第八章 罪の影と救いの愛
俺たちの秘密の関係が始まった。学校では、誰にも気づかれないように、当たり障りのないクラスメイトを演じる。そして、夜の帳が下りた店の中でだけ、俺たちは恋人になった。バックヤードでの口づけ、誰もいない事務所で繋ぐ手。そのすべてが、罪深く、そして何よりも満たされていた。
絢子の笑顔が、少しずつ増えていくのが分かった。俺も、彼女がいるだけで、この息苦しい現実を忘れられた。深く、深く根を張ってしまった愛は、もう誰にも引き抜くことはできない。
だが、幸せな時間と裏腹に、不安は常に影のように付きまとった。もし、この関係がバレたら? 未成年を雇っていることがバレるだけじゃない。俺たちの人生は、終わってしまう。
涼おじさんや多惠子おばさんが、時折、俺たちに探るような視線を向けるようになった。
「直樹、最近、絢子ちゃんと仲良いな」
その何気ない一言が、心臓を抉るように痛かった。
「俺たち、間違ってるんだろうか」
ある夜、絢子の肩を抱きながら、思わず弱音がこぼれた。絢子は俺の胸に顔を寄せ、静かに首を横に振る。
「分からない。でも、私は後悔してない。直樹くんに出会えて、よかった」
「絢子…」
「だから、もう少しだけ。もう少しだけ、このままでいさせて…」
その声は、祈りにも似ていた。
不安を抱えながら、それでも俺たちは愛し合うことをやめられなかった。キャストと従業員、未成年同士という二重、三重のタブー。夜の掟に背いた俺たちの恋が、いつか許される日が来るのだろうか。
答えの見えない暗闇の中を、俺たちはただ、互いの手の温もりだけを頼りに、歩いていくしかなかった。秋の気配が、すぐそこまで近づいてきていた。




