。
だが、もっと欲しい。
そして、ギルドから命令されれば断れない。断ると“制度”から外される。外れたら俺はただの一般人に戻る。一般人は死ぬ。
俺はサインをした。
リンデン砦市の歯車に、俺が組み込まれた音がした。




