京都編②【居酒屋の男】
1日かけて思いつくままに直感で京都の街を探してみたが
思ったようにはいかなかったので、
わたしたちはまた明日出直すことにした。
朱華「まあ、一日で見つけられるとは思っていないから。
今日はゆっくり休んで明日また探そう」
旅は長い、
最初から来宮を疲れさせたくはなかった。
体力も、気持ちのモチベーションも。
来宮「そうですか、わかりました」
無事京都に来れたのだから。
まずはそれに感謝し、一日を締めようと思った。
わたしは来宮を連れて、
京都料理を食べることができる店に行くことにした。
朱華「せっかく京都に来たんだし、何か食べに行こうか!」
来宮「はい、朱華先生!」
わたしたちは宿泊するお宿がある嵐山まで
夕暮れを横目に電車に揺られ移動した。
歴史ある渡月橋、流れる桂川。
ああ、私は今、京都にいる。
人生とは何が起こるか本当にわからないものである。
【居酒屋にて】
京都は会社勤めだった20代の頃に何度か出張で訪れたことがあったが、
プライベートで来る機会はあまり無く、店には詳しくない。
口コミで良さそうな店を適当に見つけ出し、
運良く当日でも予約ができる店があった。
朱華「居酒屋なら予約できたよ!」
来宮「楽しみです!!」
京都に来る観光客から人気の店で、
京都ならではの木造に間接照明が小洒落た雰囲気の店である。
はるばる京都まで大して理由も聞かずに付いてきてくれた来宮に感謝を込めて。
今宵は好きなだけ飲み食いしてもらいたい。
店の入り口は引き戸を開けるとガラガラと良い音がした。
「いらっしゃいませ」
中から藍色のエプロンをつけた体格のいい店主が出てきた。
割と人気の店のようで、テーブル席はすでに予約で埋まっており、
なんとか確保できた席は厨房に近いカウンター席だった。
朱華「来宮、好きなだけ食べよう!せっかく京都に来たのだから。」
来宮「ありがとうございます、
たくさん歩きましたしお腹空きましたね!」
前半はすっかり観光気分になってしまったが、それも悪くない。
人生における全ての行動の中に何かのサインが隠れているのだから。
朱華「いつ終わるかわからない今世に乾杯!」
来宮「乾杯!、、、って随分と大袈裟な乾杯ですね」
ビールと、ちょっとしたつまみに
揚げ湯葉豆腐、鴨肉料理、米茄子の味噌田楽を頼んだ。
朱華「熱っ!」
湯葉の衣に包まれた熱々の揚げ豆腐で唇を火傷してしまった。
来宮「大丈夫ですかっww」
朱華「来宮、笑ってる」
来宮「だって、、、笑」
笑うのを堪えながら見つめる来宮は、
箸で揚げ湯葉豆腐を半分に割り、
中が冷めるまで少し待つことにしたようだ。
来宮「朱華先生のおかげでわたしは火傷せずに済みそうです。
いつも助けていただいてありがとうございます〜!」
珍しく冗談を言う来宮はなんだか楽しそうだった。
朱華「感謝してよね」
唇の火傷をした理由は別にある。
美しい長髪の男がビールを注いでいるのが
目に留まったからだ。
その男に目を奪われてしまい不覚にも
何も考えずに口に放り込もうとして火傷をしたのだ。
奥のテーブルでは少人数で宴会をしているようで、
その席に付いてオーダーをとっている。
アルバイトだろうか。
年齢はとても若く見えるが落ち着いた口調で品のある所作、
後ろ姿からも強く清らかなオーラを放っている男だった。
“美しい“
霊力までははっきり分からないが、ただならぬパワーを感じる。
料理を楽しみながらしばし観察する事にした。
そんな私の様子は全く悟られることもなく、
来宮は京都料理を堪能したようだ。
来宮「お腹いっぱいになりました!どれも美味しかったですね!」
朱華「本当だね、京都に来てくれてありがとう来宮」
来宮「いえ、慣れてますんで。
朱華先生の直感任せのありえない突然の行動。」
朱華「うん、、、。」
来宮の冗談も聞き流してしまうほどに
奥にいる男に気を取られていた。
ああ、間違いない。
