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第七王女と往く覇道  作者: ティエル
13/31

昏き穢れの廃墟にて(後編)

 鉱山都市ユングヴァルト。その廃墟で邂逅(かいこう)した半裸の巨漢は、ムカツクくらいさわやかな笑顔でスクワットを続けながら、俺に問い直した。


「こんなところで生きてる人に出会うとは奇遇ですな。どなたですかな?」


「ん、まぁただの通りすがりだが」


 言葉を濁す。俺はこいつを知っている。ガスチーニとかいうアミティのところの執事。つまりは追手だ。

 さっきと同じ問いを繰り返す。


「アンタ、ここで何してんだ?」


「鎮魂ですぞ」


「ちんこん?」


「この地で命を落とした者たちの魂を、天へ導いているのですぞ」


「筋トレしてるようにしか見えないんだが」


「《マッスル鎮魂》ですぞ。神聖魔法ですぞ」


「そう……なのか……? そういうのがあるのか……?」


「ありますぞ。常識ですぞ。スクワットの上下運動で魂を天に導くのですぞ」


 激しい運動をしながらだというのに、ガスチーニの返答はハキハキとしていて(よど)みない。

 《マッスル鎮魂》――あまりにもアホくさい魔法名だが、こうもきっぱり言われると、そういうのもあるかもと思えてくる。


 実際、全身から光る汗を流すガスチーニは、どこか神聖な雰囲気をまとっているようにも見えた。見事な筋肉も相まって、博物館に置いてある偉人の彫像のようでもある。


 先ほど陽が沈んだので、辺りはすっかり暗くなっていた。

 だから、すぐに気づけた。


 天高くからガスチーニの頭上へと、神々しい一筋の光が差していた。それは見る間に太さを増していき、ガスチーニの全身を(まばゆ)く照らしだした。ホラー小説の挿絵のような光景が、一気に宗教画のような(おごそ)かなものに変わる。

 ふいに気配を感じ、周囲を見わたす。

 地面に散乱している無数の人骨。それらから青白い煙の(かたまり)のようなものが現れ、鎧を着こんだ兵士たちの姿を取った。彼らはスクワットを続けるガスチーニに頭を下げて感謝の意を示すと、光の柱に導かれてゆっくり天へと昇っていく。


