表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

3章 再会と裏切り


 校庭の緑がより一層濃くなっている。

 太陽に照らされて、若葉がキラキラと輝いていた。


 ミハルは土曜日だというのに、朝から学校にいた。

 結局、俺は農業系の高校へと進んだ。


「はぁ~。これで全部か」

 

 カーネーションの入った段ボール箱を車の荷台に入れる。


 腕時計を見ると、正午をとっくに過ぎていた。

 腹減った……。

 やっぱり二年生って、やることが多い。


 自分たちで育てたカーネーションを、誇らしげに眺めると、母の喜ぶ顔を思い出した。

 早いけれど、昨日、母にこのカーネーションを渡した。


「わぁ、これ、ミハルたちが育てたの? 綺麗ね。ありがとう!」


 母はそう言って喜んでいた。母に喜んでもらえるのは嬉しい。

 ――今も、昔も。


 明日は地域ぐるみで母の日のイベントがある。

 この学校は地域との交流を大切にしているせいか、いろいろとイベントへの参加も多い。


 車のトランクの扉を閉めると、バタン! という音が、静かな校庭に響いた。

 今日は天気が良い。心地いい風を感じて、息を吸った。

 暦の上ではもう夏らしい。今日は一段と夏を思わせるほどの暑さだった。


 ぼーっと空を見上げながら、腕まくりしていた制服の袖を戻し、長くなった髪を括り直した。

 空を見るのは好きだ。どこに行っても、空だけは変わらない景色を見せてくれる。

 変わらないそれを見ていると、俺は安心する。


 同じ街にいるということは、武琉も今、この気持ちいい青空を眺めているかもしれない。


 ――逢いたいなぁ。今どうしているだろうか。


 ゆっくりと流れていく雲を見ながら、武琉のことを思っていた。


「先生に言ってきたよ~。後は先生がやってくれるって」


 同じ草花研究部の一ノ瀬が、綺麗な黒髪を揺らしながら俺の方へ走ってきた。

 一ノ瀬は顔立ちも綺麗で、誰にでも分け隔てがない。だからか、男子たちに人気がある。


「ありがとう。みんなもう帰ったよ」

「そっか、桜井君もありがとう。あ~、お腹すいた~」

「俺も。こんなにかかるとは思ってなかったよ」

「私も~。どっかで食べて帰ろうかな。桜井君は今日バイト?」

「うん」

「お昼どうするの?」

「弁当持って来てるから、休憩室で食べるわ」

「桜井君のバイト先って、休憩室で食べられるんだ」

「うん。モール全体の休憩室だから、結構自由に使えるんだよ」

「え~。いいなぁ。桜井君のバイト先って、バイト募集してないの?」


 一ノ瀬が目を輝かせて俺を見た。


「あー、どうだろう?」

「もし良かったら、募集してないか聞いてほしいな~」

「え? バイトしてなかったっけ?」

「やめたの」

「え? 良いところだって言ってなかったっけ?」

「それがさぁ、新しい店長がちょー嫌なやつでさぁ。花の扱いも雑だし。あんな花屋で、絶対花買わない!」

「そ、そっか。そんな酷かったんだ……」

「そ~なんだよ」

 一ノ瀬はそう言いながら、花壇の横に置いてあった自分の鞄を手に取った。


「とりあえず帰ろっか」

「おう」


 俺たちは駅に向かって歩き始めた。


「だから、もし桜井君のバイト先、募集してたら行きたいなぁ」

「でも、遠いよ」

「でも桜井君は、もっと遠いでしょ」

「まぁ、帰りは一時間くらいかかるかな」

「え! そんなに遠いの??」

「うん、だって学校までも三十分はかかってるからな」

「そんなに遠いのに、どうしてそこに行ってるの?」

「それは……」


 あ~、聞かれたくない! 好きな人に逢いたいからとか言えるか!


