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夢幻の月日⑪  作者: 吉田逍児
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 平成21年(2009年)10月28日(水曜日)、私、周愛玲はアパレル商品の入った荷物を、郵便局まで運び、中国店『微笑服飾』への発送を依頼した。その後、私は『スマイル・ジャパン』の事務所に戻り、倉田社長と展示会場で配るカタログやアンケート用紙、客先リストなどをダンボール箱に詰めた。その重量は電車に乗って運べるものでは無かった。そこで私と倉田社長は、その荷物を、事務所のあるマンション前でタクシーを拾い、浜松町の『産業貿易センター』までタクシーで運んだ。展示会場に着くと、共同展示の金型メーカー『港北精工』の宮崎部長が、会場準備をしていた。展示ブースのパーテーションの枠作りは、ほぼ完了していて、これから会社名などを掲示する段階だった。共同展示ブースの左側が『スマイル・ジャパン』が代理店を務める韓国の『南星機械』のコーナーで、右側が金型を展示する『港北精工』のコーナーだった。私たちは、その『南星機械』のコーナーに設置されたレンタルの受付テーブルの上に、タクシーに乗せて運んで来たダンボール箱を開け、カタログやアンケート用紙、名刺ケースなどを取出して置き、あらかじめ事務局に準備していただいていた機械の写真パネルを、ブースの壁面に飾ってもらった。ブース内の照明や電気コンセントについても、倉田社長と宮崎部長が、指示通りに設置されているか確認した。またブースの片隅に、小さな応接セットをレンタルで借り、植木鉢を2つ程、脇に置いた。会場準備は午後2時過ぎに終了した。私たちは宮崎部長に後を託し、『産業貿易センター』を出て、浜松町駅近くの喫茶店に入り、スパゲッティを食べ、コーヒーを飲んで小休止した。遅い昼食が終わると、倉田社長が私に言った。

「今日はご苦労様。ちょっと早いけど、このまま帰って良いよ。事務所で3時から『スマイル・ワークス』の月例会があるし、夕方、韓国の人たちをホテルに案内しないといけないから」

 倉田社長は『スマイル・ワークス』との事務所問題もあるし、韓国の『南星機械』の人たちの出迎えも、あるので、パニック状態だったので、私は同情した。

「大変ですね。無理をしないで下さいね。私は、このままお先に帰ります。明日8時半、新宿駅の南口で待っています」

「うん。じゃあ、また明日」

 私たちは、そんな会話をして浜松町駅で別れた。倉田社長は、これから事務所に戻り、仲間との月例会に出席し、夕方、韓国からやって来る『南星機械』の社長とその窓口商社の人たちを、羽田で出迎え、五反田のホテルに案内しなければならなかった。私の方は夕方6時半に大学生時代から付き合っている工藤正雄と新宿の喫茶店『リマ』で会うことになっていた。今日の仕事が忙しかったら彼とのデートをドタキャンしようと思っていたが、ドタキヤンしなくて済んだ。むしろ時間が十分余るほどで、早く帰れるのが有難かった。私は山手線の電車に乗って浜松町から新宿に出て、マンションに戻り、明日の展示会に着て行く、黒のビジネススーツを用意した。それからシオン色のニットワンピースに着替え、工藤正雄が待つ、新宿駅東口の喫茶店『リマ』に向かった。喫茶店『リマ』のドアを開けると、浅黒い顔をしたポロシャツ姿の工藤正雄が既に入店していて、アメリカンコーヒーを飲んでいた。私もアメリカンコーヒーを註文し、彼の前の椅子に腰を下ろした。

「早かったね」

「明日から展示会なの。その準備で浜松町の『産業貿易センター』まで行っていたから、仕事を早めに終わらせ、そのままここに来たの」

「頑張っているんだね」

「小さな会社だから、1人1人が頑張らないと、潰れちゃうから」

 私は中国店をオープンしたこともあり、自信に溢れていた。正雄は前回の『微笑会』の状況を、細井真理を通じて小沢直哉から聞いていたらしく、中国店のことについても知っていた。

「中国店のこと聞いたよ。凄いな。おめでとう」

「ありがとう」

「入社して半年で、実績を上げるなんて、立派だよ」

 私は正雄に中国店オープンの事を祝福されて嬉しかった。私たちはコーヒーを飲み終えると、靖国通りの地下の『新宿サブナード』のレストラン『サルバトーレクオモ』でイタリア料理を食べながら、また仲間の話をした。川添可憐と長山孝一に、少し進展が見られたことを正雄は喜んでいた。イタリアン料理わ食べ終わり、満足したところで、私たちは歌舞伎町のラブホテル『ファンタジー』に移動した。私は久しぶりに正雄に抱かれた。彼の若い肉体は純粋かつ濃厚な愛で、私を総攻撃した。これ程の瑞々しさがあるなんて。真剣に挑んで来る彼の情熱は、私を狂わせた。私は正雄の正攻法の愛を受け、あっという間に、彼と同時に究極に達した。仕合せだった。私が夫とすべき男は、この人なのでしょうか。


         〇

 待ちに待った展示会の日となった。私は朝8時半に新宿駅で倉田社長と待ち合わせして浜松町の『産業貿易センター』に向かった。浜松町駅で満員電車から降り、『産業貿易センター』へ行く途中、倉田社長の先輩、滝沢康夫と出会い、一緒に4階の展示会会場に入った。滝沢康夫は倉田社長同様、業界の事に詳しいので、倉田社長が接客係としてアルバイトの依頼をしたのだ。私たち3人が、自分たちのブースに行くと、共同出展社の『港北精工』の前村社長と宮崎部長が既に来ていて、自社のカタログなどを並べていた。私は倉田社長に前村社長を紹介されて緊張した。黒のビジネススーツを着たスラックス姿の私は、『スマイル・ジャパン』の誠実な女子社員らしく、前村社長に深く頭を下げて挨拶した。会場がオープンする10時になると韓国の『南星機械』の孫社長と『陽光商事』の朴社長、李智姫女史の3人が現れた。私は倉田社長から滝沢康夫と一緒に3人を紹介してもらった。私は3人に出展者のカードを胸にかけるよう渡した。それから智姫女史と来場者にカタログを渡したりした。倉田社長は九州から、この展示会を観る為にやって来た大手の印刷会社の工場長に挨拶したり、北海道から来た包装メーカーの製造部長に機械の説明をしたり、大張り切りだった。途中、『ジエイ商事』の中山社長も現われ、朴社長や孫社長と機械の打合せをしたりした。あっという間に午前中が過ぎ去った。私と倉田社長が韓国の人たちと地下食堂で食事を済ませて会場に戻ると、何と『スマイル・ワークス』の金久保社長と北島和夫が、展示会の様子を見に来て、滝沢康夫と話していた。私は2人に会うと、自分が倉田社長と一緒に頑張っている姿を見て頂き、2人にコーヒーを出してやった。2人が私たちの頑張りようを見て帰ると、私は倉田社長に声をかけられ、中国企業『長栄包装』のブースに行き、『長栄包装』の王社長と蔡所長に機械の説明を行った。2人とも私の通訳に感心した。その他、倉田社長は、あっちこっちのお客と笑顔で会話し、その接客姿勢は抜群だった。滝沢先輩は、ただ立っているだけで余り説明したりしなかった。そんなこんなで、展示会が終了した。すると『港北精工』の前村社長と宮崎部長は、主催者企画の『クルージングパーティ』に参加すると言って、竹芝港へ出かけて行った。倉田社長と私たちは、会場の照明を消したり、受付テーブルの上のカタログ類を片付けたりして、それから韓国の『南星機械』の孫社長たち3人を夕食に接待した。2台のタクシーに乗り『産業貿易センター』から田町の料亭『牡丹』に行った。そこは玄関に水を撒いた正に和風の料亭で、和服を着た女将さんの出迎えを受け、私たちは仲居さんに案内され、広い座敷に通された。和室ではあるが、堀炬燵式テーブルになっていて、外国人もゆっくりくつろげる部屋になっていた。私は倉田社長の接待場所選定の広さに感心した。仲居さんが運んで来る日本料理の美しさ美味しさに、韓国の人たちも私たちも満足した。倉田社長と滝沢先輩は日本酒を孫社長や朴社長に勧め、親睦を深めた。私は李智姫といろんなことを話した。彼女は日本に留学し、日本語を学び、帰国してから『陽光商事』に就職したという。背は低く、小顔で、とても優しそうで、可愛くて、好感の持てる女性だった。年齢も私と同じで、独身だった。私は、ちょこっと訊いた。

「好きな人いるの?」

 私に、そう質問されると、智姫は顔を赤らめた。どうも『陽光商事』の朴永俊社長に思いを寄せているみたいだった。8時半、コース料理の最後のシャーベットを食べ終わると、私たちは『牡丹』から田町駅まで歩き、そこで別れた。韓国のメンバーは地下鉄で五反田へ、滝沢先輩は都バスで目黒の自宅へと向かった。私は倉田社長と山手線の電車に乗り、新宿に行き、JR駅の南口で別れた。マンションの部屋に戻ると、一日中、立って動き回っていたので、足が棒のようになっていた。


         〇

 展示会の最終日は快晴だった。金曜日なので沢山の来場者がブースに来るのではないかと期待した。ところが昨日より、お客が少なく、私も李智姫もすることが少なく、忙しく無かった。しかし、倉田社長は顔が広く、相変わらず多忙だった。滝沢先輩も珍しく顔見知りの人が何人かやって来て親しそうに話していた。韓国の孫社長や朴社長は日本語が出来ないので、来場者に相手にされず愕然として、休憩テーブルで、ノートパソコンを操作し回していた。こうして最終日は充実感も無く終了した。智姫から期待したほどで無かったと、ちょっと不満の声があったので、私はショックを受けた。この展示会に『南星機械』の出展を勧めたのは『港北精工』の前村社長と『スマイル・ジャパン』の倉田社長だった。この出展に期待してやって来た韓国勢だが、具体的商談が無かったので落胆しているのが、その表情で読み取れた。倉田社長ももっと大勢の来場者を見込んでいた。ところが私と浩子夫人とで事務所で袋詰めしたカタログや会社案内、説明書、アンケート用紙などが、沢山、余ってしまった。私は倉田社長にぼやいた。

「私がもっと少なくて良いのにと言ったのに、社長が聞き入れなかったから、こんなに残ってしまったわよ」

 倉田社長は私の不平に対し、何も言わなかった。4時半に展示会が終了すると、韓国の3人は、感謝をする様子も無く、そそくさと、荷物をまとめ、、モノレールに乗り、帰国してしまった。それを見て共同展示した『港北精工』の前村社長も宮崎部長も呆れ返った。私たちは、それぞれ、会場の荷物を片付けして、後は業者に任せることにした。5時過ぎ、私たちは『港北精工』の社長たちに、お疲れ様の挨拶をして、『産業貿易センター』の1階に降りた。倉田社長はそこで、滝沢先輩にアルバイト料を渡した。そして明日、横浜での『帝国機械』のOB会で会うことを約束して別れた。浜松町駅へ向かう滝沢先輩を見送ってから、私たちは残りのカタログなどを詰めたダンボールケースをタクシーに乗せ、事務所へ行った。事務所に戻ってから、カタログやアンケート用紙、来場者の名刺などを整理していると、佐川急便が、アパレル商品の入ったダンボールケースを届けに来た。それを受け取ってから、私と倉田社長は、近くの焼肉店『赤煉瓦』で、御苦労様の食事をした。初めのうちは互いに穏やかであったが、今回の出展は失敗だったと私が発言すると、接客で疲れた上に、酒に酔った所為なのか、倉田社長が怒り出した。私も金曜日なので、斉田医師が待つ、『ハニールーム』に早く帰らなければならなかったので、イライラして詰まらぬ喧嘩をしてしまった。倉田社長は何時もに無く頭に来て、地下鉄の押上駅で私と別れた。何処へ行くというのでしょうか。私は押上駅から浅草橋に行き、総武線に乗り換え、そのまま大久保駅まで行った。大久保駅を降りて、『茜マンション』の『ハニールーム』に行くと、酒に酔って、今にも眠りそうな斉田医師が、ぼんやりとテレビを観ていた。私は倉田社長と喧嘩した為か、欲求不満を発散させたかった。私はビジネススーツを着たまま、ソフアに寝そべっている斉田医師の傍らに座り、彼のズボンのジッパーをそっと下ろし、彼のブリーフの中に手を入れ、彼の性器に触れた。すると彼はびつくりした。私の右手に握られた彼の性器は、あっという間に硬さを増して、太くなった。斉田医師は不思議な顔をして私に訊いた。

「どうしたの?」

「したいの」

 私はスラックスを脱ぎ、ソフアの上で、酔っている彼に襲い掛かった。彼のズボンを脱がせ、彼の上に跨った。すると何故か情欲が異様に昂った。私は競馬の騎手になった気分になって、腰を上下させた。すると斉田医師は下から私の濡れた部分に向かって激しく突き上げ、私を何度も死にそうにさせた。たまらない。嬉しくて震えが止まらない恍惚の夜。


         〇

 私は昨日、倉田社長と喧嘩したことが気になって朝早く、目を覚ました。隣りではまだ斉田医師が大鼾をかいて熟睡している。私は今回の出展が失敗だったと発言してしまったことを反省した。その判定を決めるのは倉田社長や前村社長であって、私では無い。プライドを傷つけられた倉田社長は昨夕、焼肉店『赤煉瓦』で私にこう言った。

「韓国の人たち同様、私も自信を無くしたので、今年いっぱいで、会社を閉鎖しようか考える機会がやって来たようだ」

 それは倉田社長の本心なのか。私は朝から不安になった。春麗姉たちと苦労して中国店をオープンさせたのに、『スマイル・ジャパン』を閉鎖されては、私の給料は勿論、日本製アパレル商品を入手することが出来なくなる。そんなことになったら今まで描き続けて来た夢が、空中分解してしまう。本来なら、展示会の仕事を無事、終了出来たのであるから、神経を使い御苦労された倉田社長を慰労すべきだったのに、私は今、私の横で大鼾をかいている斉田医師との約束を優先させてしまった。普段は大人しく振る舞っているが、これと決めると、そこに向かって一気に突き進む、倉田社長の決断力は、私を採用したことでも分かる。だから切り替える時も、ずばりと切り替える。やろうと思ったらやる。切り捨てようと思ったら切り捨てる。倉田社長の性格を分かっているが故に、私は不安でならなかった。私は居ても立ってもいられなくなり、早朝から倉田社長にメールした。

 *お早う御座います。

 展示会、お疲れ様でした。

 昨日は社長を怒らせるようなことを言って

 ごめんなさい。

 会社を閉めないで下さい。

 社長の夢は私の夢です。

 折角、中国に店を開いたのに

 日本製品を供給出来なくなったら

 大金を投資して、開店した私の家族も

 困ります。

 何の為に『スマイル・ジャパン』に

 入社したのか、人生設計が

 狂ってしまいます。

 来週、相談しましょう。

 私を悲しませないで下さい*

 私の長いメールに対し、倉田社長から、ちょっと長い冷たい返信メールが送られてて来た。

 *お早う。

 昨日の帰り、じっくり考えました。

 社員を採用するに当たって、仲間や妻から

 無鉄砲なことだと言われましたが

 その通りであることが分かりました。

 私が孤軍奮闘したところで

 どうにもなりません。

 人間、生きている限り

 熱血でなければならないと

 頑張って来ましたが、

 今は冷血にならなければならない時かも

 しれません*

 そのメールを読んで、私は完全に倉田社長を傷つけ、仕事への情熱を失わせてしまったと後悔した。私は何ということをしてしまったのか。このままだと、私は解雇され、『スマイル・ジャパン』は消されてしまう。今まで懸命に頑張って来たのに、不幸に陥るのは私なのだ。私は早朝から悪夢に悩まされた。私は執拗にメールした。