普通ではないオーラとパワーを持つ男である。
探している仲間に違いないと直感で感じた。
来宮は全く男にも、わたしの異変にも気付いていない。
来宮「明日はどこを探しましょうかね」
朱華「うん、それなんだけど。必要なさそうだよ。」
来宮「え?どういうことでしょうか」
全く状況が理解できない様子の来宮である。
朱華「ちょいと、あの男をナンパしてくる。」
来宮「は!?」
店にあった紙ナプキンに、
連絡先とメッセージを一言書いて渡そうと考えた。
まるで昭和の男が
カフェで見つけた好みの女にするような行動であるが、
そんなことはどうでもいい。
彼が宴会の席を離れた隙に、そっと近寄り渡そうと思った。
客が店員にお手洗いの場所を聞こうとしているような自然さを装い、
話しかけることに成功した。
朱華「すみません。お手洗いはどちらでしょうか。」
わたしは男の霊力を真近で感じようと近づき、
横から彼を覗き込むように聞いた。
わたしのことを数秒見つめた後、
男「あ、はい、このまま進んでいただいて、左の角にございます。」
間があったが男はで丁寧な口調で案内してくれた。
朱華「ありがとうございます。ではこちらをお礼にどうぞ」
素早くメッセージと連絡先を書いた紙ナプキンを取り出し、
彼に手渡した。
男「あ、はい」
驚いた様子ではあったが、拒否されることもなくそっと受け取り
エプロンのポケットに忍ばせてくれた。
これだけの容姿を持った若い男なので、
本当のナンパ目的で女性から連絡先を突然聞かれるといったことは
日常茶飯であると考えた。
しかし軽いナンパなどではない。
これはスカウトだ。
来宮「先生、正気ですか!」
男に話しかける様子を見ていた来宮が、
信じられないような顔でわたしを見た。
朱華「わたしは真剣です」
来宮「どういうことですか?真剣にナンパなんて!」
あの男のオーラ。眩しいほど光を放っていた。
堂々と美しい男を居酒屋でナンパした師匠に弟子は言った。
来宮「ああいう若い男が好みだったんですね」
朱華「それのどこが悪い」
師匠が本気で男をナンパしたと思っている様子である。
朱華「来宮、あの男のオーラ。気付いた?」
来宮がわたしに向ける軽蔑の眼差しに耐えられず、
さっさと理由を話そうと思った。
来宮はやっと、はっとした顔をした。
来宮「え?、、、まさか、、、」
朱華「間違いない」
来宮が輝きを放つオーラの男を確認しようと振り返った時には、
男は店の裏手に戻ってしまったようで、
姿と霊力をもう一度確認することはできなかった。
“あなたの使命を知りたければ、
明日の朝5時に竹林の小径の中心に来てください“
と書いた。
あの覇気とオーラの持ち主であれば、
手紙を見て無視はできないに違いないと思う。
逆の立場だった場合、私なら必ずその場に行くと思う。
来宮「内容、おかしいですって。
朱華先生の基準が普通の人に通じるわけないんですよ!?」
内容を知って驚きを隠せない様子の来宮が言った。
朱華「普通の男じゃなかったもん」
来宮「探してる仲間かまだわからないんですよ!?
見知らぬ女性が居酒屋でナンパしてきたと思ったらその内容、、、
しかも明日の早朝って!場所もなんで竹林!?
意味わからないんですけど!」
朱華「意味はないけど、嵐山と言ったら竹林じゃね?」
わたしだってバカだけど、ただのバカじゃない。
仲間になる人物なのであれば、
ナプキンに入れ込んだ私の念力に気付き
何かが起きようとしていると気付くはずであろう。
来なければ生きるセンスがない奴かただの男。
それだけである。
来宮はため息をつきながら言った。
来宮「はあ、、、連絡してきてくれますかね」
男の存在に気付かず京都料理を楽しんだことを
後悔するように来宮は言った。
自分の目で確かめたかったことだろう。
朱華「大丈夫。自信ある。」
納得がいかない来宮の夜。
これから起きる事にワクワクする朱華の夜。
明日、
京都でわたしたちの朝が明ける。