 霊魂――魂の具現――というやつなのだろう。

 初めて見た。


 さっぱり意味の分からんその奇跡が終わるまで、俺はただ茫然と立ち尽くして見守るほかなかった。


 やがて霊魂たちは空の彼方に見えなくなり、降り注いでいた光も収まった。

 ガスチーニもスクワットをやめた。横に置いてあった旅行鞄からタオルを取り出し、満足気に全身の汗を拭き始める。


 そこでようやく俺は我に返った。


「……あれ?」


 振り返る。

 アミティの姿がない。てっきりついてきているものとばかり思っていたのだが。


「お嬢様をお探しですかな? ロート殿」


「ん? あー、まぁ……あっ!」


 思わず声を上げたのは、ガスチーニが俺の名前を読んだことに驚いたから――ではない。

 ガスチーニの向こう側から、奴の背後へと忍び足で近づくアミティの姿を見たからだ。

 そこらへんに落ちてたのを拾ったのだろう。その両手には巨大な鉄槌(バトルハンマー)が握られていた。


「隙アリですわぁ!!!」


 叫びながら、アミティがガスチーニの後頭部に鉄槌(バトルハンマー)を振り下ろす。

 すんごい嫌な打撃音が俺のとこまでハッキリ聞こえてきた。


 常人なら即死。いや、常人でなくても即死だろう。

 首が折れ、頭蓋が砕け、血と脳漿(のうしょう)が辺りに飛び散るスプラッタな場面が一瞬だけ脳裏を過ぎった。


 が、今回の相手は常人とかそういう次元ではない化け物だった。


「ほっほっほ。いい筋肉を育てておりますな、お嬢様」


 相変わらず無駄にさわやかに笑うガスチーニ。その頭の位置は微動だにしていない。

 一方、アミティの持つ鉄槌(バトルハンマー)()が半ばでぽっきりと折れていた。


 アミティは役に立たなくなった得物を捨て、飛び退こうとする。

 しかしガスチーニに右腕を掴まれて止められた。


「そぉい!」


 なんか既視感のある掛け声と共にガスチーニが力任せにアミティを投げた。陸上競技の砲丸投げのようなフォームだ。


 アミティは放物線を描いて俺の頭上を越え、さらに向こうまで飛んでいく。昼にもニルダにぶん投げられていたがあの時より明らかに飛距離が出てる。


 その長い滞空時間の間にアミティは身を捻り、足から見事に着地した。

 上手い。

 が、投げられたときに脱臼したらしく、右肩が変な形になっている。


 アミティは痛そうなそぶりも見せず、俺に目を向ける。


「逃げますわよ!」


「お、おう。でもそれ」


「そぉい!」


 ガスチーニと同じ掛け声を発して、アミティが左手で自身の右肩を叩く。ゴキリとこれまた嫌な音がした。骨をハメたらしい。


「逃げますわよ!」


 アミティはもう一度言って俺の手を取ると、その空き地から逃げだした。

 半分引きずられるようにしながら、俺も必死に足を動かす。


 去り際、一回だけ振り返ってガスチーニを見た。

 奴は鞄から着替えを取り出し、ゆったりとした動作で身に着けていた。黒を基調とした司祭服である。


 追ってくる気はあるのか、ないのか。

 いずれにしても、全力で逃げるというアミティの選択には俺も大いに賛成だった。






    ☆






「なぁ。アイツ、[達人(マーシャルマスター)]だってお前言ってなかったか?」


「言いましたわよ?」


「神聖魔法使ってたんだが?」


「サブクラスとして[司祭(プリースト)]系も伸ばしているからですわ」


「そういうのはもっと早く教えてくんねぇ?」


「ごめんなさいですわ」


「それと、なんでアイツ、頭にお前の鉄槌(バトルハンマー)喰らってピンピンしてるわけ?」


「常在型の補助魔法(バフ)を自身にかけているからですわ。全力で殴りかかったのにノーダメージだったのは正直ショックでしたけどね」


 全力で走りながらの問答。

 その内に先ほどの円形広場に戻ってきた。一度立ち止まって振り返るが、ガスチーニは追ってきてない。


 息を整える。俺はぜぇぜぇ言ってるのに、アミティは息切れすらしていない。


「確認しとくけどよ。これまでの流れ的に、アイツもなんか大物だったりするのか?」


「今はごく普通の執事ですわよ」


「前職は?」


「第六次大侵攻の時に、中央神聖王国(セントラル)から派遣された義勇兵団の副団長ですけど」


「超大物じゃねーか! 勝てるわけねーだろ!」


「ええ、だから一撃かましてこうして逃げたわけですけれど」


 アミティは困惑した様子で眉根を寄せる。


 中央神聖王国(セントラル)は大陸有数の大国だ。その国力は魔法王国(マナオラ)にも比肩する。第六次大侵攻の際には正規の援軍のほかに、数千人規模の義勇兵団も派遣してくれた。ガスチーニがそこのナンバーツーだったとすると、メルヴィル並みかそれ以上に強くてもおかしくない。


 即断即決。広場から延びた第二魚鱗街道を東に向かって全力で駆けだす。


「こんなところにいられるか! 俺は逃げるぞ!」


「パニック物の安小説(ダイム・ノベル)で最初に死ぬ人みたいなこと言いますわね。……あ、そちらは」


 アミティが制止するように手を伸ばしてくる――が、待たない。なんか昼にも似たようなシチュエーションがあって、結果後悔するハメになった気がするが、待たない。

 直後、やはり俺は後悔することになった。


「お待ちあれですぞぉおおお!!」


 ガスチーニの絶叫が遠くから聞こえた。道の脇の石壁のずっと向こうからだ。

 そちらで破壊音が立て続けに起こる。攻城用の大型投石が着弾したかのようなバカでかい音だ。その音はどんどんこちらへ近づいてくる。


 それが石壁が砕け散る音だと気づいた時には、もう遅かった。


 最後、俺のすぐ脇の石壁が向こう側から粉々に砕け散り、そこから巨大な肉塊が現れた。

 前かがみの姿勢で突っ込んできたガスチーニである。どうやってんだと思ったが、シンプルに進路上にあった石壁すべてを体当たりで破壊してきたらしい。


 俺はもろにガスチーニの進行方向にいた。

 当然のように、はね飛ばされる。


「無茶苦茶な登場の仕方するんじゃねええええええ!!」


 吹っ飛びながら文句を言う。


 向かいの石壁に叩きつけられ、地面にボテリと落ちる。

 四つん這いのまま血ヘドを吐く。全身が痛すぎて、もはやどこを痛めているのかさえ分からない。だが昼にニルダにぶん殴られた時に痛めていた肋骨が、今度は完全に折れたのは分かった。

