4章 触れられなかった時間とタイムカプセル
――今日、俺は武琉と再会した。
バイトを終えて更衣室のロッカーを開けると、かすかに弁当の匂いがした。
学校帰りにここへ来て、昼の弁当を休憩室で食べたときのことを思い出す。
――あれが、遠い昔のことのように思えた。
今日は、いろんなことがありすぎた……。
あんなに待ち侘びていた再会だったのに、目の前にいた武琉は、まるで別人のように見えた。
武琉は俺に気づいていた。
それなのに、俺は動揺して、その場から逃げてしまった。
八年という時間があるのだから、変わっていて当然なのに。
どうしてあんなにもショックを受けたのだろう。
あんなに逢いたかったはずなのに。恥ずかしくて、情けなくて、やりきれなかった。
別に、あの頃の俺は武琉の見た目が好きで、好きになったわけじゃない。
それなのに、どうしてあんな気持ちになったんだろう。
悲しかった。知らない武琉が、そこにいた。まるで別人のように見えた。
でも、時折見せる仕草や声の調子が、確かにあの頃の武琉であることを教えてくれた。
それがかえって胸に突き刺さった。
お互いに知らない時間があったことを、思い知らされた。
――勝手に、何でも知ってる気になってた。
幼い頃、少しの時間を一緒に過ごしただけで、武琉のことを分かったつもりになっていた。
でも、俺は何も知らなかったんだ。
そっか、それでなんか裏切られたような気持ちになってたんだ。
だから寂しかったんだ。
勝手に思い込んで、勝手にショックを受けて、そして、その場から逃げた。
……最悪だ。
――武琉はどう思っただろう。
もしかして、怒ってるかな? 傷つけてしまっただろうか。
『ミハルだよな……?』
そう聞いてくれたのに、俺は何も言えなかった。
あのとき、「そうだよ。ミハルだよ」って言えていたら。
ああ、もう。泣きそうだ。
もう二度と逢えないかもしれないなんて、嫌だ。
武琉にちゃんと謝りたい。
でも、今から家に行くのは遅すぎるし、迷惑だよな……。
明日にしよう。明日の学校イベントが終わったら、会いに行ってみようかな。
いや、でも母の日だしなぁ……。
あのファーストフード店でバイトしてるって言ってたし。
また会えるかな……。
あんなに近くにいたなんて。もしかしたら、今まで何度もすれ違っていたのかもしれない。
出会ったら絶対に気づくと思ってたのに。
どこがだよ……。
自分で自分が嫌になる。
着替えを終え、念のために休憩室をのぞいてみたが、武琉の姿はなかった。
帰り道、ファーストフード店の前を通ると、忙しそうな店内に武琉の姿は見えなかった。
外はもう真っ暗で、それでもモールの前は人で賑わっていた。
知らない人たちの流れに紛れて駅へ向かう。
五月の風が、やさしく頬を撫でた。
――武琉は、俺のことを忘れてなかった。
武琉の言葉が蘇る。
『そういえば、昔、俺の隣に住んでた奴も、女みてぇでめっちゃ可愛かったんだよなぁ』
あの頃、武琉は俺のことを「可愛い」って思ってくれてたんだ。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
――武琉に、また会いたい。ちゃんと話をしたい。
その後、俺はバイトの前後や休憩中に、武琉の店を何度ものぞいた。
けれど、逢えないまま一週間が過ぎた。
バイトが終わり、更衣室で着替える。
やっぱり、明日会いに行こう。
明日は土曜で早番だ。時間はある。
ロッカーを閉め、出入り口へ向かう。
その扉を開けると――そこに、武琉がいた。
「やっべー、忘れ物した」
武琉は驚いたような顔で独り言をつぶやき、立ち去ろうとした。
「待って!」
思わず、武琉の腕を掴んだ。
「待って! 武琉!」
武琉は振り返り、おどけたように言った。
「……あっ、この前のおねえさんじゃ~ん」
けれど、語尾には力がなく、笑っていない。
やっぱり、傷つけてしまっていたんだ。
「武琉、ごめん。本当は、逢いたかったよ」
言葉を絞り出して、頭を下げた。
涙が込み上げ、喉の奥が熱くなる。
「やっぱり、ミハルだったんだな。まぁ、俺こんなだし……お前が引いたのも無理ないって」
「ちがう! 本当にごめん。びっくりしただけなんだ!」
「ワハハハッ。分かるよ。俺、昔の面影ねぇもんな」
そう言って笑う武琉の瞳が、どこか寂しげに見えた。
ああ、ダメだ。涙が溢れる。
「わー、おいおい。どうした? どうした?」
「……ごめん」
「相変わらず、泣き虫だな。お前」
武琉は俺の頭を撫でて、軽くポンポンと叩いた。
「大丈夫だよ。気にすんな」
武琉は優しかった。やっぱり、あの頃と同じだった。
胸の奥が締め付けられ、やるせない気持ちになった。
「武琉~!」
思わず武琉に抱きついた。懐かしい匂いがした。
あの頃と同じ、武琉の匂い。
やっぱり好きだ!
