最後に立ちはだかる者は(2)
「ここまではほとんどすべて貴女の手のひらの上。でも、ここからは違いますわよ。アンリ! あなたの陰謀は一切合切お見通しですわ!」
アミティはいつも以上に自信満々の笑みを浮かべると、正面を人差し指で指して、ミステリー小説の探偵のように高らかに宣言した。
その指を向けられた犯人――白ワンピースの少女、アンリは口元に手を当ててくすくすと笑う。
「陰謀とは大げさでございます、お姉さま」
「そうかしら? 貴女らしい陰湿で手が込んでいて真意の見えない――まさに陰謀と呼ぶに相応しい計画だったと思いますわよ。危うくわたくしも騙されかけましたもの」
突きつけていた指を戻して腕組みをするアミティ。
長い長い告発が始まる。
「本件の発端となったアランダシルでのあの唐突な見合い。最初はいつもの貴女の嫌がらせだと思いましたわ。わたくしの性格を矯正するのが目的の、嫌がらせの一環だとね。でもそうだとするとおかしな点がいくつもあると、この旅の間に気づきましたわ。
まず、わたくしに本気で見合いをさせたいのならば、なぜ貴女がアランダシルに不在のタイミングで行ったのか。わたくしの性格を熟知している貴女なら、わたくしが逃げ出すことなど容易に想像できたはず。貴女がアランダシルにいれば、ええ、わたくしたちは街の外へ出ることさえできなかったでしょう。
そして二つ目――これが決定的でしたが――見合い相手はなぜ遠国の王族なのか。第三王子ということはわたくしがあちらへ嫁ぐ形になりますわね。そもそもこの国ではわたくしの年齢では正式な婚姻はできませんし。
わたくしを手駒として利用したがっている貴女が、わたくしをそんな遠くへやる? 考えられませんわね。火の国は大国とはいえ大陸の反対側。そことのパイプを欲しているとは思えないし、わたくしがそんな役目に甘んじるはずがないとも分かっているはず。
と、考えると答えは一つですわ。わたくしが見合いから逃げることも、ロートくんと共にこの王都へ来ることも、最初からすべて貴女はお見通しだった。と、いうよりも、そうさせること自体があなたの目的だった。
……そうでしょう? アンリ」
最後の確認の言葉は静かで、穏やかだった。
夜の静寂が辺りに漂う。石橋の遥か下から届く小さな波浪の音だけが耳を刺激する。
ややあってからアンリは小首をかしげ、口を開いた。欠片の悪意すら感じさせない微笑みのまま。
「花嫁衣裳、とてもお似合いです。お姉さま」
「ありがとう。……その反応、やはりわたくしたちがこういう格好で王都に現れるところまでお見通しでしたのね。まぁそれでもいいですわ。覚えているかしら。わたくしは先ほど『ここまではほとんどすべて貴女の手のひらの上』と言いましたわよ。
アンリ……貴女、わたくしたちがこの石橋までたどり着くとは思っていなかったのでしょう?」
アンリは初めて、わずかに眉を動かした。素直に頷き、俺たちの向こう、王城の方へ視線をやる。
「その点だけは意外でございました。お二人は王城の中庭で捕縛され、この石橋でアンリに引き渡される予定でした。執事の皆様があのような背信をなさるとは、ええ、露ほども」
俺たちが王都地下の隧道を出てからここへたどり着くまでの一部始終を、この少女は見ていたのだろう。その身に宿る強力な勇者特権――【天の瞳】によって。当たり前だが、ガスチーニたちの造反が茶番劇だったことは見透かされているようだ。
推理の材料は出そろっている。この時にはさすがにもう俺にもだいたい分かっていた。王都とアランダシル、遠く離れた場所にいたこの二人が行ってきた駆け引きの全容を。
「つまりはよ。自分の手のひらの上で踊らせようとしてたアン公と、その上で踊ってるふりをしてそこから逸脱しようとしたアミティ……そういう戦いだったわけだろ、この五日間は」
話しながら腕組みをして、石橋の欄干に背を預ける。【吸血】の効果で徐々に再生しているとはいえ、落下したときのダメージはまだまだ残っていて、立っているのもしんどかった。
アンリが俺を見た。そういえばいたな、とでもいう風に。
アミティも横目で俺を見た。期待の眼差しで。
二人の勇者は黙って俺の言葉に耳を傾けていた。
「アン公の目的はアミティが話したので合ってるんだろう。こいつを自分の手駒にすることだ。そのためにこいつの性格を矯正しようと色々やってきたが、どれも徒労に終わったって話は俺も前に聞いた。正直何をしようが、このお嬢様のエキセントリックな性格が直るとは思えなかったし、手駒になるとも到底思えなかったけどな。万が一ありえるとしたら、俺が想像もできねえような荒療治しかないだろうと漠然と思ってた。
じゃあその荒療治ってのはなんだ? 超絶ゴーイングマイウェイなお嬢様を従順にするにはどうすればいい?