「やっぱり待遇がいいとか?」

「あ~、そういうことなら、多分違うよ。まぁ店長は優しいけど」

「店長って男性?」

「女性。いい人だよ」

「そうなんだ! だからそこにしたの?」

「いやいや、ただ募集見て」

「そうなんだ。え? じゃあ、なんでそこだったの?」


 あ~、こういうところが苦手なんだよなぁ。人には聞かれたくないこともあるというのに。


「逆に近場が苦手だから」

「そうなんだ。まぁ確かに、近いと知り合いに会っちゃうってのはあるよね~」


 やっと納得してくれたらしい。

 俺は少しほっとする。


「どうする? 聞いとく?」

「うん! お願い!」

「分かった。じゃあ聞いとく」

「ありがとう」


 まぁ、あまり人と関わろうとしない俺にとっては、一ノ瀬みたいなタイプはありがたい存在だったりもするのだけど……。

 駅に着き、定期を取り出して改札を通った。


「桜井君とバイトできたら楽しそうだなぁ」

「……うん、そうだね」

「あっ、もしかして嫌だった?」

「あっ、いや、そんなことね~よ。ただ、遠いからさ、本当にいいのかな? って思って」

「ん〜。でも私、急行停まるからそんなに遠くないかも」

「あっ。そっか。なら良かった」


 あ~、なんだか、嫌な感じがする……。


 一ノ瀬が降りる駅に着く。

「あっ、じゃあまた明日ね」

 一ノ瀬は手を振りながら電車を降りた。

「おう。また明日」

 電車はバイト先の駅へと出発した。

 一ノ瀬は、バイトの募集があったら来るのだろうか。


 ――もし武琉と再会できたら……。


 男子から人気のある一ノ瀬が、そこにいるのはなんとなく嫌な感じがした。

 でも断る理由も特に見つからなかった。


 どっちにしても、バイトを始めてほぼ一年、いまだに会えたことはない。

 まぁ会えても気づいていないだけかもしれないけれど……。

 いや、でも、多分会えたら、絶対に分かると思う。


 ――多分、きっと。


 そんな思いを胸の奥にしまい込みながら、俺は今日もバイトへ向かった。

 

 ショッピングモールの裏口を抜けると、いつもの人工的な匂いがした。 

 コーヒーと洗剤、そして少し花の香りが混ざったような空気が流れてくる。

 更衣室の扉を押すと、金属のロッカーがずらりと並んでいた。

 反射する蛍光灯の光が、今が昼なのか夜なのか分からなくなりそうなほど、無機質な空間を作り出している。

 

 ロッカーの扉を開いて、鞄を入れ、弁当を手に取る。

 そのまま休憩室へ行って、椅子に腰を下ろした。

 

 弁当の蓋を開けると、ふわっと卵焼きの匂いが広がった。

 チーズの入った卵焼き。いつもの母さんの味だ。

 

 朝、慌ただしくキッチンに立っていた母の背中が思い浮かぶ。

 どんなに忙しくても、いつも食事だけはきちんとしてくれる。

 あまり会話はないけれど、言葉じゃないところで、ちゃんと繋がっている気がする。


 弁当を食べ終え、空になった箱を包みながら思う。

 明日は母の日だ。きっと今日も忙しくなる。頑張るか……。


 ロッカーに戻り、制服に袖を通す。鏡に映る自分が、少し大人びて見えた。

 そのままバイト先の花屋へと歩く。


 バックヤードを抜け、店に着くと、案の定、店内は忙しそうだった。

 いつも通り、店の前に来ると、花のいい香りがする。つい深呼吸をしたくなる。

 俺はいつも通り、店長を探して挨拶をした。


「おはようございます!」

「桜井君、おはよう! 今日もよろしくね~」

 

 挨拶を終えて店内に視線を向けると、仲の良さそうな兄妹が目に入ってきた。

 俺と同じくらいの年齢の、少し小太りの兄と、可愛らしい目のクリっとした中学生くらいの妹だった。


 そういえば、武琉にも妹がいたな。

 今会えば、きっとあんな感じなのかもしれない……。


「桜井君、こっち手伝って~」

「はい」

 

 店長に呼ばれ、配送の手続きに回る。

「こちらにご記入お願いします」

 送り状の用紙を台の上に置く。客が記入している間、店内をぼーっと眺めていた。

 

 さっきの兄妹の会話が耳に入ってくる。


「すげ~! この虹色のやつがよくね~?」

 

 どうやら兄のほうは、派手な虹色の花束が欲しいようだったが、妹から反対されているらしい。

 確かにあの花束は高校生には高すぎる。七千円もするものだった。

 どうしてそこまでして、それを買うのか理解できなかった。

 俺は思わず聞き耳を立てた。


「だって、母ちゃんの驚いた顔見たいじゃん」

 

 どれだけ母親好きなんだよ、とつい笑いそうになる。


「兄ちゃんって、ずっとそれだよね」

「いいじゃん、いいじゃん、びっくりさせたいじゃ〜ん」

 

 その韻を踏むような言い方が、武琉とかぶる。


 え……? 武琉??

