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第七王女と往く覇道  作者: ティエル
19/31

王都への道(2)

 眠りの底で――夢を見た。


 アランダシルと王都を結ぶ“賢者の街道”。その脇にある小高い丘の上に二つの人影がある。

 不機嫌そうな顔で突っ立ってるのは執事服姿の狐目の男、メルヴィル。疲れた顔で座り込んでいるのはローブ姿の陰気な魔術師の少女、ラナだ。


 時刻はお昼時。炎天下の街道は行き交う人々でにぎわっている。南に王都の城壁が小さく見えるので、どうやらここは“賢者の街道”の南端付近らしい。

 ラナが疲れた顔をしてるのは、アランダシルからここまで《瞬間転移(テレポート)》や《飛行(フライ)》の魔術で急行してきたからだろう。こいつらに先回りされるのは想定内である。

 二人は丘の上から街道を眺めながら、不味(まず)そうな携帯栄養棒(サプリ・バー)を口に運んでいた。


「結局、お嬢様たちは街道を通らなかったっぽいですねぇ」


 ラナが咀嚼(そしゃく)をしながら行儀悪く喋る。


「先に王都入りしている可能性もなさそうですし。メルヴィルさん、お嬢様たちはどこから来ると思います?」


「さてね。まずこちらの予想は超えてくるでしょうが」


 メルヴィルはそっけなく答えて北西を向いた。街道の向こうにあの会戦で有名なモリト平原が広がっており、その先には白い雪を(いただ)いた雄大な山脈が東西に伸びている。つい先日に俺たちも眺めた、あのユングヴァルト山脈だ。


「ガスチーニ殿たちはユングヴァルトで巻かれた。お嬢様たちはそこから街道を使ってない。……となると」


「ひょ、ひょっとして西海岸都市群(ウェストコースト)から海路を?」


「消去法ではそうなりますね。今頃“魔神の岩礁”を迂回して、こちらに向かっているのか」


 先に携帯栄養棒(サプリ・バー)を食べ終えたメルヴィルは、今度は南――王都の方角を見やる。街道に俺たちの姿を探していたときより、よほど警戒した様子で。


「ラナ、ここは執事長の領域外ですね?」


「え。は、はい。ぎりぎりですけど」


「お嬢様たちがどのルートで来るにしても、ここから先、執事長の領域に踏み込めば必ず捕捉されます。お嬢様もそれは百も承知でしょう。となると……」


 食べ終えた携帯栄養棒(サプリ・バー)の包み紙を懐にしまい、メルヴィルが腕組みをする。ラナはそれをビクビクした様子で見上げている。


「そもそも疑問だったのですが――アランダシルで私から逃げる際、お嬢様はなぜ、王都を目指すとわざわざ宣言したのでしょう」


「え? さ、さぁ? 別に何も考えてなかったんじゃ?」


「君じゃあるまいし。お嬢様の不可解な言動には、常に意図がある。あれにも何かの狙いがあったはずだ」


 顎に手を当てて、本格的に考え込み始めたメルヴィル。

 ラナは慌てて残りの携帯栄養棒(サプリ・バー)を口に放り込み、そして喉に詰まらせた。革袋から水を飲み、胸を叩いて詰まりを解消してから、尖った八重歯を見せて笑う。


「お嬢様がどんな汚い手を使ってきても、ぼくたちとガスチーニさんたちが連携すりゃ必勝ッスよ! なにせ四対二ッスからね!」


「たしかに。普通に考えればお嬢様たちに勝ち目はない。フリートラントくんの能力が分かった今なら、私一人でも二人を確保するのは容易だ。だからこそ()せないのです。お嬢様は大穴に賭けるのが好きなお人だが、まったく勝ち目のない勝負をする人ではない」


