1.追放は宣告。選択肢はないし、選ばせない。
初の長編です。よろしくお願いします!
「――結論から言う。オサム。お前は今日で“追放”だ」
その言葉が落ちた瞬間、ギルド酒場の喧噪が一枚の布みたいに遠のいた。
笑い声、ジョッキの音、床を引きずる椅子、どれも現実なのに、俺の耳だけ別の場所にいる。
俺――オサムは、胸の奥で短く息を吐く。
(……よし。形は完璧)
もちろん顔には出さない。
ここで安堵でも見せたら、追放が“演技”に見える。
俺の能力は、見せかけの無能や、見せかけの追放では反応しない。
この世界の“追放”は、ゲームみたいに軽くない。
一度言い渡せば、パーティ内での信用と居場所が死ぬ。
追放を撤回すればパーティの評判は地に落ちるし、再結成も難しい。
だからこそ追放は、不可逆で、全会一致で、本気でなければならない。
テーブルの向こうには、つい数時間前まで一緒にダンジョンを歩いていた三人がいる。
剣士のカイル。
魔術師のリサ。
弓使いのユイ。
全員鎧のままだ。
鎧の隙間から汗の匂いが漏れ、鉄と皮革の臭気が酒場の酒の匂いに混じっている。
机の上には、さっきまで飲んでいた安酒のジョッキ。半分残った泡がしぼみかけていた。
カイルは視線を逸らさず、淡々と続ける。
「脱退じゃない。話し合いもしない。明日から来るな。以上だ」
……そう。追放はこうでなければならない。
“選ばせない”。“迷わせない”。
情けも、妥協も、含まない。
俺は、わざと声を荒げた。
「は!? なんでだよ! 俺の何がいけなかったって言うんだよ!」
半分は演技、半分は本音だ。
俺は戦えない。剣は振れない。魔術も使えない。魔力はほぼゼロ。
十八歳としては、笑えるくらい底辺のステータス。
この世界に来て最初に死にかけた相手は、最弱扱いされる“スライム”だった。
――最弱じゃない。
酸で皮膚を焼かれる。足を取られる。倒れたら覆いかぶさられて窒息する。
あれで理解した。前に出たら死ぬ。
だから俺は、前に出ない代わりに、後ろでできることを全部やった。
松明の本数と油の残量。
予備の布と火打ち石。
止血粉、包帯、消毒用の酒精。
耐酸の油布、靴底の滑り止め。
撤退用ロープの二系統、杭の本数。
素材袋の仕分け、重量の配分、帰路の目印。
いわゆる“準備係”。
だが、戦場で準備は命だ。死者の数は準備不足の数と同じだと、俺は本気で思っている。
カイルが低い声で言う。
「……やったのは分かってる。正直、やりすぎなくらいだ」
その一言に、喉の奥が熱くなる。
だが、ここで「じゃあ必要だろ」と言ったら、追放が揺らぐ。揺らげば終わりだ。
リサが冷たく言った。
「それが問題なのよ。オサムがいると、戦闘中に考えなくていいことを考えてしまう」
ユイが視線を伏せる。
「……オサムが無事か、って」
心臓が、嫌な音を立てる。
この世界では判断の遅れが死に直結する。
ゴブリンは集団で囲み、囮を使い、笛で合図し、喉を狙う。
オークなら正面から鎧ごと潰す。
そしてガーゴイルみたいな石像系は、奇襲で首を落としにくる。
そんな場所で、「守りたい存在」がいる――それは致命的だ。
カイルが言う。
「お前がいると、俺は一瞬、お前の位置を確認する。その一瞬で剣が遅れる」
リサも続ける。
「詠唱中に思うの。オサムがどこにいるか、危なくないか。……そんな自分が嫌になる」
ユイが唇を噛み、最後に言った。
「守りたいって思うほど、怖くなる」
――全会一致。
全員が同じ結論に立っている。
俺は拳を握りしめ、声を震わせる演技を足した。
「……つまり、俺が弱いからか?」
カイルは首を振る。
「弱いのは事実だ。でも、それだけじゃない」
リサが言い切る。
「あなたは、守りたくなるの。……それがいちばん邪魔」
守りたくなる。
ありがたいのに最悪の評価。
戦場では、守りたくなる存在は“判断を鈍らせる重り”になる。
俺は椅子を乱暴に引いて立ち上がった。
「……分かったよ。勝手にしろ」
背を向けて酒場を出る。
夜風が頬を叩いた。路地の奥は暗く、誰もいない。
そこでようやく、胸の奥だけで呟く。
(全会一致。不可逆。追放成立)
これで、あのパーティには《追放補正》が乗る。
俺が強くなるわけじゃない。
俺は相変わらず、戦えない一般人だ。
それでも――この街は少しだけ強くなる。
彼らが依頼を成功させ続ける限り。
俺はフードを深く被り直し、ギルド本部へ向かった。
次は、契約の確認だ。
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