原点回帰(後編)
「第六次大侵攻の開始から半月後、対黒の国大同盟の盟主たる中央神聖王国は、聖騎士団の一個師団と数千人規模の義勇兵団を援軍として魔法王国へ派遣しました。拙僧がその義勇兵団の副団長だった――という話は、ロート殿もお嬢様から聞いておりますかな」
なめらかなガスチーニの語りと共に空洞の壁面に映し出されたのは、殺風景な海岸。沖合に停泊した船団からぞろぞろと、騎士団と民兵たちが小舟で砂浜へと上陸している。その民兵たちの先頭に、若かりしガスチーニの姿があった。
「この時、南部五領は窮地に陥っておりました。魔法王国は王都北で行われたモリト会戦で勝利して第六師団を退けましたが、国軍の被害は甚大でしたからな。南部へ援軍を出す目途はまったく立っていなかった。そのうちに南部各都市は補給路を断たれ、包囲され、次々と陥落していった。ゆえに我々は三日月海から直接南部に乗り込み、隊を分け、僅かに残る抵抗拠点へと急行した。その時、拙僧率いる分隊が向かったのが、そう、フリートラント領だったわけですな」
次に映し出されたのはボロボロになった城塞都市と、それを包囲する黒い全身鎧の騎士たち。ガスチーニ率いる義勇兵団はここまで強行軍で来たらしく疲労困憊の様子であったが、野営の準備もせずにすぐさま黒騎士団へ突撃する。
両者は激しい戦闘を始めた。
初めて目にする、本物の戦場の光景。
音はない。だが生死をかけた戦場の臨場感は凄まじく、鬨の声や悲鳴、断末魔までありありと聞こえてくるかのようだ。
相手は黒の国の中でも精鋭と名高い第三黒騎士師団。しかしガスチーニたちは充分に渡り合っていた。彼らはただの民兵ではない。絶対正義の名の元に、世界各地の戦争に介入し続ける狂信者集団――“光芒の使徒”。その士気と練度は第三師団にも劣らない。
両者は数もほぼ互角。戦いは膠着するかと思われた。
固く閉ざされていた門が開き、城壁内から軍勢が飛び出してきたのはその矢先である。
敵の増援を見た第三黒騎士師団は即座に兵を引いた。挟撃されるのを恐れたのだろう。よく見れば、その黒騎士を束ねているのはあの狐目の執事、メルヴィルだった。
俺の心臓がドクンと跳ねる。
メルヴィルを見たからではない。城壁から出てきた軍勢を指揮する一組の男女の姿に気づいたからだ。
父上と母上である。
瞳孔が開くのを感じる。二人の姿に釘付けになる。
ガスチーニはそんな俺には構わず、話を進める。
「我々は驚きました。いつ救援が来るかも分からぬ苦境の中、フリートラント辺境騎士団はまだ充分な士気を保っていた。それは一重に領主夫妻の統率力の賜物だったと言えるでしょうな。ともあれ、こうして我々は彼らと合流を果たしたわけです」
救援に来た者たちとそれを待ち望んでいた者たち。両者は共に勝利に湧き、その輪の中心でガスチーニが俺の両親と握手を交わす。
そして彼らは再び都市へ入り、籠城を開始した。ガスチーニたちが携えてきた物資もある。魔法王国が本格的な援軍を派遣するまで持ちこたえられる。そんな希望のようなものが、フリートラント辺境騎士団の明るい表情からは感じ取れた。
「それから数か月、拙僧はフリートラント殿や奥方と肩を並べて戦い、友誼を結びました。黒騎士団の大隊長であったメルヴィル殿とも、幾度も死闘を行う内に奇妙な縁を感じるようになった。侵略者とその被害者ですがな。互いに命を賭けて正々堂々と戦うとそんなこともある。――情勢が変わったのは、南部の他都市を攻め落とした第七死霊師団が攻め手に加わった時です」
壁面の映像が切り替わる。陰鬱な鉛色の空の下、黒騎士団とは異なる世にも恐ろしい集団がフリートラントの城壁を攻めていた。
それは動く死体たち。無手の者が多いが、騎士の装備をつけている者もいる。その装備に刻まれた紋章で分かる。こいつらの“素材”は第七師団が攻め落とした他の都市で集めたものだ。
手ごわくはない。黒騎士団と比べれば力量は雲泥の差だ。しかし死体たちは頭をはね飛ばされようが四肢をもがれようが動き続ける。そのしつこさ、腐り始めた死体というおぞましいヴィジュアルと臭気――そしてなにより、かつて仲間であった者たちと殺し合いをしているという事実――それらがフリートラントを護る軍勢の士気と体力を確実に削っていった。
