崎野ハウスに四泊したら呪われるらしいから四泊したいふたりの会話と結果
「きみはこんな話を知っているかい? なんと、崎野ハウスに四泊すると呪われるらしいんだ」
「へぇ、そうなんだ。それで、目的地はどこなの?」
「崎野ハウスだ」
「へぇ、そうなんだ。なにをするつもりなの?」
「四泊するんだ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、頑張ってね」
「どうしてそんな他人事みたいなことを言うんだねきみは。大丈夫だよ、涙目くん。私はきみを仲間外れにはしない」
「へぇ、そうなん……じゃねぇよ。勝手に決めんな」
そんなこんなで始まった、ぼくと微笑ちゃんの四泊五日。このトラウマ体験をできるだけ早く笑い話に変えたいぼくは、まるで形から入るかのごとく、笑いながらこの話をしようと思う。
だから笑ってくれ。
微笑夕焼というぼくの親友であり好きな人でもある彼女は、単刀直入に言って頭がおかしい。そして対照的に、ぼくこと涙目差入は、単刀直入に言わずともまともな人間だ。
そんな相似とは全くかけ離れたふたりが、掃除しなきゃろくに呼吸もできない部屋で、幻想じみた五日間を過ごすことになったきっかけは、やはりおかしい微笑ちゃんだった。
「やっぱりハンドルを握っていると、気分がいいな」
「そのようだね。ところで、きみは免許を持っているのかい? 高校一年生の微笑ちゃんは」
「当然だろう? きちんと親の免許証を借りておいた」
「そっか。ちなみにどっちの?」
「パパのだよ。ママは免許証を持っていないのさ」
コイツ、真正の馬鹿だ……とは言えないのが、この微笑夕焼という少女のおかしな部分である。なんというか、彼女は確かにアホで馬鹿なのだけれど、実は頭が悪いわけではないらしいのだ。というのも、微笑ちゃんの小学生からの同級生としては非常に不名誉なことに、なんと彼女は生まれてから勉強という面で一位より下になったことがないというとんでも偉業を成し遂げている途中なのである。
どういうことかというと、微笑ちゃんは勉強ができるのだ。本当にできる、としか言いようがない。国語は百点、数学は百点、理科は百点、社会は百点、英語は百点、そしてついでにその他も百点だ。
ちなみにぼくはというと、全教科五十点を狙わずに取れるぐらいの実力だ。可もなく不可はある、というぐらいの平凡系男子なのだ。だから、ぼくと微笑ちゃんのふたりは、凡人と天才のコンビというわけである。
微笑ちゃんと同級生の人たちは、ぼく含めてみんな、馬鹿と天才は紙一重、という言葉を信じている。
「そうなんだね。じゃあ、なるべく警察には見つからないようにしないと」
「ん? まさか私が、危険薬物を所持していると疑っているのかい? 安心しろ、すでに足は洗っているから」
「ちっとも安心できねぇよ! きみとの縁を切りたくなってきた」
たまに口調が荒れてしまうのは、ぼくの悪いところである。だが、普通の男子なんて基本はそんなもんだろう? 少なくとも、ぼくの周りは平均的にそうだった。
ちなみにぼくの周りという統計は、これまでのクラスメイト(女子も含む)にプラスで微笑ちゃんも含まれているので、あんまり当てにしないほうがいいと言っておこう。
「冗談だよ。マジに受け取るな。この私が危険薬物なんかに頼るわけないだろう?」
「うん、そうだよね。きみは最高の女の子だからね」
「ああ、惚れ直しただろ?」
「この場面に惚れ直す要素がどこにあったのか教えてもらえるなら惚れ直すかも」
「つれないな。あ、ちなみに大麻は危険薬物ではないからな。勘違いするなよ。みんなメディアに踊らされているんだ」
むしろ蛙化しそうだ。ぼくはそういうのに詳しくないから分からないけれど、どっちにしろ違法であることに変わりはないんだから、それは違法薬物ってくくりでも間違ってはいないんじゃないの?
それとも、吸うものだから薬物ではないとか言うつもり?