 *会社を閉めるなんて

 馬鹿な事は考えないで下さい。

 2人で選んだ道です。

 諦めないで下さい。

 情熱をもって、燃え合いましょう。

 私はもっと、貴男との夢を見たいのです*

 そんな私の苦悩も知らず、斉田医師は縮こまった性器をブリーフからのぞかせ、鼾をかいて満足しきっていた。私は、こんな生き方で良いのか。こんな男との愛欲に溺れ、傷口が更に深まって破滅して行って良いのか。私の不安は部屋中に充満した。私は暗い気持ちで、倉田社長からのメールを待った。だが、それ以後、待てど暮らせど倉田社長からのメールは送られて来なかった。冷血にならなければならない時かもというショッキングな言葉は私を苦しめた。私は、斉田医師を起こし、急いで朝食を済ませ、用事があるからと言って、『ハニールーム』から逃げ出した。自分のマンションに帰ると、桃園が洗濯を開始していた。


         〇

 昨日、悩み続けた所為か、睡眠不足になり、日曜日の朝、起きてから頭がフラフラして辛かった。そんな私の蒼白い顔を見て、桃園が心配した。

「愛ちゃん。大丈夫なの?生理にでもなったの。相当、疲れているみたい。無理しちゃあ駄目よ」

「心配させてごめん。生理はまだだわ。展示会で頑張り過ぎたみたい」

「それだけなら良いのだけれど。それ以外に悩み事があるのじゃあないの?」

「ううん。問題ないわ」

 私は、桃園の洞察力を恐れた。自分の悩み事を気づかれてはならなかった。桃園は私の事を何処まで知っているのか。私は桃園の事を何処まで知っているのか。考えてみると、それは朧気ながら、女の勘で、ある程度、推察出来た。桃園は私の日常の行動と細かな機微から、私のやっている事を見逃さなかった。

「愛ちゃんは八方美人だから、男に気を付けないと。男と遊んでばかりいたら、身体が持たないわよ。前にも言ったけど、私たちは健康な身体が資本なんだから」

「そうね。男には、お互い気を付けないとね」

 私は桃園と会話して、少し気分が軽くなった。昨日の朝、感じた沈んで行くような不安は、明るい桃園と話していると、何となく薄らいだ。持つべきものは友だった。共に異国にやって来て、貧困に苦しみながら、明るい未来を求めて、懸命に頑張っているのだ。ここで挫折する訳にはいかない。桃園は遠慮無しに忠告した。

「愛ちゃん。お医者さんと付き合っているらしいけど、お医者さんは助平だから、注意しないと危険よ。薬物を使用するから用心してよ」

「何、言ってるの。私の知り合いのお医者さんは、そんな人じゃあないわ」

「それが甘すぎるのよ。物事を軽く考えたら駄目よ。不倫はしても、自分の行くべき道は、ちゃんと決めておかないと」

 桃園は私と斉田医師の事を琳美から教えて貰ったのでしょうか、私をドキリとさせた。しかし、その後の言い方は、彼女の生き方を主張しているように思われた。今は大山社長に御世話になっているが、最終的には、世田谷の経堂に住む関根徹と一緒になるのだという桃園の一途な思いが、私にも伝わって来た。私は現在の自分の心境を桃園に話した。

「私は今、仕事最優先よ。家族が借金して営口市にアパレル店をオープンしたのを支援してやらないと、大変なことになるの」

「中国店はうまく行っているのでしょう」

「それが順調でないの。高価な物ばかりでは、人が寄り付かないらしいの。だから素敵なデザインで安い値段の物を、こちらから送って上げないと」

 私の話を聞いて、頭脳明晰な桃園は、私が悩んでいることに想像を巡らせた。彼女は心配顔で私に訊いた。

「その安い商品の仕入れ方法に困っているというの?」

「そうなの。その商品を仕入れてくれている私の会社の社長が、会社を閉めようかなどと言い出しているの」

「まあ、困ったわね」

「今、勤めている会社が無くなれば、私は商品を安く仕入れることが出来なくなるの。日本の問屋さんは個人には売ってくれないの。特に外国人には」

「では大山社長の会社で扱ってもらうようにしたら」

「そうは簡単に行かないわ。大山社長の会社は不動産会社だから、アパレル業務を定款に追加しないと」

「何?定款て」

「役所に行って許可証みたいな手続きをしないと駄目なのよ」

「ふ~ん」

「それにアパレルの仕事の総てを、今の会社名のブランド『SMILE』を使ってやって来たのだから」

「なら、会社を買ってしまったら」

 桃園は突拍子もない意見を述べた。他人事だから簡単に言えるのかもしれない。彼女に言わせれば、ぼやいていても前進しないということだった。気持ちを切り替え、未来に向かって行動するしかないというのだ。その通りかもしれない。私は倉田社長を口説き、仕事への情熱を枯渇させずに、2人の夢を拡大することに努力しなければならないと、再認識した。それが駄目なら、『スマイル・ジャパン』を買い取るしかない。

「桃ちゃん、有難う。私もいろいろ考えてみるわ。当たって砕けろよね」

 私の言葉に桃園は頷いた。私は微笑む桃園の顔を見て、今の気持ちを切り替え、明日から頑張ろうと心に決めた。


         〇

 桃園に励まされたというのに、私は月曜日、まだ先週の不安を払拭しきれないまま出社した。ちょっとした発言で、現在の生活を失ってしまいかねない恐怖に怯え、精神的にとても心細かった。倉田社長も、先週の展示会の失敗を後悔して、会社の未来に自信を失っているに相違なかった。こういった失敗は一時も早く忘れるべきであったが、プライドを傷つけられた倉田社長に、その切り替えが出来たかどうかが心配だった。その倉田社長は事務所にやって来ると、朝から意地悪な事を言った。

「矢張り、君らが予想した通り、展示会は失敗だった。時間とお金の無駄使いになってしまった。韓国の人たちも、『港北精工』にも迷惑をかけてしまった。主催者の口車に乗せられた私が愚かだった。定年後に会社を設立し、上手くやって行こうなどという考えが軽率だったのだ。君と別れてから雪ちゃんと飲んだら、彼女から会社なんか止めて、私の仕事のスポンサーになって欲しいと言われたよ」

「雪ちゃんて誰?」

「私の友人。冷静で雪のように冷たい女性。だから私も彼女のように冷たい人間になろうかと」

 倉田社長の発言に、私は何も言えなかった。何故、雪ちゃんなんて女性の名が、突然、出て来たのか。雪ちゃんとは、かって歌舞伎町ですれ違った彼女の事か?彼女の名は莫雨冰だったと聞いていたが、雪ちゃんとは誰?私が何も言えないでいると、倉田社長は私を睨みつけて言った。

「いずれにせよ。私の仲間の会社『スマイル・ワークス』は今年いっぱいで休業する。従って我社も、閉鎖するか、身軽になって、再出発するか、早急に結論を出さなければならない。君も覚悟していてくれ」

「それって、私から雪ちゃんに乗り換えるってこと」

「そう。雪ちゃんは君の秘密を知っている」

 私は、そう言われて蒼白になった。雪ちゃんとは誰なのか。雪ちゃんは何故、私の秘密を知っているのか。私の知人で雪の字がつく女性は『快風』の池袋店の何雪薇しかいない。雪薇と倉田社長が知り合いである訳が無い。倉田社長は私を辞めさせるたくて、雪ちゃんという名の女をでっち上げているのだ。私は見たこともない女に怒りを覚えた。

「社長は、その女に騙されているのよ。私の秘密が何よ。人間、誰にだって秘密があるわ。社長にだってあるでしょう。私は日本にやって来て、ここまで来たのだから諦める訳には行かないの」

 私は唇をワナワナと震わせて泣き喚いた。すると倉田社長は、せせら笑った。

「雪ちゃんだけでなく、妻からも言われている。利益の上がらない会社の為に、働き過ぎて病気に成ったらどうするの。突然、プッツンになって、あの世に行くなら良いけれど、植物人間になって長生きされたら、それこそ家中が不幸になるのよだってさ」

 私には信じ難かった。浩子夫人は本当に、そう考えているのでしょうか。亭主元気で留守が良いと呑気なことを私に言っていたが、本心は、倉田社長に自宅にいてもらい、2人で静かに晩年の日々を過ごしたいのかしら。もし、そうであっても私は倉田社長に会社を継続して貰わなければならない。私は思い切って倉田社長に質問した。

「雪ちゃんは、私の秘密について何て言っていたの」

「うん。君が男の人と歌舞伎町を歩いているのを見かけたって」

「何で雪ちゃんは私のことを知っているの?」

「私と君が歌舞伎町を歩いているのを何度か見かけているからだよ」

「変な女ね。私が歌舞伎町を歩いていて、何故、いけないの。私の自由じゃあない」

 私は雪ちゃんという女のことが脳裏を駆け巡り、倉田社長と話せば話す程、怒りが込み上げて来たて、興奮するばかりで仕事どころではなかった。『シャトル』に昼食に行って、石川婦人たちに声をかけられても心は虚ろだった。午後になると『スマイル・ワークス』の人たちが事務所にやって来た。彼らが会社の休業の打合せをするのかと思ったが、彼らは、会社休業の話はせず、山小屋行きの打合せをした。狭い事務所の中で、私の淹れて上げたコーヒーを飲みながら、彼らは騒がしく過ごした。私は煩わしいので、倉田社長の了解を取り、渋谷の卸店『キララ』に行き、冬物のコートやバックなどを註文してから、新宿のマンションに帰った。


         〇

 私と倉田社長の食い違った関係はまるで季節に沿うように寒々となって行くばかりだった。11月になった狭い事務所の中に2人だけでいるのは苦痛だった。倉田社長が商談などで外出している間は、自分のアパレルの仕事に熱中することが出来たが、彼が事務所にいると、何時、解雇を言い渡されるのではないかと気が気で無かった。彼の嫌がらせは、蛇の生殺しのようで、出会った頃の彼とは、全く別人だった。水曜日、彼は神奈川県のパスポートセンターに行き、新しい10年間のパスポートを入手して来ると、私がプリントアウトしておいた客先や下請けのからのメールや手紙を読み終え、直ぐにパソコンに向かった。私と一言も口を聞かず、ただひたすら客先向けの書類作成に取り組んだ。そうこうしていると、昼食の時刻になった。私たちは『シャトル』に行き、サンマの塩焼きを食べた。食事が終わり、コーヒータイムになり、倉田社長がトイレに行っている時、『シャトル』の西崎マスターから、忘年会季節の『シャトル』でのアルバイトの誘いを受けた。しかし私は、その頃まで会社が存在するか分からないし、『快風』のアルバイトもあるので、遠いからと言って断った。倉田社長がトイレから席に戻ると、西崎マスターは愛想笑いをして倉田社長に言った。

「お仕事の方、お忙しそうですね」

 すると倉田社長は、コーヒーカップをテーブルの上に一旦、置いて答えた。

「空振りが多くて、無駄働きだよ。そろそろ退け時かも」

「そんなこと無いでしょう。こないだ来たお客さんは、仕事をやらせてくれと、やる気、満々だったじゃあありませんか」

「まあね」

 倉田社長は、そう言って笑うと、コーヒーを飲み干した。私たちは食事が終わると、事務所に戻った。倉田社長はデスクに座ると、メールをもらっている客先とメールや電話でのやりとりをした。私は今週になって入荷した衣類にタグを付け、それを収納型ダンボール箱に詰め込んだ。そのパンパンになった収納型ダンボール箱を私は小さな運搬用台車に乗せて郵便局まで運んだ。郵便局の窓口の女性は、ダンボール箱の内容物が、個人用の物で無いと分かっているが、送付者名を『スマイル・ジャパン』にせず、周愛玲にしているので、毎回、個人扱いにしてくれた。中国営口市の『微笑服飾』への荷物の発送を済ませ、ホッとして、事務所に戻るが、倉田社長は私の顔も見ない。兎に角、倉田社長も私も、自分の仕事に夢中で、相手に気を遣う余裕など全く無く、展示会終了後、何となくギクシャクして、必要時以外、ほとんど口を聞かなかった。何でこんな関係になってしまったのか分からないが、倉田社長の不満は破裂寸前のようだった。私は思い切って訊いた。

「社長は何故、毎日、プンプンしているの?」

「社長業が嫌になったからさ。誰が社長で、誰が従業員なのか分からない。私は社長が嫌になった。社長を辞めようかと思っている」

「何故です?」

「雪ちゃんに社長を辞めて、スッキリしたらと言われたので、それもそうかなと思っている。浩子さんに資金繰りの事で、ガミガミ言われたり、君に文句を言われたりしていると、馬鹿らしくなってさ」

「そんな弱気な事を言わないで下さい。倉田社長あっての『スマイル・ジャパン』です。私は『スマイル・ジャパン』に入社して、中国店まで家族にオープンさせたのですよ。帰りにゆっくり話しましょう」

「ああ、オッケーだよ」

 私たちは、それから無言で夕方まで仕事をした。辺りが薄暗くなり始めたところで、私たちは仕事を終わらせ、事務所のマンション前からタクシーに乗り、久しぶりに鶯谷の『シャルム』に行った。部屋に入ると、彼は背広も脱がず、私にソフアに座るよう指示した。これから『スマイル・ジャパン』の今後の処分方法について説明するつもりらしかった。私は彼の説明を聞きたく無かった。私は洋服を脱ぎながら言った。

「嫌な話は後で聞くから、その前に楽しい時を過ごしましょう」

 倉田社長は唖然とした。私は先にストレスを発散させてしまいたかった。バスルームに入り、バスタブに湯を入れながらシャワーを浴びた。私がスッキリしてバスルームから出ると、倉田社長が入れ替わりにバスルームに入った。そのバスルームに入る倉田社長の後ろ姿を見ながら、私は仕事中の彼の私への冷たい態度を思い出し、彼を虐めてやりたい気持ちになった。如何にしたら彼が驚く程の嗜虐的な淫劇の芝居が出来るかを考えてみた。それには自分の肉体の中に潜んでいる妖艶な悪魔を誘き出し、虚栄心の強い彼を、ギャフンとさせるのが、最高の逆襲だと思った。その方法は私自身が色情狂になることだった。どうすれば良いのか。私はハンガーにかかっている彼のズボンのバンドを外すや、急いでそれを丸い輪にして布団の中に隠した。そんなこととは知らず、倉田社長は既に膨張している物をバスタオルで隠して、布団に入っている私の横に入って来た。そして私の股間に手を伸ばそうとした。そこで私は突然、跳び起き,彼の上に跨り、布団の中に隠しておいたズボンのバンドの輪を彼の首に引っ掛けた。

「何、何をするんだ。私を殺す気か!」

「そうだったら、どうするの」

「やめてくれ。私には、未だやることが残っている」

「会社の閉鎖のことでしょう。それは構わないけど、後は私に任せてよ」

「馬鹿なことを」

 倉田社長は、必死になって抵抗した。私は言ってやった。

「貴男は今日から、この首輪を付けた私の飼い犬よ」

「何を言っているんだ。君こそ私の飼い犬だ」

 倉田社長は渾身の力を振り絞り、自分の首に掛けられたバンドの輪を強引に取り外すと、逆に私の首に,それを引っ掛けた。私は、その首輪を取り除こうと抵抗したが、どうすることも出来なかった。彼は私の首根っことバンドを左の手で押さえこみ、右の手で私の股間の陰毛をまさぐり、愛器に指を突っ込んだ。