「この動く死体たちは、拙僧がしている抜け殻の使役とは訳が違いますぞ。彼らには”魂”が残っている。つまり、フリートラントを攻めている動く死体たちにも、かつての仲間と殺し合いをしているという感覚があるのです。メルヴィル殿はこの非人道的な戦術に反感を覚えて離反し、フリートラント領主夫婦の助力を得て魔法王国へと亡命した。そしてそれからは拙僧たちと共に戦ってくださった。戦況を覆すことは、さすがにできませんでしたがな」
壁面に映し出された戦いは延々と続く。仲間たちが次々と倒れていく。倒れた仲間は第七師団に回収され、動く死体となり、新たな寄せ手となる――。
「極度の疲労と精神的負荷の中、拙僧たちは戦い続けました。しかし……」
ガスチーニはそこで言葉を止めて、俺を見た。この先を見せていいのかと逡巡するかのように。
寒気がする。震えが止まらない。最悪なものを見せられる確信がある。しかし『やめろ』という言葉が喉から出てこない。
ガスチーニが意を決したように俺から視線を外す。
映像がまた切り替わる。
フリートラントの城壁の外から鎧を纏った一組の男女が剣を携え、よろよろと城門へと近づいてくる――。
「戦いが劣勢になる中、第七師団の放った刺客の凶刃により、フリートラント夫妻は暗殺されました。そして彼らの死体は持ち去られた。それがどうなったかは御覧のとおりです」
鎧の男女の死体には、首から上が存在しなかった。にもかかわらず、それらが父上と母上の死体であることは一目で分かった。その装備が二人のものだったからではない。……剣を持たぬ方の手で、自身の頭部を小脇に抱えていたからだ。
主君の変わり果てた姿を見て、城壁上のフリートラント辺境騎士団の士気はついに崩壊した。
泣き出す者がいた。武器を捨て、その場にへたりこむ者も。持ち場を離れて逃げ出す者も大勢いた。
ガスチーニはついにフリートラントの街の放棄を決めた。城門を開け、士気の残る僅かな者を引き連れて決死の突撃を敢行し、血路を開いた。
そこから生き残りたちが逃げる。追手により、それが次々と殺される。
ガスチーニとメルヴィルは殿となり、物言わぬ死族となった父上と母上と対峙した。ガスチーニの弁が正しければ、この時点でも二人の肉体に霊魂は残っているのだろう。しかし二人はただ操られるまま、ガスチーニとメルヴィルに襲い掛かる――。
その戦いの顛末が示される前に、壁面に投射されていた光はおさまった。ガスチーニが掌の上に出していた光の球体も消えている。
「これが十年前に拙僧が見た地獄。あの地獄を生き延びた拙僧は悟ったのです。この世は無常であり、やがて全ては虚無に行きつくと」
長々しい話だったが、結局それが言いたかったのだろう。
ガスチーニは俺をしっかり見据え、一言ずつ区切るように、はっきりと言ってきた。
「だから、家の再興などおやめなさい。領地を得て、家臣を得て、領民を得たとしても、いずれは――ロート殿の世代ではなくとも、必ずいつかは戦火に呑まれ、すべて灰に帰す定めなのですから」
「……だからアンタは執事なんかになって、のほほんと暮らしてるってわけか」
「そうですぞ。どうせ虚無に行きつく定めなら、おもしろおかしく好きな筋トレでもしながら、たまに鎮魂でもして暮らそうと、そう拙僧は決めたのです。いわゆる、スローライフというやつですな。ロード殿もいっしょにどうですかな? 旧友の忘れ形見が茨の道を行くのを黙って見ているのは忍びない」
ガスチーニの弁はそれで終わりだった。別にこちらを動揺させるのが目的ではないようだし、投降させるためでもないらしい。本当に、ただの善意で言ってくれているのはよく分かった。
だが、その気持ちに応えるかと言えばそうでもない。
「バカバカしい。ロートくんを堕落に付き合わせないでくださいまし」
俺より先に、アミティが答えた。
ガスチーニが形のいい眉をピクリと上げる。
