第七王女と往く覇道
翌朝、夜明け間近。白み始めた東の空を横目で見ながら、賢者の街道を北へ行く。アランダシルの街への帰路である。
街道は舗装されてて歩きやすいし、こんな時間であっても人通りがある。一定間隔で木陰や水場もあるし、半日単位で宿場もある。
そうだ、旅というのは本来こういうものだ。追手の目を恐れ、人里離れた森や荒地や洞窟や海を行くものではない。
背後を振り返ればまだ王都の城壁が見える。
隣を歩くアミティは先ほどから全然振り返らない。久々の帰郷だったというのに名残惜しくはないらしい。
「せっかく王城まで行ったんだからよ。会っていってもよかったんじゃねえか、国王様」
「いいんですのよ。手紙をラナに持たせましたから」
大賢者への請願が終わった俺たちは、その後“梟の塔”へやってきた執事四人と少しだけ話をした。
なんでも王城の中庭で茶番を続けていた執事たちの元へ、俺の剣で飛ばされたアンリがやってきて、今回の件は終わりだと告げたらしい。やはり、お仕置きもなしだという。
以下はメルヴィルの談である。
『言伝を預かっていますよ。『ごめんなさい、お姉さま、ロートさま』……だそうです。懲りたというか反省した様子でしたし、これであの方も大人しくなってくれると嬉しいんですがね』
メルヴィルは妙に機嫌がよさそうだった。あの後、ガスチーニと振りではあるが一応殺し合いをしたらしく、執事服がボロボロになっていた。それが楽しかったのだろうか。
『結果的にわたくしとロートくんの仲を取り持ってくれたようなものですからね。アンリのことは次会ったときに一発ぶん殴るので許してあげますわ』
とは同じく機嫌がよさそうだったアミティの談だ。今回の陰謀の最大の被害者がそう言ってるならそれでいいのだろう。もう一人の被害者である俺はアイツに“同情”してやると決めたので、もう許していた。
そんなわけで、これにて一件落着というわけである。終わってみれば、あっという間の五日間だった。
俺もアミティも大賢者に新しい旅装を創造ってもらって、それに着替えていた。着替えの多い旅ではあったが、まさか最後に着るのが大賢者の創造品になるとは思わなかった。この服も俺がフリートラント公爵家の再興を果たしたら、家宝くらいにはなるだろうか。
「まぁなんだ。夏休みの思い出に王都まで旅行したと思えば、そんな悪くもなかったかもな、この旅も。初等学校の頃だったら自由研究のいい題材になったかもな」
「ポジティブですわね」
「相対的にポジティブに考えるしかねーだろ。これからやらなきゃならねえことと比べたらよ」
手元の羊皮紙へ目を落として、顔をしかめる。アミティの請願への返答として、大賢者が寄こした紙である。
そこには冒険者への依頼のような文言がズラリと並んでいた。討伐、調査、開拓、踏破……要するに無理難題の一覧である。“黒の隧道”の浄化だの、“魔神の岩礁”の平定だの、“邪竜グラニヤアック”の討伐だのまである。
大賢者は領地など貴族として不可欠なその他の要素を揃えた上で、このリストの内の三つをクリアすれば、フリートラント家を公爵位に格上げし、俺にその継承を認める――と確約してくれた。
まー、あの国土回復計画を成し遂げた大英雄が、辺境伯止まりなんだから、妥当っちゃ妥当な条件ではあるのだが。
「このどれ一つ取っても、今回の旅以上の難度に見えるな」
「実際そうでしょう。挑みがいがありますわ」
「ポジティブなのはいいけどよー。お前はそれでいいのか? 結局俺との……その、婚姻は、うちの家の再興が成ってからってことになったわけだからよ。こんだけの難題の山……万が一上手くいったとして相当後になるぞ」
アミティは白い歯を見せて笑う。
「どれだけ時間がかかろうと、わたくし以外の女と結婚したりはしないでしょう?」
「……そりゃ……さすがにな」
「ならいいですわ。それにロート君と一緒なら、険しい道もきっと楽しいに違いないですもの。今回のこの旅のようにね」
「かもな」