「あっ。何をするの」

「決まっているじゃあないか。狂犬病の注射をしてやる」

 倉田社長は、そう言うと私の愛器をかき回した。私は彼の指の攻撃に、淫劇の芝居どころでは無くなった。私の愛器は彼に弄ばれ、ぬめぬめとして、愛液でいっぱいになりそうだった。そんな所に倉田社長は狂犬病の注射器を刺し込んだ。彼が繰り出す注射器の抜き差しの攻撃は私の愛のルツボをドロドロにし、意地悪の復讐をしようとした私を降参させた。完全に私の負けだった。私は彼の上で、絶叫し、目まいを起こし惨敗し、気絶した。後はおぼろ。


         〇

 私は倉田社長が私の秘密を、どの程度、知っているのか分からなかった。当然の事であるが、私には隠蔽していることが沢山あった。しかし、私のことを知る雪ちゃんが、誰かによっては、私の逃げ道が無くなる可能性があった。その時は会社を辞めなければならない。私は日曜日、久しぶりに池袋に出かけ、劉長虹と黄月麗に会った。2人とも元気で、それぞれの目的に向かって頑張っていて、私の状況も知っていた。

「愛ちゃん。すごいわね。中国にアパレルの店を出したのですって」

「ああ、中国のアパレルの店。あれは私の店で無く、お姉ちゃんのお店よ」

「でも愛ちゃんが、日本の製品を輸出しているのでしょう」

「そうよ。このスカートもストッキングも、靴も、私が輸出しているの」

「まあ、素敵ね。黒地に赤いバラや黄色の蝶のプリントが素敵ね」

 私たちは池袋駅の改札で出会って、先ず、駅近くのコーヒー店『ドトール』に入り、コーヒーを飲みながら、こんな会話をしてから、日本語学校時代の事やお互いの近況報告などを交換をし合った。劉長虹は高田馬場の美容学院を卒業し、現在、昼間、目白のネイルサロンでアルバイトをしていて、技術を磨いているという説明だった。

「いずれ私も自分の店を持とうと思っているの。スタッフからチーフになって自信がついたら、店を持つわ」

「虹ちゃんこそ、凄いじゃあない。日本でネイルサロンを始めようなんて」

「そうなのよ。御指名が増えているらしいから、きっと成功するわ」

 黄月麗は、長虹のことをほめそやした。

「そういう月ちゃんは、どうなのよ?」

 すると月麗は、力無く笑って言った。

「私は駄目なの。巣鴨の服装学院でデザイナーの勉強をしたけど、そこから紹介された馬喰町の洋服店に行ったら、使い者にならないって言われちゃった。新しいデザインを提案したけど、採用されず、厄介払いよ。結局、デザイナーになる夢を断念したわ。今は、昼間、中華料理店の仕事をしているの。今の夢は、お金を貯める事よ」

 月麗は、そう言うと、恨めしそうに私と長虹の顔を睨んだ。その眼差しには自分も本当は、デザイナーの仕事で頑張りたかったのにという悔しさがにじんでいた。私は、この時とばかり話題を変えた。

「ところで雪ちゃんは今、どうしているの?」

「ああ、彼女は元気よ。でも今年いっぱいで辞めるみたい。良い彼氏が出来たらしいの」

「そうなのよ。風姉さんが言っていたわ。だから、そろそろ次の人を募集しないとって」

 長虹と月麗は先輩の何雪薇が引退するのが、嬉しそうだった。私は雪薇の彼氏が、どんな男か知りたかった。まさか倉田社長ということは無いと思うが、確認する必要があった。それを確認する為に、私は今日、池袋にやって来たのだ。

「雪ちゃんの彼氏ってどんな人?」

「社長さんだって」

「社長さん!」

 私は思わず、大声を上げてしまった。そんな私を見て、長虹が笑った。

「社長さんだからといって、驚くことは無いわよ、小さい会社の社長さんよ」

「小さい会社の?」

「そう。赤羽の鉄工所の社長さんよ。立派な太鼓腹をしてるわ」

 長虹が、その社長の肥った腹の格好をして見せると、月麗が、その社長の事を思い出してゲラゲラ笑いながら言った。

「そうなのよ。雪ちゃんの代わりに、高橋社長が、妊娠したみたいなの」

 私は2人の話から、雪薇の彼氏が倉田社長で無いことを確認してホッとした。では倉田社長の言う、雪ちゃんとは、一体、誰なのか?『ドトール』での話が終わると、私は2人に食事をご馳走した。『若竹』という海鮮料理店に行くと、御婦人たちや老夫婦が刺身や寿司を食べに来ていて、結構混んでいたが、10分程、待つとテーブル席に座れた。私たちは、そこでまた、将来の夢や男や結婚、更に『快風』のことなどについて話した。誰もが『快風』の仕事から離れたかったが、日本で生きて行く為には、『快風』の仕事を放棄することが出来なかった。兎に角、今は月麗の言うように、お金を貯めることが一番という結論だった。


         〇

 倉田社長は明日からタイへ出張するというので、何時もより、早く出勤して来た。私は朝一番でプリントアウトしたメールのコピーやFAXを倉田社長に渡し、それからコーヒーを淹れた。倉田社長は、そのコーヒーを飲みながらあれやこれや考えながら、書類に目を通した。その表情は意欲的だった。先週までの自信を喪失した悲観的な表情とはまるで違っていた。そんな倉田社長に野崎部長から電話が入った。金久保、北島、中林、野崎の4人で、山小屋『スマイル山荘』の冬支度を完了させたとの連絡だった。

「ご苦労様」

 倉田社長は、そう言って、電話を切ると、タイの出張関係の資料を揃えたり、タイの宿泊予定表などの作成に取り掛かった。私は私で、新しく入荷した商品のタグの作成や発送書類の書き込みを行った。昼食は『シャトル』で無く、近くの居酒屋に行って、焼き魚定食を食べ、コーヒーも飲まず、直ぐに事務所に戻った。お互いに夢中になって仕事に取り組んだので、午後の3時に仕事の区切りがついた。倉田社長は両手を上げ、大きな欠伸をして言った。

「今日は、お先に帰るよ」

 倉田社長の突然の言葉に、私はびっくりした。仕事熱心な彼にしては珍しい事だった。

「ええっ、どうして?」

「明日、タイへ行くので、朝、早いから」

「なら、私も一緒に帰る。社長がいないと、1人で寂しいから。少し待ってて」

 私は売上表などを作成し、4時前に仕事を終了し、倉田社長と一緒に会社を出た。事務所から駅まで歩き、地下鉄の電車に乗って、その電車の中で、今回の出張のことについて訊いてみた。

「今回の出張の仕事って何なのですか?」

「技術交流」

「遊びじゃあないの。この前、タイの人たちが日本に来た時、技術打合せが終わったと言っていたじゃあない」

「その技術的再確認だよ。遊びじゃあ無いよ。仕事だよ」

「じやあ、タイで遊ばないように、今から私に愛をくれる?」

 予想外の私の言葉に倉田社長はオロオロしたが、直ぐに頷いた。私たちは、地下鉄の電車を乗り換え、東新宿に出た。地下鉄から地上に出ると、黄昏迫った歌舞伎町は、これからネオンを点滅させるところだった。私たちは何時ものホテルに行くまで我慢出来ず、歌舞伎町に向かう途中のラブホテル『ピーコック』に入った。短期間とはいえ、喧嘩し合っていた倉田社長が海の向こうの異国へ出張するということは、何故か辛く、切なく、遣る瀬無かった。私たちは『ピーコック』の部屋に入るなり、衣服を着たまま抱き合った。

「別れたくない。一緒にいたい」

 私は、そう言って激しく彼に接吻した。それから、そのままシャワーを浴びず、雪崩のようにベットの上に崩れ込んだ。倉田社長が私の服を脱がせ、私が倉田社長の服を脱がせた。2人のそれらの脱がされた衣類は、倉田社長によって、壁際に放り投げられた。全裸になった私たちは、アダムとイブのように互いを見詰め合った。私の愛しい倉田社長は、明日から灼熱の南の国へ行ってしまうのだ。別れたく無い。少しでも一緒にいたいという欲望は2人を燃え上がらせた。別れたく無い一心で、私たちは、互いを貪り合った。私は彼の生温かいバナナを貪り、彼は私の熟れてはじけそうなマンゴーを、貪った。互いに欲望の愛液が溶け出しそうになったところで、私たちは結合した。倉田社長が私の耳朶を噛みながら囁いた。

「愛しているよ」

「このまま、繋がったままで離れたくない」

 私たちの欲望は炎のように燃え上がり、尽きようとしない。私は飢えた狼のように、相手を欲した。そして、何度も絶叫した。私たちは何処までも求め合い、遂には死んだように身体を投げ出し、分離した。倉田社長はベットの上で大の字になり、切なそうな不安顔で言った。

「明日、午前4時に起きられるだろうか。本当なら、これから一緒に食事をしたいところだが、早く家に帰らないと。ごめんな」

「良いのよ。私はこれで充分だから、早く帰って上げて」

「ありがとう」

「気を付けて行ってらっしゃい」

 私たちは、互いに満足し、『ピーコック』から外に出た。歌舞伎町は、もう輝き始めていた。私たちは歌舞伎町を通り抜け、新宿駅の西口まで歩き、コンコースで別れた。


         〇

 倉田社長が海外出張している間、浩子夫人が、何日か出社した。私はその初日、『スマイル・ワークス』が、今年いっぱいで休業することになっているらしいが、事実であるか浩子夫人に確認した。すると浩子夫人は隠すこと無く、私に状況を説明してくれた。

「その予定らしいわよ。主人は悩んでいるわ。でも、『スマイル・ジャパン』の仕事は、そのまま続けると言っているから、安心して」

「有難う御座います」

「主人は仕事が趣味なの。今の仕事が無くなったら、主人はボケ老人になってしまうわ」

「そんな」

「そうよ。家の近所に、そういう人がいるの。定年退職後、何の仕事もせず、趣味も無く、毎日、テレビを観ながら、お酒を飲んでいるうちに、アルコール依存症になってしまい、毎日、1人の宴会が止められないの」

「まあ」

「奥さんが、毎日、飲むのは止めてと注意したら、新聞じゃああるまいし、休刊日は無いんだと言って、物を投げつけるらしいの」

「まあ、怖い」

「それに較べたら、うちの主人はボケずに元気で仕事を楽しんでいるから、私も気楽なの」

 浩子夫人は楽天的だった。彼女は夫を心から信頼していた。彼女は高齢であるのに誠実で処女のように純粋な心を持っていた。私には信じられなかった。どうしたら、この世で、このように純粋さを失わず、平凡に生きられるのでしょうか・彼女は隠し立てというものが出来ず、何でも素直に話してくれた。秘密の多い私は、浩子夫人と何度も会って話をしているうちに、彼女への警戒心は薄らいだ。2人で『シャトル』に行って、昼食をしながら、、石川婦人たちと会話し、事務所に戻って来ると、中国の『微笑服飾』の春麗姉から電話が入った。

「愛。元気にしてる?こちらは皆、元気よ。この前、送ってもらった洋服とパンツ、良く売れてるわ。追加註文して」

「本当?良かった。シンプルで大人っぽいところが良かったのかしら」

「そうね。素材感も気に入られているみたい。今まで、余り売れなかったけど、冬物は日本製が温かくて好まれてるわ」

 春麗姉の声は弾んでいた。売れ行きが上向いて来たらしい。

「ブーツはどう?」

「見栄えや格好は良いけれど、足のサイズが合わない人が多くて、難しいわ。兎に角、この前と同じ洋服とパンツを送って」

「分かったわ。またね」

 私は春麗姉との電話を切ってから浩子夫人に春麗姉と話した内容を伝えた。すると浩子夫人は喜んだ。

「売れるようになって良かったわね。お客さんが日本製品のこと分かって来たのね」

「そうなんです。日本の素材が柔らかくて温かいのですつて」

「愛ちゃんの選択が上手だからよ。嬉しいわね」

 私は浩子夫人に褒められ涙が出そうになった。今までの努力が漸く実り、資金回収段階へと進展して行くのだと思うと、心が弾んだ。

「はい。嬉しいです。この間までは売れなくて、連絡し合う度に姉と口喧嘩してました」

「国際電話で口喧嘩を」

「姉がもっと売れそうな物を送ってと言うから、私はデザインの良い物を懸命になって探し、選びに選んで送っているのに、私の見立てが、悪いから売れないと姉が言うの。だから私も頭に来て、私の選んでいるのは日本で流行して売れに売れている物よ。売れない筈無いわなどと怒鳴ったりするの」

「まあ、そんな喧嘩を」

「そうなの。すると姉は、では私の売り方が下手だと言いたいのねなんて、反発して来て、2人の言い争いが、先週まで尽きなかったです」

 浩子夫人は、私から開店してから今までの中国店の状況を聞いて、驚くと共に、私を慰め、励ました。

「それはそれは、今まで辛かったわね。日本の諺で、石の上に3年という言葉があるの。時間をかけて努力すれば、花が咲くから頑張りましょう」

 何と優しい人なのでしょう。浩子夫人は何時も快活で私を自分の娘のように可愛がってくれた。私と倉田社長の間など全然、疑っていなかった。そんなであるから、私も私で、彼女に甘えた。そして売れているという自分の選んだ洋服のデザインをパソコン画面で、浩子夫人に紹介したりした。入社して半年以上を経験した私は、入社したての時のように、神経質になり彼女に気を遣うことは無くなっていた。


         〇

 浩子夫人は金曜日も出勤して来た。午前10時に出社し、事務書類を確認したり、売上表のチエックをしたりした。昼食時になると、私と一緒に『シャトル』で穴子丼をいただき、午後3時に、用事があるからと言って、先に帰って行った。私はその後、1人になり、新しく仕入れた商品のタグ作りと仕入コストの記録などをして、1日の仕事を終えた。そして5時半過ぎ事務所内を整理し、事務所のドアの鍵を閉め、マンションを出て、寒い冬の到来を予感しながら駅まで歩いた。駅に到着してから、都営浅草線の電車に乗り、浅草橋で乗り換え、総武線の電車で大久保駅まで行き、そこで下車した。それから駅周辺で、食料品を買い込み、『ハニールーム』へ行った。斉田医師から、少し遅れるとのメール連絡が入っていたので、私は部屋掃除をしてから、夕食の準備をした。私は斉田医師の妻になった気分で、エプロンを掛け、キッチンで料理を作った。肉野菜イタメ、鶏の唐揚げ、ポテトサラダなど。それらが出来上がった時、丁度、斉田医師がやって来た。

「只今」

「お帰りなさい」

「遅くなってごめん」

 彼は開口一番、私に謝った。そこで私は彼に言ってやった。

「遅くなるってメールくれたんだから、何も謝らなくても」

「謝り癖がついているんだ」

 彼は背広をハンガーに掛けながら、笑って答えた。家庭で謝り癖がついているらしい。病院では威張っているが、家庭では弱気な夫のようだった。そんなで、本当に離婚を考えていてくれるのか、ちょっと疑問だった。テーブルに料理を並べながら、このままで良いのか疑問を感じた。だから私は彼が買って来てくれたワィンで、食前の乾杯をしてから、彼に疑問をぶつけた。

「昨日、変な夢を見たの。貴男との夢よ」

「何、私と愛ちゃんの、どんな夢?」

「それがね。貴男の奥さんが私の会社にやって来て、私と貴男のことを喋っちゃった夢」

「何で、そんな夢を」

「可笑しいでしょう。私たちのこと、奥さんに知られていないのに。私は社長や奥さんの前で、それを否定したわ。ところが貴男の奥さん、早川君や琳ちゃんを連れて来ているの。万事休す。私は、そこで夢から覚めたの。汗をびっしょりかいていたわ」

 私は斉田医師に夢の話をぶつけて、泣き出しそうになった。自分が話した光景に実際、遭遇したら、自分自身どうするのか。その恐ろしさに自分自身、たじろいだ。だが斉田医師は、そんなことは起こり得ないと、軽く笑った。

