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第七王女と往く覇道  作者: ティエル
7/31

夜明け前の決戦(前編)

 森を歩いている内に夜が明け、森を歩いている内に昼になった。


 途中で小休止を一度取った。だが、それ以外は不眠不休で歩き続けた。

 魔法王国(マナオラ)北西部に広がる森林は次第に(けわ)しくなっていく。時には歩ける道もなく、深い(やぶ)をナタで切り開きながら強引に進んだりもした。


 弱音は吐かない。先を行くアミティが何も言わないからだ。


 しかし昼過ぎにはさすがにきつくなってきた。アランダシルの街を出てから、もう丸一日歩きどおしだ。

 『そろそろ休もうぜ』というセリフが何度も喉まで上がってくる。それを忍耐力で飲み込むこと十数回目、ふいにアミティが足を止めて振り返った。


「休みましょう」


「お、おう。……小休止じゃないよな?」


「食事と睡眠ですわ。あれをご覧くださいまし」


 アミティがくいっと顎で指し示したのは前方。森の奥に小高い岩山があり、その岩肌に洞穴が一つ、ぽっかりと開いている。

 最後の気力を振り絞り、そこまで歩く。


 穴の中を覗き込むと、意外と奥まで続いているのが分かった。高さもある。一晩の宿には充分だ。


「これ、自然の洞穴じゃないな。魔術か魔法で掘削(くっさく)したやつだ。だいぶ古いぞ」


 壁面を指でなぞる。研磨されたようなこの感触。俺たちと同じように休憩する場所を求めて、誰かが作ったのだろう。恐らく、数十年か数百年前の誰かが。


「熊が巣にしてた形跡があるな。でも、今は使ってなさそうだ」


 どっちにしろ熊程度なら問題にもならない。警戒もせずに中に入る。

 日陰なので気温は低い。外は昨日ほどでないにせよ蒸し暑かったので、これはありがたい。


 【暗視】を頼りに少し歩く。


 突き当たったのは休憩するのに都合がよい広い空洞。地面には何種類かの獣の骨が散乱してるが、すっかり風化していて異臭はしない。

 目を()かれたのは奥の壁面。頭より少し高いくらいの位置にノミか何かで彫りこみがしてある。二つの鍵を十字に組み合わせた図柄だった。


「あれは――」


「始祖勇者のシンボルですわね」


 興味なさげに答えながら、アミティが床の骨を蹴散らしてスペースを作る。

 俺は呆気にとられたまま、シンボルを凝視していた。


「ひょっとして、ここ、建国戦争期のか? 未発見だよな?」


「そのようですわね。申請すれば国家遺産に登録されるかもですわ」


 これまた興味なさげに答えながら、入口から死角になっていた辺りからアミティが何かを引っ張り出す。年代物の革鎧(レザー・アーマー)とその下に着る衣服一式だ。こんな場所にあった割りに状態は悪くない。