「ほう、お嬢様。堕落ときましたか」
「堕落も堕落、大堕落ですわ。来るかどうかもわからない破滅を恐れて足を踏み出せない者に、覇道を歩む資格なし。わたくしはね、ガスチーニ。ロートくんと一緒なら、虚無でも地獄でもバッチコイですわ。自分で選んだ道を突き進んだ結果であるならば、死族になろうとも構いませんわ。きっとロートくんも同じ気持ちですわよ。余計なお世話はしないでくださいまし」
口元が緩む。
ガスチーニの長話のおかげで、ようやく全身の痛みも麻痺してきた。よろめきながら立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ガスチーニ殿、感謝する」
「……は?」
ガスチーニが素っ頓狂な声を出す。
ずっと余裕の姿勢を崩さなかったコイツが、こんなことで動揺するとは。思わず俺は笑ってしまった。
「中央神聖王国の援軍がなかったら、南部どころかこの国自体が危うかっただろう。自分には直接関係のない土地のために、よく命を賭けて戦ってくれたと思う。……それに」
顔を上げ、先ほどまで映像が映っていた壁面を見つめる。そこに映っていた男女の姿をもう一度思い浮かべ、しっかりと記憶に刻みこむ。
「十年ぶりに父上と母上の姿を見た。擬似投影紙の一枚も残ってねーからな。ずいぶん懐かしい気分にさせてもらったよ。……だから、感謝する。アンタの思惑的には完璧に逆効果だったけどな」
あの悪夢から十年。あの日に抱いたフリートラント家再興の決意は一日たりとも忘れたことはない。だが、気づけばいくらか風化してしまった部分はあったかもしれない。
俺は初心に返り、決意をより強固な物にしていた。
「なぁ、ガスチーニ。父上や母上は後悔してたか? 貧乏くじを引いた。こんな役目につくべきじゃなかった。南部五領の領主になんかならず、もっと安全なところでのほほんと暮らしてりゃ良かったって、そんな風に後悔してたように見えたか?」
「それは――」
「見えなかっただろ。後悔なんてするわけねーよ。あの二人はよ」
さっきの映像を見れば分かる。父上も母上も、最後の最後まで己の正義に背かなかった。だから後悔なんてしなかったはずだ。殺され、死族にされた後も、きっと。
「アミティの言うとおり、余計なお世話だ。未来に絶望したおっさんが前途多望な若者の行く手を遮るんじゃねぇよ。……父上と母上がそうしたように、俺も後悔しない道を往くぞ!」
言うだけ言って、鍔のない赤い長剣を構える。
ガスチーニは言葉を失くしているようだった。会った当初は絶対に勝てないバケモノのように見えたコイツだが、今はなんとでもなるような気がしていた。もちろん、絶対に錯覚だろうが。
その時である。
カチリと、俺の頭の中で一つの感覚が起きた。まるで時計の短針と長針がぴったり重なった時のような噛み合う感覚が。
口元が緩む。
「アミティ!」
「はいな」
にっこりと笑ってアミティが俺のそばに寄る。
その肩を抱いて、追手の二人に告げる。
「時間切れだ。これでもうお前らに勝ち目はねーよ」
アミティの女中服の襟に手をかけ、横にズラす。艶めかしい白い肌が露出する。
俺は大きく口を開けるとアミティの首筋に噛みつき、そこからにじみ出る血を啜った。
唇と喉、食道と胃。それらが焼ける激痛がする。しかし前回よりは幾分マシに感じた。すでに外傷を負いすぎて痛覚が麻痺しているからだろう。
勇者の血の浄化作用が終わり、【吸血】の効果が現れる。全身に力が漲り、傷という傷がふさがる。全身の打ち身も擦り傷も、焼けた消化器官も折れた肋骨も、ごっそり抉られていた腹の肉さえも。
ここまで大怪我した状態で吸血をしたのは初めてだった。あっさりと完治したのは、正直驚きだ。
「ははぁ、合点がいきましたぞ。それのために時間稼ぎをしていたのですな」
感心したようにガスチーニが手を叩く。
「吸血の冷却間隔。そういえばフリートラント殿も丸一日空けないと効果が出ないとおっしゃっておりましたな。……で、それで拙僧たちに勝てると?」
ガスチーニは呪文を唱え、骨戦士たちに補助魔法をかける。
