客人
あのおばさん、相当ビビってたな
18歳になったばかりのヒデは不機嫌そうなルカにコーヒーを差し出されて飲んでいる
「どした?浮かない顔して」
「ちょっと黙ってくんない?」
煩わしそうに言われカチンときたヒデは
「…んだよ! てぇ貸してくれっつーからおばさんちまで行ってやったのにそーゆー態度なくね?」
「もういいよ」
「は? 何が?」
「だーかぁらぁ! 恩着せがましくすんなら手引いていいっつってんの」
「はぁ? お前さ、ほんとは妊娠してないからビビってんのか」
ルカの平手打ちがヒデの左頬をピシャン!!
「いってえな! ざけんなよ、てめ…」
「よせよせ、ヒデ、こいつ生理で機嫌悪いんじゃね?」
冗談めかしに間に入る祐介をルカが凄い目で睨みつける
「2人とも帰って…報酬に百万ずつあげたっしょ。帰って…もういいから」
「悪かったな ルカ、お前が気が済んだんなら俺たち手え引くから…ヒデ、行くぞ」
「なんだよ、俺、殴られ損じゃねーかよっ」
ぶつぶつ文句を言うヒデの背中を押しながら19歳の祐介はルカのマンションから帰って行った
誰もいない3LDKのマンションで膝を抱えルカは泣いた
パパが買ってくれたマンション…独りじゃ広すぎる…
どうして突然、あたしの上で逝っちゃったのよ…
香奈って女…何の苦労もなさそうでムカついた
パパはお互い両親の犠牲になって結婚したから愛情なんてないって言ってたけど…
あんなに優しい人をあの奥さんどうして愛さなかったんだろう
ホントはちょっと脅して嫌がらせするだけのつもりだったのに…まさか1憶出すなんて
思わなくて…
お金持ちの苦労知らずのお嬢さんだからそんなのへでもないって態度に腹立って苦しめ
たくなったけど…
ピンポーン
誰? あいつら戻って来た?
ドアスコープから覗くとロングコートを着たスラリとした男性が佇んでいる
なに…誰なの…こいつ
「どなたですかぁ」
思いっきり感じ悪く尋ねるルカに紳士的に央は応えた
「突然、申し訳ございません。わたくし香奈さんの友人で山田と申します」
ゲッ! あの女の友達かよ…
「ご安心ください。女性の部屋に上がり込むほど非常識ではありませんので…よろしけ
れば外でお話ししたいのですが…少しお時間を頂けないでしょうか」
ふぅん…何を言いたいんだか ま、いいや…暇つぶしに聞いてやろうじゃない わりとイケメンだし
ガチャ…
「別に逃げも隠れもしませんからどーぞ…」
「ありがとうございます。時間はとらせませんので…お邪魔させていただきます」
ドアを開けられ央は会釈をすると靴を脱いでルカの部屋にあがった
「なんもないからコーヒーでいい?」
「いえ、お構いなく…」
気取った男だな…感じわるっ
「で…山田さん…だっけ? あんた、あのおばさんの代理で来たんでしょ。とっとと要件言ってよ」
「悲しそうですね…」
「はあ?」
何言ってんの…こいつ
「瞳の色が…大切なものを失った色に見えたので…」
大切なもの…
そうよ…パパはいつだって優しくて大人であたたかくて…大事なひとだった
「いきなりやってきて何? あんた、人をバカにしてんの?」
央の眼光が鋭く光った
「バカにしているのは貴女の方でしょう…」
う…なん…なのよ…こいつ…さっきと雰囲気がぜんぜん…違う…
ルカは訳の分からない恐怖心に囚われ動けなくなる
「事情は…わたくしが関与することではございませんが…大切な友人の香奈さんを苦しめるのだけは辞めて頂きたい…」
「今後二度と…関わらないでいただけますね…」
「なっ…」
冗談じゃないよ! そう言い返そうとした途端に頭が割れるように痛んだ
「痛い…」
「もう一度伺います…二度と彼女に付きまとわないでいただけますね…」
頭が痛くて意識が朦朧とする中で央を見ると瞳が紅色に染まり青白い肌は陶器のようで無表情にルカを見つめている
だめだ…力が抜け…る…
「はい…約束…します…今後…二度と…奥様に近づきません…」
「約束を破った時は…」
じりじりとにじり寄った瞬間、ルカの愛犬のシーズー犬のルルの吠える声で央は正気を取り戻した
わんわん! わんわんわん…
ルル…
「ルル、おいで…大丈夫よ…」
キューン…尻尾を振りながらルカに抱きしめられているルルを見て央は席を立った
「どうやら 大切な家族のようですね。ご自分を貶めるような事はなさらないほうがいい…亡くなられた彼が悲しみますよ」
パパが…かな…しむ…
「約束していただければ結構です。それからあなたのご友人にも二度と香奈さんに関わらないよう約束させてください。お嫌なら…わたくしが直談判致しますが…」
ヤバい…なんだかわからないけど…はったりじゃない!こいつを怒らせると…あいつらに何するかわかんない…
「わかった。今からあいつらのトコ行ってくる…」
言い終えないうちに央にスッと前を立ちはだかられルカは固まった
「こんな時間に女性の一人歩きは危険です。お供いたしましょう…」
ええっ…却ってマズイことになっちゃった…
「ですが…考えてみれば…あちらは男性ですからこちらに来ていただきましょう」
冷酷に微笑む央にルカは逆らう気力を失くし2人をラインで呼び出した
数時間後…ピンポーン…
玄関のチャイムに反応した央がゆっくりとドアを開ける
「んだよ、いきなりまた呼び出して……って…誰?こいつ」
露骨に不機嫌そうなヒデの胸ぐらを掴むと央は彼を片手で持ち上げる
「ひいっ、な、なにすんだよっ、てめ…」
足をバタつかせて暴れるヒデに
「それはこちらのセリフですが…」
「ちょっと待ってくれ! あんたが誰か知らないが話、ちゃんと聞くからそいつを降ろしてやってくれませんか」
真剣な顔で友人の心配をする祐介を見て央はヒデを解放した
「なら簡潔に言おう…二度と香奈さんに近づくな…」
真紅の瞳をギラつかせる央に睨まれ2人は一も二もなく二度と関わらない事を約束して血判状まで押す羽目になった
「では…わたくしはこれで…突然お邪魔して失礼致しました…」
わんわん♪ わんわんわん
玄関に向かう央の足元にじゃれるルルをひょいと抱き上げるとびきり優しい笑顔で頭を撫でる
「よしよし、お前のママを脅かして悪かったな、もう帰るから安心しろよ」
そのギャップに驚いたルカは体中の力が抜けて言葉が出てこない
なん…なの…ルルが殺されるかと思ったら…まるで父親みたいな…なんて優しい顔…するんだろう
「その子の為にも…あなた自身を大切になさってください…」
振り向きざまにルカに言葉をかけると央は車を走らせ闇の中へと消えて行った
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