第六章 接客
あーあ…真理さん 怒るだろうな
憂鬱な気分で店のスタッフルームに戻ると真理は意外にもにっこりと笑って出迎えた
「すみません、勝手にお店抜けて あのランスロ…」
スッと華奢な長い人差し指で央の唇を塞ぐ
「目覚めたんでしょう…プレイヤー引退したいってさっき連絡があったわ」
「え…いきなり…ですか」
「このお店を開いたのはね 第一に散り散りになった我が一族たちを探すこと…そしてもうひとつ」
「前世に離れてしまった自分たちの運命の相手を見つけてほしくてね」
このひとは…
「ふふ 理解できない、といった顔ね」
「一族には幸せになってほしいの 誰もが魂がちぎれそうなほど孤独に時を重ね辛い想いをしているから…」
「そうだったんですか…」
「あなたが彼女の跡を追ってすぐランスロットも追いかけたのよ」
「ありがとう 央…それでね…」
「今夜は彼の抜けた穴を埋めて頂戴ね」
え? え? ええっ
「でもランスロットさんのお客様は彼に会いにいらしたのに俺なんか着いたらお怒りに…」
「お客様にはランスロットは体調を崩してあがったと伝えておいたわ」
「大丈夫よ うちの店は会員制で痛客いないから」
嘘だ…ろ
でも 俺が麗華さん追っかけたせいでこうなったなら責任とらないとだよな…
「わかりました」
腹をくくり店内に戻るとランスロットの女性客がそれぞれのテーブルで待っていた
うわっ めちゃくちゃ注目されてる…
まずは詫びないとな…
央はひとりひとりに土下座をしようとテーブルに向かった
「 今日から入ったトリスタンってあなたなの? 」
「はい、よろしくお願い致します」
肩でなびくゴージャスウェイビーが華やかな28くらいに見える女性客は央をじっと見つ
めると微笑んだ
「今夜はランスロットがいない代わりにあなたをイジメていいって内勤から聞いてるん
だけどね」
え、なんだよ、それ~!!
「安心して 本当にいじめたりしないわよ ねぇ?」
くすくす…「もちろん そんなにかたくならないで新人さん」
ランスロットの女性客たちがずらりと央を取り囲む
「彼の代役は無理だろうけれど今夜は私たちが退屈しないように楽しませてくれるでし
ょう?」
「はい、ご期待に沿えるよう誠心誠意、真心を込めてお相手させていただきます」
央は膝魔づき敬意を表して頭を垂れた
「 皆さまは…ぬいぐるみ占いはご存知ですか? 」
女性たちは顔を見合わせながらキョトンとしている
「血液型や星座占いはしってるけど…ぬいぐるみは初耳だわ」
「ぼくが師匠と呼んで尊敬している占い師の方に教わったんですが…けっこう当たるん
ですよ」
央はスマホを出してぬいぐるみの画像を見せながら
「皆さまは一緒に寝るならどのぬいぐるみがよろしいですか?」
「私はこの気のよさそうなクマかな」
「私は柴犬」
「このニワトリ可愛い」
大人とはいえぬいぐるみが嫌いな女性はまずいない
ぬいぐるみ好きな央の為に昔、霊感の強い占い師の先生が考えてくれた占いでかなりの高確率で当たるのであった
ラッキー! 皆さん選んでくださってるぜ
「姫君、選んで下さりありがとうございます。皆さんがそれぞれ選ばれたぬいぐるみで恋愛思考や相性のいい相手などわかるんですよ クマを選ばれた姫様は…好きになればなるほど相手に対して素直にな
れず 逆に心にもない言葉を言って傷付けてしまう傾向がございます」
「……当たってる…で、どうすれば好きな人と上手くいくの? 」
「心の底でこの優しそうなクマのように温かさと包容力を求めている貴方は少女に戻っ
た気分で相手に甘えてしまうと意外と戸惑わずに受け止めてくれるのでうまくいきます」
女性はスクっと立ち上がると帰り支度をする
え、気を悪くされたのかな
ヤバい、どうしょう、俺…!
焦りながら追いかけてくる央に女性はウインクして
「素敵なアドバイスありがとう さっそく少女に戻って試してみるわ」
「あなた 不思議な人ね 楽しかったわ」
じ~ん…優しい言葉に感動…
「ありがとうございます。姫君 エレベーターまで送らせて下さい」
店に戻ると女性客に占いの続きをねだられひとりひとりを丁寧に占いアドバイスをした後は身も凍るような実話怪談やスピリチュアルな話題を披露してなんとかその場を乗り切った
「よ、お疲れさん」
キュルルルルル
ナンバー2のガヴェインに肩を叩かれ緊張が解けたせいか お腹が鳴った
そういや夕飯食べてなかったっけ…
「あっはは きみ、お腹空いてるのかい? 近くに美味しい焼肉屋があるから奢るよ」
ナンバー5のケイに誘われる
肉!! マジかよ、マジかよ すっげえ! 焼肉なんて1年以上食ってねえし…
「本当ですか! 感激です! あの、でも…」
背後にいた真理の顔色を伺うと「いってらっしゃい」腕組みをしながら微笑まれ安心する
「はい、ありがとうございます。ケイさん、ごちそうになります! 」
「初日なのに よく頑張って切り抜けたね きみ、偉いよ」
少しも先輩風を吹かさずに気さくに気遣ってくれるケイに感動しながらカルビーやロースを頬張る
「肉は逃げないからゆっくりおあがりよ」
笑いながら言われ やっぱりヴァンパイアってもと貴族だからなのか品がいいなぁ
ケイさん、優しい方だぜ 尊敬するぜ
どこまでもついていきます!
「あっははは…焼肉ぐらいで大袈裟だなぁ でも嬉しいよ ぼくは双子の弟と離れ離れになってね
探しているんだ」
「そう…だったんですか 俺は!! 俺は…大切な兄弟を失う辛さは誰よりもわかります!
俺、姉さんを蘇生してもらわなければ狂っちまったかもしれません。
ケイさんがはやくご兄弟と再会出来るように俺にも協力させて下さい! 」
ケイは瞳を潤ませ微笑んだ
「きみを見てると弟を思い出すよ 優しい子だね…きみは…ありがとう あ、チゲとピビンパが来たよ」
「はい、遠慮なく頂きます!」
央はたらふくご馳走になり帰りを待っている雪へのお土産に焼肉弁当まで買ってもらった
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