第三章 カムアウト
「真理様、お届け物です」
秘書の塁は大きな箱を抱えてきた
「まさか…央から? 」
箱を開けると抱き枕のような特大サイズの犬のぬいぐるみと目が合う
「……… こんにちわ… 」
あの子、約束を守ったんだわ
抱きしめるとなんとも心地いいモフモフ感にうっとりする
「気に入られたようですね」
塁に言われ否定もせず真理はぬいぐるみを見つめて呟く
「ポチ…」
「なかなか正統派のお名前かと… 」
「央の準備は…」
「今宵がデビューですから抜かりはございません」
コンコン! コンコンコン!!
慌ただしいノックに真理は塁に目くばせした
「開いていますよ。お入りください」
ハァ、ハァハァ…息を乱しながら央が入ってくる
「なん…だよ、この恰好…コスプレでもやる気なのか? 」
「あら、気に入らなかった? 」
「そーゆー問題じゃない! 何で中世の騎士の格好させられなきゃなんないんだよっ」
「似合ってるわよ、ねぇポチ…」
「お、届いたか~名前つけてくれたんだな、嬉しいぜ」
途端に表情がフニャっと和らぐ
「よかったな、ポチ、可愛がってもらうんだぞ~」
ポチを抱っこしながらスリスリする央を見て
「本当に好きなのね… 」
真理の冷めた視線にハッとしながらも央は語りだす
「俺、鍵っ子でさ、小さい時から両親働いててうちにいるぬいぐるみが友達だったん
だ…」
「親父は小さいながらもぬいぐみのお店をやっててうちには売れ残った子たちがいたか
ら姉さんと一緒に遊んでた。寂しい時も嬉しい時もあの子たちと一緒に乗りこえたんだ」
「だからさ、俺にとってこいつらは家族のような存在なんだよ」
ポチに頬ずりしながら語る央を見て真理は問う
「血の繋がった家族を取り戻したくはない? 」
央の顔が真顔になり怒りに満ちていく
「からかってるのか? あんた、助けてくれたことは感謝してるが…笑えない冗談で人をからかうなよ! 」
腕組みした真理はひと言… 「 塁…」
「かしこまりました」
塁は部屋のドアを開けると信じられない人をエスコートして中へと入れる
「…! そんな…そんな馬鹿な…どうなってんだよ」
央は何度も目をこすりながらその名を呼んだ
「どうしてここにいるんだよ…姉さん…」
一年前に儚くなった央の最愛の姉・雪はふらつきながら近づいてきて優しく手を握った
「心配かけてごめんね、央くん」
俺は…夢を見ているのか?
頭がおかしくなったのか…
「安心なさい。幽霊じゃないわよ」
真理の声が混乱した頭を現実に引き戻した
「人間の蘇生は…簡単だからね」
「は…? え、え、…意味わかんねぇし… 」
「いやなら戻しましょうか? 」
慌てて雪を抱きしめながら央は首を振る
「 やめてくれっ、なんだかわかんないけど生き返ってくれたならそれでいい! いいんだ… 」
姉と抱き合いながら号泣する央に真理は話しを続ける
「言い忘れたけれど…辛い記憶は抜いてあるから心配ないわよ」
記憶を抜くとか蘇生したとか
再び雪に会えたのは夢のようだがこの現実に頭がついていけない
「今月はハロウィン月だから毎晩コスプレすることになるけど…来月からまともに戻るから我慢なさい」
「はい…わかったよ、わかりました。姉さんが帰って来てくれたから365日でもコスプレでも何でもするよ! 」
「そうね」
真理はにっこり微笑み頷いた
「 源氏名はトリスタン 」
トリスタンって…確か世界最古の恋愛小説だっけ…
「 ビンゴ! 」
心を読まれた…この人は一体何者なんだ…
「魔女よ…ヴァンパイアでもあるけどね…」
「そうか、魔女か…って ええっ!!! 魔女? 」
頭で理解するより早く央は気を失った
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