 

 武琉も母親のことを「母ちゃん」って呼んでた……。

 いやいや、いくら会いたいからって、全然見た目が違うのに。

 

 ーー俺、やばいな。


 武琉はサッカーをやってて、格好よかった。全然違う。

 それなのに、武琉かも、なんて思ってしまうなんて……。

 あ~、どれだけ逢いたいんだよ、俺。


 配送希望の客が帰り、配送手続きの最終チェックをしていたとき。

「すみませーん」

「はーい」

 振り向くとそこには、さっきの小太りの兄が立っていた。


「おっ、おねえさん、これください」

 

 ……ん? おねえさん?? 俺のこと?

 思わず周囲を確認するが誰もいない。

 久々に女に間違えられた……。

 笑いそうになるのをこらえて、俺は言った。


 「ありがとうございます。メッセージカードはお付けいたしますか?」

 この場で書くということだったので、俺はメッセージカードとペンをその兄に渡した。

 兄は妹にペンを差し出して言った。

「美咲が書いて」


 ドキッとした。

 え? 美咲?

 武琉の妹と同じ名前だ。

 

 見てはいけないと分かっていながらも、そのメッセージカードを見てしまった。

 妹はペンを取り、カードに文字を書いた。


『かあちゃん、いつもありがとう! 武琉と美咲より』


 え……? 武琉と美咲……。

 漢字まで同じだ……。

 俺は背筋がひんやりするのを感じた。


「あれ? おねえさん、桜井っていうの?」

 

 兄が俺の名札を見て言う。


「はい」

「俺の幼馴染も桜井って言うんだ。しかも同じ漢字。なんか俺ら運命感じない?」


 その兄はちょっと照れくさそうに言って片手のガッツポーズをした。

 ん? なんだ?? こいつ、何を言ってるんだ?? 

 え? 武琉……?


「もう、兄ちゃんやめなよ! すみません」

 妹が驚いたように兄を止めて、怒っていた。

「あっ、いえ」

 苦笑した顔を戻し、再び笑顔を作る。

「7150円です」


 何が起きているのか考えることをやめて、ぼんやりと、ただただ業務をこなしていた。


「ありがとうございました」


 作り笑顔をして、二人に花束の入った紙袋を渡した。

 二人が店内から出ていくのを見送りながら、俺は呆然と立ち尽くす。


 ――まさか、武琉なわけないよな……。


「これ、お願いします!」

 並んでいた客に声をかけられた。

「あっ、すみません。ありがとうございます。メッセージカードはお付けしますか?」


 ダメだ。

 ただでさえ忙しいのに、業務に集中しなくては……。


 気がつけば、時計の針はもう何度も一周していた。

 店内のざわめきが少し落ち着き、ようやく店長から休憩を取るように言われた。

 

 休憩室の自動販売機で、缶コーヒーを買う。


「はぁ~。疲れた〜」


 休憩室の椅子に、うなだれるように座った。

 ホッとした途端、先ほどの兄妹のことを思い出す。

  

 ま、まさかな。

 

 あの二人が、たまたま同じ名前だっただけだろう。

 武琉と美咲なんて、よくある名前だ。

 この地域にどれだけの人が住んでると思ってんだよ!

 自分の飛躍しすぎる発想に、思わず笑いそうになる。

 

 缶コーヒーを開けると、香ばしい匂いに体が緩む。

 一口飲むと、さらに体の緊張がほどけた。


「はぁ~」


 桜井って幼馴染がいるって言ってたけど……そこまで同じなんてこと、あるだろうか。

 しかも、あの漢字で『武琉』って……。

 いや、考えたら『タケル』と読まないのかな……。

 スマホで検索してみるが、タケルとしか読まなさそうだ。


 背筋がゾワッとした。


 いやいや、『桜井』って苗字もたくさんいるし……。


 でも、もし再会したとき、あんなふうに太っていたら、俺はどう反応するんだろう?