――心を折ればいい。心を折るには大きな挫折や悲劇を経験させればいい。
じゃあ大きな挫折ってのはいつ引き起こされる? その逆、大きな希望が達成される寸前だ。大きな希望が台無しになった時に、大きな挫折は引き起こされる。つまりアミティの心を折るには、まず先に大きな希望を抱かせる必要があったわけだ。
アミティが言ったのはそういうことだろ。俺と一緒にこの王都へ来ること。さらに言えばその先にある”大賢者への請願”で俺との婚姻を果たすこと。――それがアン公の“陰謀”によって抱かされた大きな希望だったわけだ。アン公が見合いを仕組まなきゃ、こいつが俺の家へ来ることも、こうして王都まで逃げてくることもなかったわけだからな。
……さっきアミティから【天の瞳】の説明を聞いたときに、閃いたんだよ。『コイツが手駒になってる場面』を理想の未来としてアン公が幻視したのが、事の発端なんじゃねえかってよ。
そこへ至るための必要場面は、『コイツが俺と一緒に王都へ逃げる場面』やら『中庭で俺たちが執事たちに捕縛される場面』やらか? 俺たちが中庭のどこをどういう格好で通るか知ってたから、執事どもはあんなに早く俺たちを囲えたってわけだ。……もしこの推理が合ってるなら、こうして俺たちが捕縛されずにここに来てる時点で、アン公の連鎖予知は破綻してることになるな。
大国の第三王子を見合い相手に選んだのは、勇者関連法を適用可能にして手荒な手段を取れるようにするため。たかが見合いくらいで適用すんのは無理だとアランダシルで俺は言ったが、こんだけの大物が相手だと話は別だからな。もちろん実際には外交問題にならねえように、見合いが潰れても気にしない相手を選んだんだろうが。……ふう」
一息つく。
先ほどのアミティのにも劣らぬ長さの推理を披露してしまったが、おおむね間違ってはなかっただろう。
少なくともアミティの推理とはズレていなかったらしい。目をキラキラさせて、両手を広げて俺に抱き着いてくる。
「素敵ですわぁ、ロートくん!」
「ふふ、よせやい。……いや、マジでよせ」
背骨がバキバキときしむ音がする。抱きしめられるのは悪い気分ではないが、このままだと戦闘不能になる。全力でアミティを引きはがしながら、アンリに向かって話を続ける。
「じゃあなんで、俺たちが捕縛されなかったかだけどよ。こいつは『中庭で俺たちが執事たちに囲まれる』ってところまでは、アランダシルにいた頃から覚悟してたんだろう。千里眼持ちのお前が王都で待ち受けてるなら、道中でどうあがこうが、それは防ぎようがねえからな。
だから真逆の方向で行くことにした。王都へ行くとわざわざ告げてラナやメルヴィルとの接触の機会を増やしたり、ガスチーニやニルダと会うのを避けなかったり……ああいう本来やらなくていいことをやった。事前に会って同情を誘い、王都では手心を加えてもらう――こいつはその可能性に賭け、それに勝ったってわけだ」
アンリは目を丸くして、両手の手のひらを合わせる。
「認めるのですね、先ほどのあれが茶番であると」
「お前のアレ――【呼び声】だったか? 人の心を勝手にのぞくやつ。アレをあいつらに使えば一発でバレるだろ。白を切ってもしょうがねえ」
「驚きでございます。認めてしまえば、アンリが執事の皆様にお仕置きをしない理由がなくなりますのに」
それはそうだ。だがその対策はもう考えてあった。
肩をすくめ、アンリの向こうにそびえたつ塔を顎で示す。
「お仕置きは無理だぞ。『絶対にさせんな』って俺が大賢者に請願するからな」
アンリがあっけにとられた顔になる。そりゃそうだ。
「大賢者はお前に逆らえる数少ない人間の一人なんだろ? だったら”大賢者への請願”は有効な手段のはずだよな」
「それはそのとおりでございますが……生涯に一度の大事な請願権を他人のために使うおつもりなのですか? 本気で?」
「俺はそもそも一生使う気なかったからな。他力本願って好きじゃねえし。だから、ちょうどいいのさ」
アンリが眉間にしわを寄せて、俺の顔をじっと見てくる。こちらの言葉の真偽を探っているのだろう。
いい傾向である。話を続ける。
「お前らがしてた駆け引きの概要はだいたい今話した感じなんだろうが……一つ分からねえのはだ。王城の中庭で、どうしてアミティはあんなに楽観的だった?
