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 勅命を受けてから私達はすぐに王都を出発した。


 今、私の乗る馬車は前線を目指して、一路、街道を北へ向かっている。


「ああ、前線まで三日もかかるのか……」


 私は馬車の中でため息をついた。目的地は遠い。


「でも、馬車の中では一人になれて良かった。もし馬車の中であいつと二人きりになると、耐えられそうにないし」


 と呟きながら、私は窓の外を見る。


 窓の外には、そのあいつがいる。


 ネイは自分の馬に乗って、馬車の横にぴったりくっついている。


「ああ、こうして眺めているとよだれが出そうなほどいい男なのに、中身はクズなんだよね。神様の悪戯で作られたような奴だなぁ」


 そう言って、私はついついネイを見てしまう。


 すると、ネイは私の視線に気づいたのか、私に向かってウインクして来た。


「なっ!?」


 私は咄嗟に顔を背けた。


「いかんいかん。あんな軽薄そうな奴に見惚れては。あいつはただの護衛、仕事仲間なんだから」


 私は赤面しながら自分に言い聞かせた。





「──今夜はここに泊まる」


 夕方、小さな村に着いた私達は、ネイが手配した宿屋に入った。


 宿の前の立て看板には、"雄牛亭へようこそ。自慢の鶏料理を堪能あれ!"と書かれている。


 私は受付でチェックインを済ませると、自分に用意された個室に入り、ベッドに飛び込んだ。


「ああ、一日中座りっぱなしで疲れたー!」


 と、ぼやいているとドアにノックがあった。


「はい?」


 私は部屋の中から尋ねる。


「オレだ、ネイだ。なあ、一緒に晩飯食わないか?」


 えっ。うーむ。こいつは苦手なんだが。


「頼む。一人の食事は味気ないじゃん」


 それもそうか。まあ、食事くらいならいいか。


「わかりました。食堂に伺います」


「サンキュー、待ってる」


 そうして、数分後、私は食堂に向かった。





「はい。何食べる?」


 私が食堂のテーブルに着くと、向かいに座ったネイがメニューを渡して聞いて来た。


「あー、じゃあ鶏肉のトマト煮でお願いします」


「あー、あのさ、それやめない?」


「え?」


「敬語使うの。オレ、堅苦しいの苦手だからさ」


「はぁ。分かりました、じゃなくて、分かった」


「うん、それでいい。で、鶏肉のトマト煮ね。いいね。オレもそれにしよ。すいませーん」


 ネイは手を挙げて店の人に注文した。


 数分後──。


「お待たせー、当店の自慢料理、鶏肉のトマト煮だよー」


 店の人が、私の前に湯気が立った料理を持って来てくれた。


「わぁ、美味しそう! いただきます!」


 私はナイフとフォークで鶏肉を切り分けて、一口食べた。


「うん、美味しい。鶏肉なんて久しぶりに食べたー!」


 私は修道院で育ったので、いつも夕食はひよこ豆のスープと冷たいパンの質素な料理が普通だった。


 と、私がもぐもぐ食べていると──。


「……うーん。イマイチだな」


 と、ネイが料理を食べて呟いた。


「え?」


 私は聞き間違いかと思って聞き返した。


「この料理、たぶん手を抜いてる。あまり美味しいとは言えないな」


 こ、こ、こ、こいつ。私が美味しいって言った料理を真っ向から否定しやがった。


 やっぱり、こいつとは相性が合わない! 一緒に食事して損した!


