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第七王女と往く覇道  作者: ティエル
16/31

原点回帰(前編)

「ほっほっほ。ごきげんいかがですかな、お嬢様、フリートラントくん。外はもうすぐ朝ですぞ」


 空洞の入り口から姿を現した筋肉執事のガスチーニは、数十体の骨戦士(スケルトン)の群れの向こうで、にこやかに片手を上げた。


 俺は右手の中指を立て、舌を出して吐き捨てる。


「ごきげんようじゃねーよ。カチャカチャうっせーのを大勢連れて、こんなとこまで追ってきやがって。……ニルダはどこだ?」


「一足先にアランダシルに帰らせましたぞ。今日は一人で戦うつもりですのでな」


「嘘こけ、どうせ奇襲させるつもりだろ。なんでお前ら執事は揃いも揃って卑怯なんだ」


 最大警戒で周囲へ目を向ける。術者の姿を不可視にする《光学迷彩(インビジビリティ)》や、岩盤を掘削(くっさく)してトンネルを生成する《穴穿ち(ボーリング)》など、奇襲にうってつけな精霊魔法はいくらでもある。いつどこからニルダが襲い掛かってきてもおかしくはない。


「気を付けてくださいまし」


 アミティが聖銀の短刀(ナイフ)を構えて、一歩前に出る。


「無理はすんなよ」


 小さく声を掛け、アミティの横に並び立つ。

 アミティはもう俺の策を理解している。ガスチーニとニルダを倒す必要はない。あとほんの少し時間稼ぎできれば、それでいい。


「おい、ガスチーニ。別にアンタ自身はこの王女様を連れ帰りたいとは思ってねえんだろ? 仕事だから追ってきてるってだけでよ」


「そうですな」


「じゃあいいじゃねえか。王都で執事長とかいうのに会ったら、ガスチーニとニルダには散々苦しめられましたって言っておいてやるからよ」


「それで済んだら楽なのですがな」


「済まないってか?」


「ええ。ロート殿はあのお方の恐ろしさをご存知ない。ここで手を抜いたらあのお方には確実にバレますし、バレたらそりゃもうドえらいお仕置きが拙僧を待ってますぞ」


「ふーん。……そういやメルヴィルも“上”にビビってたな。アンタらみたいなのが揃って恐れるとか、どんなバケモンなんだ、その執事長ってのは」


 自然な会話だ。少なくとも、俺はそう思った。

 しかしガスチーニは丸太のようにぶっとい腕を組むと、ふと別人のようにまなざしを鋭くした。


「雑談で時間を稼ごうとしてますな、ロート殿」


 ドキリとした。誤魔化すためにヘラヘラ笑ってまくしたてる。


「あ? わけわかんねーこと言うなよ。ここで俺が時間稼いでなんの得があんだ。援軍が期待できるような状況でもねーだろ」


「そうですな。援軍ではない。とすると、何かの罠が発動するのを待っている? そもそもこの坑道に逃げ込んだこと自体、何か狙いがあってのことと推察していましたが――ふーむ」