 文化庁に届け出せば謝礼金がもらえるかもしれない。

 ウキウキしながら近づくと、アミティが突然、着ている農家衣装(ディアンドル)(すそ)に手をかけた。

 慌てて背を向ける。


「着替えるなら一声かけろよ」


「これ、首元に名前の刺繍がありましたわ。リースですって」


「あぁ!? せ、聖母リースのか!? き、着るな、着るな! 国宝もんだぞ!」


 衣擦(きぬず)れの音が一瞬止まる。

 が、すぐに再開する。


「ご先祖様のものを、わたくしが着て何がいけませんの? 焼け焦げた服のままでいろと?」


「そうは言わんけど……そういやお前、俺が頑張って手に入れた農家衣装(ディアンドル)を、あっさり自分で焼きやがったな?」


 案の定、このツッコミも無視される。


 着替えが終わったのが気配で分かる。視線を戻すと、アミティは麻の袖なし(ノースリーブ)シャツ姿になっていた。下はハーフパンツだ。

 シャツの胸元はやはり広く空いている。聖母リースの肖像画を見たことあるが、そういやコイツに負けず劣らず巨乳だった。


「……飯にするか」


 アミティが作ってくれたスペースに腰を下ろし、荷物を広げて食事を作る。

 水で戻した干し肉をしなびた野菜で包み、それを乾燥パンで挟む。上から各種調味料をかければ、冒険者御用達(ごようたし)の完全栄養ホットドッグの完成だ。


 アミティは礼を言って俺の作った飯を受け取ると、すぐに頬張った。お姫様のくせに、この手のものを喰いなれている所作である。


「美味しいですわ! ロートくん、料理お上手ですわねぇ」


「一人暮らし歴なげーし、冒険者のバイトでこういうの作るのも慣れてるからな。いや、こんなん料理の内に入らねー気もするが」


「立派だと思いますわ。わたくし、上手く作れる自信ないですし」


 褒められて悪い気はしない。頬が緩むのを自覚しながら、俺も飯を口に入れる。

 うん、確かにけっこう美味く感じる。疲れているからだろう。


 食事を続けながら空洞の中を見渡し、奇妙な感慨にふける。

 教科書に載るようなレベルの史跡で、この国の王女と二人で食事を取っている。なんだか自分まで歴史上の人物になったような気もしてくる。


「聖母リースの私物があったってことは、ここ作ったのは大賢者だよな」


「でしょうね」


「建国戦争初期のゲリラ戦やってた頃に一晩の宿にしたのかな。……二百五十年前か」


 リースや大賢者はここでどんな飯を食べたのだろう。

 その時、そばに俺のご先祖様もいたのだろうか。


 そんなことを考えている内に飯はなくなる。

 腹が満たされ、眠くなる。


 俺は無言のまま、外套(マント)をかぶって横になった。

 全身の疲労は想像以上。眠気はまるで泥沼のよう。

 だからアミティの気配がすぐそばまで来ても覚醒せず、そのまま深い眠りに落ちて行った。






    ☆






 夢を見た。


 国の南北をつなぐ“賢者の街道”。そのどこかで執事服の男と制服姿の少女が話している。

 追手の二人だ。メルヴィルは腕組みをして立っており、ラナはその正面で正座をしてうつむいている。


「やれやれ、ラナ。想定外でしたよ。フリートラントくんの能力を確認できなかっただけでなく、足止めさえできないとはね」


「ご、ごめんなさい、メルヴィルさん……」


 どうやら説教中らしい。執事は五人いて、執事長とかいうのがそのトップのようだが、それ以外の連中にも序列はあるようだ。たぶんメルヴィルはラナの指導係か何かなのだろう。