「いや、必ずしも吸うものじゃないよ。食べることもあるし。大麻グミとか聞いたことないか?」
「普通の人生を生きているぼくになにを求めているのさ。あるわけないよ」
「私だって人生は普通だ。まぁ、私が普通じゃないんだけどな」
「そうだね。ところで、冗談だよね」
「……」
「おい、冗談って言えよ」
マジで取り返しのつかないことになる。バンされたらどうするつもりだ。バンっつーのは、社会からバンされるという意味だが。
「冗談じゃないけど、ジョークだよ。冗句ともいう」
「きみのはジョークではないだろう。冗句は合っているかもだけれど」
「なら私が合っているということだ」
「無敵かよ」
微笑ちゃんの良いところにしておかしいところその二は、どんな攻撃も無効化する無敵の人間であるということだ。例えばぼくが今から微笑ちゃんに悪口を言うとする。「マヌケは消えてしまえ!」。しかし、微笑ちゃんならこういうだろう。「私がマヌケであろうと、消えることはないよ。というより、消えることができないんだ。私は、消えるにはあまりにも存在感が強すぎるからね。例え私が道半ばで死んだとしても、私の名前は一生残り続けるだろうな。ちなみに、マヌケという言葉は人を罵るときに使う言葉だ。だから、なるべくそういう言葉を使うべきではないと思う」、と。
自己肯定感が高い上に、鈍感――話が通じない敵こそ恐ろしいというが、確かになとぼくは思う。そこに付け加えるとするなら、『根拠のない自信を妄信している』、か。
まぁしかし、気持ちは分からなくもない。なぜならその自己肯定感には、確かな裏付けがあるからだ。
というのも、微笑ちゃんにできないことなどないのだ。運動だって余裕でこなせるのはもちろんのこと、彼女には芸術方面の才能もある。歌が上手く、絵も上手。料理もうまいし(ふたつの意味で)漫画も絵本も描ける。小説も書けるらしい。あとは、なにかを作るというのもかなり得意だ。砂場でモアイ像(等身大)を造った――建てたこともあるぐらいだ。あとは機械にも強い。壊れたアイフォンを直せるし、動画投稿サイトをハッキングして、さらにその罪を大国のハッキング集団に擦り付けることだってできる。
欠点は人間性ぐらいだ。
「だから、ぼくの微笑ちゃんは無敵なんだよなぁ……」
「断じて私は涙目くんのものじゃないと先に断っておくが、それ以外は正確だな。私は無敵なんだよ」
自信があって可愛いね。ぶち壊したくなってくるぜ。
「そんで、話を戻したいんだけれど」
「ん? どうした? 三ヶ月前に途中で途切れてしまったマスターベーションについての議論をまた続けるのか? あれは少しだけ恥ずかしかったから、なるべく避けたい話題なんだがな……」
「きみに恥という概念があったことに驚きだな。きみから始めた物語なのに……。そうじゃなくて、呪いの崎野ハウスについてのことだよ。四泊したら呪われるという噂の」
「ああ」
いったい、なにがしたいんだろうか。ウチの微笑ちゃんは。
呪われたいとでもいうのか? ぼくとしては、微笑ちゃんに呪われてほしくはないんだけれど……。とはいえ、人の決断にケチをつけるほど、ぼくも嫌な大人にはなっていない(そもそも大人ではないかも)。だからなにも、反対したいわけではないのだが。
「え、ぼくも行かなきゃダメなのかな」
「ダメっていうか、それが当然なんだよ。私を仲間外れするような人間にするつもりか? でも、なにか文句があるのなら、是非とも言ってくれたまえ。聞くだけ聞いて捨てるぞ」
「捨てるなら意味ないじゃねぇかよ」
ぼくの文句は捨てられるらしい。なら、文句を付ける必要というか、意味はないみたいだ。悲しいことに、こうなった微笑ちゃんはぼくの言うことを全然聞いてくれないので、困ったものだ。文句を言ってもなにも解決しないというのなら、もうなにも言うまい。
「だからぼくはもうなにも言わないよ」
「それは困るぞ。私が寂しくて死んでしまうではないか。涙目くんがいなきゃ、私はもうダメなのにな。責任を取れとまでは言わないが、せめて一緒にいるぐらいのことはしろよ。一生」
「それってプロポーズかい?」
なら受けさせてもらう。ぼくは微笑ちゃんのことが、きちんと恋愛的な意味で好きなのだ。もちろん、性的な意味でも好きだし、その他諸々の意味でも好きなので、実は微笑ちゃんと四泊というこのイベントにとても浮足立っているということは墓まで持っていく秘密だ。
「プロポーズ……。確かにそういう見方もあるかもしれないな。別に、涙目くんとならいくらでも結婚してやっていいんだが、それだと男遊びができないだろう?」
「男遊びをする気なの?」
「そりゃ、女に生まれたからには、男遊びをするしかないだろう。おっと、これは差別的な発言ではないからな。もしも男に生まれていたら、私は女遊びをしていたに違いないのだから」
「なんも変わらねぇよ」
性別どころかなにもかもを差別しているんじゃないかと思う。まぁでも、このぐらいがコイツには丁度いいのかもしれないな、とぼくは思った。だって、そうだろう?
