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第七王女と往く覇道  作者: ティエル
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森とカラスと陰キャ魔術師(後編)

「アミティ、いけそうか?」


「お任せあれですわ。わたくし、こういうの得意中の得意ですわ」


「だろうな。うん、打ち上げは心配してねーんだけどよ」


 一人胴上げスタイル。言い換えるなら、お姫様抱っこの体勢で俺たちは会話をしていた。

 もちろん俺が抱っこされている側である。アミティは背筋をピンと伸ばし、軽々と俺を抱えていた。


「ロートくん、軽すぎですわ。わたくしより体重ないんじゃありませんこと?」


「うるせー、貧乏でいいもん食えねーから栄養足りてねーんだよ」


「背は高いのに。もったいないですわね」


 ひょいひょいとバーベルでも持ち上げるかのように、アミティが俺を上下させる。酔いそうだ。やめてほしい。


「ほいほい札束出せるような上流階級にはわかんねー悩みだわな。だいたい俺の方が軽いっつーけど、当たり前だろ。お前は勇者で筋繊維密度が常人のそれとはちげーんだから。それに――」


 ギリギリのところで口をつぐむ。

 

「あとは、おっぱいの差ですわね」


「言わねーでおいたのに!」


「視線でバレバレですわよ」


「悪かったな!」


 悪いついでにアミティの胸を至近距離から観察する。抱えられているので、必然的に双丘が俺の体に当たっているのだが、存在感がすごい。あとなんか柔らかい。


 呼吸を整える。女体に気を取られている場合ではない。逃げながら策を説明したので、まだ猶予はある。だが、カラスの群れに追い付かれたらアウトだ。


「いち、にの、さんで、頼むぞ? いち、にの、さん、だぞ?」


「大丈夫、大丈夫、お任せあれですわ。それじゃ行きますわよ。……そぉい!」


「いち、にの、さんはどこいったんだよぉ!!!!」


 叫ぶ。

 だが、アミティに文句が伝わったかは微妙だ。


 体にかかる凄まじい加速度。この星の重力を軽々と上回ったそれは、俺の体を遥か上空へと運んだ。

 俺の策というのは非常にシンプル。アミティの馬鹿力で俺を放り投げて、空から追手を探す、というものだったのだが――。


 あ、思ったより飛んだな、これ。

 死ぬのかな、俺。


 想定外の飛距離だが、その分、探しやすくはなった。

 宵闇に沈む深い森。首を巡らせれば、その全貌が容易に見渡せる。目当てのものは案外簡単に見つかった。


 森の東の方に小さな明かりが一つ、ポツンと(とも)っている。

 あれは民家の明かりや松明(たいまつ)などではない。《発光(ライト)》の魔術で出した光源だ。


 目的達成。あとは生きて着地できるか、だが。


「アミティイイ!!!!」


「はいな」


 今度の叫びはきちんと届いたらしい。重力に捕まり、自由落下していく俺の体が木々の高さあたりまで来たところで、跳躍してきたアミティに両腕でキャッチされた。ちょうど飛んでく前のお姫様抱っこに戻った形だ。無論、ふんわりとキャッチされたわけではない。落下の衝撃はきっちり俺の体で吸収する羽目になった。