あの茶番は執事全員が乗ってくれなきゃ成立しない手だ。ガスチーニがこっち側についてくれたのは【天啓夢】で分かってたかもしれねえ。だが、それ以外の連中が乗ってくれる保証はなかった。……いや、なかったはずだと俺は思ってる。
アミティはまるで保証があるような態度だった。だから絶対になんか、俺に見落としがあるはずなんだ。こいつがこの旅の間にしてきた小細工の見落としがな」
喋りながら人差し指でアミティを指さす。
アミティはこれ見よがしにため息をついた。
「ロートくん、地頭いいし普段は察しもいいのに、自分のこととなると妙なくらいニブチンになりますわねぇ」
「自分のこと? なにがだよ」
「ニブニブチンチンですわ」
「お姫様がチンチンとか言うのはやめろ……。で、どういうことなんだよ。さっぱりわかんねーぞ。説明しろ」
「ふふん」
アミティはその豊かな胸を誇らしげに張り、逆に俺を親指で指し返してきた。
「わたくしは小細工なんてしていませんわ! ただ、ロートくんと執事たちを引き会わせれば必ずや全員を味方に引き込んでくれると信じていただけ。つまりはロートくんの内に眠る特別な力、言葉で人の心を動かす力を信じていたのですわ!」
「あるわけねえだろ、そんな力」
俺が即座にツッコミを入れると、アミティはまたもやふふんと笑って得意げに片目をつむり、人差し指を立てた。
「ロートくんは吸血鬼でしょう? 血を吸い、魂を喰らう魔族の一門。その高位の個体は魂に直接干渉する固有能力を持つ――というのはシャカに説法、ドラゴンに火を吹くが如しですわね。ロートくんはその固有能力を使って執事たちの心を動かしたのですわ」
「自分で言ってるじゃねーか。それは高位の個体だけだっての。俺はそんなの持ってねーよ」
「持ってるんですのよ! 思い出してくださいまし! 春の教室での自己紹介で、わたくしの心をわしづかみしたことを! あれこそがロートくんが秘密の力を持っている証左ですわ!」
「それ言ってるのお前だけだからなぁ……。じゃあ教室にいた他の連中にはなんで効いてねえんだって話だし。だいたい俺、そんなもん使った覚えがねえし」
「無意識に! 使っているのですわ! 絶対にそうですわ!」
「はーん? そうなのか。そう言われてみるとそんな力もある気がしてきたな」
ひょっとするとアンリを揺さぶるためのハッタリなのだろうかと気づき、遅まきながら乗ってみる。
しかし言わずもがな、アンリには毛ほども信じた様子はない。アミティの主張を深堀りする代わりに、俺の方に話しかけてくる。
「ロートさま。お姉さまとの結婚は諦めていただけませんか?」
「あん? そもそも俺はまだコイツとの婚姻に同意してねえが? ……うぐっ」
最後のは目を尖らせたアミティに脇腹を肘撃ちされて出たうめき声である。
アンリはやはり俺たちのやりとりは無視して話を続ける。
「お姉さまの伴侶となれば平穏とは無縁の日々が待ち受けていることでしょう。ロートさまは、本当は穏やかに生きたいのでしょう? でしたら、絶対にお姉さまと結婚するべきではありません。その先に幸福は待っていません」
「……言ってることは分からんでもねーし、そういう気持ちがあることも否定はしねーけどよ」
すでに【呼び声】で心を覗かれているのだ。否定してもしょうがない。その気持ちについては別に、コイツに言われて初めて気づいたわけでもないし。
「そういうのはゼロかイチかじゃねーだろ。一市民として穏やかに生きたくもあるし、苦難の道を歩んででも家を再興したくもある。その両方の気持ちを抱えた上でこうして生きてるってこたぁ、後者の気持ちの方が強いってこったろ」
「……ふふ、そうですね」
意外にもアンリはすぐに引き下がった。一応言ってみただけで、最初から説得できるとは考えていなかったのだろう。後者の気持ちの方が俺の中で強いということも、心を覗いて知っていたのかもしれない。
「分かりました、ロートさま。ご安心ください。お姉さまもロートさまも、必ずやこのアンリが幸福にしてみせます。アンリはこの国の――すべての民の守護者なのですから」
当然のようにアンリは言った。
この少女は本気だ。本気で俺たちの幸福を祈っているし、本気で自らの手でそれを成し遂げようとしている。
悪ではないのだろう。しかし、どこまでも異常であり、歪んでいる。アミティがコイツを苦手とする理由がよく分かった。
アンリが白いワンピースの裾をひょいと摘まんで持ち上げる。
年相応の細くて白い足が露わになり――その太ももから、手品のように刀剣が生えてくる。反りのついた大ぶりな湾刀だ。アンリは慣れた様子でその柄を掴む。
アミティと同じ【体内収納】の勇者特権だろう。湾刀が聖銀製であることは明らかだった。その刀身が帯びる純白のオーラの量はアミティの持つ短刀とは比較にならないほどに多い。
「こんな夜更けだというのに、ずいぶんとおしゃべりをしてしまいました。ロートさま、お体は癒えましたか?」
「……ああ、おかげさんでな」
鼻を鳴らして首肯する。アミティが長話を始めた意図は最初から看破されていたようだ。舐められまくってるのは気に入らないが、おかげで体は戦える状態まで回復していた。
親指を噛み、そこから出した血で鍔のない赤い長剣を生成する。
聖銀の短刀を構えたアミティが俺の横に並び立つ。
色々ごちゃごちゃと話したが、構図自体は分かりやすい。連鎖予知が破綻していようがいまいが、結局この少女はここを通す気がない。俺たちを倒し、捕縛する気でいる。
後は伸るか反るかだ。
阿吽の呼吸で、俺たちは駆け出していた。
十二歳の少女の姿をした怪物。執事長アンリエッタ・マナオラスタは微笑を浮かべたまま、ただ、待っていた。