あの後アミティと試してみたが、【魂喰い】はやはり再現できなかった。たぶん【吸血】の二度掛けなんかもできなくなっているだろう。あれは火事場の馬鹿力であって、俺の本来のキャパを越えたものだったのだと思う。その反動かはわからんが全身が猛烈にダルい。“梟の塔”で仮眠をさせてもらって、陽が出る寸前くらいに旅立ったわけだが、どう考えても休息が足りてない。
「睡眠サイクル治す意味もあるだろうけどよ。こんな早く出る必要ってあったか?」
「ありますわよ。アランダシルまでの復路ですけれど、今から三日で帰りますから」
「三日ぁ!? 普通なら二週間かかる距離だぞ!? もうそんな急ぐ理由ねーだろ!」
祈るように組んでいた手をほどいたアミティは、偉そうに人差し指を振る。
「ちっちっち、ロートくん。お家再興を目指すなら、僅かな時間も惜しまなくてはならないはずですわよ。家臣、領地、領民、財源、側室に妾。手に入れなければならないものは山ほどありますわ」
「そりゃまー、そうだが。……最後の二つは必要かぁ!?」
「公爵ともなれば必要でしょう。お家再興には一族を増やす必要もありますし。あ、もちろん正妻であるわたくしの眼鏡に叶わない女は却下ですわよ。それと常にわたくしを一番に愛すること。よろしくて?」
「いいけどよぉ」
なんとなく独占欲が強いタイプかと思い込んでいたが、そうでもないらしい。そういうのが常である王家の女だからだろうか。よくわからん一面があるものだと奇妙な感慨にふける。
いや、そもそもコイツとまともに話すようになって、たったの五日なのだ。お互い知らない面の方が多いに決まっている。
「……現王を説得する必要があんのも面倒だよなぁ。溺愛してる娘を名ばかり貴族の若造にやりたがる父親はいないもんなぁ」
「最悪、お父様の反対は無視して婚姻届を出してもいいですけどね」
「そういうわけにもいかんだろ」
「お父様と言えば、あの銅像直してくるの忘れましたわね」
「あああああああああああああああ!!!!」
思わず絶叫する。
街道を行く人々が何事かと視線を向けてくるので、愛想笑いを浮かべてペコペコ頭を下げる。
「ど、どうすんだよ!」
「今更直しに戻るのも面倒ですわね。倒したのがわたくしたちなのはちゃんとわかるでしょうし、後で手紙で謝っておけばいいですわ。親子なんですし」
「お前が倒したってしっかり書いておけよ? 俺はやってねえからな?」
「書きますけど、たぶんお父様はロートくんに怒りを向けるでしょうねぇ」
「なんでだよ!」
「そりゃロートくんは可愛い娘を奪おうとしている悪い虫ですし」
無茶苦茶な論理であるが、まぁそうなんだろうなと思う。どうか、国王と会う機会が巡ってくる頃にはその怒りを忘れていて欲しい。
「忘れてたといやだけどよ。アランダシルに帰っても待ってるのは、爆破されてなーんもなくなった我が家なんだよな。元々大したもん持ってなかったけど、いよいよ身一つになっちまった。ホントにこんなんでお家再興できんのか?」
なんだかネガティブな気持ちになってきた。
そんな俺の背を、アミティが馬鹿力で叩く。
「そんなお先真っ暗って顔しないでくださいまし。きっと、どうにかなりますわよ。今回の旅で有能な協力者を五人も確保できたことですしね」
「……ひょっとして執事連中のこと言ってんのか?」
「他に誰がいますの? もうみんなすっかりロートくんに心酔してますわよ?」
「そうかぁ!? ホントにそうかぁ!?」
アミティは自信ありげに頷いた。
とても信じられないが、実際この旅の中でコイツの言葉の方が真実だったこともある。頭ごなしに否定はしないが――そもそも、だ。
「あいつらはお前のとこの執事なんだから、お前が頼めば協力してくれんじゃねえか?」
「無理ですわよ。あの人たちはあくまでうちの家の執事。つまりは王家の従者なのですのよ? お父様はどう考えてもこの結婚に猛反対するでしょうから、仕事として協力なんてさせてくれませんわよ。だから執事たちが力を貸してくれるとすれば、それはプライベートで、ということになりますわね。
大丈夫。きっとロートくんが頼めば喜んで協力してくますわよ」