「すげえ夢を見たんだね。でも、君の事はバレていないから安心して」

 そう言われて私は安心していて良いのか不安だった。彼はワインを飲みながら、もし私の悪夢のようなことが起こったらどうなるのだろうかと、エヘラエヘラ笑った。私は、その顔を見て何故か腹が立った。バレていないから安心してって、どういうこと?妻に気づかれていないから大丈夫って。妻に気づかれてこそ、正面切って妻との離婚話が出来るのではないのか。それが、斉田家では、まだ、そこまで行っていないということだ。私は泣き出したいのを堪え、食事を済ませた。ワインを飲んで、少し酔いが回っていたので、私は食事の後片付けを斉田医師に任せ、先にベットに入った。これから私の人生は、どうなるのか。倉田社長は雪ちゃんという新しい相手が見つかり、私から離れて行くつもりみたいだ。矢張り、私は工藤正雄を本命にすべきなのかもしれない。だが、その工藤正雄も柴田美雪に迫られて、断ることが出来ぬまま、彼女と付き合っているかもしれない。そんなことを考えていると、キッチンの片づけを終えた斉田医師が寝室に入って来て、私に声をかけた。

「おいおい。眠っては駄目だよ」

 彼は部屋の灯りを明るくして、ベットで寝ている私が掛けている布団を撥ね退け、私の下着を脱がせた。そして全裸になった私を診察した。その後、私の太股を持ち上げ、両脚を大きく押し開き、そそり立つ彼の物を挿入して来た。彼は一生懸命に突いて来る。好きなだけやりなさい。そう投げやりだった私なのに、彼の熱心さに誘導され私の白い肌はピンク色に染まり、乳首は固く尖った。気持ち良くて彼との連結部分はにわかに愛液が滴る程に濡れて来た。斉田医師は、何度も気持ち良いかと私に質問し、私を突き続けた。私は、恥ずかしい程に蕩けた。私の中で前後する彼の物は熱く燃え、私を恍惚の境地に運んだ。私はどうしようもなくなって叫んだ。

「行って!」

 すると彼は一層、激しく突っ込み、私と一緒に限界に達して果てた。私たちは小さな死の中で眠った。私は冥界に落ちながら彼に質問していた。

「離婚はまだなの?」

 彼は答えてくれなかった。『ハニールーム』の夜は深まって行く。


         〇

 翌週になると、倉田社長がタイから戻って来て、忙しくなった。タイの会社との仕事が正式に決定したというので、私も浩子夫人も喜んだ。会社を閉めようかなどと言っていた倉田社長のボヤキなど、全く偽りだった。真実を語らぬ男だと彼自身が自分のことを評していたが、その通りだった。彼は帰国すると、ココナッツのチョコレート、船人形、ブローチなどの土産物を私にくれた。もしかして会社を閉鎖され、無職になるのではないかと心配していた私の不安は、このことによって全く何処かへ吹き飛んでしまった。帰国後の倉田社長は多忙になった。夢中になって、受注した仕事を完遂させる為に、あちこち走り回った。売上金額、3千万円の仕事であるが、『スマイル・ジャパン』にとっては高額の取引だった。倉田社長は仕事の助手として、『スマイル・ワークス』の人を使わず、滝沢先輩を起用し、滝沢先輩と打合せして、今後の行動計画を立案した。倉田社長は、滝沢先輩と中古機を所有する埼玉の『T・Yプラスチック』に訪問し、打合せ後、解体業者と輸出梱包業者などを連れて行き、詳細打合せを実施した。船積み業者ともスケジュールについて打合せを行った。そんな打合せに出かけるたびに、倉田社長は関係業者を接待したりするのでしょうか、翌日、午前11時頃に出勤する日が増えて、私は倉田社長の健康を心配した。

「社長。休まなくて大丈夫ですか?」

「平気だよ。私はまだ若い」

 倉田社長は、そう言って意気がっているが、60歳半ばを過ぎ、最近、身体の動きが緩慢になって来ているのが、私には気になって仕方なかった。倉田社長が倒れたら、私の夢も人生も狂ってしまう。私が夢見るアパレル事業の拡大は、会社があってこそ、成し得られることであり、いずれ独立するにしても、倉田社長の経営する会社『スマイル・ジャパン』を踏み台にして成長して行かねばならない。それを考えると、倉田社長には健康に留意していただかないといけなかった。そんなことを考えながら、倉田社長にお茶を淹れたり、書類に目を通してもらったりしていると、あっという間に、昼食の時刻になった。外に出ると、雨が降り出したので、何時もの『シャトル』では無く、近くのレストランでカキフライを食べた。午後からは相変わらず、パソコンを使っての作業。倉田社長が普段使っているパソコンは『スマイル・ワークス』のパソコンだが、重要書類になると、私の使っている『スマイル・ジャパン』のパソコンを使いたがる。倉田社長は、私に『スマイル・ジャパン』のパソコンを占有されては困る理由がある。『スマイル・ワークス』のパソコンを使っていると『スマイル・ジャパン』の業績が『スマイル・ワークス』の金久保社長や、野崎部長たちに盗み見られてしまう可能性があるからだった。だから私も、その時は、倉田社長とパソコンの交替をした。兎に角、2人とも、パソコンの奪い合いをする程、忙しかった。3時の休みも無しに私たちは働いた。夕方になり、私は帰り仕度をしながら、久しぶりに長時間、事務所で仕事をした倉田社長に訊ねた。

「タイで遊んで来たのではないでしょうね?」

「どうして、そんなことを訊くの?」

「だって、帰国以来、仕事に夢中で、私のこと、かまってくれないから」

 私にそう言われて倉田社長は迷惑そうな顔をした。私のことが煩わしいのでしょうか。私のことより、雪ちゃんの方に気が向いているのでしょうか。でも私が悲しそうな顔をすると、彼は直ぐに優しい顔つきになって、私に、こう答えた。

「じゃあ、遊んで来なかった証拠を見せてやろうか」

「本当ですか?」

「うん。もうちょっとで仕事が終わるところだから、待ってて」

 私は笑って頷いた。倉田社長の仕事が終わるや、私たちは事務所前でタクシーを拾い、雨の中、鶯谷の『シャルム』へ行った。私は、タイ出張の前まで不安定だった倉田社長の気持ちがどうなっているのか、知りたかった。『シャルム』の部屋に入り、シャワーを浴び、ベットに入ってから訊ねた。

「会社はどうするの?」

「どうするかって。このまま続けるよ。タイに出張する前、君は別れたく無い。一緒にいたいと言っていたじゃあないか。あの時の愛ちゃんの言葉に勇気づけられ、私はタイの仕事も受注したんだ。女は男を強くする。君の愛の言葉に励まされ、消えかけていた私の情熱が再び燃え上がったって訳」

 倉田社長は、ちょっと照れ気味に言うと、真裸になっていろ私の肌に触れて来た。仕事と恋愛は人生を変える。今の私は日本で生きて行く為に、この人と付き合って行かねばならない。私は、その仕事のパートナーから、より深い愛情を得る為に、花園の扉を開いた。そこは私には見えないが、既に夜露で、ぐっしょり濡れていて、芳香を放っているのが、自分でも分かった。彼の花園いじりは、とても優しく、カトレアの花芯に似た私の花芯と散々、戯れ、その花芯の穴を広げて、ゆっくりと侵入して来た。私は彼に彼の左右の肩の上に私の足をかけさせられ、海老型にされた。その海老型になった私に向かって倉田社長は、必死になって抜き刺しを繰り返した。私は鏡に映る自分の濡れた花芯を観察してどうしようもなく蕩けた。私を攻撃する倉田社長の武器は火のついた蠟燭の様に燃えて熱かった。倉田社長は私の喘ぐ声を聞き、私が失神すると同時に燃え尽きた。彼は失神して全身の力が抜けた私を見降ろし、勝ち誇ったように満足した。その倉田社長の顔は自信に溢れていた。


         〇

 11月半ば過ぎ、芳美姉は1人、中国へ出かけて行った。私は営口市に住む家族への土産と、『微笑服飾』からの集金を、芳美姉に依頼した。その芳美姉が中国へ行っている留守中に、私は大山社長から食事の誘いを受けた。琳美は母親がいないのを良い事に、早川新治と遊び回っていて、家に寄り着かないから、大山社長は、『快風』の桃園や松下幸吉と食事をして過ごしていた。そして私の順番がやって来た。私は日本に来た時から大山社長に御世話になっているので、誘いを断る訳には行かなかった。私たちは夕方になって、歌舞伎町のコマ劇場の裏側にある火鍋店へ行き、火鍋料理を食べた。久しぶりだった。外が寒かった所為か、とても美味しかった。火鍋料理をご馳走になって、店を出たところで、私は、そこから『ハニールーム』まで歩いて行こうと考えた。私は大山社長に食事の礼を言った。

「ご馳走様でした。ここでお別れしましょうか」

 すると大山社長は私の腕を掴んで、強引に引っ張り、私の耳元で囁いた。

「そんな冷たい事を言わず、近くのホテルで、オマンコしよう」

 とても下品な言い方だった。芳美姉が中国に行って不在の為、大山社長が、ムラムラとした助平心を起こしているのが良く分かった。私は、火鍋をいただき、お酒を飲み、酔いが少し回り出していたこともあって、彼の誘いに従った。火鍋店を出てホテル街に向かって少し歩き出した所で、『叙々苑』から出て来る『ディープ・イン』の玉山社長と連れの女を目にした。女は私より、細っそりして、背の高い美人だった。私は玉山社長に気づかれぬよう、大山社長の背後に隠れて歩いた。そして遠く離れてから振り返った。玉山社長と連れの女が、私たちの方を見て、何か話していた。しかし、そんなことを気にしても何にもならない。玉山社長は性的変質者だ。連れの女は、それを分かっていて、彼と付き合っているのかしら。私はふと、『ディープ・イン』の掃除婦のリーダー、大橋花枝が私に言った言葉を思い出した。

「まだ若いんだから、ちゃんとした仕事を見つけた方が良いよ」

 彼女の言う通りだった。あれから私は『スマイル・ジャパン』の社員として、真面目に働き、中国にアパレル店をオープンすることが出来た。そう考えると、あんな所の従業員にならずに、辞めて良かったと思った。私は、幸運を感じ、ルンルン気分になった。

「ここに入ろう」

 大山社長は『ジョージ』というホテルに私を誘った。彼は一方的だった。芳美姉を利用し、裕福になった彼は、幼児のように欲望を露わにして、周囲の女たちを、玩具にしていた。金持ちになった彼は、やることなす事が傲慢だった。私も、その玩具の一つだった。ラブホテルのバスルームに入り、湯船の中で、乳繰り合った。胸から背中まで毛の生えている大山社長は、豆腐の様に肌の白い倉田社長とは対照的だった。まるで獰猛な動物みたいだった。芳美姉は、この人を夫にして綾ッているのだ思うと、芳美姉の極道ぶりが理解出来た。大山社長は湯船の中で、爆発しそうになると、慌てて湯船から私を引っ張り出し、濡れたままの私をベットの上に、投げ出した。そして荒々しく喘ぎ、声を立てながら、私の上に乗っかかって来た。凄く乱暴だった。芳美姉の夫にやられるのかと思うと、私の身体の奥に潜んでいる狂暴なメス豹の野性的肉欲が外に跳び出した。芳美姉に対する、罪悪感は犯される快感に変わり、私をゾクゾクさせた。大山社長は意地悪なことを言った。

「随分、男とやっているみたいだな。前より色っぽくなったよ」

「そんなこと無いわよ。他に男がいたら、秀ちゃんに抱かれたりしないわ」

「嘘を言え。でも俺とやるのも、愛ちゃんだって満更じゃあないだろう」

 大山社長のセリフを聞いていると、羞恥心と欲望とが絡み合い、頭が混乱した。私は大股開きにされ、彼と結合し、野獣になったように、ベットの上でのたうち回り、よがり声を上げた。私は痙攣しときめいた。こんな私は悪い女なのでしょうか。


         〇

 連休明け、私は何時もの様に午前9時に出社し、事務所内の掃除をした。それからコーヒーを沸かして、アパレル商品の仕入れ作業に入った。倉田社長は10時頃にやって来て、タイの輸出書類などの作成に取り掛かった。余り口を利かず、不機嫌な感じだった。昼時になり、『シャトル』に行っても、余り喋らないので、私は石川婦人や、顔見知りの女社長たちと話をした。午後には入荷したストレッチパンツ。花柄のハイネック、ジャケット、マキシ丈スカートなどの整理を行った。その間も倉田社長は、狭い事務所の中に私と2人だけでいながら、ほとんど口を利かなかった。何が面白く無いのか。何の不満があるのか。何を悩んでいるのか。その理由を教えてくれないので、私には苦痛だった。夕方の5時になった。11月末になると、暗くなるのが、兎に角、早い。私はパソコンに向かい仏頂面をしている倉田社長に帰り仕度をしながら言った。

「一緒に帰りませんか」

「今日は先に帰って」

 彼は私の顔も見ず、パソコンに向かい、書類作りに邁進し、私の誘いを断った。何で不愉快なのか、全く分からなかい。難しい人だ。私は事務所を出て地下鉄の駅に向かった。地下鉄のホームで電車を待つ間、私は倉田社長にメールした。

 *何が不満なの?*

 すると倉田社長から直ぐに返信メールが送られて来た。

 *私は私。

 貴女は貴女。

 生き方は自由*

 私は倉田社長の返信メールの意味が理解出来なかった。彼は何を言おうとしているのか。

 *どういう意味か分からない。

 教えて下さい*

 すると倉田社長は私を軽蔑する酷い文章を送って来た。

 *乱れた生き方は

 恋人を泣かせることになります。

 私は清潔な人が好きです*

 私は、その文章を読んで、倉田社長が、何故、私を傷つけるようなことをメールして来たのか推測してみた。恋人とは誰のことか?倉田社長のことか?又は別の男のことか?私は乱れた生き方と指摘され、胸をナイフでグサリと突き刺されたような精神的激痛を受けた。私への感情が、何で、変わったのか?私は彼の気まぐれに怒りを覚えた。

 *何て失礼なことを言うの。

 酷いわ。どういうこと?

