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第七王女と往く覇道  作者: ティエル
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森とカラスと陰キャ魔術師(前編)

 我が街アランダシルの正門を出ると、“賢者の街道”という整備された大きな(みち)がまっすぐ南へ伸びている。馬車に乗った隊商や旅装の人々のジロジロとした視線を受けながらそこを進むこと、しばらく。アミティは俺の腕をようやく離してくれた。


 真っ赤になった前腕を(さす)る。このお嬢様、怪力な癖に手加減というものを知らない。


「森へ入りますわ」


 一方的に宣言して街道を外れるアミティ。

 その背中を慌てて追いかける。


 コイツは白銀(プラチナブロンド)の髪に焼け焦げたドレス姿だ。街道を行くには目立ちすぎる。だから選択したルートに異論はないのだが。


「なぁ、本気で王都に行って大賢者に会う気か?」


 魔法王国(マナオラ)北西部に広がる森林地帯。そこに足を踏み入れ、常緑樹の合間の細い道を進みながら、数歩前を行く少女の背中に問いかける。

 そろそろ安全だと判断したのだろう。アミティは歩調を緩めて俺の隣に並んだ。


「無論ですわ。わたくしたちにそれ以外の道はありませんわ」


「加勢してから言うのもなんだけどよ。逃げ切るのは無理だと思うぜ。お前の見合いをセッティングしたのはお前の親父――国王様だろ? 国軍全部が相手じゃ勝ち目がねーよ」


 予想していた問いなのか、アミティはすぐさま(かぶり)を振った。


「今回の黒幕はお父様ではなく、執事長のアンリですわ。だから使える手駒もアランダシルの館の執事だけ。アンリ本人を合わせてもたったの五人ですわ」


「……執事が五人もいんのか?」


「うちではわたくしの教育係を全員、そう呼んでいるのですわ。実質的には世話係や使用人ですわね」


「うちってのは?」


「今お世話になってるイース辺境伯の別邸ですわ。ほら、アランダシルの北大通り(ノースメイン)にある」


「ああ、あの豪邸ね」


 北大通り(ノースメイン)は貴族や金持ちが住む区域だ。数年前に建てられたイース辺境伯の御殿はその中でも一際豪華で有名である。こいつ、あんなところに住んでたのか。


「敵が五人だけならワンチャンなくはねーな。そいつら全員倒せって話でもねえわけだし。……けどよ」


 ちらりと後方を振り返る。別にあのメルヴィルとかいう狐目の執事の気配を感じたわけではない。


「さっきのやつ、街道使って先行して王都で待ち構えると思うぞ」


「王都は王都で待ち構えてるのがいるでしょうけど、メルヴィルたちはそれ以前に(とら)えようとするはずですわ」


「なんで?」


醜聞(しゅうぶん)ですもの。見合いから逃げただなんて。早期解決できるなら、それに越したことはないですわ」


「はーん、自分がやってることを客観視はできてんだな」


 少しだけ感心する。その開き直り、悪びれなさは嫌いじゃない。己が正義であると信じるのならば、それを貫く勇気は大切だ。


「じゃあ一歩譲って王都行くのはいいとしてよ。徒歩だと十日はかかるぞ? いや、街道使わないならもっとだな。夏休み全部使っても往復できるかどうか」


「五日で行きますわ」


「……はぁあ!? 無理に決まってんだろ!」


「今日も含めてですから、正確には四日半ですわね。四日後の日付が変わる前までにわたくしたちは王都まで行きます」


 アミティは祈るように両手を組むと、やけに丁寧に宣言した。それから試すようなまなざしを俺に向けてくる。


「日の出から日暮れまで歩けばいけますわ。わたくしは夜目が効くので夜も歩けますけど」


 舌打ちをして目を反らす。俺ももちろん夜目は効く。吸血鬼(ヴァンパイア)だからだ。

 追手がいる以上、急ぐに越したことはない。だがコイツの主張するようなレベルの強行軍で行こうとしたら途中でぶっ倒れるだろう。コイツじゃなく、俺が。

 と、考えてから、冷静になる。


「おい、一個確認しとくぞ。繰り返しになっけど、俺は婚姻(こんいん)に同意してない。婚姻(こんいん)(とどけ)書いてからで悪いけどよ」


「はぁ……さっきも驚きましたけど、わたくしのいったいどこが気に入らないんですの? 容姿、性格、家柄、教養。客観的に見て、わたくしに不満を持つ殿方なんているわけないと思うのですけど」