 くどくどと続く、メルヴィルの説教。

 ラナはうつむいてそれを聞いていたが、隙を見て上目遣いで(つぶや)く。


「メ、メルヴィルさんもアランダシルであっさり取り逃がしたくせに」


「君がお嬢様に持たせたブローチのせいですよ。護身用に《火球(ファイアボール)》はやりすぎだからやめておけと私があれほど言ったのに」


「だ、だってお嬢様にどうしてもって頼まれたから。……あ! け、蹴らないで!」


 げしげしとラナの太腿(ふともも)を蹴るメルヴィル。本気ではなさそうだが、けっこう痛そうだ。


 ブローチ。そう、例のブローチを喰らった癖に、メルヴィルに傷らしい傷はない。やはりあんなものでは、この男は倒せないようだ。

 メルヴィルはひとしきりラナを叱りつけた後、ふと首をかしげる。


「しかし妙ですね。なぜ執事長は見合いの件を独断で進めたのでしょう」


「え! メ、メルヴィルさんも知らなかったんですか?」


「当日の朝までね。……ひょっとすると国王様もご存知ないのか? いや、まさか」


 狐目の男は街道の向こうにそびえる逆円錐形の巨大構造体に目をやった。たぶん、それ自体には意味はない。考え事をしている内に、自然と遠くを見ただけだろう。


「気になることは、もう一つ。どうしてフリートラントくんはお嬢様に肩入れするのか」


「え? そ、そりゃあ、お嬢様に惚れてるからじゃないですかねぇ? けけけ」


 ゲスっぽい顔で笑うラナ。コイツ、こういう顔が似合いすぎるな。


「君が提出した『お嬢様に惚れてる男リスト』に彼の名前はありませんでしたが?」


「ア、アイツ、むっつりだから! 興味ない振りしてお嬢様のおっぱいガン見してたんですよ、きっと!」


 めちゃくちゃ失礼なこと言われてる。教室でガン見はしてない。さすがに。


「見極めたいですね、あの少年を」


「見極め?」


「そう、彼が口にした、あの家訓――あれがどこまで本気か知りたい」


「か、かくん? あー、あいつの家の? なんか前に言ってたな、そういや」


 あたふた手を動かしながら、記憶を探るように視線を中空に泳がせるラナ。

 俺は覚えてないが、コイツは俺たちと同じクラスらしい。なので始業式の日にやった俺の自己紹介を聞いていたのだろう。

 同じ日にこいつも自己紹介してたんだろうが、それについてはマジで記憶にない。


「とりあえず明日、もう一度戦ってみますか。君にも協力してもらいますよ、ラナ。汚名返上してもらわないとね」


「……ぼ、ボクの《飛行(フライ)》と《瞬間転移(テレポート)》がなきゃ追い付けない癖に、偉そう」


「何か言いましたか?」


「い、いえ、なんでも」


 ラナは肩を震わせて縮こまる。それからふいに目を見開くと、空を見上げた。


「あ、あ……み、見られて(・・・・)ます! お嬢様に!」


「それを早く言いなさい」


「い、今気づいたんですよぉ!」


 メルヴィルがまたゲシッとラナに蹴りを入れる。

 ラナは体を丸めてそれを受けながら、短い呪文を唱えて(かし)の杖を振るう。《防諜カウンター・インテリジェンス》の魔術を使ったのだろう。


 夢にノイズが走り、輪郭がぼやける。――脳が覚醒する。






    ☆






 目が覚める。

 見えたのは暗い岩肌の天井。


 聖母リースたちが二百五十年前に利用した洞穴。そう、俺はそこで寝ていた。

 意識が妙にハッキリしている。しかし現状を理解するのには、やや時間を要した。 

 毛布の代わりに(かぶ)っておいた旅装外套(マント)。その中にもう一人の気配がする。というか、しがみつかれている。


 恐る恐る、外套(マント)をめくる。

 アミティだ。というか、他にいるわけがないが、巣穴の栗鼠(リス)のように体を丸めたアミティが、俺の胸にしがみついて眠っている。


 整った顔立ち、きれいな肌。長いまつげに、艶のある白銀(プラチナブロンド)の髪。

 黙っていれば非の打ちどころのない美少女だ。これが俺をわけわからん旅路に強制的に連れ出した犯人なのだから、世の中見た目だけで判断すると痛い目を見る。


 俺の気配を感じてか、もぞもぞと動くアミティ。気だるげに小さく(うめ)いたのち、ぱっちりと(まぶた)を開けて、あくびをする。


「ふぁぁ……あら、ロートくん、おはようございますわ」


 なんで一緒に寝てんだ? という問いの前に、別の疑問が口を突いて出た。


「なんか変な夢見たな?」


「わたくしも見ましたわ。ラナとメルヴィルでしょう? わたくしの【天啓夢(ギフト・ビジョン)】の効果ですわ」


「まーた勇者特権(ブレイブオーダー)か」


「そう、自身の役に立つ映像を夢で見る能力ですわ」


「ほーん、そんなんもあんのか。勇者ってやっぱスゲーなぁ」


「高位の勇者になると未来を見る能力を持っていたりしますわよ。わたくしの【天啓夢(ギフト・ビジョン)】で見れるのは現在のことだけですけどね」


「……現在ってこたぁ、さっきのあれは俺らが寝てた時のアイツらか」


 コイツの能力なのに、なぜ俺も見たのかはさておき。アミティをひっぺがし、荷物から地図を取り出して地面に広げる。


「夢の中でメルヴィルが逆円錐形のダンジョン見てたな。ありゃパールスロート遺跡だ。ってことはアイツらこの辺りにいたわけだ」


 地図の一部をぐるっと指さす。

 横からアミティが首を伸ばして地図をのぞき込む。


「近いですわね」


「あっちは魔術があるから、今頃追い越されてるだろうな。ただあいつらは俺たちの居場所を大雑把にしか把握してないだろうから……取ってきそうな手は待ち伏せか。と、するとこの辺が怪しい」