「ぐえ」


 アミティの手で支えられた腰と背中に激痛を覚え、口から苦悶の声が出る。

 アミティは華麗に地面に着地した。言わずもがな、そこでも俺の腰と背中にグキリと衝撃が走る。

 不平を言いたくなる。だがそんな場合ではない。


「こ、こっちだ! 急げ!」


 東へ駆け出す。

 距離は結構ある。空を飛んだり、大声を出したりしたが、気づかれてはいないと思いたい。


「いましたわ」


 アミティが指差したのは樹々の隙間の奥。そちらに小さな明かりが見える。


「奇襲しますわよ。ラナは《瞬間転移(テレポート)》も使えますので、長詠唱し始めたら(さえぎ)ってくださいまし」


合点承知(がってんしょうち)!」


 魔術師相手はいくらか経験がある。一に奇襲、二に奇襲、とにかく奇襲だ。

 アミティと別れた俺は相手に気づかれぬよう、森の中を走ってぐるっと回りこむ。


 途中、少女二人のやりとりが聞こえてきた。


「おーほっほ、ごきげんよう、ラナ!」


「げぇ! アミティ様ぁ!?」


「抜かりましたわね。魔術師が接近されたらおしまいですわよ」


「ち、ちくしょう!」


 相手はやけに特徴的なダミ声だった。


 忍び足でそのやりとりがする方へ向かう。

 そこは樹々が僅かに開けたところだった。大きな樫の杖を両手で持った背の低い少女が、アミティと距離を置いて対峙している。


 回れ右して逃げようとする少女。

 が、そちらには俺がいる。

 俺と視線が合い、足を止めた少女はまた何か小声で悪態を()いた。


 少女は擬似投影紙(フォトグラフ)の時のような私服姿ではない。猫耳フードのついたパーカーに紺のスカート。パーカーの下は白のワイシャツにネクタイだった。

 パーカー以外はあまりに見慣れた格好である。


「ん? それ、アランダシル()王立高等学校の制服じゃねーか。お前、うちの生徒だったのか」


「……ロートくん。ラナはわたくしたちと同じクラスですわよ?」


「えっ!?」


 思わず今日一番の大声が出た。大口を開けたまま、絶句する。


 アミティは呆れ顔だった。先ほど俺に『なんで知らないんだ』と聞いたときと同じ顔だ。


「ラナは半分以上授業サボってますし、教室にいても恐ろしく影が薄いから、見覚えがないくらいなら分からなくもないのですけど……。正直、名前くらいは覚えていると思いましたわ。毎日、先生が出席確認で呼んでるでしょうに」


「おいこら、テメー、ちくしょー! バカにしやがってー!」


 ラナは何やらわめき散らしながら中指を立てた右手を俺に向けてくる。

 その姿をじっくり観察する。だが、やはり見覚えはない。長い前髪で半分隠れている顔に注目してみるも、やはりピンとこない。


「いや、すまん。別にバカにはしてない。俺があんまり周りを見てないだけだ。……そ、そういや、ラナ公。お前、なんで制服なんだ? 今日、夏休み初日だろ。部活でもやってんのか?」


「補習に出てたんでしょう。この子、魔術以外はからっきしだから」


 アミティの解説に首をかしげる。

 俺たちが通っているのはアランダシルにある、ごく普通の公立高等学校(ハイスクール)だ。進学校ではない。


「赤点取ったってのか? うちのあのガバガバゆるゆる期末試験で? うっそだろ?」


「やっぱバカにしてんだろ、このヤロー!」


 再び激昂(げっこう)して拳を振り上げてくるラナ。

 いや、バカにする気はなかった。試験を病欠したとか何か事情があったのではと思ったのだ。

 どうやらこのリアクションを見る限り、単純にバカだから赤点喰らっただけらしい。バカをバカにするのはよくないな、うん。


「まぁ……怒らせたのなら謝るが、俺にだってお前に怒る権利はあるんだからな。俺の家に《火球(ファイアボール)》ぶちこんだの、お前だろ?」


「ちゃんとお前は巻き込まないようにコントロールして撃った!」


「そうだったのか。そりゃいい心がけだ。けど、できれば部屋も巻き込まないで欲しかったな」


 残念ながら俺の希望は聞いてもらえなかった。

 ラナは興奮のあまり口の端からよだれを垂らしながら(わめ)く。見苦しく。


「けけけ、ア、アミティ様、追い詰めたと思ったら大間違い。魔術師は近づかれたら何もできないぃ? ふへへ、そんなのは三流魔術師だけですよ! ぼくが何の対策もしてないと思ってますかぁ!」


 ラナは勝ち誇った顔で杖を天にかざす。


 俺たちを追ってきた数百ものカラス。そのすべてが大きな羽音と共にラナの周囲に降り立つ。それらは密集し、融合し、五体の人間の姿に変化する。曲剣(シミター)丸盾(バックラー)を装備した戦士の姿だ。