力が入る。
「うわっ、お前、それやめろ!」
「やだ~!」
「やめろって! お前、ガキか! 恥ずいだろ!」
あっ、そうだ。もう高校生だった。
武琉の顔が赤くなっていた。
俺は、ゆっくりと腕を下ろす。
「……ごめん」
武琉が笑った。
「連絡先、教えてよ」
そう言って、武琉はスマホを取り出した。
「うん!」
また、武琉と繋がれる。
それが嬉しくてたまらなかった。
お互いの連絡先を交換する。
武琉がスマホをズボンのポケットにしまった。
「タイムカプセル、覚えてるか?」
「もちろん!」
覚えててくれたんだ。嬉しかった。
「取りに来いよ」
「うん」
どんなに見た目が変わっていても、やっぱり武琉は武琉だった。
そして俺は――やっぱり武琉が、どうしようもなく好きなんだと思った。
結局、次の日。ちょうどお互いのバイトの時間が同じだったので、俺たちはバイト終わりに会うことにした。
――いよいよ、タイムカプセルを取りに行くんだ。
俺はワクワクした。武琉と会えるのが嬉しかった。
武琉の家にも、また行けることが嬉しかった。
バイトが終わり、更衣室へ入った。
「ミハル!」
武琉が出入り口のところで待っていた。
「武琉。もう着替えたの?」
「おう。早く行こうぜ」
「ちょっと待ってて、着替えてくる!」
「分かった」
昨日のゴタゴタがなかったかのように、親しく話してくれる。
昔と変わらない、武琉の優しさを感じて嬉しくなる。
「いや~もう、楽しみすぎてよ。終わってから、めっちゃ早歩きで来た」
「俺だって、楽しみにしてたし」
「そうだったの? いや~、嬉しいね~」
「武琉、おっさんみてぇ~」
武琉を見て、クスッと笑った。
「あっ、そう? 俺、芸人目指してっからよ、今。だから面白いのが出ちゃうんだろうな。ワハハハハッ」
「え? そうなの?」
は? 芸人? なんで? サッカーは?
「ってか、俺、着替えるから。武琉、向こうで待ってろよ!」
「いや、いいよ。喋りたいから、ここで待ってるよ」
そうだ。男子更衣室なんだから、みんな普通に着替えるよな。
でも、武琉の前でなんて、なんか……。
俺がグズグズしていると、武琉は何かを察したように顔を赤らめた。
「分かった。出たところで待ってるよ」
そうやって察してくれるところ、今でも変わらない。
容姿は変わっているけど、武琉自身の中に通っている何かは、変わってない。
やっぱり好きだなぁ……。
着替えてから外に出ると、壁にもたれて武琉が待っていた。
「おっしゃ、行くかぁ~」
武琉が壁から離れて、歩き出す。
――待っててくれてるって、いいなぁ。
胸いっぱいに温かい気持ちになった。
「待っててくれて、ありがとう」
武琉の横を同じペースで歩いた。
あ~、嬉しい。こんなふうに、横を歩いてるなんて。
バックヤードの静かな廊下を歩く。いつもは冷たく感じるコンクリートの空間が、今日は冷たくも寂しい感じもしない。
今の俺の感覚の中には、もう武琉しかいなかった。
従業員出口から武琉と一緒に外に出る。
そんな一つひとつの当たり前の動作すべてに、ウキウキする。
外は天気が良くて、気持ちよかった。
もうすぐ梅雨の時期が来るなんて思えないくらいの快晴だった。
「ちょい、自転車取ってくるから待ってて」
「おう」
少しして、武琉は自転車に乗って戻って来た。なんか、恋人を待っていたような気になった。
心の奥の方が、温かくなった。
「お待たせ」
武琉は自転車から降りて、ハンドルを持って押した。
俺は、自転車を挟んで向かい側を歩いた。
「俺の家、覚えてるか?」
「もちろん覚えてるよ」
「道は分かる?」
「そこまでは分かんね~。この駅自体、あんまり覚えてね~し」
「そうか。まぁ、ここも結構変わったかもな。このモールも最近だしな、できたの」
「だよな。あんなの昔なかったよな」
「うん。それに駅前も綺麗になったし。いろいろと変わったよ」
