第十二章 襲来
「 その名は忘れました 」
光、改め亮は瞳を伏せた
ガスを消し忘れた雪を救うため光は自分の命と引き換えに真理と契約を交わしたのだ
光とクマ助の記憶を消した雪と央にけっして身分を明かさないゲッシュのもとに別人となりCamelotで働きながら央を見守り、力になること…
「 もとチンピラホスト…といえども歌舞伎で名を馳せたナンバー1だったあなたなら央
にアドバイス出来るでしょ 」
「 構いませんが…バーテンダーの言うことなんて聞きますかね… 」
「 大丈夫…素直な子だから 私は出来ない事はやらない主義なの 」
「 それに…雪ちゃんが心配でしょう? 」
「 …… 出来ることなら何でも協力します いえ、させてください 」
「 契約成立ね…今夜から店に出てもらうわよ 」
「 バーテンダーの資格は持っていますけど取り直さないと… 」
「 心配無用…私を誰だと思っているの? 」
そうか…この人は…魔女だっけ…
「 あとで央に紹介するからよろしくね、亮 」
「 かしこまりました 」
正式に契約した光、じゃなく亮は真理に跪き忠誠を誓い央の接客を見ている
「 だめね、ランスロットとぜんぜん違う 」
央の接客がお気に召さない姫君がひとり
ランスロットにぞっこんだった累は来店してはあかるさまに不機嫌な顔つきで央をチクリチクリと苛めるのだ
「 ランスロットは完璧だった…彼といると時間の経つのを忘れてシンデレラになったみたいだった… 」
「 素晴らしい方ですね 優雅な物腰と美しさ…優しく洗練された会話…心から尊敬しています ですが…私はあの方の代わりにはなれません 」
「 どういう意味かしら? 」
「 トリスタンとランスロットは別人ですから 」
にっこり微笑んで央は応える
「 真似をしたり、近づこうなど言語道断 それこそ身の程知らず、というものです 」
「 つまりは…私を満足させられないと兜を脱ぐのね 」
「 いいえ! 僕は僕でしかない 時間をかけて姫に知って頂ければと思っております 」
「 おほほほほ あなた、自分の立場を理解出来ないようねぇ 何故私があなたを理解しなければならないのかしら… 」
バシャ! 塁にグラスの中身をかけられ顔が水浸しになった央はポタリ、ポタリと髪から雫を零しながらハンカチを差し出した
「 拭いて…ください 塁様…あなたの手で拭いてください 」
瞳を逸らさず熱いまなざしで見つめる央を累はキツイ眼差しで見返していた
「 誰か! タオルを持ってきて 」
「どうぞ…」
成り行きを見ていた亮が差し出すタオルを受け取ると累は央に向かってポイッと投げつける
「 自分でお拭きなさい 両手があるでしょう? 」
「 いやです!! 累様が拭いてくださらないならこのままでいます! 」
な……
子供みたいな駄々をこねられ累は毒気を抜かれたように押し黙り仕方なく央の濡れた髪を拭いてやる
その手首をそっと掴むと央は塁の手の甲に接吻した
「 ありがとう…風邪をひかずにすみました あなたを不快にさせた償いをさせてください… 」
央はスっと立ち上がりカウンターに向かうと…累の好きなフルーツの盛り合わせを亮に伝えた
亮は頷いて美しいカクテル…ではなく特盛のSNS映えする見事なフルーツパフェを作り出す
「 これは…? 」
「 あの手のタイプは、いえ、お客様はこちらのほうがお好みかと… 」
ニヤリとウインクして亮は耳打ちする
へぇ、そうなのか…
「 ありがとな♪ 」
満面の笑みを残し央は自らテーブルに特盛パフェを運ぶと…
「…わかってるじゃない…」
途端に表情が和らぎ 嬉しそうにパフェをつつき出す累を見て
「 すっげえ! 亮さん、流石だぜ 」
央は改めて亮の機転に感謝し尊敬する
なんとか機嫌を直した累は「 美味しかったわ またご馳走してね 」と言い残しタクシーに乗り込んだ
だめだなぁ 俺…もっと勉強しないと…
「 トリスタン、ちよっと!! 」
累を送り出し店内に戻るとマネージャーが顔をしかめて呼びに来る
「 どうしました? 」
「 央くん、やっぱりここにいた… 」
入口でスタッフに両手を抑えられホールに行こうとしている若い女性は央を見て瞳をキラキラさせている
えっと…この人誰だっけ…
「 やっと会えた…ずっと探したのよ よかった! 見つかって」
真理に光の記憶を抜かれた央は自分が助けようと説得していた光の顧客の静香の存在を思い出せない
ヤバいぜ…思い出せない…でも、この人は俺を知っているみたいだし
「 真理様…! 」
状況を察し行こうとする亮を真理は黙って押しとどめる
「 ダメよ…あなたの記憶を消したんだから… 」
「 ですが… 」
「 今さら、どう責任とるつもり? いいから黙っていなさい… 」
あなたの力と天性の騎士ぶりを…見せてもらうわよ 央…
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