第五章 ランスロット
19時 Camelotの扉が開かれる
「初日はランスロットのヘルプにつきなさい」
「はい」
真理に言われ央はランスロットのテーブルに同席する
「ランスロット」
見るからに品のいいお嬢様といった感じの気位の高そうなツンデレタイプの女性が来店した
「いらっしゃいませ 麗華さま」
ランスロットは跪き優雅の手つきで麗華の手の甲にキスをすると髪の毛にスッと指を通
しながら囁いた
「美しい…真珠のような肌によく映えておいでです ですが…以前のほうがわたしは好
きです」
髪に触れられた指を軽くはらい
「おあいにく様…みんな褒めてくれるわ それに…あなたの為に変えた訳ではなくって
よ」
ヘアカラーを変えた麗華は不機嫌そうに言葉を投げる
「ひどいお方だ…気になる殿方でも現れたのですか」
ランスロットの言葉に勝ち誇ったように ふふんと麗華は微笑んでいる
「あら、なぜ? 」
「以前にも増して艶やかに美しくおなりだ…貴女はどこまで私を苦しめれば満足なんですか!」
眉間に皺を寄せ苦しそうなランスロットに麗華の瞳の色が変わりギラギラと狂気を宿し始める
「まだまだよ ランスロット 貴方が私しか目に入らなくなって狂ってしまうまで苦しめてあげる」
なんなんだ…この茶番…ランスロットって確かドMだっけ
なるほどな さしずめこの女性は王妃グィネヴィアか…
真剣な顔で考え込んでいる央を見て麗華は吹き出す
「ぷっ 真面目なのね あなた 名前は? 」
「トリスタンです」
「ふぅん イケメンじゃない トリスタンだっけ」
「はい」
「ランスロットに飽きちゃったから今夜からあなたに担当変えてもらおうかな」
待ってくれ…もろ爆弾じゃねぇか
あ、ひよっとしてこれってランスロットさんを試してる?
ランスロットは一瞬真顔になり微笑んだ
「私は構いませんよ うちは永久指名ではありませんので」
珍しいな…って おいおい いいのかよ?
「…冷たい男ね 」
「ランスロットにリシャールを…」
いきなりその展開かよ!
運ばれたリシャールのボトルを開けると麗華は立ち上がりランスロットの頭にトポトポと注ぐ
え、えー!! やばいって…焦って央はタオルとおしぼりを取りに行く
「手切れ金よ…」
鞄から札束をテーブルに出して麗華は店を出て行った
顔色ひとつ変えずにランスロットは着替えのため店の奥へと入って行く
「姫、姫、お待ちください! 姫!!! 」
央は反射的に麗華の後を追いかけていた
「何…? 」
振りむいた麗華の瞳から涙が零れる
「いいのよ これで そろそろ潮時だから 言葉遊びに疲れちゃった」
「なら…どうして泣いているんですか 」
「え? 」
「あんな高いボトル入れて…そんな風に割り切れるならどうして泣いているんですか! 」
あっけに囚われた麗華に央は跪く
「お願いします お店に戻って下さい」
何…言ってんの…この子…
「恥をかかせたいの? これ以上惨めにさせないでよ! 」
「惨めなのはあなたに試されたランスロットさんです!」
な…
「あの人が惨め? バカ言わないで、顔色ひとつ変えずにいたのよ あなた、見ていたん
でしょう?」
「お戻りくださいっ!! 」
ちょ、何なの、何なのよ、この男は…
「終わりになさるにしても相手の気持ちを聞かなくていいんですか? こんな後味の悪い別れをなさる為に今夜、来店されたんですか?」
「いま、戻ったらいい見世物になるだけよ」
「スタッフルームにいらしてください…傷ついているあなたをこのままお帰し出来ません」
「余計なことして、あなたクビになるわよ? 」
央は土下座をして頼み続ける
「麗華様、お願いです。どうか! どうかお戻りください」
……
「ふたりきりにしてくれないか…」
振り返るとランスロットがリシャールでずぶ濡れになり佇んでいた
ヤバい…この状況…すげぇヤバいって…
「す、すみませんっ」
頭を下げる央の頬をピシャリと軽く手の甲で打つとランスロットは麗華に向き合う
「水も滴る…いい騎士だ…こと… 」
憎まれ口を叩こうとするが言葉が出てこない…
「何で…何で追いかけてくるのよ! 店、ほったらかして! バカじゃないの!!」
「バカだから担当変えたくなったんですか…」
………!
「気持ちを試すために言ったのなら許してやる…素直に認めて謝れ」
鋭い眼差しで見据えられ麗華は動けなくなる
「 麗華… 」
ランスロットの髪からポタポタと雫が落ちる
「ご…ごめんなさい、あなたの反応が知りたくて…いつも何考えてるのかわかんくなくて…このままじゃ頭がおかしくなりそうだったのよ 私 」
ランスロットは麗華を抱きしめると優しく頭を撫でた
「とっくにおかしいだろう お姫様…」
ランスロットさん Sだったのか…
「トリスタン」
「は、はいっ」
「今夜はあがる 真理様に伝えといてくれ」
ええええぇー マジかよ…
「ふ…」 トリスタンに向かって微笑むとランスロットはボソリと言った
「新人に教えられるとはな…騎士失格だ…」
えっ
「 頑張れよ! 」
央の肩をポンと叩くと麗華の頭を抱えながらタクシーに乗りこみCamelotのナンバーワンは歌舞伎町を後にした
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