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第七王女と往く覇道  作者: ティエル
27/31

最後に立ちはだかる者は(5)

 小高い岩山の中腹に、白銀(プラチナブロンド)の巻き髪の少女が腕組みをして立っていた。革鎧(レザーアーマー)を着た十代半ばの少女だ。

 毅然(きぜん)とした表情で見つめているのは、夕日に紅く染められた深い森。地平線まで続くそれは妙に既視感(デジャビュ)を感じさせるものだった。


「なに見てんだ?」


 男の声で、少女が視線を(おろ)す。

 息を切らしながら岩山を登ってきたのは無精ひげを生やした中年男性。森で獲ってきたのか、大きな首狩り兎(ボーパルバニー)の両耳を片手で掴んでぶらさげていた。

 少女が視線の先を指でさす。


「この先に渓谷があるから石橋の()を植えにいくって、ユリアーネ様が。……美味(おい)しそうだね、その子」


「だろ? 不意打ちで殺されかけたんだ。美味くなきゃ困る」


 少女の背後には洞穴があった。魔術で掘削(くっさく)したものだ。中年男性がそちらを顎で指す。


「先に喰っちまおうぜ。バーさんは残りもんでいいだろ」


「あの、レオおじさん、たぶんユリアーネ様はこの会話も聞いてるよ? その呼び方はやめたほうが」


「いいんだよ。ったく、ガキの頃におしめ替えたからとか言って、いつもいつも面倒ごとばっか押し付けやがって」


 中年男性は辟易(へきえき)した顔で南の方へ一度目をやってから、洞穴へ入っていく。少女は眉間にしわを作ってそれに続く。


 既視感(デジャビュ)の正体はもう分かっていた。ここは魔法王国(マナオラ)北西部の森林地帯。あの洞穴は旅の途中で俺とアミティが大休止したところだ。この二人の正体もおのずと(みちび)ける。


 少女の方は聖母リース。この国の建国者であり、アミティやアンリの祖先。

 そして一緒にいる中年男性はレオナルト・フォルツ。魔法王国(マナオラ)のすべての吸血鬼(ヴァンパイア)の家の祖だ。もちろん我がフリートラント家の祖でもあり、俺のご先祖様でもある。聖母リースや大賢者と共にこの国の建国に尽力した偉人であり、歴史の授業で習ったのが正しいならこの頃にはもう既婚者で三人の子持ちのはずである。


 二人はすぐに俺とアミティが眠ったあの広い空洞にたどり着いた。荷物が雑然と置かれたそこで、リースは手際(てぎわ)よく革鎧(レザーアーマー)を外し、肌着も脱いで下着だけになった。だいぶ肌を晒しているが、アミティのように羞恥心がおかしいタイプなのか、それともレオナルトを男と認識していないのか。


「明日は普段着で行こうと思って。和平交渉するのに鎧を着ていったら説得力がないでしょ?」


「そりゃま、そうだが。俺は普通にフル装備でいくぞ」


「いいと思うよ。実際、交渉が決裂して戦いになる可能性の方が高いし」


 こういうシチュエーションはレオナルトも慣れたものなのか、狼狽(ろうばい)もたしなめもせず、首狩り兎(ボーパルバニー)の調理を始めた。手慣れた様子で皮をはがし、内臓を取り出しながら、リースの胸のあたりを指さす。


「明日、我慢できそうか?」


「うん、たぶん。この間たっぷり斬ったし」


 リースは口をきつく結んで、指さされたあたりに手で触れた。右胸の上。そこには少女の白い肌に到底似つかわしくない、ドス黒い入れ墨のようなものがあった。割れたガラスのような形状をしたそれは、まるで虫の群れのように絶えず(うごめ)いており、少女を(むしば)(たぐい)のものであることは瞭然(りょうぜん)であった。

 それは始祖勇者に討たれた真なる魔王が最後に掛けた呪いの一つだった。


 【殺戮衝動(カレンズ・シューズ)】。


 強い殺傷欲求が永続的に湧いてくるという恐ろしい呪いである。リースはこれを生まれたときに父である始祖勇者から引き継いだ。

 それを知った始祖勇者が与えたのが殺せない聖剣“ヤスミネ”であり、その剣を存分に振るえるという理由で派遣された先が、当時、諸勢力が泥沼の戦乱を繰り広げていたこの巨人半島(ジャイアント・アーチ)南端地域だった。