「そ、それは確かに」


 メルヴィルの言いたいことが理解できたのか、ラナは萎縮したように身を縮こまらせた。そしてすぐに何かを閃いたように手を叩いた。


「あ! そ、そもそも王都へ行って大賢者さまに請願するっていうのが嘘だったんじゃ!?」


「それは私も考えました。王都へ向かう振りをして港から国外へ脱出、そしてそのまま駆け落ち。そういう線でしょう?」


「そ、そう、きっとそれですよぉ!」


「有効な手ではありますがね。お嬢様はともかく、フリートラントくんがそんな手を了承しますかね? 自分の家の再興を夢見る彼が、この国を離れるとは思えない」


「そ、それは……あ、あう……」


 ラナは再び身を縮め、それから卑屈な笑みを浮かべた。


「で、でもそれは違ってよかったです。お嬢様が外国行ったら嫌だから」


「……それだ」


 メルヴィルがハッとした顔をして腕組みを解き、指をはじく。


「たまには役に立ちますね、ラナ」


「へ? な、なんのことっスか?」


「君はお嬢様の見合い相手が誰だったか知ってますか?」


「い、いえ? でも嫌がって逃げるくらいだから、どっかの脂ぎった貴族の親父とかじゃ?」


「いいえ。私は会場で少しお話ししましたが、整った容姿の好青年でしたよ。ただ、だいぶ遠方の国から来た方なのが気にかかりました」


「え! 遠方!?」


「謎が一つ解けましたね。これは元々“陰謀”だったわけだ。……困ったな。少し楽しくなってきた」


 メルヴィルが肩を揺らして笑う。

 ラナはそれをおずおずとした様子で上目遣いで見ていた。


「メ、メルヴィルさんはお嬢様捕らえるのに乗り気なんですね」


「まさか。私が楽しみなのは、お嬢様がどんな策を使ってくるかだけですよ。執事長の”陰謀”に加担するのは(はなは)だ不本意だ」


 不愉快そうに鼻を鳴らしてから、メルヴィルはラナを見下ろす。


「君はお嬢様たちを捕まえるのに積極的でしたね」


「え。そりゃまぁ……お嬢様の邪魔はしたくないですけど、執事長様には逆らえませんし? あのロートとお嬢様がくっつくのも嫌ですし?」


「それは今もですか?」


「それは……ええと……うーん、いや、どうすかね?」


 ラナは首をひねりながらのろのろと立ち上がる。


「ここでお嬢様たちを捕えちゃうと遠い国に嫁いじゃうかもしれないんですよね? それはやっぱり嫌ですし……。それにロートも最初思ってたほど嫌な奴ではないような気もするっちゃしますし?」


「ほう」


 メルヴィルは片方の眉をピクリと上げ、今度ははっきりと上空の一点を見つめた。

 すなわち、この俺の“視点”を。


「だ、そうですよ、お嬢様」


「……ああ!」


 ラナがまた飛び上がる。

 その尻にメルヴィルが蹴りを入れる。


「私は魔術的素養が低いのですがね。この見られている“感覚”は分かるようになりましたよ。本職の君がどうして私より先に気づかないんですか」


「ひぃ! ごめんなさい!」


 蹴られたケツを押さえながらラナが《防諜カウンター・インテリジェンス》の呪文を唱える。

 夢にノイズが走り、輪郭がぼやけはじめる。


「【天啓夢(ギフト・ビジョン)】が発動しているということは、やはりお嬢様たちも王都の近くまで来ているようですね。……この圧倒的な戦力差をひっくり返すための”策”、もちろん用意しているのでしょう? 楽しみにしてますよ、お嬢様。それでは」


 最後、メルヴィルがこちらを再び見上げ、口角を上げて笑った。

 ――夢の場面が移る。






    ☆






 今度の夢の場面は時刻がやや進んで、昼下がり。

 場所は見渡す限りの平原。恐らく、先ほどメルヴィルが見ていたモリト平原だろう。つまりは王都のすぐ北だ。

 登場人物は制服姿のエルフの少女と司祭服の巨漢の二人。つまりはニルダとガスチーニ。


 二人もメルヴィルたちと同じく昼飯をとっていた。しかし様相はまるで違う。平原にシートを広げて座り、紅茶のカップを片手にサンドイッチを頬張るその様はまるでピクニックのようである。諸々の物品はいったいどこで調達したのだろう。ニルダが精霊に持ってこさせたのだろうか。


「さっき来たラナちゃんからの定期連絡。読みましたけど、やっぱりアミティちゃんたちは王都へ向かってるみたいですよ。現在地やコースは不明らしいですけど」


 携帯ポットからアンティークな紅茶のカップへおかわりを注ぎながら、ニルダが報告する。さすが、どこだかの国の王族。とても優雅な所作である。


「そうですか。となると、また一戦せねばなりませぬな。ああ、面倒くさい。不本意ですなぁ」


 嘆息する巨漢のカップが空く。それを見て、ニルダはすぐさまそちらへも紅茶のおかわりを注いでやる。拳法の子弟というだけあって、先のペアと比べて関係性は良好だ。


「憂鬱ですなぁ。ロートくんの能力の種が割れた今、拙僧が動く必要性はまったくないのですがなぁ。しかし王都でサボると執事長にバレますからなぁ」


 ガスチーニは湯気の立つカップに口をつけながら、南の地平に小さく見える王都の城壁へ目をやった。こういう愚痴をこぼしている以上、ここもギリギリ執事長の“領域”とやらの外なのだろう。