白い光に包まれた骨戦士たちが、ゆっくりと前進を始める。ガスチーニ自身は出入り口前に陣取ったまま動かない。万が一にも逃さないつもりだろう。
「ロート殿の傷が治り、能力が多少向上したところで、ニルダ嬢にさえ勝てますまい。骨戦士も加わればなおのこと。……お嬢様が本調子ならば、僅かに芽はあったかもしれませんがな」
「誤解しないでくださいまし。ロートくんは、あなたたちに勝ち目はないと言っただけですわよ」
アミティの言葉に、ガスチーニが怪訝そうな顔をする。これだけヒントを出せば、賢いコイツは答えにたどり着くかもしれない。だが、もう遅い。
「ごきげんよう、ガスチーニ、ニルダ。どうか、王都までは追ってこないでくださいましね」
アミティは俺を見て合図のように頷いて、こちらへ手を伸ばしてくる。ダンスに誘うように。
俺も頷き返し、赤い長剣を持ち上げた。
剣の刃がアミティの指先に触れる。その瞬間、追加効果が発動し、アミティの身体がかき消える。
「……あっ!」
ニルダがハッとした顔で口に手を当てる。
ガスチーニも目を見張っていた。しかしニルダとは驚きの種類が違うように見える。
「お嬢様にその剣を使う可能性は考えてはおりましたが――正直、実際にやるとは思いませんでしたな。お嬢様一人で王都に行って“請願”するというのは、あの方の性格上、よしとしないと思っておりましたので。……ま、王都には執事長様が待ち構えていますから、どのみち無理ですがな」
骨戦士たちに道を譲らせ、ガスチーニがこちらへ歩いてくる。ついに自ら動く気になったらしい。
「お嬢様を逃がしてしまった以上、執事長様に折檻されないためには目に見える手柄が要りますな。不本意ですが、人質にさせてもらいますぞ、ロート殿」
ガスチーニの反応は俺の予想どおりだった。すべてが思い通りに事が運んだ。まるで完全犯罪を成し遂げた犯罪者のような気分である。
「そうだよな、そう思うよな。……俺にはもう打つ手がない。そう断定するよな」
「まだ、何か策があると?」
「ある。というより、もう終わってる。アンタも一度は想定したんだろ? 『そういう使い方もできるんじゃないか』ってな。アミティも『なぜ使わないのか疑問だった』って言ってた。賢い奴なら一度は考えるはずなんだ。そして俺がここまでそういう使い方をしてない以上、『その使い方はできない』のだろうと推測する。……言っとくけど、アミティに剣の効果を使ったことを言ってんじゃねーぞ。あいつを逃がすだけなら、いつでもできたんだ」
「……まさか!」
ガスチーニが絶句する。
俺は赤い剣を掲げて見せてやりながら、くつくつと喉を鳴らす。
「アンタ、これも知ってたか? 吸血鬼の中には吸血で【血液操作】の追加効果が強化されるタイプもいる。もうちっとばかし観察すりゃ気づいただろうに。……俺のこの剣、どうして鍔がついてないのか、考えなかったか?」
剣を握る右手。その親指を動かし、本来ならば鍔があるあたりの先へ置く。
すなわち、赤い刃のその上に。
「吸血状態になれば、この剣の追加効果を俺自身にも使えるんだよ。使えないと思い込んでたろ?」
ガスチーニが破顔する。笑うしかないとでもいう風に。
ニルダはあんぐりと開けていた口を、更に大きくした。
赤い刃で指を裂き、ニルダの方へ微笑みかける。
誠意を込めて、言葉を紡ぐ。
「何度も騙して悪かった。でも、かわいい女のコだと思ったのと、お前に怪我させたくねーって思ったのはホントだぜ。どうか許してほしい。……じゃあな」
返事が来る前に奇妙な浮遊感が俺の全身を包みこむ。
そして視界が歪み、暗転した。
☆
浮遊感が収まり、視界に光が戻ると、俺は鉱山都市ユングヴァルトの中心である円形広場の跡地に立っていた。
すぐそばの瓦礫の上に、先に転移したアミティが座っている。アミティはそこからひょいと飛び降りると、微笑みながら俺のところへトテトテと歩み寄ってきた。
「“奥の手と策さえあれば格上にも勝てる”。見事な“策”でしたわ」
「勝ってはねーけどな、今回は。逃げきれたってだけだ」