「そっか。でもこの辺は、もともとあんまり来なかったし、覚えてね~な」
「ミハルは今どこに住んでんの?」
自分の最寄り駅を伝える。
「ん? それ、どこ?」
「ここから電車で一時間くらいかかるかな」
「え~!! お前、そんなところから来てんの!?」
「あっ、でも学校からだと三十分かからないくらいだよ」
「それでも遠いだろ~」
「まぁ、でもおかげで武琉に会えた」
「もしかして、俺に会いたかったのか? いや、そんなわけね~か。ワハハハハッ」
「もし、そうだったら、引く?」
武琉が驚いたように俺を見て、少し笑った。
「引かね~けど、そんなことせずに、タイムカプセル取りに来いよって思う」
「……その勇気がなかったから、ここでバイトしてたんだよ」
「マジで!?」
「って言ったらどうする?」
「なんだよ。それ、嬉しいに決まってんじゃん」
武琉は俺を見て、照れたように笑った。
あ~やばい! 好きって言いて~!
「武琉、変わんね~な」
「いや、変わっただろ~」
「変わんないよ……。武琉はどこの学校に行ってんの?」
武琉は中高一貫の進学校の名前を言った。
「すげ~。中学受験したんだ」
「まぁな。別にすごくはね~けど」
そう言った武琉の顔が、どこか悲しく見えた。
「ミハルは? どこ行ってんの?」
俺は自分の学校の名前を武琉に伝えた。
「農業でもしたいの?」
「いや、俺、造園関係に進みたいんだ」
「へ~、ちゃんとやりたいことあってすげ~な」
「お前だって、芸人目指してるって言ってたじゃん」
「あっ、まぁそうだったな」
「え? 冗談だったの?」
「いや、冗談じゃね~よ。それにしてもミハルっぽいな。お前、花とか好きだったもんな」
「そう。覚えてくれてたんだ。嬉しい」
「よく一緒に花、取ったりしたじゃん」
「うん! あの河原を見れるの、楽しみだな」
「ん? 河原っつーか、用水路だけどな。ワハハハハッ」
「え? 用水路??」
「そうそう。そんなデカくね~よ。ワハハハハッ」
「マジで」
「まぁ、見たら分かるよ」
そう言われて見てみると、それは確かに「河原」というより「用水路」のようだった。
ところどころに、昔、武琉とよく摘んだピンクと白の小さなハルジオンが咲いている。
風に揺れて、小さな花弁がかすかに震えていた。
河原というには小さく、けれど用水路というほど細くもない。
子どもの頃はあんなに広く感じたのに、今見ると、肩幅より少し広いくらいの水の流れがやけに頼りなく見える。
――俺が大きくなったから、そう見えるのか。
懐かしいはずの景色なのに、まるで別の場所みたいだった。
武琉にとっては、この風景はきっと何も変わっていないのだろう。驚いているのは俺だけ。
八年という時間が、二人の間に見えない川を作ってしまったような気がした。
変わらないものを探すように、昔の家のほうを見た。
玄関の一部がガラスになっている扉に、ぼんやりと見覚えがある。
――ああ、そうだ。あの頃も、ここに立って光の反射を見ていた気がする。
けれど、記憶の中のそれとは少し違って見えた。
たぶん、変わったのは扉じゃなくて、俺の方なんだ。
風も、匂いも、音も、同じなのに――もう、あの頃とは違う。
武琉は自分の家の玄関扉を開けた。
玄関に見覚えがある。少し懐かしい感じがした。
「ただいま~」
ぼーっとしている俺に、武琉が声をかけた。
「来いよ」
「うん。お邪魔します」
俺は中を伺うようにして入った。
あの頃よりも狭く感じる。
――ここの玄関で慰めてもらったんだよな……。
昔の自分を思い出して、少し恥ずかしくなった。
キッチンの方から、武琉の母親が出てきた。
少し歳をとったようにも見えるけれど、きちんとした雰囲気は昔と変わらない。
でもそれが、以前より少し厳しくも見えた。
「わ~ミハル君。大きくなったね~。いらっしゃい」
「ご無沙汰してます。……あっ、これ、母からです」
そう言って、母に持って行けと言われた菓子折りを渡した。
