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第七王女と往く覇道  作者: ティエル
15/31

闇の中で見た夢(後編)

 目覚めは、過去に覚えがないほど(さわ)やかだった。

 眠気がきれいに消化され、当然の帰結として脳が覚醒した。眠りの途中で物音や振動で目覚めるのとはまったく違う、理想的な自然の目覚め。


 (まぶた)(ひら)く。

 遠くにむき出しの岩肌が見えた。坑道の天井だ。高すぎて、魔術の明かりがうっすらとしか届いていない。

 どうやら俺は坑道の地面に仰向けで寝ているらしい。背中は(じか)に地面についているが、頭の下には冒険用の背負い鞄が枕代わりに敷かれている。


 体は万全。頭の中もクリア。

 しかし眠りに入る前の状況が思い出せず、一瞬混乱した。

 どうして俺は、こんなとこで目覚めたのか。


 そうだ。丸一日以上の強行軍と追っ手との三度の戦闘の末、ユングヴァルト大坑道に入ってしばらくのところで倒れたんだ。


 そこまで思い出したところで、胸の上にかかる重みに気づいた。

 目だけ動かして見る。


 俺の体には毛布代わりに外套(マント)がかけられていた。それがもぞもぞと動いたかと思うと、中からひょっこりとアミティが顔を出す。それから上品な所作で大きな欠伸(あくび)を一つして、眠たげな瞳を俺に向けてきた。


「おはようございますわ」


「……おう。おはよう」


 挨拶を返すのが遅れたのは、知らぬ間に同衾(どうきん)されて動揺したからではない。

 アミティの視線から目を反らした結果、周囲を見てしまったからだ。


 そこは学校の中庭ほどはある広い空間だった。元は坑道作業員の休憩所か倉庫だったのだろう。地面に壺や木箱の残骸が散乱している。

 そしてそれらに混じって、様々な種類の危険種(モンスター)の死骸が落ちていた。


 擬態オオムカデ、小鬼(コブリン)泥人形(マッドパペット)腐乱犬(タタリイヌ)――。どれも手ごわい危険種(モンスター)ではない。しかし数が多い。おおむね刃物によって倒されたようたが、打撃跡もある。


「これ、全部お前がやったのか?」


「そうですわ。さすが“穢れ”の中ですわね。ついさっきまで、ひっきりなしに襲ってきてましたわよ。おかげでわたくしはちょっとしか眠れませんでしたわ」


「……そうかい」


 俺が泥のように寝ている間、コイツが(まも)ってくれていたわけか。

 しかし高レベル危険種(モンスター)の姿がないということは。


「どこなんだ、ここ。それほど奥じゃねえよな」


「ええ。日付が変わる前くらいまでは進みましたけど、意識がないロートくんを連れてなので、そんなに距離は稼げてないですわ」


「……俺を背負って運んだってことだよな」


「いいえ、お姫様抱っこしましたわ。やっぱり軽すぎですわよ、ロートくん。ほら、お腹空いているでしょう? 召し上がって」


 アミティが携帯食の包みをほどいて、俺の口に差し出してくる。

 黙ってそれを頬張る。

 俺が嚥下(えんげ)するのを確認すると、アミティは間髪入れずに次の一口を差し出してくる。赤子にでもなったような気分だが、文句も言わずに食べ続ける。アミティの言うとおり、腹は減っていた。


 この飯の件、ここまで運んでもらった件、ついでに言えばここで(まも)ってもらった件。それらの謝意を伝えるべきか否か。そもそもこんな状況になっているのはコイツのせいなのだから、俺が礼を言うのも変な気がする。