 まずい。ふざけた性格をしているくせに、こいつもアミティと同様に頭がキレる。話を逸らしたいが、何を言ってもボロが出る気がする。

 明らかに不自然な沈黙が続く。俺の額を冷や汗が(つた)う。

 すると、ふいにガスチーニが満面の笑みを浮かべて司祭服の懐に手を突っ込んだ。


「すぐ戦う気がないのなら、都合がいい。実は拙僧もロート殿にお話ししたいことがありましてな」


「あん?」


「これをご覧くだされ。第六次大侵攻の際に君の父君、フリートラント殿から預かったものなのですがな――」


 反射的に俺は身を乗り出していた。“それ”を見るために。

 こんなベタな手に引っかかったのは俺が騙す側だと(おご)っていたからか、あるいはガスチーニの言葉に(あらが)いがたい魅力があったからか。


 ガスチーニが懐から出した手。そこに乗せられていたのは、くりくりとした可愛らしい目玉がついた小さな風船――光精霊(ウィルオウィスプ)だった。

 それはプクリと頬を膨らませると、周囲へ(まばゆ)い光を放った。


 ガスチーニもアミティも腕で目を覆っている。ただ一人、そこに注目してしまっていた俺だけがその光をもろに受けた。


 視界が真っ白になる。それだけならまだしも、思考も一緒に停止してしまった。

 ゆえに、背後に突然現れた気配に反応するのにも一瞬の間を要した。

 致命的である。文字通り。


「因果応報パァンチ!!!!」


 怒りに満ちたニルダの絶叫。

 振り返ると白く染まった視界の中に、今にも拳を突き出さんとするエルフの少女のシルエットが見えた。


 とっさに腹をよじる。そこを正拳がかすめていく。

 (かわ)せた。

 口元が緩む。俺の反射神経も捨てたものではない。


 ――と思った時には、俺の体はきりもみしながら超高速で吹き飛んでいた。


 昨日の昼にも似たようなことがあった。だが、ふっとんでく速度はあの時よりずっと速い。

 体を丸める。硬い地面に何度も何度も体のあちこちを打ち付ける。

 最後に背中から壁に勢いよく激突して、俺は止まった。


 盛大に血を吐く。激痛で震える手を腹に伸ばす。ニルダの拳がかすった左の脇腹の肉がごっそりとなくなっていた。内臓までやられているかもしれない。確認するのが怖いが、転がってる間にぶつけた四肢や背中もタダでは済んでいないだろう。


 視力が戻って来る。


 俺の前に制服姿のニルダが仁王立ちしていた。補助魔法(バフ)の光を全身に(まと)い、俺に人差し指を向けている。


「ローくん、わたし怒ってるんだからね!」


 言われなくても分かる。そのぷんすかした顔を見れば一目瞭然だ。そもそも【天啓夢(ギフト・ビジョン)】で見たから知ってたし。


 一体どこから奇襲してきたのかと見渡してみると、俺が先ほどいたあたりの天井に、ぽっかりと大きな穴が開いていた。上からニルダが《穴穿ち(ボーリング)》で開けたのだろう。光精霊(ウィルオウィスプ)の目くらましにタイミングを合わせて、あそこから降ってきたのだ。


 アミティは遠くの方で骨戦士(スケルトン)の群れを相手に戦っていた。これまた目くらましと同時に、ガスチーニが引き連れていた数十体の内の半分ほどをそちらへ差し向けたらしい。

 よく考えられた策だ。準備もしっかりしている。状況はかなり悪い。


 ここから取れる最善手は何か。考える暇はなさそうだ。拳を固く握りしめたニルダが、今にも殴りかかってきそうな勢いでもう一歩詰め寄ってくる。


「なんだか思ったより元気そうだね。殺さないようにしろってお師匠様に言われたけど、手加減しすぎたかな。とりあえずもう一発殴るね!」


「ま、待て、話を聞いてくれ! 誤解なんだ!」


「誤解って何が!」


「き、昨日の昼に不意打ちした件を怒ってるんだろ? あれはお前のためだったんだよ!」


「え。わ、わたしのため……?」


 血で濡れた手で制しながらまくしたてると、ニルダは案外簡単に止まってくれた。

 助かる。もう一発殴られたら本当に死ぬ。

 大げさな身振り手振りをしながら、訴えかける。


「あのまま戦いを続けていたら、お前かアミティのどちらかが大怪我してただろ? アミティは死ぬほど丈夫だから、ともかくとしてよ。もしお前みたいな可憐な女の子に傷でもついたらって俺は心配で心配で……それで仕方なく、ああしたんだ」