 武琉には逢いたい。

 でも、本当に全然変わってしまっていたらどうしよう……。

 そんなこと、考えたこともなかったけど、あり得る話だ……。


 ――俺のこと、女だと思っていたし……。


 武琉と初めて会ったとき、武琉は俺のことを女の子だと思っていた。

 でも、いくらなんでも子供の頃とは違う。

 胸だってないのに、今の俺を見て女だと思うか?

 確かに、髪を伸ばしてひとつに束ねてはいるけど……。

 でもそれは、女に見られたいからじゃない。

 癖毛だから、束ねてるほうが楽なだけだ。

 

 スマホのカメラで自分の姿を見る。

 女に見えるかな?

 女に見られたいわけでも、女になりたいわけでもない。

 

 ただ、俺が好きになった人が男だったってだけで……。

 もし、武琉が女でも、多分俺は好きになってたと思う。

 

 あ~!! もう!!


 なんだか、やるせない気持ちになった。

 気分を変えたくて、動画アプリをクリックして画面を見た。

 ミハルはしばらく、音も立てずに動画をぼんやり眺めていた。


 時間だけが、音もなく流れていった。

 

 

 休憩室の扉が開き、武琉が中を覗いた。


「おー! 居た!」

 

 武琉は思わず声が大きくなって、手で口元を押さえた。

 ここの休憩室は意外と静かだ。

 

 ミハルは、何かが自分に向かって真っ直ぐに近づいてくる気配を感じた。


「桜井さん!」

 

 武琉は声を抑えて、小さく呼んだ。


「え??」


 ミハルはびっくりして、目を見開いた。

 

 武琉はさらに小声でミハルに話した。

「俺、ここのファーストフード店で働いてんの。やっぱり俺ら、運命じゃね?? ワハハハッ」

 その笑い方が、ミハルの中で昔の武琉と重なった。


「タケ……いや、ちがっ……」

 武琉のはずがない!! 何言ってんだ、俺!!


 ミハルは慌ててコーヒーを飲むと、液体が勢いよく喉に直撃した。


「ゴホゴホゴホッ」


「大丈夫? 驚かせちゃった?」

「ゴホッ。いえ、あの……ゴホゴホッ」

「ここ座っていい?」

 武琉は隣の席を指差した。


「あっ、うん。どうぞ」


 武琉が座ると同時にミハルが席を立った。


「あっ、でも、俺もう行かなきゃ」

「おっ……お前、男?」

「あっ。うん。ごめん。黙ってて」

「いや、え? マジ? 女にしか見えね~」

「そうかな?」

 ミハルは俯いた。

「うん」


 武琉はミハルの態度に、本当にミハルなのか自信がなくなった。

 直接聞く勇気もなく、昔の話で様子を探ることにした。


「そういえば昔、俺の隣に住んでた奴も、女みてぇでめっちゃ可愛かったんだよなぁ」


 武琉は芝居でも打つように話した。

 ミハルは無反応だった。

 そして、勇気を出して、言った。


「もしかして、ミハルだったりしてな! ワハハハハッ」


 ミハルはドキッとして、動けなくなった。

 武琉はミハルの沈黙した態度に、やっぱり違うのかと思って誤魔化した。


「……いや、そんなわけないか~。……あいつは大阪に行ったしな」


 ミハルは鼻のあたりがじーんとした。

 もしかして、本当に武琉なのか!?

 込み上げてくる訳の分からない感情に、どうしていいか分からず、慌ててコーヒーの缶を持った。


「じゃあ、俺、休憩終わりだから」


 ミハルが去ろうとすると、武琉は思わずミハルの手首を掴んだ。

 二人は見つめ合った。

 ミハルの瞳が揺れていた。


 ――武琉なの? 泣き出しそうだ……。

 

「ミハル、だよな……?」

 

 目の前の武琉が滲んでいく。

 ミハルは慌てて、目を逸らした。

 武琉はその態度にショックで何も考えられなくなった。

 手から力が抜けた。


「ご、ごめん……」


 ミハルは何も言えず、早々とその場を去った。

 武琉はミハルが去っていく様子を呆然と眺めた。


 しばらくして、静かに、そして、沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。


 は?? なんだよ! あの顔!! 絶対ミハルじゃん!!