「あら、わたくしたちの勝利条件はあの二人に捕まらないことだったでしょう? 完璧な勝利と言えますわ」
誇らしげに立派な胸を張るアミティ。
その胸にちらりと目をやってから、念のため周囲を見やる。先にアミティが確認しただろうが、精霊や他の執事――ラナやメルヴィルの姿はない。ここに俺たちが戻って来るのは、やはり奴らの想像の上だったらしい。
俺の知る限りでは神聖魔法や精霊魔法には、《空間転移》や《帰還》と同一の効果のものはない。つまり、あいつらはすぐにはここへ戻って来れない。とりあえずはまた追手を巻けたわけだ。
昨日の夕方にこの辺でガスチーニに追われていた時と比べれば、状況は好転した。丸半日ほどの時間のロスを除けば、だが。
「これからどうすんだ? タイムリミットまであと丸二日ってとこだろ。こっからは相当無理しねえと間に合わねえぞ」
五日で行くとか言うのはコイツが勝手に言い出しただけなので、別に達成する必要はない。ただ急がねばまた追っ手に捕捉されるだろう。
アミティは得意気な顔で人差し指をメトロノームのように左右に動かした。甘く見るな、というジェスチャーだろう。
「ふふふ、ここからは秘策がありますわ。アランダシルの街を出た時から考えてた策ですわ。期日までに王都に着くところまでは高確率で成功しますわ」
「……ホントか?」
「お任せあれですわ」
不安だ。なんかろくでもない策な気がした。
『そういえば』とアミティは両手を合わせ、俺の腕に抱きついてくる。
「ロートくん。アレはどうなったんですの?」
「アレ?」
「『この後に分かる』っておっしゃってたじゃないですの。あなたからわたくしへの好感度」
ギクリとする。失言だったと後悔しながら、アミティから目をそらす。
「別にたいしたこっちゃねーよ。忘れろ」
「嫌ですわ。気になりますわ。教えてくれるまで離しませんわ」
「……んなことしてっと、追手に捕まるぞ」
うんざりしながら言ってみるが、アミティのしがみついてくる手の力は強まるばかりである。吸血の効果はまだ継続しており俺の筋力もアップしているが、とても振りほどけそうにない。
観念する。
「いいか? 吸血鬼の吸血ってのはな。吸う対象への好感度が高いほど、効果が強くなるんだよ」
「え……それじゃあ?」
「俺は吸血自体、あんまり使ったことねーから、どれくらいの好感度かはわかんねーけどな。さっきの吸血は昨日の朝に使った一回目よりかは効果があった気はした。……気がしただけだけど」
アミティの瞳が宝石のようにキラキラ輝く。ついでに無意識だろうが、俺の腕にしがみつく力も強くなる。骨がきしんでいる。勘弁して欲しい。
「つ、つつ、つまり、ロートくんはわたくしに惚れたと!」
「そこまでは言わねーよ。ただ、まぁ、昨日の今よりかは好感度が上がったかもなって話。知らんけど」
ますます嬉しそうな顔をするアミティは俺の腕を離してくれたかと思うと、今度は中腰になって腹のあたりに抱き着いてきた。
抵抗は無駄である。諦めて、コイツのしたいようにさせる。
俺の腹に頭をぐりぐり押し付けて来るアミティの髪を撫でながら、ポツリと呟く。
「ありがとな」
「なにがですの?」
「いろいろだよ」
さっきまでは言うか散々迷っていたコイツへの感謝であるが、なぜか今はスルッと口から出た。
にっこり笑顔でアミティが下から見上げて来る。
「こちらこそ、ありがとうございますわ」
「なにがだよ」
「いろいろですわ」
なんだろう。謝罪される覚えは沢山あるが、感謝される覚えは特にない。コイツもコイツで俺と同じように、なんか色々考えて悶々としていたのだろうか。
お互い口にしなけりゃ分からないことだらけだ。だが、別にその辺全部言う必要はないだろう。ただ、ありがとうと口にさえすれば、それで十分だ。
東の地平へ目を向ける。すでに夜の闇は去り、空が白くなり始めている。陽が昇るのだ。
俺たちのこの旅もいよいよ終わりが近づいてきていた。
最終的にどうなるにせよ、きっと俺はこの旅に出たことを後悔しないだろう。
フリートラントの街と運命を共にした父上や母上のように。