 ちゃんと教えて*

 私は倉田社長に理由を求めた。分かりやすく理由を説明して欲しかった。彼はまだ事務所で仕事をしているのでしょうか?彼の不機嫌な顔が、脳裏に浮かんだ。返事は直ぐに送られて来た。

 *ごめんよ。

 雪ちゃんが、また、君が

 オジさんと歩いているのを

 見かけたというものだから。

 昨日は淋ちゃんと一緒に

 英語の勉強をしていた筈だよね。

 人違いだよね*

 私は休日中の事実を指摘され、反論の余地が無かった。私と不倫をしている当人である倉田社長に、乱れた生き方をしているなどと言われ、遣る瀬無かった。確かに私のしている男関係は不道徳なことだった。私の男遍歴は、度を越していた。中国から日本に来て、少しずつ、知人を増やし、大都会、東京の生活習慣を知り、生きる為に多くの男たちと親しくなり、都会の悦楽に溺れて過ごして来たことは、否定出来ない事実だった。でも倉田社長は、そんな苦労をして、学問を身に付け、努力して来た私の良き理解者であった筈だ。それなのに何故?倉田社長は私の事を乱れた生き方をしている不潔な女だというのか。倉田社長にこんな酷い事をあからさまに言われるとは、全く予想外で、その衝撃とやり切れぬ怒りは、私を深く傷つけた。倉田社長がこのようなことを言う陰湿な男だとは思っていなかった。総ては雪ちゃんという女の所為に違いなかった。雪ちゃんという女は、何故、私の事を倉田社長に告げ口するのか。欲張りの女は多いから、魅力的な男を見つけると、奪い取ろうとしたがるのか。それとも私のしていることを許せないのか。私は地下鉄の電車の中で、いろんなことを考えた。私は動揺を隠し、何とか新宿に辿り着いた。私はマンションに帰り、桃園と夕食を済ませた。そして桃園がアルバイトに出かけてから、1人、メチャクチャに泣いた。


         〇

 眠れないまま朝が来た。私は会社を休もうと思ったが踏み止まった。何時もの時刻に出勤した。現実から逃避することは出来ない。ここでくじけてしまい、やっと掴みかけた夢を失ってはならない。その為には倉田社長を自分のものにしようとしている女と対決する必要があった。その女を捕まえて、何故、私の悪口を言い、倉田社長が私を嫌いになるようさせようとするのか、問い質したかった。私は確かに乱れた生き方をしているかもしれなかった。しかし、私が日本で生きて行く為には、男を食いものにすることも、仕方ないことだった。偽りの恋であろうとも、それにしがみ付いて生きるしか方法が無かった。そして、西村老人の後に辿り着いたのが倉田社長であり、斉田医師なのだ。私の今の生活はこの2人の援助から成り立っているので、その1人を失う訳にはいかない。私は倉田社長が事務所に出勤して来るや、勇気をふりしぼって、彼に迫った。

「お早ようございます」

「お早う」

「社長。私、昨日のメールで、一晩中、眠れなかったです。

「それは大変だったね」

「私は何で見ず知らずの雪ちゃんに、誹謗中傷されなければならないのか、分からないです。雪ちゃんに会わせて下さい」

 すると倉田社長は憂鬱な顔をして、戸惑いがちに答えた。

「そんな必要は無い。彼女が見違えたのかもしれないから」

「でも社長は、その女の言うことを信じているのでしょう」

「半信半疑だね。何しろ彼女は酔っぱらって電話して来たから」

「酔っぱらって、電話して来たって、何処から?」

「歌舞伎町のスナックから」

 彼女は倉田社長の馴染みのスナックの女らしかった。倉田社長の馴染みのスナックと言えば、銀座か上野だ。なのに何故、新宿に倉田社長の馴染みのスナックがあり、私を見たという雪ちゃんがいるのか。それも、今回で2度目の告げ口だ。私には納得することが出来なかった。

「兎に角、雪ちゃんに会わせて下さい。彼女を私たちの前から排除しないことには、私は仕合せになれません」

 私は涙を拭くこともせず、泣き喚いた。すると彼は慌てて、私を慰めにかかった。

「分かった。分かった。君を信じる。雪ちゃんの言うことは信じない。私が悪かった」

「雪ちゃんに会わせて下さい」

「無理を言わないでくれ。こんな話は止めて、仕事に専念しよう」

 倉田社長は私を鎮静化させようと懸命だった。私と雪ちゃんをぶっけ合わせたら、どんなことになるか分からないと思ったのでしょう。それは絶対に避けなければならないことだったに違いない。私は出勤したての倉田社長を、これ以上窮地に追いやってはいけないと思い、じっと耐えることに切り替えた。彼は二重人格者だ。これ以上、追い詰めたら、私を解雇するなどと言い出しかねない。私は我慢した。侮辱され、軽蔑され、非難されても、『スマイル・ジャパン』に居座るしか道は無い。私は今まで倉田社長のことを、自分にべた惚れだと思って来たが、それは私の自惚れだった。倉田社長には長年付き合っている銀座の女たちがいて、新宿にも莫雨冰ら数人の女がいた。それなのに私は倉田社長との間で、自分の思うようにならないと、直ぐにカッとなり、声を荒げたりして自己主張して来た。しかし、それは間違いだった。自分よがりの判断に確実性が無い事に気づいた。私の知らない雪ちゃんという女が、彼の直ぐ側にいたのだ。その雪ちゃんという女の姿が、ここに来て、しきりに浮上して来るので、私は不愉快でならなかった。倉田社長も不愉快な態度で、パソコンに向かって仕事をこなした。昼食時刻になっても、2人とも口を利かず、倉田社長はパソコンから離れようとしなかった。声をかけない訳には行かなかった。

「食事に行きましょうか」

 倉田社長は黙ったままだった。聞こえない振りをしているみたいだった。意地悪過ぎる。私は、もう一度、声をかけた。

「食事に行きましょうか」

「1人で行ってくれ。私はこれから、お客の所へ行くから」

 私は彼につっけんどんにされ、泣きたくなったが、グッと堪えた。

「では食事に行って来ます」

 私は明るさを装い、事務所を出た。彼は何に苛立っているのか。何が不満なのか。矢張り倉田社長は、雪ちゃんの告げ口を信じているのでしょうか。私は憂鬱になり、『シャトル』に行くのを止め、近くの喫茶店で、ランチを食べた。午後からは、雪ちゃんのことを考えまいとした。食事を終え、事務所に戻ると、倉田社長の姿は事務所になかった。


         〇

 それから数日、私も倉田社長も不機嫌な態度をとった。使われている身の自分としては良くないことだと分かっていながら、冷たい態度をとった。倉田社長も、私と余り口を利こうとしなかった。こんな時、浩子夫人に出勤してもらい、私の話し相手になって欲しかったが、彼女はダンスの発表会が近づいている為、猛練習をせねばならず、事務所に顔出しする余裕が無かった。従って事務所の中は、朝から気まずい押し殺した空気が漂い、いるのが辛かった。倉田社長も私と同様な気分で、私と一緒にいるのが、面白くないみたいだった。今日も、昼食時になると、倉田社長はお客の所へ行くからと言って出かけて行った。私はコンビニでオニギリとオデンを買って来て、1人、事務所の中で、昼食を済ませた。午後になり、私は事務所の中で、のんびりしようと考えたが、そうは行かなかった。頭の中で雪ちゃんとの葛藤が始った。雪ちゃんとは誰か。倉田社長との会話の中で、馴染みのスナックの女だということは分かっていたが、何処のスナックの女か分からない。私は倉田社長が外出しているので、こっそり彼の机の抽斗の中の、名刺入れ箱の中を調べてみることにした。倉田社長は大胆な血液型に似合わず、繊細なところがあった。名刺ケースを日本の顧客、海外の国別顧客、友人知人、レストラン、スナック、バーなどに分別していた。私は、そのスナック関係の名刺をチェックした。銀座、上野、新宿、渋谷、池袋、横浜などのクラブやスナックの名刺をはじめ大阪、名古屋、福岡、仙台、札幌など、日本各地の歓楽街のスナック、バーなどの名刺がいっぱいあった。その中で、交際費の請求書を時々、送って来るスナックの名を調べた。銀座では『エリーゼ』『ラベンダー』『渚』『風』、上野では『紅薔薇』、『星景』、新宿では『マリア』、『ジュリー』、『ロマンス』、渋谷では『ローヤル』、『シャレード』、池袋では『リサ』、『ソファ』、横浜では『琥珀』,『真珠』などといったスナックなどがあるが、何処にも雪ちゃんらしき名刺は無かった。私は上野の『紅薔薇』のチイママの呂美香の名刺を発見し、懐かしく思った。月麗や長虹と通った日本語学校時代が思い出された。ママの紅蘭の頭脳の良さや、亡くなった西村老人のこと、高慢ちきな星野英司のことなどが、思い浮かんだ。私は仕事を終えてから。『紅薔薇』に行ってみることにした。浅草から銀座線の地下鉄の電車に乗り、上野広小路まで行き、デパート内を見て回って、その後、近くのラーメン屋で味噌ラーメンを食べた。そして腹ごしらえが済んだところで、『紅薔薇』へ行った。エレベーターに乗り、店の前に立つと、既にチイママの呂美香が、店内の掃除をしていて、私を発見するや、驚きの声を上げた。

「まあ、愛ちゃんじゃあないの」

「お久しぶりです」

「元気そうね。一段と綺麗になったわね」

「美香さんこそ、一段と艶っぽくなっているわ」

 私たちは、すっかり昔に戻っていた。私は、そんな話をしながら、チイママの美香と一緒になって店内の掃除をしながら、近況を喋り合った。そこへ孫梨華が現れた。

「あらっ。愛ちゃんじゃあないの。どうしたの?復帰したの?」

「そうじゃあないわ。皆さんが、どうしているかと思って」

「そう。ママも優美ちゃんも喜ぶわよ」

「月ちゃんと虹ちゃんはどうしてる?」

 美香と梨華が矢継ぎ早に喋りかけて来た。私は月麗や長虹が元気でいると、彼女たちの近況を説明した。私が昔の仲間に囲まれ、ワイワイガヤガヤやっていると、私の知らないホステスが元気よく入って来た。青蕾と玲々と梨沙という名で、雪の付く名前では無かった。客は相変わらず、『三星物産』の坂本部長や『日輪商事』の森岡課長や上野界隈の社長や店主たちで、倉田社長はご無沙汰しているとの話だった。暫くすると、お客が店に入って来たので、皆それぞれに散り散りになった。私も美香に指示され、接客を行った。そうこうしていると曹優美が『王子印刷』の小川次長と坂上課長を連れて入って来た。陳春華も蘇遊美も一緒だった。小川次長や優美たちは、私を発見すると大声を上げ、店内は一層、盛り上がった。そこへ紅蘭ママが遅れてやって来た。

「何?この賑わい」

「愛ちゃんが来てるの」

 美香の言葉に紅蘭ママは私を見つけるや、両手を広げて、私を抱きしめた。それから、私の近況と倉田社長のことを訊いた。倉田社長は、最近、『紅薔薇』を利用していないらしい。紅蘭ママは、店は繁盛しているが、ホステスが集まらなくて、苦労しているとの話だった。

「愛ちゃん。またここでアルバイトしない?」

 私は、そう言われたが、首を横に振った。店が相当に繁盛していることは事実だった。紅蘭ママは私が、『紅薔薇』を訪問した理由を訊こうとしなかった。彼女は私の心の中に、吹っ切れずにいるものがあって、それを解消する為に、店にやって来たのだと推測していた。その吹っ切れずいるものが男の事であると、彼女は見抜いていた。

「愛子は相変わらず、女らしい魅力がいっぱいね。男には気を付けないと駄目よ」

「分かってます。でも私はママのように男にモテれば良いのですが、全然、モテないから大丈夫です」

「何、言ってるの。嘘をついても駄目よ」

「それより、仕事や人間関係が難しくて、悩むことが多くて」

「そういう時は、自分の境遇をひどいとは思わず、頭の中を空っぽにして、生きれば良いのよ」

「でも意地悪されたら、同じ空気を吸っているのが、我慢出来なくなって、ママの所へ遊びに来ちゃった」

 私は自分の方から、自分のストレスの原因を説明した。すると、紅蘭ママが話に乗って来た。

「何よ。それって、倉ちゃんに意地悪されているっていうこと」

「そうなんです。倉田社長が冷たくするんです」

「まあ、どうして。原因は分からないの?」

「雪ちゃんという女性が、私の悪口を言っていて、倉田社長も、それを信じ、どうも私を辞めさせたいみたいなの」

 私が、泣きそうな顔をすると、紅蘭ママは、私の現況を察して、こう言った。

「それは困ったわね。倉ちゃんって、女に誘導されやすいからね。美香だって、似たようなことがあって、倉ちゃんと縁切りしたのよ」

「えっ。そんなんですか」

「そうなのよ。でも、その雪ちゃんという女性の気持ちも分からないではないわ。彼女は愛子の美貌と知性に嫉妬しているのよ」

「そんな。私はママのような美人じゃあ無いわ」

「謙遜することは無いわ。愛子は美人よ。雪ちゃんは、倉ちゃんに甘えたいのに、貴女に独り占めされているから、倉ちゃんと愛子を引き離したがっているのよ」

「そんな。私には、理解出来ないわ」

「可愛い愛子には、もともと罪は無いわ。でも可愛い貴女をチヤホヤする男に、同様に振る舞われ無い女は、愛子に嫉妬するのよ。その女の嫉妬は男への怒りなの。だからといって、嫉妬する女を恨んじゃあ駄目。放っとくのよ。放っとくの。女を恨んだら恋する女が可哀想よ。女同士なんだから」

 私は紅蘭ママの言葉に、胸がジンとした。流石、長年、多くの女たちを使い、男を相手にして、商売をして来たベテランママの見解だった。切々と語る紅蘭ママの過去の経験談を聞くうちに、私の心の動揺と不安は取り除かれた。倉田社長を自分1人のものにしようとしては駄目だということが良く分かった。


         〇

 『紅薔薇』の紅蘭ママのの言葉に励まされ、私は4日目に漸く明るさを取り戻した。1日中、熱心に仕事をしてから、夕方の帰り時に私の方から倉田社長を誘った。

「社長。私、何時までも、ウジウジしている社長が嫌いです。何時もの所へ行って、スカッとしましょう」

 私の言葉に、倉田社長はちょっと慌てた。倉田社長はここで私の誘いを断ったら、私と和解出来ないと思ったのか、素直に同意した。

「すうだな」

私たちはそれから事務所の片付けをして、事務所を出て、一階のマンション前でタクシーを拾い、鶯谷の『シャルム』へ行った。部屋に入り、裸になり、バスルームでシャワーを浴びると、紅蘭ママの言葉が思い出された。女の嫉妬は男への怒りだという。私はバスルームから先に出て、倉田社長がベットにやって来たら、あるったけ、雪ちゃんの代わりに虐めてやることにした。そんなこととは知らず、倉田社長は、バスルームから出て来ると、久しぶりの私との行為を期待して、ベットに上がって来た。私はその倉田社長が横になると、彼の上に大胆にも跨った。そして彼との行為に挑んだ。倉田社長は驚いた。

「今日は、上になったりして、どうしたの?」

「私、雪ちゃんには負けないから」

 私が、そう言うと倉田社長は、せせら笑った。何が可笑しいの。私はМ字開脚して彼の既に勃起している物を掴み、私の股間の割れ目に導入した。そして私は彼の上に折り重なって、上下の反復運動を繰り返した。彼を攻撃する私には恥ずかしさなど無かった。競馬の騎手のように腰を使いながら、私は倉田社長に訊いた。

「どうして、雪ちゃんは私の悪口を言い、私を憎むの?」

「彼女も女だから」

「社長の事を愛しているのね」

 倉田社長は、私にのしかかられ、下から私を見上げて、頷いた。いけないのは、女に甘いこの男だ。私は彼を痛めつけようと、彼を攻めた。そんな私を見上げる彼の瞳は何の悪意も無く、情熱的で私には愛しかった。彼はロマンチストだった。何時もに無く攻撃的な性行為をする私を観察し、太い熱棒で、私を蕩けさせようと、甘い言葉で囁いた。

「君は何時、見ても綺麗で素晴らしい。私の目の前の白い山と山の谷間には奥行きがあり、その谷間の流れの水を吸いたくなる。その下の方は私のお腹の膨らみの所為で、はっきり見えない幽玄の世界。更にその下の方に、奥深い秘境があるのは何となく分かる。その秘境は、自らの艶やかさを秘めて、愛の雫を溢れさせて息づき、私を吸い込もうとしている。ああ、何と気落ち良いことか。甘く清らかな匂いが私を勃起させ、私の愛棒が、その秘境の濡れた淵を下り、谷底に侵入し、探し物をしようとしている。ああ、素晴らしい」

 私は、その囁きに更に濡れて肉欲に狂った。私は彼の上で激しく腰を前後させ、彼に向かって口走った。

「社長のこと、好きよ。好き。私を捨てないで」

 すると彼は、いきなり私を反転させて、言った。

「分かっている。私も愛している」

 そして、今までと逆に私の上になり、上位から攻撃を始めた。その激しさと言ったら、腰の骨を突き破る程、強烈で、ズドンズドンと私を狂喜させた。私たちは久しぶりの交接に狂いに狂い、身体をのけぞらせ、嫌な事の総てを吐き出し洗い流した。そして和解が成立すると、2人ともホッとして、ベットの上で放心した。