こんな完璧な人間、他にはいない。見下そうが差別しようが、誰も文句は言えないじゃないか。
男性も女性も、白人も黒人も、陰キャも陽キャも、探偵も怪盗も、平等に微笑ちゃんの下にいる。いや、微笑ちゃんの下にいるんじゃなく、微笑ちゃんがぼくたちの上にいると言ったほうが正しいのかもしれない。
だから、ぼくたちの間で差別なんて、するだけ無駄だ。だって、あまりにも圧倒的な上がいるんだ。その他は全員、ゴミみたいなものなんだから。ゴミというなら、マイクロプラスチックみたいなものか。
この世界の全員が、微笑ちゃんの引き下げ役であり、微笑ちゃんはこの世界の全員の引き立て役なのだ。ぼくたちが足を引っ張っている。とくに、いつも微笑ちゃんの近くにいる、ぼくが。
だけれどぼくは、好きな人とはどこまでも堕ちていきたいというタイプなので、全く気にしていない。だから、みんなには安心してほしい。
「冗談だけどな、これに関しては。私は処女だから、私のことが好きな涙目くんは安心してくれたまえ。多分だが、きみって見たところユニコーンだろう?」
「それにはちょっと文句を言わせてもらっていいかな」
ユニコーンってただの蔑称だろう。処女か非処女かで人を『汚れている』扱いするような人間と一緒くたにされるのは、流石のぼくでも不名誉すぎる。というか、普通に嫌だ。平凡を大きく逸脱している。
大体、この世に処女なんて中学生以上は稀有だろう。稀有なものを欲するのは、人間の本能なのかもしれないけれど。
ぼくはそういうので判断はしたくない。だって、微笑ちゃんなんて、いつ非処女になってもおかしくないじゃないか。気にしていてもきりがない。
「きみのためにとっておいてあるんだけどな」
「え」
ドキッとすること言わないでくれよ、と言いたくなったが、声が出なかった。つーか、興奮させないでくれ。
車の中だぞ。しかも運転中。
「……流石にしないからな? とくに車内では。安全運転は義務だ。私は一応、常識というものを知っているんだ」
「なら普段は、知っているくせに無視しているだけなのかい?」
「いや、避けられているんだ。常識に、私が」
「なるほど。とても納得できる話だね」
「納得されて愉快な話じゃあないが、確かに避けられるのも無理はないな。私のオーラは、陰の者にとって眩しすぎるのだから。だからといって、私は陰の者を差別したりなんかしないから、安心するがいいさ」
それは心優しい。常識イコール隠の者という謎理論をさておけば、だが(陰の者のほうが常識外れなことが多いとぼくは思うし)。まぁ、人間性が終わっているだけで、気遣いできる女なのだ、コイツは。人に気を遣えれば、それだけで人間としては万々歳という主義の方もいらっしゃるかもしれないが、微笑ちゃんは今も犯罪を犯している最中である。
無免許運転は、立派な犯罪に思える。
「つい最近、法律が変わったことを知らないのか? きみは。今は免許がなくても車を動かせるんだよ。まぁ、免許がないと車は買えないんだけどな」
「真実味のある嘘をつかないでよ。一瞬騙されようと思ったけど騙されることができなかったじゃないか」
「それはよかったな。人を騙すのは悪だが、騙されるのはただの悲劇だ。騙されなくてよかったな」
「そうだね」
微笑ちゃんと会話をしていると、こっちが馬鹿らしくなってくる。これは微笑ちゃんの良いところにしておかしいところのひとつだ。人を呆れさせる能力――というヤツである。それを悪い能力と言うような愚か者も存在するが、基本的にこの能力はよいものだ。なんせ、会話に発展させないのだから。使い方を間違えない限り、それは有用な能力なのだ。もちろん、微笑ちゃんは使い方を間違えているが。
つーか、自分が無免許運転をしているってことは自覚していたのか。とても意外に思える。
閑話休題――とはいっても、元の話があるというわけでもないので、新しい話に移ろう。
「そういえば、つい先日、『物語シリーズ』の最新刊が発売されたよね」
「そうなのか? それは初耳だな。もう読んだのか?」
「いや、まだだよ。これから読むんだ」
「そうか。そういえば、きみはまだ途中までしか読んでいないんだったか? なら、きみは『物語シリーズ』のどこまで読んだんだ? 私は昨日きみにこのシリーズをおすすめされてから読んだけど、まだ『業物語』までしか読めていない」
「それは結構速い気がするよ。ちなみにぼくはまだ一作目の『化物語』を読んでもいない」
「きみはなにを根拠として私に作品をおすすめしたんだ……?」