「そ、そうだったの……?」


「ああ。俺だって本当はあんなことしたくなかったんだよ。信じてくれ、ニルダ」


 ニルダの向こうをちらりと見る。それから困惑する少女の手を両手で強く握り、じっと目を見つめる。


「俺のこの目を見てくれ。これが嘘をついてる男の目か?」


「う、ううん……ち、違うと思う」


 頬を赤らめながらニルダが首を横に振る。

 その背後から忍び寄る影があった。


「そぉい!」


 アミティの上段回し蹴りが、ニルダの顔面に横から直撃する。

 ニルダは魔術砲弾のような速さで吹っ飛んでいき、さっきの俺のように壁面に激突した。ちょうど(もろ)いところに当たったのか、壁面の土が崩れて生き埋めになる。


 見やると、先ほどまでアミティを囲んでいた骨戦士(スケルトン)たちはすでにバラバラになって活動を停止していた。予想以上の殲滅速度だ。やはり勇者はバケモノか。


補助魔法(バフ)がかかっているとさすがに効きませんわね」


 ニルダが飛んでいった方を油断なく見ながら、アミティがつぶやく。


 土砂をはねのけ、ニルダが跳び起きる。アミティの言葉のとおりダメージは一切ないようで、全身についた土を払うと、肩を怒らせながらツカツカとこちらへ歩いてきた。

 その怒りの矛先はなぜか、攻撃をしたアミティではなく俺に向いている。


「ローくん、また騙した!?」


「騙してない! たまたまだ! 話してる間にたまたまコイツが攻撃しただけ! だいたい、ほら、アレだ!」


 この空洞の出入り口のあたりをビシッと指さす。正確には骨戦士(スケルトン)たちに囲まれて寝そべっているガスチーニを。


「お前の師匠が見てる前だぞ!? そんな状況で騙そうとするわけないだろ!」


「い、言われてみると確かに……?」


 実際のところ騙したのだが、ニルダは俺の言い訳に納得してくれたようだった。

 ガスチーニは俺たちのやり取りを欠伸(あくび)をしながら静観している。その意図は分からんが、変に口出しされるより都合がいい。


「と、とにかく! 二人とも無駄な抵抗はやめて、お縄について!」


 叫びながら殴りかかってくるニルダ。

 それをアミティが徒手で迎え撃つ。


 超至近距離での格闘戦。昨日の昼の再現のようだが、あの時よりアミティのコンディションは悪化している。逆にニルダはガスチーニの凶悪な補助魔法(バフ)で攻防ともに大幅強化されている。

 案の定、アミティは防戦一方だった。


 援護してやりたい。だが、指一本動かすのすらしんどい。ダメージのせいで【血液操作(ブラティカ)】で出した剣も消えている。


「ア、アミティ……」


 四つん這いのまま弱々しく呼びかけ、その場に突っ伏す。

 そしてそのまま意識を失う。


 ――という演技をする。


 さっきニルダも言ってたが、俺は思ったよりは(・・・・・・)元気だ。ニルダが腹を狙ってくると【天啓夢(ギフト・ビジョン)】で聞いていたので、直撃を避けられたのが大きい。もっとも、まともに戦える体じゃないのは本当だし、このまま応急手当をしないでいたら(じき)に死ぬだろう。


 ちらっと顔を上げて、目配せをする。

 それを見たアミティはすぐに構えを解いて両手を挙げた。


「分かりましたわ、ニルダ。投降します。だから、早くロートくんを治療してくださいまし」


「よかった! 分かってくれると信じてたよ、アミティちゃん!」


 ニルダはこれも簡単に信じた。喜びを表現するようにピョンと大きく跳ねた後、俺のそばに駆け寄ってくる。


「痛い思いさせて、ごめんね、ローくん。大丈夫、すぐにお師匠様が治してくれるから」


 ニコニコしながら俺のそばで腰を降ろし、傷の様子を探るために手を伸ばしてくるニルダ。


 非常に痛い。

 体の傷よりも、心が。


「わ、わりぃな」


 俺がぽつりと謝罪すると、ニルダは何も分かってない顔で首をひねった。たぶん、感謝の言葉と勘違いしたのだろう。

 こちらに伸ばしたままの彼女の右手。それを腹の下でこっそり生成しなおしておいた赤い直剣(ロングソード)で斬りつける。


 唖然と口を開け、目ん玉をひん剥くニルダ。


 鉄でも斬ったかのような(にぶ)い感触が剣を持つ手に伝わってくる。やはり硬い。しかしニルダの皮膚を僅かにではあるが斬り裂けてはいる。

 しかし、肝心の追加効果は発動しなかった。


 あまりに予想外だったのかニルダは手を伸ばした格好のまま固まった。

 その背後へ、再びアミティが忍び寄る。そしてニルダの腕を掴むと、懐に潜り込んで背負って投げ飛ばした。ちょうど昨日の昼にアミティ自身がやられたヤツである。一本背負い。その投げっぱなしバージョンだ。


