第五章 共犯者達の夏
じりじりとアスファルトを焦がす太陽が、夜の街の猥雑さを白日の下に晒す季節、夏。学校という檻から解放された俺たちは、必然的に『ピンクのお風呂屋さん』で顔を合わせる時間が増えていった。
絢子は、驚くほど仕事ができた。ただ言われたことをこなすだけじゃない。店の備品管理を見直して無駄な経費を数万円単位で削減したり、清掃の効率を上げるための動線を考え出したり。その小さな背中には、弟たちを養うという壮絶な覚悟が宿っていた。学校で見せる、あの太陽のような笑顔の裏で、彼女はたった一人、現実と戦っていた。
「藤木くんは、すごいね」
ある日の深夜、二人で店の帳簿を眺めながら、絢子がぽつりと言った。
「みんなに慕われてる。涼さんや多惠子さんだけじゃなくて、お店のキャストの人たちも、あなたのこと、すごく信頼してる」
俺は、なんてことないフリをして帳簿に視線を落とした。心臓が、ドクンと大きく跳ねる。
「…別に。俺が好きでやってるだけだ」
「ううん。好きだけじゃ、人はついてこないよ。あなたは、この店と、ここにいる人たちを、ちゃんと守ってる」
絢子の真っ直ぐな瞳が、俺の装っていたクールの仮面をいとも簡単に剥がしていく。
そうだ。俺はこの店を立て直さなければならない。親から押し付けられたお荷物なんかじゃない。ここは、俺が「直樹」でいられる唯一の場所だから。そのためには、絢子の力が必要だった。彼女の真面目さと、仕事へのひたむきさが、傾きかけたこの店には不可欠だったんだ。
俺は絢子の覚悟を尊敬していた。そして、絢子もまた、俺の不器用な愛情を理解してくれていた。
働かないといけない絢子と、働いてもらわないといけない俺。互いの親の事情、どうしようもない現状。似たような境遇に置かれた俺たちは、いつしか単なる同級生でも、従業員と経営者でもない、『共犯者』になっていた。バックヤードで並んで学校の宿題を解く短い時間だけが、俺たちがただの高校生に戻れる、唯一の逃避行だった。