「お前、ちゃんとしてんなぁ~」
武琉が感心したように言った。
「本当、気を遣わなくていいのに~。ありがとうね」
「あ、いえ、母に言われただけなんで……」
「リコさん、お元気? まだお家で占いのお仕事されてるの?」
「今はあんまり家ではやってなくて……。占いはしてますけど……」
「そう。それにしてもミハル君、相変わらずイケメンね~。女の子が放っとかないでしょう」
そう言った武琉の母親の目は、どこか笑っていないように思えた。
「いや、そんな……」
途端に胸がざわついた。
「ミハル君は、彼女とかいるの?」
「いや~」
「母ちゃん、そんなこと聞くなよ」
「いいじゃない。こんなにイケメンなんだから。武琉に良さそうな子いたら、紹介してくれない? 武琉、中々彼女ができないみたいだから」
「母ちゃん! ミハルが困る」
俺は愛想笑いをした。
「はいはい」
そう返事をして、武琉の母親は俺に笑顔を向けた。
――目が、笑ってない……?
「じゃあ、ゆっくりしてってね」
「あ、はい」
俺は武琉の母親に会釈した。
「ミハル、とりあえず部屋に行こうぜ」
武琉の母親にもう一度会釈をしながら、小さく「お邪魔します」と言って、その前を通り抜けた。
――なんか、武琉の母親、昔と印象が違うな……。
なんとなく、棘があるように感じて、体に力が入った。
案内された武琉の部屋は、あの頃とはかなり違っていた。
俺の知らない武琉を知るようで、少しドキドキした。
この部屋で妹の美咲ちゃんと三人で寝たんだよな。
あの頃は布団だったけど、今はベッドがあった。
夜中に泣いて、武琉が慰めてくれた、あの夜のことを思い出す。
武琉に抱きしめられてドキドキした。
――やばい。恥ずかしい……。
「……そういえば、今日、美咲ちゃんは?」
「お~、部活。なんだかんだ忙しいらしい」
「そっか。大きくなってたな」
「可愛かっただろ」
「うん」
武琉は嬉しそうに話した。
そういう家族思いのところも、変わっていない。
勉強机の上には、難しそうな参考書が並んでいた。
武琉は昔から頭がいい。
相変わらずの賢さを物語っているその机を見て、胸がときめいた。
そういうところも格好よくて、好きだ。
「武琉、相変わらず綺麗にしてんな」
「そうか?」
そう言った武琉の顔は、少し照れているように見えた。
「鞄置いて、タイムカプセル取りに行こうぜ!」
「うん!」
鞄を置こうとした時、部屋の一角に、たくさんのお笑いのDVDが置いてあるのが見えた。
どうやら、芸人になるって言ってたのは本当らしい。
でも、サッカーに関するものは一切見当たらなかった。
――なんでやめてしまったんだろう……。
武琉に聞いてみたかったけれど、何だか触れてはいけないような気がして、やめた。
庭に出ると、ぽかぽかして、いい風が吹いていた。
そのせいか、草花のいい香りがした。
庭には花や野菜が少し育てられていて、雑草は一切なく、綺麗に手入れされていた。
武琉の母親らしい、きちっとした庭だった。
庭の隅っこで、大事に残されていた目印を外し、武琉がスコップで土を掘り始めた。
俺も後に続いて掘り始める。
少しカビ臭いような土の匂いが、ふんわりと立ち上がってきた。
いつもは植物を埋めるために掘ったりするけれど、今日はそれとは違う。
ワクワクする。何を書いたっけ? 思い出せない。
時間もなかったし、大したことは書いてない気がする。多分……。
けっこう深く埋めた気がしたけれど、それは案外すぐに見つかった。
「……あった!」
でも、見えてきたものは錆びついて、一部に穴が開き、中には泥水が溜まっていた。
「え? なんで……? 前は……」
武琉がそう言いかけて、慌てて口を閉じた。
「え? 前って?」
俺が顔を上げる。
「あ、いや。間違えた」
「え?」
「いや……ごめん。五年生の時、一度開けた」
「え? そうなの?」
武琉が小さく頷いた。
どうしてだろう?