         〇

 金曜日、私が出社して、5分も経たないうちに、『スマイル・ワークス』の野崎部長と安岡栄一が出勤して来た。今日、月例会議だという。狭い事務所の中が、加齢臭のする年配者たちで満員になるのかと思うと、憂鬱だったが、我慢するしか仕方なかった。野崎部長は、相変わらずこまめで、お湯を沸かし、コーヒーを淹れる準備をしてくれた。コーヒーの良い香りがして来たところで、倉田社長が入って来た。

「お早う」

 倉田社長は、私と和解が出来た所為か、明るい声だった。続いて金久保社長と北島和夫が現れ、コーヒータイム。更に遅れて、菊田輝彦が顔を出した。彼らは倉田社長が午後3時から横浜で、中学生時代の同級生仲間との忘年会があり、昼食を済ませてから、不在となるということで、9時半から月例会議を開始した。今年いっぱいで『スマイル・ワークス』を休業するということで、会議は混乱した。私は隣りの部屋で今朝、入荷したばかりの冬物のコートを、中国向けのダンボールケースに詰めながら、聞き耳を立てた。結論は、この事務所を倉田社長が経営する『スマイル・ジャパン』が引き続き使用させてもらい、山小屋の経費を除く、この事務所の家賃、電気代、水道代、電話代、ガス代等の一切を、『スマイル・ジャパン』が負担し、『スマイル・ジャパン』は別に『スマイル・ワークス』から、定額の事務所使用料をいただくことになった。私は、その結論を聞くと、ホッとし、洋服類を詰めたダンボールケースを中国へ送る為、郵便局まで運んだ。その仕事が終わって事務所に戻ると、倉田社長が、『シャトル』で食事をしたら、そのまま横浜に行くと言うので、私も、洋服の仕入れ先である馬喰町の『松岡』に行って帰る事にした。私たちはそろって、『シャトル』に食事に行った。『シャトル』の西崎マスターは金久保社長と野崎部長に、『シャトル』で忘年会をしてもらえないかと、しきりにお願いをして、頭をペコペコ下げた。私と倉田社長は食事が終わると、『スマイル・ワークス』の人たちと別れて、そのまま本所東橋駅まで歩き、そこから都営浅草線の電車に乗った。中学時代の同級生仲間との忘年会があるという倉田社長とは馬喰町で別れた。私は、そのまま『ハニールーム』へ行こうと思ったが、勤務中なので、馬喰町の『松岡』の店舗に行き、展示されている新商品の出来栄えや価格なのチエックを行った。そして、買い物もしないのに、試着室で黒のドレスを試着してみた。日本で冠婚葬祭の時に着られている黒一色の服装に似ているが、『松岡』のデザインのドレスは、明らかに、その黒の洋装のイメージとは離反していた。それは上質でエレガントで、詩的美しさと妖しい暗黒の強さを兼ね備えながらも、不思議な純粋さを保有していた。

「とても、お似合いですよ」

 女性店員が、嬉しそうな顔で鏡の中の私に話しかけて来た。私は狭い試着室の中で、クルッと一回りして、自分の後ろ姿を確認した。お世辞で無く、私にとても似合っていた。しかし、5万円もするので、手が届かなかった。でも『スマイル・ジャパン』経由で仕入れれば、1万円ちょっとで手に入れることが出来るので、私は店員に断った。

「済みません。素敵ですけど、ちょっと考えます。私のお給料では、今、買えませんので、ボーナスをいただいてから考えます」

 私は『松岡』の店舗での新商品のチェックを終えてから、浅草橋まで歩き、そこから総武線の電車に乗り、大久保駅で下車した。駅前で何時もの様に食料品を仕入れ、『ハニールーム』に行った。部屋に入り、先ずは部屋掃除をして、お風呂にお湯を入れて、夕食の準備を始めた。そこへ斉田医師がやって来た。

「今日は早かったね」

「社長が横浜で忘年会があるからと言って早く出かけたので、早く帰れたの」

「もう、忘年会か。そうだよなあ。間もなく12月だからな」

 斉田医師は、そう言って背広の上着をハンガーに掛けた。私は、早速、準備していたオデンを温め、冷蔵庫から、刺身とサラダを取り出し、テーブルの上に並べた。その後、テーブル席の椅子に腰かけた斉田医師に、ワインのボトルとコルク抜きを手渡した。すると斉田医師が嬉しそうに、2つのワイングラスにワインを注いで言った。

「では、今夜もよろしく」

「こちらこそ」

 私たちはワイングラスを軽くぶつけ合い、食事を楽しんだ。斉田医師がオデンを夢中になって食べる姿を見て、私も充分過ぎるほど食べた。食事が終わると、彼は直ぐに性交を求めて来た。私は隣室のベットに運ばれ、仰向けにされ、私の愛器の中に膨張した彼の男性器を挿入された。彼の熱く燃えた物体が、私の奥深くに入って来ると、私の身体の下半身は相手と強く繋がり、異常な音を発した。私は、そのいやらしい音が生み出す快感に満たされトロトロになり、熱く燃えた。快楽に貪欲な私たちは共に悦び性欲に殉じた。そして一晩に2回も性交を行った。


         〇

 11月末日、芳美姉は中国の営口市から帰って来た。日本の『快風』で荒稼ぎした金を中国に持ち帰り、中国の銀行に分散して預け入れて戻って来たのだ。私の日本からの土産物を私の家族や親戚に渡し、私の姉が経営する『微笑服飾』から40万円ほど集金して来てくれた。その集金袋を私に渡しながら、芳美姉が言った。

「春ちゃんのお店、お客が増えて来たと言ってたけど、それ程でも無く、儲かっていないのですって。取敢えず、40万円、預かって来たわ」

「有難う。助かったわ。これで次の仕入れが出来るわ」

「アパレルの仕事って厳しいのね」

「そうなの。お客の欲しい物も、好みも、マチマチで、品揃えが大変なの」

 芳美姉は、アパレルの仕事が割の合わない仕事だと軽視するような言い方をしたが、私はアパレルの仕事が好きだった。芳美姉の経営する『快風』やスナックの仕事は、荒稼ぎ出来るかもしれないが、アパレルのように清潔な仕事とは思えなかった。とは言っても、利益が出ないことには、何の為に働いているのか分からない。私は芳美姉から『微笑服飾』の報告を聞いて、ちょっと心配になった。芳美姉は私に忠告した。

「春ちゃんも、紅梅叔母さんも、お人好しだから、儲け方が下手なのよ。一度、様子見に行って、指導してあげたら。そうしないと、苦労して作り上げた店が潰れちゃうわよ」

「いいの。私は行かないわ。その方が良いの。お姉ちゃんたちだけで、考えてもらいます。信頼する家族が、頑張っているのだから、必ず不味い点を見つけ出し、上手く行くように努力するわ。儲かるも儲からないも、現地に任せるしか、仕方ないわ」

「でも、愛ちゃんも苦労して、中国に店を持ったのだから」

「私の夢は1人でも多くの中国女性に日本の素晴らしいデザイン服を着てもらいたいの。その着心地の良さを知ってもらい、中国全土に、日本製婦人服を広めたいだけなの。儲けは2の次よ」

「ふう~ん」

 芳美姉は、自分のアドバイスに耳を傾けない私に対し、少し不満のような顔をしながらも、薄ら笑いを浮かべた。忠告に従う気になれないなら、それで良いという判断のようだった。私は、その芳美姉に集金のお礼を言ってから、琳美を連れて、買い物に出かけた。新宿駅東口方面に向かって歩きながら、琳美が心配そうな顔をして、私に訊いた。

「中国のお店、大丈夫なの?」

「ちょっと心配ね。でも、まだ始めて少ししか経っていないから、どうなるのか分からないわ。兎に角、店を始めたからには、商品を販売することにがむしゃらになって熱中してもらわないとね」

「それはそうだけど」

「与えられた仕事に懸命に取組むことによって、人は成長し、視野が広がるの。私も、今の会社に入って、アパレルの仕事を任せられ、仕事に対する楽しみや充実感が広がり、遣り甲斐を感じているわ」

 琳美に、そんな話をしたりして、デパートに辿り着き、デパート内を見て回っていると、工藤正雄からメールが送られて来た。

 *ご無沙汰。

 元気ですか?

 間もなく12月ですね。

 12月になったら会いたいです。

 都合の良い日を知らせて下さい*

 私は正雄のメールを見て、心ときめいた。彼とはご無沙汰だった。正雄の若さ溢れる健康的な筋骨隆々とした肉体が、まるで夏草の匂いの様に、懐かしく蘇って来た。彼は間違いなく、私の事を真剣に考えているに違いなかった。

 *お久しぶりです。

 私は平日の夕方6時以降でしたら、

 何時でもOKです*

 すると彼は12月最初の金曜日を指定して来た。その日は、私の誕生日だと知っていての先約申し込みだった。多分、この日は、何人かからの誘いがあるでしょうが、私は余程のことが無い限り、正雄とのデートを最優先することに決めた。


         〇

 12月になった。私は何となく追い詰められた気持ちになった。芳美姉の話では無いが、中国の『微笑服飾』の業績報告は悪く、倉田社長に、どう伝えたら良いか迷った。しかし報告しない訳には行かなかった。出勤して来た倉田社長に私は、春麗姉から送られて来た『微笑服飾』の売上実績表と売上利益実績表を示し、現況報告を行った。

「申し訳ありません。姉からは少し売れ始めたという話でしたが、売上実席は、この通りです」

「うん。期待していたが、まだまだだな」

「はい。このままだと、損失が増えて、店が潰れてしまうのではないかと不安で仕方ありません」

「そう心配することはないよ。開店して、まだ2ヶ月経ったばかしじゃあないか。商売は、これからだ。前にも言ったと思うが、商売は厭きないで続けることだ」

「でも、こう業績が悪いと・・・」

「大丈夫だよ。お姉さんやお母さんも頑張っているんだ。考えてご覧。あの大空を飛ぶ飛行機だって、滑走路を助走して飛び立つのだ。『微笑服飾』は今、その助走の最中だ。飛行機が翼の下に空気を呼び込むのと同様、店にお客を呼び込めば、必ず業績が上がるから、心配せず、時を待つんだね」

 倉田社長は、アパレルの業績が、立案した目標とほど遠かったが、気にしなかった。アパレルの業績が不調であっても、機械販売の仕事で、目標を越える利益の見通しが立ち、自信満々だった。その上、あちこちから、忘年会の誘いがあったり、タイ向け機械の出荷などの予定が入っていて、スケジュールを割り振りするのに一苦労していた。『帝国機械』を定年退職してから、何年も経つているというのに、まだ現役時代のように仕事に意欲を燃やし、精気をみなぎらせている彼の情熱は何処から来ているのか、不思議でならなかった。もしかして私の所為かと思ったりした。『スマイル・ワークス』の人たちは株が暴落し、会社を解散しようかというのに、倉田社長だけ1人、元気だった。私も4月から『スマイル・ジャパン』に入社し、何とか12月まで働くことが出来たのは倉田社長夫婦のお陰だった。見かけは優しく穏やかだが、本質は豪快で太っ腹な倉田社長と誠実で純粋で、表裏の無い浩子夫人。私は、この2人に助けられ、毎月、給料をいただき、何とか頑張って来られた。だが私の個人的苦境はまだ続いていた。家族や自分を貧困生活から抜け出させる為に、日本にやって来て働くことを決めた私だが、就職して、まだ1年も経っていないので、貯蓄が少ししか出来ていなかった。また結婚については二股をかけていて、斉田医師の愛人のような生活を始めたが、快楽に耽るだけで、直ぐに結婚出来るような雰囲気では無かった。私の進むべき道は何処か?倉田社長が埼玉県の客先に出張していて不在の事務所の中で、私は1人、とりとめのない事を考えたりした。そんな時、『微笑会』の細井真理からメールが届いた。

 *ご無沙汰してます。

 お元気ですか?

 私はちょっと肥満気味なので

 ジムに通っています。

 『微笑会』の忘年会は19日

 予定通りです。

 会えるのを楽しみにしています*

 久しぶりの真理からの連絡を受け、大学生時代のことが蘇って来た。あの頃は、毎日が楽しかった。私は急に明るい気分になって、真理に返信した。

 *連絡、有難う。

 必ず出席します。積り積もった話を

 沢山しましょうね。

 皆と笑い合えるのが楽しみだわ*

 真理に返信を送ると、私の脳中は、もう『微笑会』の忘年会のことで、いっぱいになった。川添可憐は、長山孝一と再会出来たのでしょうか。渡辺純子は平林光男と何時、結婚するのかしらか。細井真理は川北教授と、まだ続いているのかしら。今井春奈は小寺広文とどうなっているのでしょうか。浅田美穂に恋人は出来たかしら。そして私は工藤正雄と?そんな『微笑会』の仲間の事を私は1人、事務所の中で、あれやこれや考えたりした。そうこうしているうちに、就業時間が終わつた。私は事務所を出て地下鉄に乗って新宿まで帰り、何時も食料品を買っている『京王デパート』に行った。私は、そこで今月、私と同様、誕生日を迎える倉田社長と浩子夫人に誕生祝のプレゼントを買うことにした。何にしようか、あれこれ悩んだ末、倉田社長には『ロベルタ』のベルト、浩子夫人には『バーバリー』の財布をプレゼントすることにした。それらを買って、ホッとしてから、私はデパ地下の食料品売り場へと移動した。今日は桃園と一緒に夕食が出来そうだった。


         〇

 師走の風が冷たい。教師も年末の支払いの資金繰りの為に走り回る季節なので、師走と呼ぶらしい。私も家賃や電気代、電話代、保険料など支払わなければならず、生活が厳しかった。行き当たりばったりの無計画な生き方をしてはならないと思いながらも、実態は無思慮な行き当たりばったりの毎日だった。私が何時ものように9時に出社し、コーヒーを淹れる準備をしていると、紺色のオーバーコート姿の倉田社長が事務所のドアを開けて入って来た。私はその倉田社長に何時ものように朝の挨拶をした。

「お早う御座います」

「お早う。誕生日、おめでとう」

 彼はコートハンガーにオーバーコートを掛けながら、私の誕生日を祝う言葉を投げかけて来た。そして、私に誕生祝ののし袋を差し出した。

「プレゼントの品物を何にしようか考えたけど、思い浮かばなかったので、これで何か買って」

「まあっ、有難う。嬉しい」

 私は金一封をいただき、倉田社長の心遣いに心から感謝した。時々、意見が衝突しても、こうして親切にされると嬉しかった。私もこのタイミングを逃さず、浩子夫人への誕生祝プレゼントを倉田社長に渡した。

「これ浩子さんへの誕生日プレゼント。社長から渡して」

「ありがとう。そういえば、明日が彼女の誕生日だったな」

「社長へのプレゼントは来週、渡しますから、それまで待っててね」

「うん。ありがとう」

 倉田社長は、浩子夫人にまで気を遣う私に対して申し訳ないような素振りをした。その倉田社長は午後になると滝沢先輩に会うからと言って、渋谷へ出かけて行った。事務所へは帰らないという。明日からタイ向けの機械を『Tプラステック』の工場から搬出するので、その詳細打合せをするのだという。私は、それを聞いてホッとした。夕方、工藤正雄とのデートを約束していたので、倉田社長に誘われたら、どうしようかと思っていた矢先のことなので、一安心した。私は倉田社長のいない事務所で、今月の衣服の仕入れについて検討したが気が入らなかった。それでも、先月、馬喰町の『松岡』で目にした何着かを発注した。私は工藤正雄と会うのが、とても待ち遠しかった。私は倉田社長がいないのを良い事に、5時半前に事務所を出て、新宿に向かった。6時過ぎに工藤正雄との待合せ場所である喫茶店『リマ』に行った。工藤正雄はまだ来ていなかった。私はアメリカンコーヒーを註文し、彼が現れるのを待った。ここのコーヒーはコーヒーの香りが漂って来て絶妙な味だった。工藤正雄は定刻6時半に現れた。2人でコーヒーを飲んで、少し雑談してから、先ず『隠れ家』という居酒屋に入り、夕食をしながらビールを飲んだ。彼は私と会う為に、早退して来たと説明した。

