第三章 二つの顔を持つ女
学校での絢子は、まさに完璧なヒロインだった。明るくて、優しくて、誰にでも平等に接する。その周りには、いつも自然と人の輪ができていた。まるで、暗い過去など微塵も感じさせない、陽だまりのような存在。
だが俺だけが知っている。彼女が放課後に見せる、もう一つの顔を。
あの日以来、絢子は店には現れなかった。当たり前だ。まさか面接官が、同級生だったなんて夢にも思わなかっただろう。
ある日の放課後、彼女がいないと売上が上がらないのも事実で、今後どうして行くつもりなのかを「店」側の俺は管理する立場として、履歴書に書かれていた住所を頼りに彼女の家を探した。たどり着いたのは、今にも崩れそうな古いアパート。洗濯物が干されたベランダから、幼い子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
コンビニの袋を両手に下げた絢子が、アパートの階段を駆け上がっていく。その顔に、学校で見せるような笑顔はなかった。ただひたすらに、家族のために生きる少女の、切羽詰まった顔があった。
「おい」
たまらず、声をかけた。絢子はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと振り返る。俺の顔を認めると、その瞳が戸惑いと、少しの怒りの色に染まった。
「…なんで、ここに…」
「別に。たまたま通りかかっただけだ」
嘘だ。お前のことが、どうしても頭から離れなかった。
「あの店で働くの、やめろよ」えっ、ちがうだろ?居てもらわないと困るじゃねーか。
「…あなたに、関係ないでしょ」
「関係なくねぇよ。お前、まだ15だろ。俺と、同じじゃねぇか」
俺の言葉に、絢子は唇を強く噛みしめた。潤んだ瞳が、俺を睨みつける。
「あなたに何がわかるの!? 親の金で、何不自由なく生きてるあなたに! 私には…私には、守らなきゃいけないものがあるの! そのためなら、なんだって…!」
叫び声は、悲痛な響きを帯びていた。その時、アパートの扉が開き、小さな男の子が顔を覗かせた。
「あやねぇ? おかえりー!」
絢子はハッとして振り返り、一瞬で優しい姉の顔に戻る。
「ただいま、大樹。すぐご飯の準備するからね」
そう言って微笑む彼女の横顔は、あまりにも儚く、そして美しかった。俺は、何も言えなかった。彼女が背負っているものの大きさを、ほんの少しだけ垣間見た気がして。
「な、内緒にしといてよね。。。お願いだから。」
そんな困った顔していうなよ、反則だろうよ。
「しかたねーなー。おまえのためじゃねーよ、俺は店守んなきゃいけなくて、おまえいないと売上上がらなくてさ。じゃーな、明日から出勤しろよ!」
ここで出来たのは、紛れもなく2人の「秘密」なのだから。