 けっこう迷って、結局、別のことを口にした。


「今は夜明け間際ってとこか」


 空は見えないが、吸血鬼(ヴァンパイア)特有の感覚で時刻は推し量れる。

 アミティは同意するように頷くと、もう一口差し出してきた。


「ロートくんもさっき【天啓夢(ギフト・ビジョン)】で()たと思いますけれど」


 アミティがこの空間に一つしかない出入口付近を指さす。そこの天井に土精霊(ノーム)の群体が一つ、逆さまにぶら下がっており、つぶらな瞳をじっとこちらへ向けていた。


「ニルダは土精霊(ノーム)をたくさん放って、わたくしたちを探させたみたいですわね」


「……精霊って普通、一体か二体使役すんのが限界じゃなかったか? いや、いいや」


 これまでの執事連中同様、あのニルダも普通の来歴ではないのだろう。聞いてどうなるものでもない。食事に集中する。


「ロートくん、これからどうします? 土精霊(ノーム)の監視は無理をすれば振り切れなくもないと思いますけど」


 食事の最後、革袋から水を飲ませてくれた後に、アミティは確かめるように聞いてきた。いや、確かめるというより、試すように。


「ここで迎え撃とう。勝算はある。下手に動くとかち合うのが早くなっちまうかもしれねぇしな」


 出入口を見ながら答える。


 アミティはやはりといった感じで微笑むと、俺の口をこじあけて、発達した犬歯に指で触れてきた。


「【吸血(ソウル・バイト)】には冷却間隔(クールタイム)があるのでしょう? それも個人差があるのでしょうけど、ロートくんの場合は丸一日」


「御明察」


 さすがにもう驚かない。この賢い王女様の推理は完璧だった。


「前に使ったのは夜明け間際だったからな。あと少しのはずなんだ。使用可能になれば感覚で分かる」


「それ以前にもう一度血を飲んでも効果はない?」


「まったくない。しょっぱいもん飲んだだけになる」


「ふふ、しょっぱいんですのね、やっぱり」


 アミティはくすくす笑った後、ふいに表情を暗くした。


「ロートくん。わたくし、あなたに一つ謝らなくてはなりませんわ」


「一つ? ホントに一つか? ぶちこわされた家のこととか、お前に謝ってもらう心当たりは山ほどあんだが」


「一つだけですわ」


「あっそう。……で、なんだよ」


 よほど言いにくいことらしい。アミティはしばし視線を逸らした後、俺の耳元で囁いた。


「さっき寝てるときに、わたくしも見てしまったんですの。……ロートくんの見ていた夢を」


「……あん? ああ、アレか。なんのことかと思ったわ」


 アミティは目を伏せ、丁寧に頭を下げる。


「ごめんなさい、勝手にあなたの夢を見てしまって。それもあなたにとって繊細な記憶の夢を」


「別にいいさ。むしろ変なもん見せて悪かったな。……なんで俺とお前の夢が混線してんのか知んねーけどよ」


 頬を()く。夜空が赤く燃え上がるあの夢。あれを人に見られたのは、どこか気恥ずかしかった。


「分かっただろうけど、ありゃ十年前の黒の国(ディーオー)侵攻の時の夢だ。俺にとっちゃ軽いトラウマで、昔は毎晩のように見てた。久しぶりに見た理由はたぶん――」


「昨日、ユングヴァルトの廃墟を通ったから?」


「だろうな。あの廃墟を見て、フリートラントの街もこんな風になったのかなって想像しちまったからだ。俺は国土回復計画(レコンキスタ)が終わった後も一度も南部に戻ってねぇから、今どんな風なんだか知らねえんだけど」


 気づけばアミティは俺の顔をじっと見つめていた。その眼差し、その表情に込められた感情がなんなのか、この旅に出る前の俺には分からなかっただろう。

 今の俺には分かる。アミティの柔らかな髪を撫で回す。


「そんな心配そうな顔すんな。トラウマだなんて言ったけど、もう十年前だからな。慣れたもんだ。夢で見ても何も感じなくなった」


「でも夢の中のあなたはとても悲しそうでしたわ」


「そうだな。その気持ちはよく覚えてる。あれが俺の原点なんだ。実のところ、家を再興しようと躍起(やっき)になってんのはあの夢……あの嫌な記憶を塗り替えるためでもあんだよ。これ、内緒だぞ」


 片目をつむって、冗談めかして言う。

 だが、アミティはやけに真剣な顔で頷いた。


「つまりアレはロートくんの魂に刻まれた古傷なのですわね?」


「そうっちゃそうだが。……魂。魂ねぇ」


 この旅の中で何度か聞いたワードだ。昨日は霊魂という形で、実際にこの眼で目撃もした。

 “意識の根源”、“脳髄を動かすもの”、“人格を形作る魔力(マナ)の結晶”――魂とはそういうものだと初等学校(プライマリースクール)で習った。すべての生き物が生まれながらに内包している“自我”の正体そのものなのだと。

 この“魂”というものに関連する固有能力を、我が一門、吸血鬼(ヴァンパイア)は多数保持している。上位の個体ともなれば、他者の魂に直接干渉できたりもするらしい。あいにく俺が使えるのは【吸血(ソウル・バイト)】だけだが、あれも『他者の血液から魂の断片を取り込み、それを媒介に己の力を増幅する』という原理だ。

 しかしそんなことを意識しながら使っているわけではないし、血液に魂の味を感じるわけでもない。一般人と同じで、“魂”なんて存在を意識したことは、これまで一度もない。

 

 両手を閉じたり開けたりしながら、体の調子を確かめる。こうやって体を動かすのだって、理屈の上では俺の“魂”が命じていることになる。意識したところで、やはり、そんなものの存在を自身の内に感じ取れるわけではないが――。


「にしてもすげーな、【同衾(どうきん)加護】ってやつは。体力的にはすっかり万全だぞ」


 感心して呟く。折れた肋骨を中心に全身痛いところだらけではあるが、疲労はまったく残っていない。だいぶ長く眠れたのもあるだろうが、極度の疲労でぶっ倒れた後だとはとても思えなかった。


「ロートくん、勘違いしていらっしゃいますわね」


「ん?」


 アミティはもう一度欠伸(あくび)をしてから、俺の胸に額をうずめた。気づかなかったが、その目の下にはうっすらと(くま)ができている。というか、明らかに顔色悪い。さっき少ししか眠れなかったと言ってたが――。