 その内の一体が俺のところにやってきて、曲剣(シミター)で斬りかかってくる。

 俺は慌てて犬歯で親指を噛んで血を出し、【血液操作(ブラティカ)】で赤い長剣(ロングソード)を生成した。受け流しは、どうにか間に合った。


「な、なんだコイツら!」


(カラス)兵! ふへへ、こいつらは強いよぉ!」


 確かに強い。何合か剣を打ち合ってみるが、かなりの腕力を持つ上に動きも軽快だ。

 しかも数も多い。コイツらを突破して、ラナのところへいけるとはとても思えない。


「オラオラ、ロートォ! オメーのその剣の能力、見せてみろよぉ!」


「うるせー! 赤点バカにゃ見せてやんねぇ!」


 戦いながら(あお)り返すが、ハッキリ言ってただの強がりだ。

 実は俺の剣の追加効果は、非生物相手には発動しない。


 相性が悪い。撤退も視野に入れるべきかもしれない。

 そう思った瞬間、俺が戦っていた(カラス)兵が突然炎上した。


「うおおおお!! びっくりしたぁ!!」


 飛び退()いて、距離を取る。

 (カラス)兵は簡単に燃え落ちて、意外なほど少量の灰に変わった。


「おしまいだと言ったはずですわよ」


 得意げに言ったのは、ラナの向こうで投擲(とうてき)体勢を取っているアミティ。手にしているのはさっき買ったランタン用の燃料油の瓶だ。蓋が取れており、代わりに先端に火のついた布で(せん)をされている。


「この子の使い魔はぜんぶ、魔力を通した折り紙で作った疑似生命体ですわ。いくら強かろうと、元は紙。火にクッソ弱いですわ。……と、いうことで、そぉい!」


 めちゃくちゃ楽しそうにアミティが瓶を投げつける。

 直撃を喰らった(カラス)兵がまた一体燃え上がる。

 ついでに周辺の草木にも火のついた油が飛び散り、炎上が始まる。


 さすがに焦った。

 攻撃されてるラナも焦っている。


「も、森の中で火炎瓶使わないでくださいよ、アミティ様ぁ!」


「知ったこっちゃねえですわ」


 残る燃料油の瓶は一つ。ラナを(まも)(カラス)兵はあと三体。

 どうするつもりだろう。と、思っていたら、アミティは瓶の上部をパキッと割って、中の油を頭からかぶった。


「おいおいおいおい、何してんだ!」


「ご安心を、ロートくん。わたくし、【火耐性ファイア・プロテクション】の勇者特権(ブレイブオーダー)もありますので」


「はーん? なるほど。だから俺の部屋で《火球(ファイアボール)》喰らった時も無傷だったのか。一つ謎が解けてスッキリしたぜ」


 などと、やりとりしている場合ではない。


 アミティは胸の谷間から点火石(イグニッションジェム)を取り出すと、自身の体に火をつけた。当然、(カラス)兵と同じく凄まじい勢いで燃え上がる。

 いや、【火耐性ファイア・プロテクション】が機能しているのか、アミティの体や髪は燃えていなかった。服の一部と油だけが燃えている。なんとも奇妙な光景だ。酸欠しないのはなぜだろうか。


「さーて、ラナ。楽しい楽しい、お仕置きの時間ですわよ!」


 ご機嫌な様子で前進するアミティ。

 三体の(カラス)兵がずらりと並び、その行く手を(さえぎ)る。


 振り下ろされる曲剣(シミター)