 ニルダはサンドイッチをしっかり嚥下(えんげ)し終えてから、かわいらしく小首をひねる。


「執事長に怒られるのって、そんなに怖いんです?」


「そりゃもう怖いですぞ。怖くて震えてしまいますぞ。ニルダ嬢はいいですなぁ。他国の王族だから、しくじったりサボったりしても我々のようにおしおきはされないですから」


 ハァとまたガスチーニはため息をついて、サンドイッチにかぶりつく。こいつも他国出身のそれなりの地位の人間のはずだが、特別扱いはされてないらしい。

 そんな師匠の様子を見かねてか、ニルダはことさら明るい声を出す。


「だ、大丈夫ですよ、お師匠様! 取り逃がしたとはいえ、一度はしっかり見つけて追いかけたんですから。仕事してます、ちゃんと!」


「……そこ。そこなのですよ。昨日から拙僧が考えているのは」


 指についたサンドイッチのソースをペロリと舐めてから、ガスチーニは眼光を鋭くする。


「ニルダ嬢はなぜ、あの二人と遭遇できたと思っていますかな」


「え? そ、それは……お師匠様が授けてくれた策が上手くいったからじゃ? 土精霊(ノーム)ちゃんに二人の荷物を奪わせるっていう、あの」


「そう。しかしお嬢様たちには奪われた荷物を諦めて遭遇を避ける手もあったはず。土精霊(ノーム)の姿を見た時点で、ニルダ嬢が関わっていることは明らかだったでしょうからな」


「た、確かに?」


「拙僧が二人と会ったときのシチュエーションも違和感があった。ユングヴァルトの廃墟にいた拙僧の気配にロート殿が気づいてお一人で近づいてきたのですが、お嬢様はそれを止めることができたはず。代わりに拙僧への不意打ちを選んだわけですが……そういう選択をしたのには何か意図があると思うのですよ」


「……避けようと思えば避けられたかもしれない追手にわざわざ会う理由があったと? うーん、アミティちゃんたちには何の得もなさそうですけど」


「拙僧もそう思いますぞ。しかしお嬢様は聡明なお方ですからな。損をするだけの選択はしないでしょう。なので、あれも何かの罠、あるいは策――いや、ひょっとすると?」


 ガスチーニは脇に置いてある木箱を撫でながら、(うつむ)き、深く考え込み始めた。なんの箱かと思ったら、中に無数の骨が入っている。あのユングヴァルトの廃墟で使役した骨戦士(スケルトン)たちのものらしい。魂だけでなく、残された肉体の方も一応、供養(くよう)してやるつもりのようだ。

 先に食事を終えたニルダは師の様子を不思議そうに眺めながら、使い終わった食器を片付け始める。

 その片付けが終わる頃に、ガスチーニが顔を上げた。


「そもそもですが。ニルダ嬢はどう考えておるのですかな? 今回の一件」


「ほえ? どうとは?」


「お嬢様のお見合いについてですぞ。執事長殿が独断でセッティングしたもので、その上メルヴィル殿もお嬢様も寝耳に水だったそうです。その点どう思ったかなと」


 ニルダは師の問いの意図をはかりかねた様子である。だが顎に人差し指を当て、しっかりと考えてから答えた。


「なんだか強引だなぁとは思いましたけど。お見合いは王侯貴族の責務ですから、そこから逃げるのはよくないし、それを幇助(ほうじょ)するローくんも同罪だなぁと」


「ほほう、王族らしい意見ですな」


「……そう思ってたんですよね。最初は」


 ニルダは両目を伏せて腕組みをして、うんうんと唸り始める。考える、というより悩んでいるように。

 ガスチーニは微笑ましそうに目を細めた。


「今は違うと?」


「この間のお師匠様と二人の問答を聞いてたら、分からなくなってきちゃいました。二人は今、自分たちがやっていることが正義だと確信してました。何をすべきか自分で判断し、それに沿って行動するのも王侯貴族の大事な(つと)め。だとすれば、あの二人はその(つと)めを果たしているだけであり、それを妨害しようとしているわたしたちの方が、むしろ正義じゃないのかも……なんて」


 よほどの難題らしい。眉間にしわを寄せ、苦しげな顔でニルダは悩み続ける。

 ガスチーニはそんな弟子を保護者面で見守っている。


「ニルダ嬢もまた王族。自分ですべきことは自分で判断する必要があるわけですな」


「はい。でも、わたしも今はアミティちゃんの執事という立場ですし、まさか仕事を放棄するわけにもいきませんし」


「うむうむ。仕事はきっちり果たさねばなりませんな。まさかわざと負けてやるわけにもいきますまい。……そこでなのですがな」


 ガスチーニはふいにこちら(・・・)を見上げ、簡単なハンドサインをしてみせた。

 ニルダは怪訝(けげん)そうにそれを見つめる。


「次の戦いのとき、こう合図をしたら拙僧のマネ(・・・・・)をしてくれますかな。そうしてくれれば拙僧たちは絶対に負けませんぞ」


「必ず勝てる――必勝法ってことですか? マネってどういうことです?」


「そこはニルダ嬢への課題ですな。自力で考えてくだされ。そろそろ空気を読むということを覚えていい頃合いでしょう」


 ガスチーニは意味ありげに片目をつぶってみせ、それから短い呪文を詠唱して、こちら(・・・)を指さした。

 何らかの神聖魔法を使ったのだろう。夢にノイズが走り、輪郭がぼやける。


「あ!」


 ニルダはそこでようやく気づいたらしく、こちらを見上げてくるが、そこで夢は終わった。


 ――脳が覚醒する。

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王女様のわがままだと思ってたらでかい話になってきたな……
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