第六章 表裏一体の愛と罪
事件が起きたのは、蒸し暑い八月の夜だった。店の売上が落ち込み、涼おじさんと俺が頭を抱えていた矢先、悪質な客がキャストの一人に絡み始めた。事務所にまで響く怒声と悲鳴。俺が飛び出すより先に、涼おじさんが立ちはだかった。だが、相手は複数人で、到底敵わない。
「やめてください!」
その時、震える声で叫んだのは絢子だった。客の注意が、絢子に向く。その下卑た視線が彼女の全身を舐めるように見た瞬間、俺の中で何かが切れた。
気づけば、俺は客の胸ぐらを掴み、店の外まで引きずり出していた。
「二度とこの店に来るな!」
我を忘れて叫んだ後、殴られた頬の熱と、自分の拳の痛みで、ようやく現実に引き戻された。店に戻ると、絢子が青い顔で駆け寄ってくる。
「藤木くん、怪我…!」
「平気だ。…お前こそ、怖かったろ」
俺がそう言った瞬間、絢子の瞳から涙が溢れた。彼女は何も言わず、ただ首を横に振る。その潤んだ瞳が、俺に告げていた。感謝でも、同情でもない、もっと別の感情の存在を。
俺も、気づいてしまった。絢子を守りたい。このどうしようもない世界で、彼女の太陽みたいな笑顔を、俺が守らなければならない。それは、経営者としての責任感なんかじゃない。紛れもない、一人の男としての、どうしようもなく純粋な想いだった。
この気持ちは、絆なんかじゃない。これは、愛だ。
しかし、その自覚は同時に、地獄のような罪悪感を連れてきた。俺は経営者で、彼女は従業員。俺たちは未成年で、ここは風俗店だ。この想いは、絢子をこの泥沼に、より深く引きずり込むだけじゃないのか。俺たちのために、この感情は決して生まれてはいけなかったんだ。