 弟子が弟子なら師匠も師匠だ。非常識にもほどがある。


「最短距離で現れるな、最短距離で!」


「ほっほっほ、筋肉ワープですぞ」


 街道の真ん中で停止したガスチーニは、両腕を上げて得意げにポーズを取る。筋肉技芸者(ボディビルダー)のように。


「酷いですなぁ、ロート殿。せっかくお会いできたのに、いきなり逃げるなんて」


「逃げるに決まってんだろ。お前、自分がどんだけ不気味に見えるか客観視できねーのか?」


 ガスチーニは俺の言葉を完全に無視して、背後にいるアミティに目を向けた。

 コイツも都合が悪くなると人の話を無視するタイプか。


「お嬢様たちがここにいるということは、やはりニルダ嬢は駄目でしたか。修行がてら、一人で捕まえてきなさいと言ったのですが」


「嘘おっしゃい。面倒だからあの子に押し付けただけでしょう」


「ほっほっほ、人聞きが悪い。現にこうしてお二人が通りそうな場所で待ち伏せしていたではありませんか」


「適当な場所で筋トレしてただけでしょう。わたくしたちが通りがかったのはただの偶然ですわ」


「天の配剤と言っていただきたいですなぁ」


 話している間にアミティはこそこそ移動し、ガスチーニの立ってるところを迂回して俺の横までやって来た。

 その手を借りて、立ち上がる。激痛は引かないが、思ったよりも身体は動く。ダメージを喰らったのは主に上半身なので走れなくもないだろう。

 しかし先ほどの筋肉ワープを見るに、ガスチーニがその気なら逃げ切るのは難しい。


「執事長殿の命とはいえ、あまり気乗りしませんでしたが……出会ってしまったからには仕方がない。捕縛させていただきますぞ」


 ガスチーニは芝居がかった調子で嘆息すると、両手を大きく広げた。まるで聖祭(ミサ)で信徒たちに説教をする牧師のように。


「光と正義、そして友愛を(つかさど)る至高神ゼファルよ。我が友人たちに、かりそめの生を与えたまえ――」


 高らかに唱えられる呪文。このユングヴァルトの廃墟のあちこちに天から数十もの光が降り注ぐ。

 それが収まり、宵闇(よいやみ)が再び辺りを包み込むと、四方八方からカタカタと奇妙な音がしてきた。そして周囲の石壁を乗り越えて、人型のシルエットがわらわらと湧いて出る。


 動く骸骨――骨戦士(スケルトン)


 子供でも知ってる超メジャーな死族(アンデッド)危険種(モンスター)だ。素手で現れるケースも多いが、今回のこいつらはご丁寧にも在りし日の装備、剣やら盾やらで武装している。


 そいつらは全方位から一斉に襲い掛かってきた。


 口から吐いた血を使い、大急ぎで剣を生成する。それから聖銀の短刀(ナイフ)を構えたアミティと背中合わせになって、骨戦士(スケルトン)を迎撃する。


 ガスチーニは近場の瓦礫の上に腰かけて、高みの見物を始めた。

 骨戦士(スケルトン)と戦いながら、そちらに叫ぶ。


「光の至高神の信者が《死人使役(ワンモア)》使うなよ!」


「ほっほっほ。細かいことは気になさるな」


「気にするわ! 鎮魂はどうした、鎮魂は!」


「死人化したのは《マッスル鎮魂》済みの骨だけですぞ? 魂は救ってあげたのだから、身体の方は拙僧(せっそう)が使わせてもらってもいいではありませんか」


 いいわけあるかと思ったが、言っても無駄っぽいので口をつぐんで戦闘に集中する。


 骨戦士(スケルトン)はアンデッドの中じゃ雑魚の部類。一体一体はラナの(からす)兵に遠く及ばない。なので今の俺のボロボロの体でもどうにか戦えるが、しぶとさが売りの死族(アンデッド)らしく、手足の骨を切り落としたくらいじゃ動きを止めない。非常に面倒だ。