 なんで何も言わないわけ??

 普通、違うとか、そうだとか、何か言うだろ!!

 

 俺がこんなだからか!? 


 いつからこの辺にいたんだよ!

 戻ってきてたなら、すぐに会いに来いよ!! あ~!! 腹が立つ!!


 なんで俺、確かめに来たんだろう! なんでこんなこと、確認しに来たんだろう!

 俺は、バカだ。何を期待してたんだろう……。


 ――もうあの頃の俺らじゃないんだ。


 ミハルはきっと、俺がこんなでがっかりしたんだろう。

 なんだか裏切られたような気持ちになって、心が痛んだ。

 鼻のあたりがツーンとする。

 涙が出る前にトイレに駆け込んだ。


 八年も前のことだ。

 俺は本当にバカだ……。俺だけが再会を楽しみにしてたんだ。

 バカにされた気がして恥ずかしくなった。


 人は変わる。俺も変わったように、ミハルも変わったんだ。

 くそ! あいつなんて嫌いだ!!

 もう二度と会いたくねぇ!!


 ――そう思っているのに。


 また会えたらと思ってしまう。

 そんな自分にむかついた。

 思わずトイレの壁を拳で叩く。その拳が滲んで見えた。

 武琉は何かが失われたような気になって、虚しくなった。



 ミハルは休憩室の扉を開けて外に出た。


 思い描いていた武琉が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 え? なんで? どうして? 本当に武琉??

 受け入れられなかった。

 あんなに逢いたかったはずなのに。

 目尻からじんわり、何かが上がってくるのを感じた。


 なんで? なんで? なんであんなに太ってんの?

 サッカーはどうしたんだよ? あんなに好きだったのに。

 あの武琉はどこに行ったんだよ!!


 持っていた缶を、少し乱暴にゴミ箱に捨てた。

 ガシャッと他の缶に当たる音が響く。


「あ~!! もう!!」

 なんなんだよ! なんでこんなにショック受けてんだよ!

 太ってたからか? それとも、俺の知ってる武琉じゃなくなってたからか?


 ――人を見た目で判断するなんて!


 自分だって、そう見られるのがずっと嫌だったはずなのに。

 見た目で判断する奴を、ずっと軽蔑してきたはずなのに!


 ーー俺は、今、人を見た目で判断してる?


 あ~! もう、泣きそうだ……。

 なんなんだよ。どうしてだよ。あんなに会いたかったはずなのに!! 

 逃げてしまった。悔しくて、寂しかった。

 武琉が悪いわけじゃない。そんなこと、分かってるのに。

 

 あ~、なんなんだ……? 本当に、何にショックなんだ?

 勝手に期待して、勝手に落ち込んでる自分が恥ずかしい。


 なんで俺……最低だ。

 

 武琉の顔が横切る。

 

 武琉……。

 

 あ~もう! しっかりしろ!! 俺はまだバイト中なんだ!


 従業員出入口の扉の前で立ち止まり、息を整える。

 頬をパンパンと手で叩いた。それから、ゆっくり深呼吸をした。


 ――よし! 今は考えるのをやめよう!


 扉を開けると、客で賑わういつもの風景が広がっていた。

 その光景に平常心を取り戻す。

 俺はゆっくりと店の方へ向かった。


「休憩終わりました」

 店に着き、店長に言う。

「どうしたの? 桜井君、顔色悪くない?」

「え? そうっすか?」

 慌てて自分の顔を触る。

「大丈……」

「大丈夫です」

 店長の言葉に被せるように言って、笑顔を向けた。

 とにかく、バイトに集中!!


 あ、そうだ。一ノ瀬のことも伝えなきゃ。


「店長、友達がバイト探してて、帰りにちょっと聞いていいっすか?」

「了解~」


 少しでも考えると泣けてきそうな気持ちを抑えて、俺は業務に集中した。


 ーーでも、胸の奥のどこかで、まだ武琉のあの声が響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