モンストとコラボしていたから知った。そしてなんか面白そうだなと思ったから、とりあえず微笑ちゃんに読ませることにしたのだ。
面白そうなことは微笑ちゃんと共有していきたいのだ。
「面白いことを共有したいけどな、私は……」
「そう思ってくれて嬉しいよ」
ちなみに、ぼくはモンストを一度もプレイしたことがない。最近までは名前も知らなかった。
「でもね、微笑ちゃん。面白いことを共有してくれるのは、いつもきみのほうからじゃないか。それならぼくは、面白そうなことを共有したい」
「……なるほど。嬉しいことを言ってくれるじゃないか、涙目くん。私は感激するよ。ただ、心苦しいことに、きみの理屈についてはちょっとよく理解できないな。それならお互いがお互いに面白いことを共有する、という形でも構わないだろう? 対比でもないのに、どうして被りを避けようとするんだい?」
「……ふむ」
どう反論すればいいだろう。こうも真正面から正論をぶつけられると、もはや清々しい気がしてきた。もちろん、それは気のせいである。断言しよう。
どうしてぼくがそんなこと(楽しそうなこと共有)をしているかと言われれば、それは『自信がない』からだ。微笑ちゃんを楽しませる自信がないから、ぼくは楽しいことより楽しそうなことを彼女と共有する。
「なるほど。そういう理由があったのか」
「え? ぼく、今、一言も喋っていなかったよね?」
「? そうだな。でも、表情と仕草、声色さえ分かれば、きみの考えていることぐらいは大体分かるぞ?」
「怖すぎだろ!」
微笑ちゃんが化物級の天才だってこと忘れてた……。いや、化物級ではなく化物そのものなんだけれど。
天才で、おかしくて、化物なのが微笑ちゃんだ。もう二度と忘れないように努力しようと思う。凡人なのでね。
「……ところで、涙目くん」
「ん、どうしたんだい」
「なにか、気付かないか? おかしなところとか」
「きみの全て――と答えるのは、やめておこう。でも、おかしなところって、一体なんなんだい?」
唐突すぎて、よく分からない。普通に無視するだけで、人の心自体は理解できる人間なのに、微笑ちゃんは……。だから、人に理解させる、という点においても、その才能は発揮されるはずなのだ。それなのに、ぼくに対してそれを使おうとせず、まるで『私、いつもと違うんだよーどこだと思うー?』みたいな質問をする彼女みたいなムーブをしている理由は、なんだ?
彼女になりきってくれているのかな?
「そんなわけがないだろう。とりあえず外を見ろ」
「外? 外って、車の外のこと――だよね。少し考えれば分かるよね。うん。で、えっと……あ」
「ようやく気が付いたか」
「え、いつから? 結構前?」
「私がきみにプロポーズをした時だから、結構前だね」
「された覚えがないんだけれど……、いや、あれか。えぇ、言ってくれればいいのに」
「あはは、すまないな。でも、きみとの会話が楽しかったもので」
「それは光栄だよ」
なんてことだろうか。また、ぼくの凡人っぷりを彼女に晒してしまった――幻滅されてもおかしくないぐらいなのに、微笑ちゃんはそんなことを全く気にした様子もない。ああ、逆に恥ずかしくなってくる。
「まさか、もう車が目的地に到着していることに気が付かないだなんて」
「つまりきみは、そのぐらい私との会話に熱中してくれていた、ということだな」
「フォローありがとう」
天才がフォロワーになってしまったぜ。まぁ、そんなことを言わずとも、インスタはフォローされているから、最初っから天才がフォロワーにはなっているんだけれど、それはさておくとして。
ついに、着いてしまった――崎野ハウス。四泊すると呪われるという、謎の廃屋。
「というか、今さらなんだけれど……」
「どうしたんだ涙目くん? もし体調不良であれば、私が直々に治療できるぞ」
「そういえば、医療系の才能もあるんだっけ? まるで超高校級だ――じゃなくて。この廃屋って、勝手に這入っても大丈夫なのかい?」
「あ……」
え、「あ……」ってなに? まさか、今まで考えていなかったとでも言うのか? そう思うと不安になったが、しかし微笑ちゃんはぼくなんかの予想だなんて軽々しく裏切っていく。裏切られるのは、期待もそうなんだけれど。
「そういえば、許可を得られなかったんだった。すっかり忘れていたよ。故意にだけど」
「今なんつった?」
許可を、得られなかった……? それってつまり、これからぼくたちは不法侵入をしなければならないということになるんじゃないか? いや、不法侵入を気にするのであれば、無免許運転のほうも気にしろよと思われるかもしれないが。