 一片の疑いも持たぬような顔で胸に手を当てるアミティ。

 その自信満々な性格は男の好み次第では敬遠される要因になりえるのではないかと思うのだが、俺自身は嫌いではない。


「別にお前に不満があるわけじゃねーよ。お前が見合いから逃げてんのと同じだ。自分の道は自分で決めたい。誰かに押し付けられたくないってこった」


「ふむ?」


 アミティは思案顔で腕を組む。押し上げられた豊満な双丘がわずかに揺れる。反射的にそちらへ目を向けてしまうが、それは男の(さが)だ。仕方ない。


 反論されるものと思っていた。だが、アミティは機嫌よさそうに微笑んだ。


「そのブレない姿勢、素敵ですわ」


「ふふふ、よせやい」


 褒められると照れてしまうタチである――という流れは、さっきもやったな。

 褒められついでに教えてやる。これはメルヴィルも気づいてそうだが。


「そもそもだけどよ。“大賢者への請願”は何でも叶えてくれるんだろ?」


「ええ。大賢者様が願いを承認してくれればですけど」


「なら『見合いさせんのやめさせろ』って請願すればいいんじゃねーの? 先に誰かと結婚させろとかじゃなくてよ」


 ピタリと。アミティが足を止めた。

 僅かに遅れて俺も止まり、振り返る。

 『その手がありましたわ!』と手を叩いて喜ぶか、さっきみたいに『えー!』と叫んで驚くかと思ったが、王女様の反応はそのどちらでもなかった。


 完全な無表情。怒鳴ったり笑ったり人一倍感情豊かなこの少女が、初めてまっさらな顔をしていた。こんなのは学校でも見たことがない。なんだか怖い。

 いや、あるいはこの無表情の裏に何かしらの感情が隠れているのかもしれないが、付き合いの短い俺には特定できない。


 アミティはその顔のまま、すたすたと歩みを再開して俺を追い越す。


「とりあえず、物資の補給が必要ですわね」


「いや、あの、『見合いさせんのやめさせろ』って請願すればいいと思うんだが?」


「近くに村でもあればいいのですけれど」


「無視か? 完全スルーする気だな? おーい」


 馬耳東風(ばじとうふう)を決め込んだアミティ。

 俺は嘆息した後、早足でその横に追い付く。請願内容をどうするかはおいおい決めればいいだろう。


「ま、王都の大賢者のところまではきちんと送ってやんよ。一応あっちとお前じゃ、お前の方が弱者みたいだしな。弱者の苦境を見過ごすのは正義じゃねえ」


「ロートくんの家の家訓(かくん)――『(おのれ)の正義に(そむ)くべからず』ですわね? いい言葉ですわ」


 微笑むアミティ。

 俺もニヤリと笑みを返す。家のことを褒められて悪い気はしない。


「よく覚えたな」


「聞くの、初めてじゃなかったですから」


「あん? ……ああ、そういや今のクラスになった時に言ったな」


 始業式の日に教室で一人ずつ自己紹介するアレの時だ。

 俺も俺であの時のコイツの自己紹介を覚えていた。なかなかインパクトのある自己紹介だったからだ。教室がざわついていたのも覚えている。クラスメイトの中に王女様が紛れ込んでいたんだから、ざわついて当然だが。


「物資を補給するってのは賛成だ。この先に開拓村があっから、とりあえずそこ目指そう。冒険者のバイトで何度か行ったことがあるんだ」


「それは好都合ですわね」


「あ、でも俺、着の身着のまま出てきたから一文無しだぞ」


「金ならありますわ」


 アミティは先ほどと同じように胸の谷間に手を突っ込んだ。取り出したのは紙幣の束。

 さすがに慣れたので驚かなかったが、ホントに手品のようにしか見えない。谷間に隠してあったというより、その奥から出てきたようだ。


「【体内収納(インナーポケット)】の勇者特権(ブレイブオーダー)ですわ」


「ほーん、そんなんあんのか。便利だな」


「案外そうでもないですわよ。わたくしの場合、入口が狭いから紙束とか小物程度しか入れられませんの」


「へえ?」


 入口――というのが、どこにあたるのか分からず、思わずアミティの胸の谷間をマジマジと見てしまった。谷間の奥は見にくいが、特段変わったところはない、ごく普通の皮膚のように思える。

 アミティは俺の視線にまったく動じなかったし、恥じらいもしなかった。


「さっき使った《火球(ファイアボール)》のブローチはもうねーのか?」


「残念ながら打ち止めですわ。元々ラナが護身用に一個作ってくれただけですし」


「そうかい。ま、あったところで、あのメルヴィルとかいうのを倒せるとは思えねーし、いいけどな。さっきのアレもどんだけ効いてることやら」


 あんなんで倒せるやつが大隊長になれる国なら、黒の国(ディーオー)が地上最強国家と呼ばれることはなかっただろう。勇者側勢力(ヨシュア・サイド)有数の大国であるこの魔法王国(マナオラ)に、六度も大侵攻を仕掛けてくることもなかったはず。


「そういやよ。さっきからちょこちょこ名前が出てっけど、ラナってのも執事の一人か?」


「え、知らないんですの?」


「いや、むしろなんで俺が知ってると思ってんだ」


 アミティは形のいい眉を八の字にして、口をへの字にした。

 この表情は分かりやすい。呆れた、という意志表示だろう。

 しかしなんで呆れたのかも、なんで俺が知ってると思ったのかもアミティは教えてくれなかった。


 先ほどもだがこの女、会話のキャッチボールを途中で放棄する悪癖がある。


 王族だからか? それともこの女の個人的な気質か?

 後者な気がする。なんとなく。

 ただ、もう一度ボールを投げれば会話を再開してくれることはすでに学習している。


「で、強いのか、そいつは」


「全然たいしたことないですわ。執事の中では間違いなく最弱ですし」


「ふーん?」


 と、時折こんな感じの会話を(まじ)えながら、俺たちは森の細道を王都のある南方へ向かって、奥へ奥へと進んだ。

 すでにそのラナなる執事が、すぐそこまで(せま)っているとも気づかずに。

ざっくりとしたものですが、王国の地図をこの後に挿入しておきますので、ぜひご覧ください。

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