「いい読みですわ」


 俺が指さした地図の一点を見て、アミティが微笑む。

 俺たちの進行方向には深い渓谷があり、そこに石橋が一つかかっている。そこを迂回すれば数日はロスするポイントだ。


「一度は戦闘になりますわね」


 立ち上がったアミティは携帯クッキーを口に放り込みながら、ご先祖様の革鎧(レザー・アーマー)を着こむ。

 戦いになる。そう、それは覚悟しなければならない。


「一度だけなら、俺の剣の追加効果でどうにかなるかもしれねぇ」


「一撃必殺だというアレですわね?」


「別に殺すわけじゃーねえけどな。発動さえすれば、どんな相手だろうとそれなりの時間、無力化できる」


「ではまずメルヴィルにロートくんの剣を当てないといけませんわね」


「そう、それが不安材料その一。アランダシルじゃ軽くあしらわれて、一太刀も浴びせられなかったからな」


 話しながら荷物をまとめて、洞穴の外へ出る。

 朝日で辺り一帯の森が真っ赤に染まっている――と思ったが、驚いたことに太陽がいるのは西の地平だった。つまりアレは朝日ではなく夕日。ここに入ったのが昼時だったから、せいぜい二刻しか寝てないことになる。

 しかし眠気や疲労は残ってない。ぴょんぴょん跳ねてみるが、体も妙に軽い。まるで強力な補助効果(バフ)がかかってるかのようだ。


 不思議そうにしている俺を見て、アミティが口元に手を当てて目を細めた。


「【同衾(どうきん)加護】の勇者特権(ブレイブオーダー)の効果ですわ。わたくしと一緒に寝た相手に恩恵を与える能力ですの」


「そういうことかよ。……先に言っとけ。起きた時いきなり抱き着かれてて、めちゃビビっただろうが」


「はぁ」


 『知らんがな』とでも言う風にアミティが小首をかしげる。

 その仕草は可愛いが、反省してるとは思えない。とはいえ、別に同衾(どうきん)自体が嫌なわけではないから、強く注意はしないが。


「……これならいける、か?」


 軽く柔軟運動をしながら、考える。

 メルヴィルは強い。だがこの状態の俺とアミティが同時に捨て身でかかれば剣を(かす)らせるくらいはできるだろう。


 とすると、残る不安材料は二つ。

 一つはあの陰キャ魔術師、ラナの存在。

 もう一つは俺の剣の追加効果がきちんと発動するかという点。実は当てたからといって百パーセント発動するわけではないのだ。やり方次第で確率を上げることはできるが、最終的には祈るしかない。


「ま、なんとかなりますわよ、きっと」


 こちらの不安を読み取ったように、アミティが微笑んで俺の背を叩く。

 俺は苦い顔で頷くほかない。


 “なんとかなる”。

 このお姫様の行動指針そのもののような言葉だ。金も地位も能力も持ち合わせたこいつみたいな人間なら確かにそうかもしれない。きっと俺の家に押しかけてきた時も、そんな風に考えていたのだろう。


 その楽観的な考え方は王族として育つうちに身に着けたものか? それともこの女の個人的な気質か?

 後者な気がする。間違いなく。


 だが、そんなアミティの自信にあふれた顔を見ていると、なんとなく俺もやれそうな気がしてきた。

 どっしり構えて周りを鼓舞するのは、王族に不可欠な素質。そういう意味ではこいつは王女らしいといえばらしい……のだろうか。

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― 新着の感想 ―
一緒に寝れば全快するし丸一日歩かせてもいいかって考えなのかな 鬼!
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