罪の重さとかそういうんじゃなく、どっちも犯罪なのだ。
「どうしようか。結構マズい気がしてきたぞ。助けてくれ、涙目くん」
「ぼくに助けを求められてもね……。どうしようもできないよ、ごめんね微笑ちゃん」
「そうか。涙目くんにもどうしようもできないなら仕方ない。諦めて這入ろうか」
「クソ、ダメだったか」
ぼくの些細な目論見(不法侵入を諦めさせる)は完全に無意味だったようで、微笑ちゃんは言葉ではそう言いながらも、なんの抵抗も見せないままで、その廃屋のドアを蹴りでぶち破った。
そりゃ、鍵がかかっていることぐらいは分かっていたさ、ぼくも。
だけれど、まさか、蹴るとは思わないだろう。
「きみの予想を上回ることが、私にとっての生きがいだよ」
「生きがいが簡単すぎるでしょ。ぼくなんかの予想を上回ることが生きがいなら、それほど楽しい人生は他にないのかもしれないね」
「自己評価が高いのは良いことだな。是非そのままのきみでいてくれ」
「この会話のどこに自己肯定感高い要素があったのか教えてくれたらそのままのぼくでいるかもね」
そういう意味ではないし、なんとなく言いたいことは分かるのだけれど、少しずれている。まぁ、微笑ちゃんがずれているのでなく、微笑ちゃん以外がずれていると言ったほうが正しいのだろうけれど。
致命的なズレ――生きづらそうだ。だけれど、きっと微笑ちゃんは、生きづらさなんて感じていない。むしろ、この世界を満喫しているに違いないのだ。だって、微笑ちゃんにはそれができる。能力は全てをカバーするのだ。
人付き合いの才能はなくても、上手く生きる才能がある。だから微笑ちゃんはすごいのだ。
ぜひ見習いたいけれど、ぼくみたいな人間が見習おうとするだけでそれは烏滸がましいことだ。
「私はそこまで高尚な人間ではないよ……。さて、そろそろ中に入ろう。もしこれが小説だったら、読者は退屈してしまうぞ?」
「退屈? 微笑ちゃんがいるこの世界で退屈なんてしないでしょ」
「相変わらずお世辞が上手いな。思ってもいないくせに」
「ぼくは噓なんてつかないよ。お世辞は許されざる嘘だ。嘘は許されない。きちんと思ったことを言葉にしているのに、信じてもらえないだなんて、少しだけショックだよ。でも、ぼくなんかを信じると、きみの格が下がってしまうかもしれないからね」
「どうして涙目くんはそんなに自分を卑下するんだ? どうしてそんな捻くれ者に育ってしまったのか……」
「きみのせいじゃないかな?」
自分より数段格上の人間と、幼い頃からずっと一緒にいるというのは、人格形成にかなりの影響を及ぼしているはずだ。少なくとも、もし微笑ちゃんがいなかった場合、ぼくはこんな人間にはなっていなかっただろう。別に、責めているつもりはない。
ぼくがこんな人間じゃなかったところで、どうせぼくはぼくなのだから、これは大した問題じゃないのだ。
「私のせいか。それは仕方ないな」
「うん。仕方ないことなんだよ」
「きみが償いを求めているわけもないだろうしな。もし求めているというのなら、全裸土下座も辞さない覚悟だが」
「一瞬だけきみに償いを求めそうになったよ」
「私の身体は魅力的だからな。それも仕方のないことだ」
自分に自信がある女の子について、みんなはどう思っているんだろう。「良いな」と思っているのか、「ナイナイ」と思っているのか。前者ならモヤモヤするし、後者なら腹が立つ。だから考えるだけ損かもしれない。
でも、これは損得の問題じゃあない。
「それよりも、早く這入るぞ。私はずっとワクワクしているんだ」
「ああ、そういえば、そういう話だったっけ……」
そういえば、崎野ハウスに四泊するって話だった。
今は崎野ハウスへの入口の目の前にいる。玄関のドアは微笑ちゃんによって蹴破られているので、ここからでも中の様子がばっちり見えている。
そこでふと、違和感を覚えた。
「あれ、綺麗すぎない?」
「やっと気付いたか。涙目くん、これはなにかあると思わないかね?」
「きみの口調が若干ブレているってことぐらいしか思わないけれど」
「つまらない冗談だな。人を笑わせたいなら、もっと面白いジョークをお願いするよ」
「冗談でもジョークでも冗句でもなかったんだけれど……。で、なにかあるってどういうこと?」
「あんなに綺麗なら、人が住んでいてもおかしくないだろう?」
そういうことか――とはならない。そのぐらいのことも分からないぼくではないのだ。
でも、なにかあるっていうのは?