半信半疑のまま一人一人の顔を思い浮かべてみる。
メルヴィルは皮肉を言いつつも力を貸してくれるかもしれない。
ラナは……まぁあいつはアミティ本人の部下みたいなものだからどうとでもなるだろう。
ニルダはチョロいから土下座する勢いで頼みこめばいけるか。
ガスチーニは……どうだろう。あいつは分からん。分からんが、今回一番大事な場面で助けてくれたのはあいつだったわけだし……。
確かに協力してくれないこともない気がしてきた。石橋での戦いでの最後の感じからすると、ひょっとすると、この国最強とされるあの陰謀家のアンリエッタさえも。
あいつら全員が協力してくれるなら、この大賢者のリストの無理難題も、必ずしも不可能ではないような気がしてきた。
そこで恐ろしいことに気づく。気づいてしまう。
「まさか、お前。この旅自体がコネクション作りのためだったなんて言わねえだろうな?」
「最高の結果になりましたわね」
「え……おい、ちょい待て! ちゃんと否定しろ! どこからどこまでお前の計画だったんだ!?」
アミティは人差し指を唇に当て悪戯っぽく笑うと、ふいに俺に身を寄せて、頬にキスをしてきた。
それから少し先まで走って行って、満面の笑顔でこちらを振り向く。
「行く手を阻む者たちの“魂”をロートくんの人徳でぶん殴って、仲間を増やして猛進する。これぞわたくしの考えた覇道ですわ」
「………………はーん? なるほどな」
つぐづくおもしれー女である。
おもしれー女は嫌いじゃない。
ニヤリと口元に笑みを浮かべて、俺は小走りでアミティに追いついた。
そんなこんなの内に、東の空では陽がすっかり姿を現していた。
アランダシルまでの復路は長い。その先の道も長く険しい。
しかし隣にこのおもしれー女がいてくれるならば、その道もまた、悪いものではないだろう。
第七王女と往く俺の覇道は、まだ始まったばかりである。
お疲れさマッコオオオオオオオオオオオオオオオオイ!!!!!(挨拶)
初めての方は初めまして。そうじゃない方はお久しぶりです。
作者のティエルです。
これにて『第七王女と往く覇道』は完結です。最後までお読みいただき、まことにありがとうございました。
この話、当初の構想では最初の追手であるメルヴィルたち二人を倒して石橋を渡る8話あたりのところで「完! 俺たちの逃避行はこれからだ!」で終わる短編になる予定だったのですが、気が付いたらまぁまぁの長編になってました。予定通りいかないものです。書いてて楽しかったのでいいのですが。
書いてるうちにこの後の構想も浮かんできたので、気が向いたらそのうち続きを書くかもしれません。『続き読みてぇ……』という方がいらっしゃいましたら、コメントで応援してくれると嬉しいです。
次作はMMORPGモノの長編の予定です。MMORPGモノなのに、この『第七王女と往く覇道』と関係が深い話になると思いますので、投稿開始しましたら、ぜひお読みいただければと思います。
また新作投稿まで少し間があると思いますので、それまで今作と同一世界が舞台の私の過去作↓をお読みいただけると嬉しいです。
『ダメ卓 ~聖剣抜いて王になったら、レンタルチートを使うため、ダメ人間ばかりの円卓の騎士の好感度を上げるハメになりました~』
https://ncode.syosetu.com/n6548ea/
『リトル・ローグ ~ちょい悪メイド(20)と少年勇者(10)の小さな恋と小さな冒険~』
https://ncode.syosetu.com/n1379hr/
最後となりますが、今作への感想、評価、レビュー、ブックマーク、『いいね』、お気に入りユーザー登録、宣伝等をしていただけると、とても嬉しいです。
また、すでにそれらをしてくださってる皆様、まことにありがとうございます。私が創作を続けられるのは皆様の応援のおかげでございます。感謝、感謝でございます。
今後も色々書いていきたいと思っておりますので、引き続き応援よろしくお願いいたします。
作者 ティエル