「──ごちそうさま!」


 私はすぐに料理を平らげると、雑談もせずに自分の部屋に帰った。





 翌日、宿を出た私達はまた街道を北に向かった。


 走り出して数時間──。


 快調に進んでいた馬車が急に止まった。


「……何かあったのかな?」


 と、私が馬車の中から様子を窺っていると、御者の人が馬車のドアを開けた。


「お嬢さん、困ったことになりました」


「どうしたんですか?」


「この先の川に架かる橋が、先日の大雨で壊れたらしく、馬車は渡れないようです」


「えっ、迂回出来そうですか?」


「いえ、厳しいですね。他の橋も壊れたって町の人は言ってます」


「はぁ。じゃあ、橋が直るまで何処かに滞在しないとですね。何日かかるかわからないけれど、そんなに宿取れるかな……? いっそ王都に戻った方がいいかも?」


 と、私達が思案していると、御者の人の背後からネイが顔を出した。


「王都に戻るのは面倒だ。オレに当てがある。ついて来いよ」


「え……、はあ」


 私は躊躇したが、他に案もないのでネイに任せた。





 ネイが馬で先導し、私の乗る馬車がそれに続く。


 やがて、大きな屋敷の門の前に着いた。


 ネイは馬を降りると勝手に門を開けた。


「ちょっ! 勝手に開けていいの?」


 私は馬車の中から突っ込むけれど、ネイは構わず馬に乗ると屋敷の庭に入っていった。


 馬車が庭の道を進むと、敷地は想像以上に広いことに気づいた。


「こんなお屋敷に入って大丈夫なの……?」


 私は不安になるが、やがて馬車は邸宅の玄関に着いた。


 私はネイに促されて馬車から降りる。


 すると、玄関にはメイドの女性が立っていた。


「まあ、ネイ坊ちゃん、お久しぶりです。お帰りなさいませ」


「久しぶり、ゲルダ。悪いがしばらく泊まりたい」


「勿論大丈夫ですよ。ここは貴方様の家ですから」


「ありがとう」


 そんなやり取りを私はぽかーんと見ていた。


 私はネイに聞く。


「ネ、ネイ、このお屋敷って」


「ん? ああ、オレの生まれた家」


「じゃあ、ネイって貴族様なの!?」


「まあ、伯爵家の一員ではあるな」


 なっ! こんな奴が? まあ見た目はいいけど。


「さ、疲れただろ。風呂に入って飯にしよう。ゲルダ、カレンを風呂に入れてやってくれ」


「かしこまりました。さあ、可愛いお嬢さん、中へどうぞ」


 ゲルダと呼ばれた女性は優しく私に微笑んだ。


「は、はぁ。お、お邪魔します……」





「うわー。お風呂も久しぶり!」


 そう言って、私はバスタブに浸かった。


 修道院では行水が普通だったので温かいお風呂はとても心地良かった。


「あー、良い香り!」


 石鹸の泡が私を包む。お肌がつるんってなってて気持ちいい。


 そうして、私がお風呂から上がると、ゲルダさんが服を用意してくれた。


「あの、服まで用意していただいて申し訳ありません」


「いえ。気になさらず。これは亡くなられたネイ坊ちゃんのお母様のローブ・ヴォラントなんですよ。」


「え、そんな大切な物を私に?」


「ネイ様が保管しておいても勿体ないから、と仰いまして」


「は、はぁ」


「さあ、食事にしましょう、こちらへどうぞ」


 そう言って、ゲルダさんは私を広間に案内してくれた。





 広間では、ぽつんと私一人だけが、大きなテーブルに着いている。


 ネイは何か用事なのかな? まあ、一緒に食事しなくてもいいんだけど、ネイの家だし、私一人で行動するのは気が引ける。


 と、私が考えていると、広間の扉が開いた。


「お待たせ、カレン」


 そう言って入って来たのはネイだ。料理の乗ったワゴンを引いている。


 そして私はネイの姿に驚いた。


「ネ、ネイ。何、その格好」


「ん? エプロンは料理には必要だろ?」


「それって、まさか、その料理は……」


「ああ、オレが作った。オレ、料理が趣味だから。さあ、食べようぜ」


 そう言ってネイは私の前に料理を置いた。


 ま、まさかの料理男子!


 私は驚きつつも出された料理を見る。


「あれ、これは……」


「オレの特製、鶏肉のトマト煮だ」


「き、昨日の宿屋の料理と同じ!」


「ああ、だが、味はだいぶ違うぜ。食べてみて」


 ネイがそう言うので、私はナイフとフォークを使って一口食べた。


「!!」


 食べた瞬間、口いっぱいに広がる旨味!

 

 トマトの酸味とタマネギの甘味が絶妙に絡み合って鶏肉の旨味を引き立てているっ!


 う、う、う、美味ぁーーーーいっ!!


 人生で一番美味しいかも!


 ネイの作った料理に比べたら、確かに昨日の料理はイマイチだ。


 これが、聖歌隊が奏でる美しいハーモニーだとしたら、昨日のは音程が外れたただの歌だ。


 くーーーーっ! 幸せ!


 って私の理性が飛んでいると、ハッと我に返った。


 するとネイが私の向かいで、私をにっこり見つめていた。


 やばい、今のリアクションの一部始終を見られてた!?


「ふふ。カレン、すっごくいい顔してた。可愛い」


「か、か!?」


 私は真っ赤になってしまった。


「どう? オレの料理」


「あ、あの……。美味しい」


「ふふ、ありがと」


「い、いや、褒めたのは料理であって、別にネイを褒めたわけじゃなくって──」


「一緒じゃん? それ」


「うー」


「良かった。カレンが気に入ってくれて。期待しといてよ。オレ、毎日、食事作ってあげるから」


 どひゃー!


 ま、眩しい! キラキラしてるよー!


 く、く。ネイにキュンとするなんて、悔しい。


 でも、でも──。


 かっこいい。

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