「死体があるかもしれない」
「……」
「これは体温が上がってしまうな。柄にもなく私は興奮しているぞ、涙目くん!」
「……人の死体に喜ぶ女の子」
みんなはアリ? ナシ? コメント欄で教えてね。
ちなみに、ぼくはアリ派だ。微笑ちゃんがそうであるのなら。
「まぁ、女の子にアリとかナシとか言っちゃうのって、個人的にはどうかと思うけれど」
「死体の話をズラすな。とりあえず這入ってみよう」
「そのまま捨てたかったのに。死体が好きなきみは好きだけれど、死体が好きなわけじゃないんだよ、ぼくは」
「私だって死体が好きなわけではない。ただ、非日常感を味わいたいだけなのさ」
「非日常の塊みたいな女がなんか言ってる……」
しかし、非日常だって続けば日常になってしまうのかもしれない。それとも、続いても日常にならないからこそ非日常なのだろうか? どちらにせよ、ぼくとはあまり縁がないものだけれど。いや、微笑ちゃんと一緒にいれば、そりゃ非日常だって身近なものとなる。だけれど、結局のところ主人公はぼくではなく微笑ちゃんなのだ。
「どうでもいいことを考えるな」
「どうでもいいことしか考えていないよ、ぼくは」
「どうでもいい人間になってしまうぞ」
「どうでもいい人間なんだよ、ぼくは」
「私にとってはどうでもよくない。きみは私にとって唯一の親しい人間なんだからな」
とても嬉しいことを言われてしまった。反論はできそうにない。まぁ、こんなのは所詮ただの雑談だ。
「じゃあ、這入ろっか」
「お、やっと乗り気になったか涙目くん。きみがノリノリだと私もノリノリだ」
「乗り気というか、モチベーションがあるわけではないんだけれどね。でもまぁ、ここまで来たんなら、とことん付き合ってみようと思ってね」
「それはありがたい話だ。私の鼻水をプレゼントしてあげたいぐらい」
「ごめん、流石にいらない」
鼻水に価値を感じられるほど、非凡な性癖は持っていないのだ。
そうか、と微笑ちゃんは悲しそうにしたが、すぐに立ち直り、蹴破られたドアの先に進んでいった。ぼくも後を追う。
「まるで後追い自殺だね」
「二度とそのワードを口にするな。不吉だ」
「え」
微笑ちゃんに命令されてしまった。彼女にされるのであれば、どんなことであってもぼくにとってはご褒美なのだ。ありがたく受け取っておこう。
……そういえば、死体があるかもしれないんだったっけ。だったら、もしかしたらこの崎野ハウスにある死体というのは、過去に後追い自殺をした人間のものなのかもしれない。と勝手な想像を膨らませていると、廊下で立ち止まった微笑ちゃんが残念そうに言った。
「死体はないらしい」
「え?」
どういうこと?
訊いた。
「いや、これはただの直感だ。もしくは直観か? 別にどっちでもいいが、期待していた分、少しだけショックだな」
「きみの言っていることがさっぱり理解できないよ、微笑ちゃん。一体、なにを根拠にそんなことを言ったの?」
「……におい、だよ」
「におい?」
「ああ。死体があれば、当然その辺りはにおうだろう? 白骨死体でない限り、死体は必ずにおいを発する」
「そ、そうなの?」
「焼死でもにおいは残るだろう。それに、私はかなり鼻が利くんだ。だからもう、この崎野ハウスに死体は確定でないと言い切ってもいいだろうな」
「そうなんだ……」
そうなんだ、とは言ったものの、ぼくは最初からあるだなんて思っていなかったので、どうしても反応が適当になる。てか、別に処理されていればにおいは残らないんじゃないの? とか、色々と言いたいことはあったけれど、そんなことは特段大した問題じゃない。
ぼくは、あることに気が付いてしまったのだ。
「ねぇ、今さらで悪いんだけれど」
「ん? どうしたんだ涙目くん」
「ここってさ、誰か住んでたりしないわけ?」
「本当に来るとは思いませんでしたよ、わたしのお家に。ドアを蹴破って」
「まさか、私が約束を破ると思っていたのか?」
「願っていたのは事実ですね」
崎野ハウス――ぼくが謎の廃屋だと思っていたそのハウスは、実際はクラスメイトの崎野詩織さんが住んでいる普通のお家だった。詩織――しほりと読んで、しおりと呼ぶらしい。ややこしいというか、面倒くさい。
では、どういうことだったのか? 微笑ちゃんが『綺麗すぎる』という理由でクラスメイトの家に死体があることを期待したり(住んでいることを知っていた上で、廃屋だと思っていたらしい。微笑ちゃんは)、ドアを蹴破ったり、無断で侵入したりしたことは一旦置いておくとしても。
「まず、崎野ハウスに四泊すると呪われるという噂を流したのは崎野さんなんだよね?」
「そうです。なるべく、わたしの家には近付いてほしくなかったので」
「完全に逆効果だったね」