 アミティと二人で根気よく敵の数を減らしていく。

 囲まれているプレッシャーもあり、正直しんどい。今にも意識が飛びそうだ。


「ほっほっほ。やりますな、では少しばかし難易度を上げますぞ」


 ガスチーニが目を細めて、牧師服の中から黒い革表紙の分厚い本を取り出した。聖書だろう。

 ヤツがそれを開いてまた何か呪文を唱えると、骨戦士(スケルトン)たちの体が純白の光を帯びた。

 途端に敵の攻撃の重さが増す。剣で受け流すのも困難なほどに。

 筋力向上系の補助魔法(バフ)、それも相当強力なやつだ。骨だけの骨戦士(スケルトン)に筋力向上というのもおかしな話ではあるが。


「おいコラ、ガスチーニ! せっかく体鍛えてるんだから、自分で戦えよ! [達人(マーシャルマスター)]だろ!」


「嫌ですぞ。拙僧(せっそう)は筋トレ好きなだけで、拳法は別に好きじゃないですぞ。戦闘とか面倒なのは勘弁ですぞ」


 その言葉通りガスチーニはもう戦う気はゼロらしく、石壁の上で横になって頬杖を突き、眠そうな顔でこちらを見ていた。

 しかし、なぜか隙は見当たらず不意打ちできそうもない。チョロすぎた弟子のニルダとは対照的だ。


「難局を知恵と言葉で打破しようとするその姿勢。フリートラント殿の面影がありますなぁ」


「ああん? アンタも父上の知己(ちき)か?」


「いかにも。大侵攻の時に肩を並べて戦った、いわば戦友ですな。いやぁ、惜しい方を亡くした」


「じゃあ見逃してくれよ! 戦友の息子の頼みだぞ!」


「えー、嫌ですぞ。いまさらそいつらの命令を解除するのは、めんどくさいですぞ」


「くそったれ! 地の底(アビス)に落ちろ!」


 ガスチーニの方に中指を立てて、スラングを吐き捨てる。

 当然、そんなことでは状況は変わらない。骨戦士(スケルトン)どもの包囲はまだまだ厚く、抜けられそうな気配はない。

 というか、倒しても倒しても奥から後続が湧いてきてるのだ。抜けられるわけがない。ガスチーニが魔力を消費して追加しているのだろうが、この廃墟には骨戦士(スケルトン)の素材となる骨はいくらでもあるし、ガスチーニの魔力が尽きる気配もない。

 このままでは、間違いなく俺が先に力尽きる。


 動きは止めずに周囲を見渡し、必死に頭を動かす。

 確実でなくていい。一時しのぎでもいい。この苦境を切り抜ける手はないか――。


 (ひらめ)く。


「アミティ」


 背後で戦う相棒に向けて(ささや)く。


「一点突破だ。南に抜けるぞ」


「山脈の方へ? しかし――」


 アミティは怪訝そうな目を俺に向けた後、南にそびえたつ峰々を見やった。


 言いたいことは分かる。コイツがどのルートを取る気だったのか結局聞けなかったが、少なくとも南へ直進するルートだけは考えてなかったはずだ。だが、このままだとジリ貧なのはコイツも分かっているはず。


「策はある。俺を信じろ」


「信じますわ」


 びっくりするほど即座に答えてきたアミティは、メイド服の胸の谷間に手を突っ込んだ。

 そこから取り出したのは見覚えのある赤い宝石がついたブローチ。在庫はないとこの前言ってたが、たぶんラナの制服をかっぱらったときに新たに入手していたのだろう。


 アミティがそれを南に向かって放り投げると、そちらに陣取っていた骨戦士(スケルトン)の一群を巻き込み、大爆発が起こった。


 もはや慣れた感すらある爆音と爆風、そして黒煙。


 アミティは迷うことなく、黒煙が流れてくる方へと突っ込んだ。

 一瞬遅れて俺も続く。そして熱と黒煙の垂れ込めるエリアを抜けると、先程ガスチーニと会う前に見つけていたポイントを指さして、アミティに示した。

 山肌にぽっかりと空いた巨大な穴――それはかつて、この都市に栄華をもたらした富の源泉、ユングヴァルト大坑道の入口である。


 懸命に走り、二人揃ってそこへ駆けこむ。


「ほっほっほ。お待ちくだされー」


 気の抜けるようなガスチーニの声が後ろからする。しかしまだ遠い。ゆっくり歩いて追ってきているのだろう。

 骨戦士(スケルトン)が追いかけて来るカチャカチャという音もする。だがそれも、すぐに追い付かれそうなほど近くはない。


 こうして俺たちはしばしの猶予(ゆうよ)を得た。

 ここ十年、誰も踏破をしたことがない迷宮(ダンジョン)に足を踏み入れることを代償に。

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