 リースは彼女のお目付け役としてついてきた大賢者やレオナルトと共にこの地の戦乱にゲリラ的に介入し、諸勢力の調停を行ってきた。もちろん戦いになるケースの方が圧倒的に多かった。


 リースは呪いの具現ともいうべき胸の刻印を指で撫でてから、小ぎれいなチュニックを頭から被った。


「これでもね。少しは――ほんの少しはマシになってきたように思うんだ、この呪い。でもたぶんわたしの代じゃ終わらない。わたしが死んだ後も誰かに引き継がれて、きっとその人を苦しめる。だからそれまでに転化するんだ」


「転化?」


「呪いをわたしの勇者特権(ブレイブオーダー)で包み込んで無害な物に変えるの。それで少しずつ浄化していく。全部浄化し終わるまでどれくらい時間がかかるかは分からないけどね」


 魔術熱源で湯を沸かした鍋に具材を放り込んでいたレオナルトは手を止めて、ぽかんとした顔でリースを見た。


「お前、そんなこと考えてたのか」


「うん。けっこう前からね」


「できるのか?」


「どうかな……分からない。でもやらなきゃさ。きっと、わたしの力はそのためにあるんだと思うし」


 リースの声と表情には覚悟が現れていた。己の生涯のすべてを捧げる覚悟だ。そして自身に使命が与えられていると妄信している風でもあった。

 勇者の力の源である勇者特権(ブレイブオーダー)は、神が与えたものとも、この世界の持つ免疫力の発露とも言われている。その正体はいまだ謎だらけだが、保持者の願いに応じて“力”が形を取ることもあるという。


 リースがラフな格好に着替え終えた頃には、兎肉と乾燥野菜のスープは完成していた。

 リースはレオナルトと向かい合って地面に座り、礼を言ってスープの入った木の器を受け取る。そして胸の谷間から銀のスプーンを取り出した後、思い出したように奥の壁面を見上げた。そこに彫り込まれた始祖勇者のシンボル――二つの鍵を十字に組み合わせた図柄に向かって、両手を組んで(まぶた)をつむる。


「どうか、この呪いを継承していく子供たちが少しでも救われますように」


 レオナルトは先にスープに(すす)りながら、リースの祈る姿を眺めていた。


 リースと同様、レオナルトも元来はこの地とは無縁の人物である。生まれも育ちも大陸のずっと北。大賢者に半ば強引に連れて来られてこうしているが、本当ならば仕事が終わればすぐにでも帰るつもりでいた。そう、建国のめどが立てばすぐにでも、と。


 彼がこの日、この地に骨を(うず)める覚悟をしたことを、リースは数年後に知ることになる。






 少女は長じて王となり、この地を治めた。

 そして生涯を閉じるまで、ずっと同じ祈りを繰り返した。


 祈りと呪い、その表裏一体の力、【回魂(ミラーリング)】はこうして生まれた。


 この国を守護するための力。

 継承者を護るための力。

 そして性質を変えながらも継承者を(むしば)む、呪いそのもの。






    ☆






 それから俺は【回魂(ミラーリング)】の継承者たちの記憶を追体験した。

 記憶の再現には濃淡があった。日常の場面は一瞬で、その人の人生のハイライトともいうべき場面は事細かに描写された。


 二百五十年の間に、多様な継承者がいた。

 数十年にも(およ)ぶ戦いの生涯を送った者もいれば、平和な時代を生きた者もいた。継承直後に命を落とした者もいれば、天寿を(まっと)うした者もいた。黒の国(ディーオー)の大侵攻と戦った者もいれば、国内に現れた滅亡級危険種(モンスター)を討伐した者もいた。“鉄と血の乱”に介入した者もいれば、“天使災”で活躍した者もいた。

 十人十色の生涯だが、“この国の守護者”という称号に自負を持っていたのは全員が共通していた。全員がこの国を(まも)ることに生涯と命を捧げる覚悟を持っていた。それが本人の資質によるものなのか、【回魂(ミラーリング)】がもたらした強迫観念なのか――あるいはその元となる真なる魔王の呪いの影響なのかは分からなかったが。


 一人、また一人と継承者の人生が過ぎていく。

 そのうち、時代は(くだ)っていく。


 やがて白銀(プラチナブロンド)の長い髪をした気の強そうな少女の記憶になった。少女は必死の形相(ぎょうそう)で夜の森を走っていた。肩には白目をむいて気絶した青年を(かつ)いでいるが、さすがは勇者、その重量を物ともしていない。