どうして四泊なのかについては、もはや聞くまでもない。四は死を連想する数字なのだから。もしくは、そういう偏見を持たれている数字と言ったほうがいいかもしれない。
そして、微笑ちゃんの言い訳。
「私としては、お泊り会のつもりだったんだよ。四泊したら呪われるクラスメイトの家で、楽しく。でも、私は涙目くんと楽しいことを共有したい。だからきみを誘ったんだ」
微笑ちゃんには友達がいない――じゃなくて、いなかったということなのか。
「いや、親しい仲の人間はきみしかいないよ、涙目くん。崎野さんは、ただの知り合いさ」
「ならば、あなたは大して仲良くもない知り合いのお家に泊まるとき、ドアを蹴破って這入ってくるのですか?」
「それは見てのとおりさ」
「さっさと死ねばいいのにって、久しぶりに人に対して思いました」
「私は長生きするよ。なんせ、私だからね」
初めてじゃなくて、久しぶりなんだ……、と馬鹿みたいなことを思ったぼくである。もちろん、ぼくが大馬鹿者であることは疑いようもない真実なのだけれど、だからって思ってること考えてること全てが馬鹿ってわけでもないのだ。そこまで舐められちゃ困る。
そして、そんなことを考えている場合ではない。
「とりあえず、まずは弁償してください」
「弁償? 私はなにか悪いことをしたのか?」
「惚けているのか天然なのか、どちらもあり得るのが怖いですね。していますよ。悪いことを、あなたが」
「ならば猛省しようじゃないか。ありがとう、崎野さん。私を成長させてくれて」
「あなたに成長なんて概念があったことが驚きですね。あと、感謝よりも謝罪をお願いします。あとお金も」
「それは強欲だな。しかし、私に願うというのなら、まだまだ欲が足りない。この私だぞ?」
「……」
マズい。崎野さんがかなり苛立ち始めた。まぁ、そりゃそうだとは思うけれど。あまりにも至極当然なことすぎて、逆に驚いてしまいそうだ。でも、できればここで喧嘩するのはやめてほしい。ここっていうか、ぼくの目の前で。
ぼくという人間は、あまり喧嘩が得意なほうではない。というか、全然苦手なほうだ。殴り合いは言うまでもなく、罵り合いだって好きじゃない。ゲームに負けても相手を褒めたたえることしかできないぼくなので、暴言は無理なのだ。口調は荒くなっても、ぼくは暴言なんて吐かない。
「ここは素直に謝りなよ、微笑ちゃん。ぼくも、謝るし……」
「なに? どうして涙目くんが謝るんだ? 私と違って特に悪いこともしていないはずのきみが」
「いや、自覚あったのかよ! 普通に惚けているだけだったんだね」
「自覚はなかったが、さっき崎野さんが教えてくれたんだよ」
自覚はあってほしかった。自分を客観視できない上に、善悪の判断もできないとは、中々に手ごわい相手だ。大丈夫かな、崎野さん。
「本当になにも大丈夫じゃないです。どうするんですか、この家に強盗が押し込んできたら」
「あはははは!」
「冗談じゃありません! そろそろ本当に怒りますよ」
「いや、冗談だと思っていたわけではないよ。もしこの家に強盗が押し込んできたらどうなるかを考えたんだけさ」
「もっと最悪ですよ」
「すまないな」
「なんの謝罪ですか。唐突な上に誠意の欠片もない。もう少しちゃんとできないものですか?」
「どうだろうな」
「どうだろうなじゃないです。自分のことぐらい把握しておいてください」
全てがズレていて、噛み合っているはずなのに合わない会話。ただただ崎野さんが精神を消耗していくだけで、これはあまりにも不毛だった。微笑ちゃんは快活に笑っている。
「……微笑ちゃん、そろそろ良いんじゃない? もう帰ろうよ。弁償は、しなきゃだけれど……」
「弁償か。お金がない場合は身体で支払えばいいのか?」
「いいわけないでしょ。ないなら作るしかないよ」
「身体を売って?」
「普通に働け!」
「身体を売ることが普通じゃないと? そういう偏見こそが差別を生むんだがな」
「少なくとも一般的じゃないよ」
「一般的? それこそくだらないな。そもそも、まず私という人間自体がもう一般的ではないのだから」
全く話が通じない。ぼくは慣れているからまだいいんだけれど、慣れていない他の人間からすると、かなりキツいものがあるかもしれない。全く、仕方ないなぁ、本当に。
「じゃあ、ぼくが肩代わりするから、ぼくに返して。えーと、崎野さん、だよね? 何円?」
「え?」
「ちょっと待て涙目くん。きみが私の借金を肩代わりだって?」
「そうは言ってない。いや、借金みたいなもんだけれど。だって、払えないんでしょ? すぐには」
「それはそうなんだが……」
困惑している崎野さんと、狼狽している微笑ちゃん。自分の罪を誰かに背負わせるということが大嫌いな微笑ちゃんなので、ぼくがそう言えば彼女は絶対に払おうとするはずだ。