「今日は君と会う為に、親戚の通夜があるからと言って早退して来たんだ」

「忙しいのに申し訳ないわね」

「何を言っているんだ。俺が誘ったんだから、約束を守らないと」

「そうよね」

 私たちは日本料理を味わいながら『微笑会』や『若人会』の話をした。長山孝一とは、まだ会えていないという。食事が終わると、正雄は私に確認した。

「まだ時間、良いんだろう」

「ちよっと待って。友達に連絡するから」

 私は、そう言ってトイレに入り、斉田医師に『ハニールーム』に行くのが遅くなるからとメールを送った。そして工藤正雄と『フアンタジー』に移動した。部屋に入ると彼は、アメジストのネックレスをプレゼントしてくれた。

「似合うかな」

 私は早速、部屋の鏡に向かって、そのネックレスを首に掛け、顔を鏡に近づけて確認した。とても落ち着いていて綺麗だった。私は嬉しさの余り、正雄に跳び付いた。正雄は精悍で、その身体つきは鎧の様にがっちりしていて、跳び付いた私を軽々と抱き上げ、ベットへと運んだ。そして私の衣服を脱がすと、自分も裸になり、私の股間に顔を突っ込み、今までに無いような行動に移った。誰が、こんな仕方を教えたの。まさか柴田美雪ではないでしょうね。彼は私を悦ばせようと一生懸命奉仕した。何という心地良いのでしょう。私が喘ぎ声を発すると、彼は顔を股間から離し、彼のむき出しになった物を挿入して来た。そして彼は激しい前後運動に入った。私はその激しい前後攻撃に、もう我慢出来なくなった。私が愛液を溢れさせると、彼はそれを感じて、気持ち良さを告白した。

「すごくいい。すごくいいよ」

 正雄が絶頂に達しそうなのが分かった。私も溶けてしまいそうな快感に全身を貫かれ、跳ね上がりそうになり、気が遠くなった。それを見計らって、正雄が発射した。私の愛器は、彼から発射された熱い塊を素直に受け入れ、私は恍惚の世界に溺れた。彼はそんな私を見とどけ、私の上で降参した。私たちは互いの愛を確認し合うと『フアンタジー』を出て、10時半過ぎ、新宿駅西口で再会を約束して別れた。


         〇

 私が大久保駅近くの『茜マンション』の『ハニールーム』に着いたのは、夜の11時近くだった。部屋のドアを開けるのが怖かったが、逃げる訳にはいかなかった。ドキドキしながらドアを開けると、斉田医師が食卓の上にうつ伏すようにして、ウィスキーの小瓶を、そのまま口に付けて飲んでいた。

「只今」

 小さな声で、私が言うと、斉田医師は白目で私を睨んだ。

「随分と遅いじゃあないか」

「友達と会って、話がはずんじゃって」

「友達じゃなくて、社長じゃあないのか」

「社長は今日、出張よ」

「じゃあ、誰だ。君と一緒だった男は?」

 彼はウィスキーの小瓶を持った手を、ブルブル震わせて言った。私は、一瞬、工藤正雄といるところを、彼に見られたのではないかと思った。だが、そんな筈は無い。彼は夕方から『ハニールーム』に来て、私を待っていた筈だ。私は、こんな時、慌ててはならないと思った。平静を装い、彼に質問した。

「何を酔っぱらっているのよ。社長は若く無いし、貴男の他に付き合っている男なんていないわよ」

「嘘をついても駄目だ。玉山社長から電話があった。君が歌舞伎町のホテル街から男と戻って来るのを見かけたって」

 私は唖然とした。よりにもよって玉山社長に見られていたとは気づかなかった。しかし、このことは認める訳にはいかなかった。澄し顔をして、大嘘をつくしか方法が無かった。生きる為には、多少の嘘も仕方ない。

「人違いじゃあないの。私、そんな所へは行っていないわ」

「玉山社長は確かに君だと言っていた」

「玉山社長に騙されないで。玉山社長は、嘘の告げ口をして、貴男と私を別れさせたいのじゃあないの。玉山社長は私に気があるのだから」

 私が、そう言うと、斉田医師の顔から血の気が引いた。彼は玉山社長のことを完全に信じている訳では無かった。玉山社長が私を狙っていることを何処かで感じていたに違いない。

「もしかして、玉山社長は君に手を出したんじゃあないだろうな」

「そんな気配はあったけど、何も無かったわ。でも、それを感じたから、私、あのホテルで働くのを辞めたのよ」

「そうか、そうか。分かったよ。兎に角、私を心配させるようなことはしないでくれ。君と2人の為に、この部屋を借り、いずれ一緒になろうと考えているんだ。他の男に惑わされんでくれ。頼むよ」

「分かっているわ」

 私は泣き出しそうな斉田医師の背中に触れて、優しく囁いた。男の独占欲、支配欲の荒々しさは、かくも激しく狂暴なのだと、私は恐怖に怯えた。でも時間と共に斉田医師の怒りは静まった。彼はウィスキーを飲むのを止めて、私に言った。

「誕生祝のケーキ、冷蔵庫から出して食べよう」

「うわっ、感激。先生、好き!」

 私は斉田医師に跳び付き、キッスした。すると斉田医師は食卓からテレビの所へ、フラフラ歩いて行き、そこに置いておいた私へのプレゼントを食卓に持って来た。それは青空の様にはっきりした青いトルコ石の指輪だった。私は斉田医師の私への愛情を感じ、興奮した。斉田医師は私と話し合って安心したのか、ベロベロに近かった。しかし、私とやることだけは忘れていなかった。冷蔵庫から出したケーキを食べ終わると、彼はダブルベットに潜り込み、裸になり、私に手招きをした。そこで私も裸になり、ベットに入り、部屋の電気を消して、枕元の電気スタンドの灯りに切り替え、彼に添い寝した。そして彼の股間に垂れ下がっている物を握って、小刻みにしごいた。すると彼の物はたちまち膨張した。酔っぱらっている彼は、上になるのが面倒なのか、私を彼の上にのしかからせた。その為、私が彼の上に跨る格好になった。私は工藤正雄と先程やって来たので、疲れていたが、仕方なく彼の上で船漕ぎをした。そんな私を斉田医師は下から強く何度も突き上げた。その激しい攻撃に私は身悶え、強烈な痺れに襲われた。ああ、何という気持ち。私は今日、2度目の痙攣を起こし、失神し、そのまま眠りに落ちた。後の事は思い出せない。


         〇

 私は嘘にまみれた自分の気分を切り替えたかった。その為には会社の仕事に熱中するのが、一番だと思った。私は何時も下車する押上駅の一つ手前の地下鉄の駅、本所東橋駅で下車して、事務所に向かった。その駅から事務所へ向かう途中に花屋があるのを知っていたからだ。私は、その花屋に立ち寄って、シクラメンとカニシャボの鉢花を買った。それを事務所に抱きかかえて持って行き、事務所のテーブルと窓辺に飾った。事務所に花を飾ることによって清らかな気分になれると思ったからだ。部屋に飾られた鉢花は期待通り、部屋に芳香を放ってくれた。そのお陰で、私は良い気分になり、コーヒーの準備をしながら鼻歌を唄った。そこへ倉田社長が現れた。倉田社長は部屋に入って来るなり驚きの声を上げた。

「わあっ、綺麗な花だね」

「社長の誕生日のプレゼントよ。社長、花が好きだから」

「そりゃあ、有難う。嬉しいな」

 倉田社長は、とても喜んでくれた。土曜日から昨日の月曜日まで滝沢先輩と一緒に埼玉の『Tプラステック』の工場へ行き、、タイ向け中古機械の搬出に従事したのに、その笑顔に疲れは見受けられなかった。彼は私が淹れたコーヒーをゆっくりと飲んでから、パソコンに向かって先月のアパレルの売上げと仕入れを整理している私に声をかけた。

「愛ちゃん。これ浩子さんから、賞与」

「えっ。賞与、戴けるのですか?」

「一生懸命、頑張ってくれたから、浩子さんと相談し、ほんの気持ちだけ」

「嬉しい」

 私は予想外の事だったので跳び上がって喜んだ。経理を担当する浩子夫人の配慮に違いなかった。私は賞与を受け取ると張り切って仕事に取り組んだ。自分のアパレルの仕事は勿論のこと、倉田社長の仕事に対しても、お手伝いすることがありますかなどと訊いたりした。倉田社長は賞与をもらって張り切っている私のことを笑いながら、国内の客先や海外との客先とのやりとりに夢中で、私に仕事の依頼をしなかった。そんなところへ『Tプラスチック』の早坂工場長から倉田社長に電話がかかって来た。昨日までに搬出を終えた機械の残金を、12月末までに支払っていただきたいと、経理が言っているが、支払い計画がどうなっているのかという問い合わせだった。それに対し、倉田社長は船積みを終えた後、タイから送金があるので、来年初めまで待って欲しいと依頼した。しかし、電話では思うように行かず、倉田社長は夕方、新宿で早坂工場長と会って、話し合う約束をした。私は倉田社長の指示を受け、日本料理店『木曽路』の予約をした。倉田社長は何か考えがあってでしょうか、パソコンに向かって急いで書類を作成した。そして私たちは夕方5時前に事務所を出た。事務所から押上駅に向かう途中、急ピッチで建設中の『東京スカイツリー』が夕空に向かって、聳え立っているのを見上げた。そのタワーを眺めながら、倉田社長が言った。

「私みたいだな」

「何処が?」

「突っ立っているところが」

「何を言ってるの。これから、工場長さんに会って、お金の話をするのでしょ」

「うん。何とか支払いを待ってもらわないとな」

「そう。私、結果を訊きたいから、何処かの喫茶店で待ってるわ」

「時間がかかるかも知れないよ」

「いいの。今日は社長の誕生日だから」

「分かった。では早く終わらせるよ」

 倉田社長は私の誘いを了解した。私たちは押上駅から新宿駅まで行き、一旦、別れた。私は倉田社長と別れてから、喫茶店に行かず、一旦、マンションに戻って、桃園と一緒に夕食を済ませ、夜の8時に『紀伊国屋書店』前に行き、倉田社長と再会した。

「お待たせ」

「どうなりましたか?」

「食事をしながら、支払時期の猶予願いの理由と支払いの約束をする文章を渡し、帰ってもらった。経理と相談してくれるという」

「そう。折角の誕生日なのに、お金の事で可哀想。お酒でも飲みますか?」

「そうだね。ちょっとだけ」

 私たちは新宿三丁目から歌舞伎町ゴールデン街のバー『アルバトロス』に行き、カウンターで、お酒を飲んだ。倉田社長はウィスキー、。私は赤ワイン。ほろ酔い気分になったところで、最近、利用している『ピーコック』へ行き、2人で誕生日を祝った。私は倉田社長からもらった誕生祝の金一封に、自分のお小遣いをプラスして買った『セイコー』のダイヤ入り時計を見せてから、彼に『ロベルタ』のベルトをプレゼントした。それから何時もの様に倉田社長に優しく抱かれた。彼のフワフワした肥った身体は暖炉のような温かさで私を包んでくれた。暖炉の燃焼部分は、少しでも燃える火を持続させようと熱く燃えた。私はこのような人に巡り会えて仕合せだった。しかし、何時か、この火遊びの燃え尽きる時が来るのだと思うと悲しい気持ちになった。私は涙を隠し、快楽に溺れた。


         〇

 私の勤める会社『スマイル・ジャパン』は小さな会社だが、入社出来て仕合せだった。中国での普通の生き方に疑問を感じ、異国に行き、より高く、より遠く理想に向かって飛ぶことを夢見た私にとって、日本で暮らす現在は、理想通りにまで行っていないが、これから期待出来るようになる気がした。倉田社長と共に未来を創る楽しみは、私の夢を広げた。4月に入社して、まだヒヨコのような私は、給料の1ヶ月半分に値する年末の賞与をいただき、とても有難かった。日本の経済は民主党政権になり、今まで以上に不振になり、世界経済もおかしくなって、会社の業績も厳しかった。なのに何も貢献していない私に、倉田社長夫婦は給料1ヶ月半分の賞与を出してくれた。2人の気持ちを思うと、涙が出そうになった。そんな、思いで、パソコンに向かい仕事をしていると、韓国の商社『南星商事』の李智姫からメールが送られて来た。

〈毎度、お世話になります。

 我社は現在、受注悪化により、資金繰りが良くない状態です。貴社へこれまでの業務委託料を送金する予定でしたが、未収金の回収が出来ないなど、諸々の問題が重なり、今年中の送金は難しい状況です。資金が出来次第、送金致します。ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありません。来年度、またこの契約を継続するかについては、懐疑的です。

まずは現状報告まで〉

 李智姫の文面から『南星商事』の業績が相当に厳しい状況であることが分かった。彼女も日本との窓口として辛い立場であると、彼女の気持ちを想像した。また来年から韓国からの業務委託料が入って来ないとなると、『スマイル・ジャパン』の経営は大変な事になると思われた。アパレル事業で私の給料が出せるような状態にならなければ、会社は沈没してしまう。頼りは、長年、機械業界で頑張って来た倉田社長の力量である。倉田社長が進めている幾つかの商談が具体的になれば、会社は続けられる。私は李智姫から送られて来たメールをプリントして倉田社長に渡した。

「社長。智姫ちゃんから、こんなメールが送られて来ましたが、コンサルタント料が会社に入らなくなったら、会社、大変なのではないですか」

 倉田社長は、メールのプリントを私から受け取り、一読すると、苦笑して、私の質問に答えた。

「相手の立場からすれば、当然じゃあないかな。まだ一つも契約出来ていないんだから」

「でも、展示会に協力してあげたじゃあないの」

「日本人と違い、彼らは利益を直ぐにもたらさなければ、ドブに金を捨てるようなものだと判断するのさ。そこが日本人の商売とは違うんだな」

「日本人の商売と違う?」

「前にも言っただろう。日本人の商売は厭きないってことだって」

「でも、儲けが無いと、長続きさせることなど出来ないわ」

「そうだよね。でも私の商売の在り方は、それでも我慢するんだ。その理由は商売で知り合った人と人の繋がりを大切に思うからで、儲けより繋がりを財産だと思うからだ。つまり仕事も恋愛も、人と人の繋がりにより生まれ、結実するということさ。私は知り合った人との人脈を発展させ、癒着へと持って行けば、商売は成功すると信じている」

 私は倉田社長の話を聞いて感激した。倉田社長の考えは人を信じ、現在よりも未来を大切に考えることが、商売を長続きさせる秘訣だというのだ。その為に多くの人と出会い、長い付き合いを続けているのだという。人と人の繋がりは金では買えない宝だという理論だ。倉田社長は去る者は追わずだった。『南星商事』のことは切り捨てても構わない風だった。

「会社のことは心配しなくて良いよ。『スマイル・ワークス』のように活動を休止していないのだから、神様が、きっと助けてくれるよ」

「神様は私たちのことを見ていてくれるかしら」

「見ているとも。共に創ろうと努力している私たちを見捨てる筈が無いよ」

「随分の自信ね」

「ああ、そう言えば、『スマイル・ワークス』の忘年会が来週あるけど、私と愛ちゃんの会費は会社で払うから、予定しててね」

「えっ。会社で私の会費を払ってくれるのですか?」

「うん」

「まあっ、嬉しい。私、チャイナドレスを着て来るわ」

「本当なの。皆がびっくりするよ」

 私は言葉の弾みで余分な事を言ってしまった。でも忘年会なのだから、ちょっと派手な趣向も楽しい余興かなと思ったりした。そのチャイナドレスの話を昼食時、倉田社長が『シャトル』の西崎マスターに話すと、マスターたちは大喜びした。