「また騙したぁー!?」


 ようやく事態が飲み込めたのか、ニルダは怒りの声を上げながら放物線を描いて飛んでいき、この空洞の出入り口付近、ガスチーニが横になってるすぐそばにスタっと着地する。


「ニルダ嬢、その騙されやすい性格をもう少しなんとかしないとダメですなぁ」


「す、すみません」


「ま、それはおいおいの課題としましょう。ところで」


 ガスチーニは欠伸(あくび)をしながら弟子を叱った後、また別人のように鋭いまなざしで俺を指さした。俺と言うか、俺の血でできた赤い剣を。


「ロート殿の剣の秘密、おおむね掴めてきましたな。効果は魔術の《帰還(リターン)》。単純に斬りつけただけでは発動せず、相手の心理的な隙を突かなければならない――と言ったとこですな。今発動しなかったのは、そういう能力であるとニルダ嬢が知っていたからでしょう。“心構えをしておけば斬りつけられても大丈夫だ”という安心感、それ自体が発動への障壁となったのですな」


 百点満点――とは言わないが、ほとんどそれに近い。確かにこうなるともう発動できる見込みはない。

 そもそも初見殺しの能力だ。こんな連戦で使うのは想定していない。


 こうなると、俺にできることは後一つのみ。

 舌戦(ぜっせん)である。


「おい、ニルダ! 前からお前に言いたかったことがある!」


 ビシッとニルダを人差し指で指さす。

 こちらへまたやってこようとしていたニルダだったが、期待通り、きょとんとした顔で歩みを止めた。ついでにアミティも似たような顔で俺を見た。

 今度はそのアミティの方を親指で指す。


「お前、コイツの家の使用人なんだろ? ずっと呼び捨てにしてっけど、ラナみてーに“様”づけしなくていいのか? クラスメイトだから下手に出る必要はねえとか思ってんのか? 失礼じゃねーか? ああん?」


「ニルダは精霊の国(サイアム)の王族ですわよ? この国には交換留学で来ているのですわ」


「おっと、失礼なのは俺のほうでした。エッヘッヘ、許してくだせぇニルダ様」


 作り笑顔を浮かべて、ペコリと頭を下げる。

 アミティは呆れたような顔をしていた。

 そういう重要な情報はもっと早めに言ってほしい。いや、さっき来歴を聞こうとしてやめた俺も悪いが。


「いや! 俺たちはクラスメイトなんだから別に下手に出る必要はねぇ! 呼び捨てだろうとタメ口だろうと問題ねえはずだ! そうだよな、ニルダ!?」


「ロートくん、さっきと言ってることが真逆になってますわよ?」


「うるせー!」


 話が終わればまた戦闘が始まるだろう。

 矛先を変える。今度は筋肉司祭を指さす。


「おい、ガスチーニ! 弟子にだけ戦わせて恥ずかしくねーのか! 恥を知れ恥を! たまには自分で戦いやがれ!」


 安い挑発だ。正直、動かれても困るというか、この状況でアイツにまで動かれたら確実に負ける。だが、どうせ動かねえだろうという確信があった。

 予想通り、ガスチーニは寝そべったまま微動だにしなかった。しかし、話には乗ってきた。


「ロート殿。ラナ嬢の手紙にありましたが、なんでもフリートラント家を再興しようとしているらしいですな」


「あ!? そうだよ! それがどうしたってんだ!」


「やめなされ、やめなされ、そんなこと。行きつく先は虚無ですぞ。ユングヴァルトの廃墟は見たでしょう」


「ああん!?」


 人の夢をそんなこと呼ばわりとは何事だ――と激昂しかけたが、ガスチーニのまなざしを見て、言葉を飲み込んだ。意外と真剣な目である。挑発しているわけでも、軽い気持ちで言ってるわけでもなさそうだ。


 どっこいしょとおっさん臭い仕草でガスチーニが起き上がり、司祭服についた土を払った。


「拙僧はいくつも戦地を経験してきましたがな。この国の南部での戦いはそのどれよりもむごたらしい、地獄としか形容できない惨状でしたぞ。……ロート殿とお嬢様に、今からそれをご覧に入れましょう」


 ガスチーニは聖書を開き、短く呪文を唱えた。

 ヤツの右手から白い光を放つ球体が現れ、この空洞の壁面を照らす。


 そしてそこに、この筋肉執事の記憶が映し出された。

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