「【同衾(どうきん)加護】は一緒に寝た相手を強化するだけであって、疲れを取る効果はありませんわ」


「嘘こけ。じゃあなんでこの間リースの洞穴で寝た後……今もだけど、俺はこんな元気になってんだよ」


「それはまた別の勇者特権(ブレイブオーダー)の効果ですわ。【疲労吸収(デディケーション)】って言うんですけど」


「……吸収?」


「ええ。接触距離にいる人の疲労を肩代わりする能力ですわ」


「待て。待て待て待て」


 心臓がどくんと跳ねた。


「つまり何か? さっき俺がぶっ倒れた分の疲労を、お前が受け持ったっていうのか?」


「はい」


「初日のあの強行軍の俺の疲労も、お前が吸収したと?」


「ええ」


「で、今日はほとんど寝れてないと」


「そうですわね」


「………………よくぶっ倒れないな、お前」


 長い沈黙の後、ようやくそれだけが言えた。


「タフですから、わたくし」


 アミティが青白い顔で笑う。


 思い返すと、おかしな点はあった。昨日の昼にニルダと戦った時、アミティは途中から押されていた。あの時は演技だと思ったが、あれは単純に疲労のせいだったのか。

 ガスチーニと戦ったときも変だった。いくら数が多くとも、骨戦士(スケルトン)くらい本調子のこいつなら蹴散らせていただろう。


 疲労を肩代わりしてもらった件、礼を言うべきなのだろうか。クソ疲れる目にあったのもコイツのせいなのだから、礼を言うのは変だろうか。


「お礼はいいですわ。す、す、好きな人のために尽くすのは当然のことですもの」


 俺の迷いを見透かしたようにアミティが言ったが、恥ずかしいのか一度顔を両手で覆った。それから羞恥を誤魔化すように、俺の胸を叩いてくる。


「ねぇねぇ、ロートくん。もう三日も一緒に旅をしているんですのよ? 苦境も一緒に幾つも越えましたわ。そろそろ『この女を嫁にしてぇ』と思い始めてもいい頃ではありませんの?」


「さてね」


 俺の返事が不満だったのか、アミティは頬を膨らませて非難めいた眼差しを向けてきた。

 仕方ない。誠意のある返答を考える。


「俺はここ十年、家を再興するためにコツコツ頑張ってきたんだ。王立大の推薦もらえるように学業に(はげ)んできたし、実力つけたり人脈作ったりするために冒険者バイトもやってきた。大学入ったら、本格的に再興活動始める気だったんだ。それがいきなり王女と結婚なんてよ……都合が良すぎだろ。段階全部すっ飛ばして再興できちまうじゃねえか」


「まぁわたくしと結婚したら、お父様から領地も家臣ももらえるでしょうね」


「だよなぁ」


「棚ボタだと思えばいいじゃないですの」


「そんな簡単に頭を切り替えられるかよ。……ってか、それだけじゃねえんだよ。なんて言やいいかな」


 上手く言い表せない。もう一度深く考える。家の再興が俺の人生のすべてなのは間違いない。その目的だけを考えるなら、今の状況は棚ボタだ。それを素直に受け入れられないということはつまり、ただ再興できればいいわけではないってことだ。


「分かった。俺一人の力で家を再興しなきゃ、あの悪夢は払拭できねえと思ってんだな。家の再興は目的だけど、手段でもあるんだ」


「じゃあ、王族とか家の再興とかそう言うのは全部抜きにしてですわよ? わたくしのこと、今はどう思ってますの?」


 アミティはじっと俺の目を見つめてきた。曖昧な返答は許さない目だ。自分が好きだのなんだの言う時は照れる癖に、こちらに聞いてくるときはまるで平気らしい。

 これもよく考えてから答える。


「正直、自分でもよく分かんねー。ずっと家の再興のことだけ考えて生きてきたからな。それを成し遂げるまでは、色恋沙汰なんて無縁だと思ってたし」


「誰かを好きになったこともない?」


「ない」


「ははぁ、ロートくんのことがだいぶ分かってきましたわ。同い年のくせに、どうしてそんな修行僧みたいな性格なのか不思議だったんですの」


「ああん? 修行僧?」


「言い換えるならニブチンですわね。わたくしのき、気持ちにもまるで気づいてなかったみたいですし」


 アミティはハァとため息をついて、火照った頬に両手を当てていた。

 照れるなら、そういうこと言わなきゃいいのに。


「気持ちねぇ。……実を言えば、この後、分かるんだけどな」


「何がですの?」


「俺からお前への好感度」


 アミティが小首をかしげる。

 その頭をぽんぽんと叩いて立ち上がる。


「お喋りは終わりだ。来たぜ」


 俺たちがいるあたりの反対側、この空洞の唯一の出入り口から嫌な音がしていた。無数の骨が鳴らす、あのカチャカチャという音が。


 アミティに手を貸して立ち上がらせる。それから親指を噛んで【血液操作(ブラティカ)】で剣を出す。(つば)のない赤い長剣(ロングソード)だ。それを片手でぶらさげ、しばし待つ。


 やがて入口から姿を現したのは剣や盾で武装した骨戦士(スケルトン)の群れ。そしてそれに続いて、あの筋肉執事――ガスチーニがやってきた。

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イチャイチャしてる!この人たちノームに見張られてるのにイチャイチャしてる!
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