 硬い丸盾(バックラー)のガード。


 アミティはそれらを華麗にかいくぐり、(カラス)兵たちの顔面に火炎付きの拳を次々と叩きこんだ。

 元が紙だというのは本当らしい。火がつけばあっという間だった。


 炎上して灰と化す護衛たちを見て、ラナがその場にへたり込む。

 アミティがその正面に立つ。なんとなく俺は真後ろに立った。


 切羽詰まった顔のラナが、前のアミティと後ろの俺を交互に何度も見る。

 観念したかと思ったが。


「く……くけけけ! た、対策済みだって言ったじゃないですかー!」


 不敵に笑うラナ。その体が突如膨張したかと思うと、カラスの群れへと変化した。そいつらはバサバサとけたたましい羽音を立てて、上空へと飛びさっていく。


 その行方(ゆくえ)を追って視線を上げる。近くの樹木の上の方、横に張り出した太い枝に、誰かが座っていた。

 先ほどまでそこにいたのとまったく同じ姿の少女だ。俺たちを見下ろして、陰キャな笑みを浮かべている。


「けけけ! ロートォ! これで勝ったと思うなよー! 執事長様からは絶対に逃げられないからなー!」


 言うだけ言って、ラナが詠唱を始める。

 アミティが少女がいる樹に蹴りを入れようと走るが、間に合わない。


 《瞬間転移(テレポート)》が発動し、ラナの姿が掻き消える。

 同時に上から何かが落ちてきた。


 ブローチ。それも今日一度見たものによく似ていた。違いは、はまっている宝石が赤色ではなく青色な点だけ。


 あの時のメルヴィルのように、回避行動を取りかける。

 が、それはアミティに腕を掴まれ制止された。


「大丈夫ですわ」


 《火球(ファイアボール)》の爆発は起きない。

 代わりに辺り一面に大量の水が降り注いだ。土砂降りの雨のように。


 燃え広がりかけていた草木が鎮火する。ついでにアミティの農家衣装(ディアンドル)の火も消えた。《降雨(コールレイン)》の魔術を発動させるマジックアイテムだったらしい。


「……アイツ、三下(さんした)のテンプレみたいな捨て台詞吐いて逃げてったわりに、鎮火はしてくれるんだな」


「ああいう子ですの」


 無人になった樹上を見上げたまま、アミティが肩をすくめる。濡れて透けた下着に目が行く。いかにも高価(たか)そうな花柄のをつけている。

 ふーむ。


「お前、こうなるのを見越して、火を使ったのか?」


「もちろん。あの子とは王都にいた頃からの付き合いですから、性格は熟知していますわ」


「そうか、大賢者の直弟子だもんな。あいつも昔は王都にいたのか」


「わたくしに付き従ってアランダシルに移住したのですわ。その時、執事にしましたの」


 執事。コイツの教育係――実質的には世話係や使用人のことを、コイツが住んでいる高位貴族の館ではそう呼んでいると言っていた。あの陰キャは世話係ポジションなのだろう。魔術師をそういう形で雇用する高位貴族は多い。


「アイツ、本体は最初から樹の上にいたんだよな。逃げようと思えば、いつでも逃げられた。そうしなかったのは俺の剣の能力を確認するためか」


「でしょうね。まったく、小ズルい作戦を使いますわ」


「ズルいっちゃズルいけど、それを実行できる能力があるのはすげえよ。まさか使い魔を自分に化けさせるなんてな」


 それも見た目だけでなく、声までだ。あれは見分けがつかない。相当高度な魔術のはずだ。


「……他の執事は全員、あいつより強いんだよな?」


「そうですわよ?」


「ぶっちゃけ、王都にたどり着くの無理じゃね?」


 アミティは答えない。相変わらず都合のいい耳だ。


「行きますわよ」


 王都のある南方へ目を向けて、すたすたと歩き始めるアミティ。

 嘆息をして、その背を追いかける。


 ここから急いで離れるのは賛成だ。今頃ラナから連絡を受けたメルヴィルが、大至急で向かってきているだろうから。

 しかしこの分だと、こいつが言っていたとおりの強行軍を強いられかねない。


 五日で王都まで行く。


 いくらなんでも無茶だと思っていたが――どうやらこの王女様は本気らしい。

 結局、俺たちは夜を徹して森を歩き続けた。

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― 新着の感想 ―
毎話地の文でおっぱいに言及してるくらいだからそりゃばれるね 服が燃えてボロボロになってくれるの期待したけど燃えたのは油だけか…… でも濡れ透けが見えたのでオッケー!
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