「分かった! 私が親から金を借りて明日渡す。だから涙目くんはなにもしなくていいよ。そんで崎野さん、いくらだ?」
「え、えっと……、30万円ぐらい?」
高っ。まぁでも、相場ぐらいだろうか。少なくともぼくには払えなかった金額だ。もしぼくが肩代わりすることになっていたら、どうしようもなくなっていた。カウカウファイナンスでお金を借りるしかない。
だけれど、微笑ちゃんの場合は別にお金がないわけではないのだ。親がお金持ち――というわけでもないが、そこそこ裕福な暮らしができるほどにはお金に困らない家なので、30万円ぐらいなら親が支払えるはずだ。
どうせ将来ビッグになるんだから、今の内に投資しておいたほうがいい――そんな風に思っているのだろう。だからこその放任であり、その結果がこれだ。
あまりにも教育を間違えすぎている。きっと、微笑家のママパパは親になるべきじゃなかった。
「あまり人の親を馬鹿にするなよ。確かに、私が近くにいたら、その他の人間はみんな馬鹿に見えてしまうかもしれないが」
「まるでオセロみたいですね。強いオセロのような」
「それはどういうことだ?」
「気にしなくてもいいですよ」
「なら気にしないことにしよう」
なんとなく分かってしまったけれど、なにも言わないでおこう。微笑ちゃんが気にしないことにしたのなら、ぼくはその判断を尊重する。元々尊い存在なのに、これ以上尊いものとして重んじても特に意味はないかもしれないが。
「涙目くん……あなたは随分と毒されているみたいですね」
「ぼく? ぼくは別に、普通だよ。みんなと同じようなものさ」
「とてもそうは思えませんが……。まぁ、いいでしょう。それよりも、さっさとお金を払ってもらえませんか?」
「安心しろ、崎野さん。私は約束を破ったことがない女だからな」
「横紙破りの象徴がなんか言ってますね」
横紙破りの象徴――なんか格好いいな、その二つ名。羨ましいとは微塵も思わないけれど。これからは是非、そう呼ばせていただこう。
そういえば、横紙破りってなんだか格好いいよね。
「関係ないことを口にしないでください」
「ああ、漏らしちゃった」
「漏らさないでください」
悪いね、とぼくは口だけで謝罪をする。誠意なんて、微笑ちゃん以外には見せたくないのだ。見せたくないとかそういう以前に、そもそも誠意なんてものは存在しないんだけれど。まぁ、ごめんなさいは大事なことだ。
少なくとも、悪いことじゃあない。
「じゃあ、微笑ちゃん。とりあえず帰ろっか。お金を払うためには、お金がなくちゃいけないでしょ?」
「お金を取りに戻るということか。確かにそうだな」
「いや、戻ってこなくていいので、後日学校にて渡してください。現金以外はダメですからね」
「相承知した」
言いながらも、微笑ちゃんはその場を動こうとしない。
「……微笑さん? どうしてお帰りにならないのですか?」
「どうしてって、一体どういうことだ? お金を取りに戻る必要がないのなら、帰る必要もなかろう」
「は?」
呆けた声を出す崎野さんと、とんでもなく嫌な予感を感知したぼく。
この嫌な予感は、的中していた。
「まだ、一泊すらしていないじゃないか。これじゃあ呪われることができないよ」
ここからの地獄は、わざわざ書き起こすまでもないだろう。
あれから崎野さんが押し負けてしまったせいで、崎野ハウスに四泊するというぼくたちの目標は、予定どおりに達成できた。あるいは、達成する羽目になった。
ここから先の展開を描写できるほどの精神をぼくは有していないため、ぼくの笑い話はこれで終いとなる。最後まで笑いながら語ることはできなかったけれど、この調子なら、あのトラウマ体験を笑い話にできる日は近いだろうとぼくは思う。
ちなみに、微笑夕焼ちゃんと崎野詩織さんは現在、呪いの影響で入院している。デタラメではなかったのだ。あの都市伝説は――というか、デタラメだったのに、微笑ちゃんが信じたせいで、本物になってしまったというべきだろうか。理屈としては成立していないように思えるが、怪談に理屈を求めるほうがどうかしているだろう。
後日談としては、中々に笑える話だ。
それと、一応話しておこう。ぼくが呪いの影響を受けなかった理由は、三日目の二十三時五十分に一度だけ崎野ハウスを抜け出して、四日目の零時五分に帰ってきたから、ぼくだけが『四泊する』という基準を満たせなかったのだ。泊まるの基準はそんな風ではなかったような気がするけれど、まぁ、色々あるんだろう。一晩を明かす、という基準ならば、ぼくは途中で抜け出しているので、基準を満たせていないということになるかもしれない。
重要な問題ではないが。
少なくとも、ぼくは呪われなかったのだ。その事実を、ぼくは喜ぼう。
リスペクト。