 肖像画で見たことがある。アーデルハイト王后(おうこう)――アミティを含む七人の王女の母君だろう。王家傍流出身の女性で、かなりの猛者であったと言われている。

 (かつ)がれている青年も白銀(プラチナブロンド)の髪をしている。ということはまさか、アミティの父親であるマインハルト幸運王の若き日の姿だろうか。

 王后(おうこう)は何かを恐れるようにしきりに背後を振り返っていた。その視線の先では空が赤く燃えていた。どこかの都市が焼けているのだろう。

 二人は何かから逃げていた。


 三十年前に起きた黒の国(ディーオー)の第五次大侵攻。これはその場面だろう。アーデルハイト王后(おうこう)は第七王女であるアミティを産んですぐに死去した。逆説的に言えばそれまでは【回魂(ミラーリング)】の継承者であったはずだ。

 とすると、次の継承者は――。






    ☆






 黒雲立ち込める大平原。そこで大地のすべてを血で染めるような凄惨な戦争が繰り広げられていた。かつてガスチーニが俺たちに見せたフリートラント攻防戦とは規模が違う。両軍合わせて数十万の将兵が激突している。


 さほどの距離でもないところに王都の城壁が見える。

 ここは王都北のモリト平原。これは十年前に起きた黒の国(ディーオー)の第六次大侵攻で最大の激戦となった“モリト会戦”の場面だろう。


 戦争は平原の大部分を使って行われていたが、その中心には奇妙なほどにぽっかりと空いた空間があった。

 そこでは二人の女性がいくらかの距離を置いて対峙していた。


 一人は勇者。美しい黒髪をポニーテールにした女性。この記憶の持ち主であるマルガレーテ黒王女。

 もう一人は黒いローブを身にまとい、フードを目深に被って顔を隠した女。黒の国(ディーオー)第六師団、師団長――“暗き(けが)れのコーディリア”。


 マルガレーテ黒王女は満身創痍だった。というより、完全に死に(ひん)していた。左腕は肩から先がなく、胸には立っているのが不思議なほどの大穴が開いている。

 一方、コーディリアも瀕死としか言えない状態だった。腹に聖銀製の大剣(グレートソード)が刺さったままだ。しかしどういうわけかその傷を物ともしていない。フードから僅かに露出した口元にも笑みがたたえられている。


 その笑みのまま、コーディリアがマルガレーテに向けて何事かを呟く。それから大剣(グレートソード)に触れると、その分厚い金属の塊が突如として消失した。

 コーディリアが後方へ向けて、右手を上げる。そちらから角笛の大きな音色が戦場に響く。それが合図だったのだろう。ユングヴァルト山脈の方角へ、コーディリアと第六師団が引いていく。


 その姿が地平線まで遠のいたところで、ようやくマルガレーテは両ひざを突いた。高位神官が駆けてくる。しかし、これはもう助からない。助からなかったことを、俺は知っている。


 薄れゆく意識の中、マルガレーテは背後の王都を見やった。護れたものの姿を確認し、満足そうな笑みを口元にたたえて、前のめりに倒れる。

 その視線の先に、場面は移る。






    ☆






 同時刻。避難の準備に追われ、戦場に劣らぬほどに混沌とした王城内。その最奥に位置する塔の最上階に、その子はいた。

 ようやく一人で歩けるようになったばかり、言葉をいくらか話せるようになったばかりの幼子(おさなご)だ。女中(メイド)や執事があわただしく走り回る中、幼子(おさなご)は窓の向こうを(まばた)きもせずに凝視していた。

 モリト平原の方角である。


 幼子(おさなご)の耳に、(ささや)きが届いた。




(まも)れ、(まも)れ、(まも)れ』




 歴代継承者たちの意思と記憶が、幼児(おさなご)の魂に刻まれる。




(まも)れ! (まも)れ! (まも)れ!』




 声に侵食されるように、幼児(おさなご)のまだ肩にも届かない白銀(プラチナブロンド)の髪が、黒へと変色していく。

 二百五十年をかけてもなお消え去らぬ真なる魔王の呪い。それに(あらが)うために歴代継承者たちが残した祈り。その狭間(はざま)に怪物が生まれた。


 そして幼児(おさなご)()た。

 真新しい王冠を(かぶ)り、至上の幸福に包まれて微笑む少女の幻視(ヴィジョン)を。


 膨大な記憶の流入が終わる――。

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― 新着の感想 ―
インナーポケットがえっちな場所にあるのは初代からの伝統だったのか 真面目なシーンなのに笑っちゃう
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