表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Not just a friend

作者: 緒川 文太郎

 俺は最低な男だ。

 雪の降りしきる横断歩道で、『忘れられない奴』と十年振りに擦れ違った。先に帰宅する様に言い残し、俺は妻と未だ幼い子供を残して駆け出した。

 暫く走った所で、俺は漸くあいつに追い着く事が出来た。恐る恐るあいつの肩に手を掛けると、ゆっくりとあいつが此方を振り返った。


 あいつとは高校時代に付き合っていた。男同士の恋愛なんて否定されるかも知れないが、少なくとも俺は本気だった。あいつは……どうだったのだろうか。

 あいつとの始まりは、俺の両親の離婚が切っ掛けだった。両親から離婚の話を聞かされ、自暴自棄になっていた俺を、あいつは何も言わずに慰めてくれた。身体から始まった関係ではあったが、愛情に飢えていた俺に、あいつは惜しみない愛情を与えてくれたのだ。あいつはいつも、誰にでも優しかった。あいつなら、こんな俺でも受け止めてくれるだろうという、打算的な心理が働いたのかも知れない。

 だが、そんなあいつを俺は傷付けてしまった。只の『友達』なんて思った事は一度も無かったのに、つい女友達にそう紹介してしまった。怖かったのだ。俺はあいつを恋愛感情を持って見ていたけれど、優しいあいつの事だから、俺に同情していただけだったのかも知れない。……俺は、あいつの口からそれを聞くのが、死ぬ程恐ろしかったのだ。


 ゆっくりと振り返ったあいつは、十年前と同じ美しい笑顔で俺を見詰めた。

「驚いた。どうしたの?」

咄嗟に追い掛けて来はしたものの、十年間分の想いが絡まり合って、伝えたい言葉が上手く出て来ない。

「あの……そ、その……。お、俺は……十年前からずっと、お前に言いたい事が有ったんだ。あの時は……本当にごめん。お前の事を只の『友達』なんて思った事は、一度だって無かった。ずっと好きだった……ずっと愛していた。十年経った今でも、ずっと愛している。」

抱き続けた想いを、俺は必死にあいつに伝えた。でも、あいつが俺に向ける笑顔は何処か乾いており、俺の愛情を幾ら与えた所で、決して潤いはしない、永遠の不毛の大地の様であった。

「……そう。ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。」

「待てよ……!俺はこの十年、一日だってお前の事を想わない日は無かった。お前だって……!」

あいつは俺に背を向けると、外套のポケットに両手を入れた。

「……僕は、『久々に』君の事を思い出したよ。それじゃ、ご家族に宜しく。お幸せにね……。」

それだけ言うと、彼は雪の舞う暗闇の中へ消えて行った。


 普段は酒を呑む事は無かったが、その日は夜遅くまで居酒屋を梯子して廻った。かなりの量の酒を呑んだ筈だが、その日に限って一向に酔えなかった。俺が帰宅したのは、新聞配達の単車の音が響く時間だった。

 薄暗いリビングに入ると、其処にはワイングラスを傾ける妻の姿が在った。傍らでは、幼い我が子が寝息を立ててスヤスヤと眠っている。

「寝て……いなかったのか?」

「うん。貴方の失恋の慰労会をしようと思って。待ち切れなくて、先に呑み始めちゃった。」

妻は全てを見通すかの様な目で、静かに俺に視線を向けた。

「何……で……。」

「先に帰れって言われたけれど、気になって貴方の後を付けたの。話は全部聴いたわ。貴方がずっと想い続けていた『忘れられない人』って、彼の事だったのね。」

「知って……いたのか……?」

淡々と語る彼女に、何処まで真実を知っているのか、俺は不安になった。

「半信半疑……だったけれどね。貴方と結婚して三年、ずっと貴方に愛されている気がしなかった。……いいえ、きっと両親に貴方を紹介された時から、私は気付いていたのね。貴方と結婚しても、一生、貴方に愛される事は無いと……。」

「お……俺は……!」

俺がそう言い掛けた時、テーブルの上に置いてあったオードブルを、彼女が皿毎俺に投げ付けた。それは、乾いた音を立てて辺りに散らばり、綺麗に掃除されたフローリングの床を汚した。

「嘘吐き!一度だって……私の事を見てくれた事なんて……無いじゃない!」

妻が……今まで一度も聞いた事の無い感情的な声で、俺に怒鳴り付けた。その声に反応し、寝ていた筈の幼い我が子が、突然に激しく泣き出した。

「離婚……しましょう。」

彼女は泣き喚く子供を抱き抱え、慣れた様子であやしながら、感情の無い乾いた声で語り掛けて来た。

「でも、それは私達二人の間での事よ。この子には関係無い。この先どんな事が有っても、貴方はこの子の父親で居てあげて。」

そう言ってリビングを出て寝室に向かいながら、彼女は少しだけ此方を振り返った。

「今まで、ありがとう……。」


 翌日に仕事から帰宅すると、妻の欄と届出日の日付けが記入された離婚届が、ダイニングテーブルの上に置かれていた。最初、何故妻がその日付けを書き入れたのか、俺には皆目見当が付かなかった。……暫くして、俺は愕然とした。

「最低だ、俺は……。」

それは、愛しい我が子が生まれた日だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