「そっか、その時は大丈夫だったんだ」
「うん。少し錆びてたかもしれないけど……気にしておけばよかったな。ごめん」
「いや、武琉が謝ることじゃないよ」
――なんで開けたんだろう……。
「とりあえず、手紙出すか」
「うん」
聞かない方がいいかな……。
武琉は申し訳なさそうに手紙を取り出した。
泥水で濡れてしまって、手紙はぴったりとくっついていた。
武琉が、二人の手紙をはがせそうな場所を一生懸命探している。
なんか、離したくないなぁ……。
俺はぼんやりと武琉の手元を見つめた。
武琉は爪の先を慎重に差し入れて、少しずつ剥がしていく。
「武琉!」
思わず声を上げた。
「びっくりした~。どうした?」
「あ、ごめん! いや、とりあえず、先に乾かした方がいいんじゃね~の? 少し置いてからの方が……」
「いや、今のうちに剥がさないと、乾いたら紙どうしが固まっちまうんだよ。今ならまだ、ふやけてるからさ」
「そうなの? じゃあ……」
少し残念な気持ちで、その手紙を剥がしていく武琉を見つめた。
でも結局、途中で破れそうになって、手紙は剥がし切れなかった。
武琉は諦めて「ごめんな」と呟いた。
「武琉のせいじゃないよ。それに……くっついていたいんだよ、その手紙は」
冗談っぽく言うと、武琉は照れたように笑った。
「ワハハハハッ。そうなのか~?」
武琉がスコップを手に取り、土を戻し始めた。
俺も一緒に土を戻した。
武琉は戻し終わった場所をスコップでパンパンと少し叩いて平らにした。
「ありがとな」
「別に……」
「ミハル、何書いてたか覚えてね~の?」
「さすがに覚えてないな。あの時、慌てて書いたし、タイムカプセル知ったのもその時初めてだったから」
「そっか。なんか付き合わせちまったみて~で悪かったな」
「そんなことないよ! 俺はあの時、嬉しかったよ。また武琉と会えると思って、これを開けるのを楽しみにしてた」
「そうだったんだ。なら、すぐ来ればよかったのに」
「それは……武琉、忘れてると思ったから」
「忘れるわけね~だろ」
「だって、手紙来なくなったし……」
武琉の手が、スコップの柄の上で止まった。
わずかに息を吸い込んで、視線を落とす。
「あ、それは、ごめん……。俺さ、五……」
「どうだった? あった?」
武琉の母親が、リビングの大きな窓を開けて話しかけてきた。
武琉はパッと顔を上げ、明るい声で答えた。
「母ちゃん、ダメだわ。錆びてた。手紙もびしょびしょ」
そう言って、缶と手紙を持ち上げ、自分の母親に見せた。
「あ~あ、残念だったわね。とりあえず、おやつ用意したから、食べる?」
「おう!」
武琉は笑顔で答えた。
昔から、武琉は母親が大好きだ。
でも、なんか昔の武琉と違って、むしろ母親に気を遣い過ぎているようにも見えた。
さっき言いかけたことと、何か関係があるのだろうか……。
どうして、一度開けたんだろう。
それと、武琉の母親への態度は何か関係あるのだろうか?
太ったことも関係してるのかな? まさか、病気とかじゃないよな……。
胸騒ぎがする。武琉に何があったんだろう。
また話してくれるだろうか。
俺は武琉に続いて、家の中に入った。
結局、どうして一度開けたのかは、聞けなかった。
武琉が話さないのに、俺から聞くのは――なんか違う気がして。




