第10章 蝕まれる心と偽りの平穏
第十章:蝕まれる心と偽りの平穏
距離を置く、という決断は、俺をさらなる闇に突き落とした。絢子のことが、頭から離れない。彼女が今、何をしているのか、何を考えているのか。その全てが知りたくて、同時に、知るのが怖かった。不安と嫉妬、そして彼女を信じきれなかった自分への憎悪が、渦を巻いて俺を飲み込んでいく。
涼おじさんや店のキャストに当たり散らし、俺はすっかり塞ぎ込んだ。自分の殻に閉じこもり、誰の声も届かない場所で、ただ一人、負の感情を反芻するだけの日々。
一方の絢子は、驚くほど「普通」だった。学校では以前と変わらず友人と笑い、店では黙々と仕事をこなす。はその完璧なまでの平然さが、俺には自分だけが苦しんでいるのだと突きつけられているようで、さらに心を苛んだ。
だが、俺は知らなかった。その「普通」が、彼女がどれほどの覚悟で作り上げた偽りの仮面だったのかを。
その頃、絢子は客の一人から執拗なストーカー行為を受けていた。最初は、帰り道での偶然を装った接触。それが次第にエスカレートし、店の前での待ち伏せや、無言電話が続くようになった。絢子はその恐怖に一人で耐えていた。塞ぎ込み、まるでハリネズミのように周りを拒絶している俺に、心配などかけられるはずもなかった。彼女は、俺に別れを告げたあの日から、再び一人で戦う覚悟を決めていたのだ。