         〇

 『スマイル・ワークス』の忘年会は、水曜日だった。その日、私は忘年会で着る小菊の黄色い花模様の入った紅いチャイナドレスを布袋に入れて出社した。午前中は倉田社長と2人の日常業務が出来たが、午後から『スマイル・ワークス』の年末の会議ということで、金久保社長ら7人がやって来た。倉田社長と私の他に7人が加わり、合計9人が狭い事務所の中に集まったから事務所の中は暖房を消しても熱気でいっぱいになった。会議は金久保社長を議長にして、午後3時にスタートした。赤字の業績報告が終わってから、来期についての話となり、来期からは『スマイル・ジャパン』が事務所の経費の一切を払い、『スマイル・ワークス』が、月額2万円を『スマイル・ジャパン』に支払うことで落ち着いた。そこで、普段、大人しい倉田社長が熱弁を振るった。

「言いずらい話だが、『スマイル・ジャパン』が事務所の経費の総てを支払うことになったので、金久保社長以外の人が持っている事務所の鍵は、『スマイル・ジャパン』の保管とさせて欲しい。また来年から、事務所内での飲み会は禁止とさせていただく。月例会は夕刻からにお願いしたい」

「しかし、月額2万円を支払うのだから」

「2万円は書類保管やパソコン使用料、電話代、コピー代などで、精一杯だ。その上、お茶だ、コーヒーだなどと言っていたら、『ワークス』同様、我社も赤字を抱えることになる」

「じゃあ、岩崎が始めようとしている会社の事務所に机を置かせてもらおうか。どうだ岩崎?」

「うん。良いよ」

 北島和夫の言葉に、珍しく会議に顔を出した岩崎則正が頷いた。岩崎は一度、会社を倒産させたが、今、再起の途中で、業績が好調との話だった。近く会社を設立し、事務所を設けるという。私は机に座り、中国店への売上げをパソコンに打込みながら、黙って、彼らの話を聞いていた。岩崎則正が会社を設立すると聞いて、倉田社長が発言した。

「それなら、ついでに会社ごと岩崎に買って貰ったらどうなんだろう」

 すると、皆も倉田社長の提案に同意したが、岩崎本人は返事をしなかった。倉田社長は更に喋った。

「実際、私も、ここを何時までも事務所として使うつもりは無い。片道2時間。往復4時間の通勤は時間と交通費の無駄遣いだ。従って、来春、世田谷あたりに事務所を借りるつもりでいる。引っ越しには、百万円ほどかかるが仕方ない。通勤時間が短縮され、交通費が減額されれば、私としては助かる」

「なら『ワークス』は、早く岩崎の借りる事務所に移らないと」

 倉田社長の発言で、会議が混乱し始めた。どうなるのか、私がオドオドしていると、複雑な話を私に聞かせたくないと思ったのでしょう、倉田社長が私に指示した。

「愛ちゃん。打合せが長くなるかも知れないので、『シャトル』に先に行って、ママの手伝いをしててくれ」

「分かりました」

 私は倉田社長の指示に従い、チャイナドレスの入った布袋を持って、気まずい雰囲気になっている事務所を出た。事務所を出て、黄昏の近づいている通りに出ると、スッキリした気分になった。『シャトル』へ行くと、ママの体調が悪いということで、マスターと武井美代子の2人が、忘年会の料理などの準備をしていた。タイミング良く私が、それに加わった。続いてホステスの裕子、知美、優香の3名が現れた。3人とも中国人なので、直ぐに打ち解けた。夕方6時過ぎになると、『スマイル・ワークス』の人たちと倉田社長の8人が『シャトル』にやって来た。『シャトル』の奥の席に設けられた忘年会席に全員が座ると、私も、それに加わった。テーブルに並べられた料理の前で、まず、金久保社長が挨拶した。その後、美味しい料理を戴き、お酒を飲みながら、皆でカラオケを唄った。途中、私と知美と優香がチャイナドレスになり、忘年会を盛り上げた。写真好きの北島が私と優香の写真を撮りまくった。優香のチャイナドレスは淡い金色に白い牡丹の花が散りばめられ、背が高く細っそりとした彼女のボディラインを官能的に浮き立たせ、男たちを魅了した。私は『スマイル・ワークス』の人達に、御酌をしながら、優香と倉田社長が特別に親しいことを知った。倉田社長と彼女は、私が入社する前からの知り合いだと言う。そんなこともあってか、倉田社長と優香は『夜来香』の歌をデユエットで唄った。いずれにせよ、私たち中国3人娘の伝統的チャイナドレス姿は『スマイル・ワークス』の人たちだけでなく、他の客たちをも魅了し、『シャトル』の中で、満開の花木の枝の様に揺れた。


         〇

 2日後の金曜日、倉田社長は何時もより、ちょっと遅く出社して来て、私に忘年会の時の写真を渡した。『スマイル・ワークス』の老人たちに囲まれて微笑する私は、裕子、知美、優香たちと並んで、まるでクラブのホステスみたいだった。特に知美と優香と私のチャイナドレス姿はカラフルに写っていた。優香のチャイナドレスは淡い金色というか虹色で、素晴らしかったが、知美のチャイナドレスといったら、叱られるかもしれないが、ブルーで、日本の鯉のぼりみたいで、ちょっと肥って見えた。私の紅いチャイナドレスは紅色の絹地に黄色の小菊が沢山、散りばめられていて、一番、派手だった。大学のゼミの送別会の時に着たチャイナドレスだが、その時は真理の和服姿や、美娜のチョゴリ姿と異色で並んだので派手とは感じなかったが、こうして3人並んでチャイナドレス姿の写真に撮ると、私のチャイナドレスが最も濃艶に見えた。それに較べ、優香の淡い金色の虹のようなチャイナドレスには白い牡丹の花が描かれ、茶色の斑点などがあしらわれていて、とても優美だった。その上、倉田社長と寄り添う姿が、何とも自然で、私の感情を動揺させた。もしかして、2人の間に何かあるのではないかという疑問が湧き上がった。出来れば自分も優香のように振る舞いたかった。私は、そう出来なかった悔しさから、優香に嫉妬していた。写真に写る優香の仕合せそうな微笑が、私の気持ちを逆撫でした。私は倉田社長に言ってやった。

「皆、楽しそうに撮らっているわね。特に社長と優香ちゃん。まるで恋人みたい」

「そんな筈、無いだろう。どう見たッて、親子、いや、祖父と孫だな」

「そうかしら」

「そうだよ。彼女とは、ここに事務所を構えてからの知り合いだから、長いんだ」

 私は聞けば聞く程、気になるので、追求するのを止めた。それにしても、60歳過ぎの倉田社長が女性にもてるのが、私には不意議でならなかった。小さいことに拘らず、茫洋として掴みどころの無い、彼の何処が良いのか。女に甘くて気の弱そうな所が人間らしくて好かれるのかも。私もそんな所に魅かれているのかもしれない。私は、一部の写真を受け取ってから、パソコンに向かい仕事をしながら余分な事をあれやこれや考えた。昼食時、『シャトル』に行くと、ママが忘年会の時、助けてくれて有難うと礼を言って、こっそり、お小遣いをくれた。皆、優しい人たちばかりだった。昼食を終え、事務所に戻り、午後の3時過ぎになると倉田社長は、客先との忘年会があるからと言って、私より先に帰った。本当に客先との忘年会なのか気になった。最近、私に付き合ってくれないので、少し寂しかった。私は夕方、5時を過ぎるや、事務所の鍵を閉めて帰路についた。週末の行先は東新宿の『ハニールーム』だった。大久保駅で下車して、駅近くのスーパーで、キャベツ、モヤシ、椎茸、玉ねぎ、にんじん、刺身、カキフライ、パンなどを、大量に買った。そして『茜マンション』の『ハニールーム』に行き、斉田医師のいない部屋で野菜イタメの料理の準備を始めた。しかし、斉田医師は7時過ぎても現われなかった。折角、作った料理が冷めてしまった。私はイライラしながら彼を待った。その彼は9時過ぎになって、やっと現れた。私は膨れっ面をして言った。

「どうしたの。遅くなるなら遅くなるからと、メール出来なかったの」

「ごめん、ごめん。忘年会を脱け出そうとしたのだけれど、それが出来なくて」

「本当に忘年会?」

「疑い深いんだな」

「貴男の性格が移ったの。安物の香水の香りをさせて帰って来て、私を騙せると思っているの」

「何を言っているんだ。2次会を断って帰って来たんだぞ」

 私は彼が来るまでの間、ワインを飲んだりして腹の虫の居所が悪かったから、彼に八つ当たりした。彼は私の中にあるモヤモヤが分かっていて、いきなり私にしがみ付いて来た。

「何するの。嫌よ」

「やってない証拠を見せてやる」

 彼は、食事をしようともせず、私を抱き上げ、隣室に運び、ベットの上に押し倒した。私は抗いながらも女を抱いて来たかもしれない斉田医師に抱かれた。酒に酔った私と彼は縦横にもつれ合い、結合し、激しく腰を使い合った。その激しさにダブルベットが激しく揺れた。行為が進行するにつれ、遅刻して来た彼への不満は何処かへ行ってしまい、彼の欲望に応える悦びに身体中が彼の蹂躙を要求した。彼は唸り声を上げ、私を蕩けさせた。私は身体も頭もしびれて、その快感に絶叫した。


         〇

 土曜日の朝、私は『ハニールーム』から一旦、自分のマンションに戻り、桃園と洗濯をした。その後、2人で料理を作り、昼食をしながら、雑談した。午後からは今日の夕方からの『微笑会』の忘年会に出席する為の衣装選びに時間を費やした、結局、選んだのはブルーの毛糸のワンピースと白っぽいスタンドカラーのオーバーコートだった。『微笑会』の集合場所は何時もと同じ、新宿の『小田急デパート』の13階のレストラン『相模』で、定刻5時に始まった。純子、可憐、真理、春奈、美穂と私の6人で、皆、若々しく華やかだった。冬だというのに、まず、ビールで乾杯し、その後は、それぞれ好きな物を飲み、和風料理をいただいた。私たちは大学4年生時代から、卒業してから今日までの1年間を振り返った。渡辺純子は平林光男の父が経営する会社勤めにも慣れ、花嫁修業も順調だと話した。川添可憐は正月休み長山孝一と会って、将来について、じっくり話し合うことになっていると報告した。浅田美穂は信用金庫に出入りする米屋の息子と付き合いを始めたという。今井春奈は区役所に勤める恋人、小寺俊樹と時々、会っているが、結婚までの話題にまで進んでおらず、悩んでいると語った。すると、それに対し、細井真理が、前回の会合の時、春奈に軽蔑されたことが頭の中に残っていたからでしょう、こう言って春奈をからかった。

「春ちゃんは分かっていないのねえ。この前も言ったでしょう。所詮、私たち人間も動物の仲間なのよ。本能のままに生きるしかないの。小寺君のような理性的人間でも、欲望に翻弄される筈よ。彼のことを失いたくないなら、もっと身体ごと、ぶつかって行かないと駄目よ」

 真理は相変わらずだった。欲張りだから小沢直哉の他、川北教授や職場の上司など、沢山の男たちと付き合っていると自慢した。真理は教養もある上に、美人で色気があり、まさに自由恋愛を楽しむ女性だった。春奈は、そんな奔放な真理を羨ましがった。やがて沈黙気味だった私に、純子が質問して来た。

「ところで、愛ちゃんの中国のアパレル店、売れ行きはどう?」

 私は、そう訊かれて、戸惑った。中国店の業績は芳しく無かった。だが質問されて答えない訳には行かなかった。

「まあまあかな。期待通りに行っていないけど、何とか営業しているわ」

「日本製品の良さが認められて、売れ行きが伸びると良いわね」

「そうだと良いのだけれど、商売って難しいわね」

 そう答えて私は、ふと中国営口市の『微笑服飾』で、客に冬物の婦人服を勧めている春麗姉と母、紅梅の姿を想像した。私が中国店に思いを馳せていると、真理が私の胸をポンと軽く叩いた。

「何をボンヤリしているの。工藤君とは、上手く行っているの?」

「この間の誕生日、日本料理をご馳走になったわ。『若人会』の人たちとも、時々、電話で話しているけど、お互い忙しくて、中々、会えないと言っていたわ」

「結婚はどうするの?」

「どうするのって、私は中国人だし、年上だから、反対されるに決まっているわ。だから私は仕事が優先よ」

「駄目よ。そんなじゃ」

 仲間は、私と工藤正雄が結婚することに期待していた。しかし、多くの男たちとの遍歴を重ねて来た私には、その資格が無いような気がした。汚れた肉体と罪の意識を抱かえている自分が、誠実で公平で、良心的な正雄と結婚することが、私に幸せを与えてくれるとは思えなかった。そんな自信の無いことを考えている私を真理は励ました。

「兎に角、工藤君と結婚して、日本人になるのよ。彼の子供を妊娠すれば、彼の両親だって、結婚を許してくれる筈よ」

「そんなこと私には」

「何、綺麗ごと言ってるの。世の中、綺麗ごとでは生きられないのよ」

 それは分かっている。衝動的で無鉄砲で楽天的な真理は、私を煽った。それを皆が笑った。このようにして『微笑会』の忘年会は賑やかな忘年会となった。皆が明るい表情の『忘年会』だった。


         〇

 12月20日を過ぎると何故か急に寂しい気持ちに追い詰められた。中国の『微笑服飾』がどうなぅているのか心配だった。日本で倉田社長をはじめ、斉田医師や芳美姉、琳美、桃園たちと接しながらも、故知れぬ孤独感に襲われた。先日、『微笑会』の仲間と会ったが、彼女たちは皆、家族に守られ、恋人がいて、仕合せそうだった。それに較べ、私は自分を自分の手で守らなければならなかった。自分で努力しなければ、この世から除外されることは確実だった。私はたまらない孤独感と寂しさに身を包まれた。日本の大学で苦学し、今年、やっと就職出来て、自分の給料で生活し、質素倹約に勤め、ひっそり生きている自分が、このまま花を咲かせずに終わってしまうのではないかという不安にかられた。世の中には、咲いて良い花と咲かなくても良い花があるというが、私は咲いて良い花であるべきだと思った。西村老人だったでしょうか、私が悩んでいる時、私を励ましてくれた。

「生きていれば、良い事が必ずあるよ」

 私に、そのような時が訪れてくれるでしょうか。昼食時、『シャトル』に行くと、石川婦人が私に話してくれた。

「私は若い芸者だった時から悩んでいる時も嬉しい時も、夜空に月が出ていると、月に向かって祈るの。お月さん。明日も綺麗に輝いて下さいね。お願いよって」

 何と粋な姉さんであることか。流石、もと向島芸者。夜になるとベランダから美しい月に向かって毎日のように手を合わせるという。だから毎日、元気でいられるのだというのが、彼女の人生哲学だった。私は、彼女に見習ってみようかとなと思った。その日の帰り、私は寂しさをまぎらす為に、倉田社長に抱いて欲しいと思った。仕事を終え、地下鉄の電車に乗る前に、私は倉田社長に誘いをかけた。

「今日、行きますか?」

 すると彼は首を振った。どうも別の用事があるらしかった。私の顔を見る彼の顔色が怯えて見えた。私には、それが不満だった。

「私に不満でもあるの。また雪ちゃん」

「いや」

 彼は否定した。新宿駅で地下鉄の電車から降りると、彼は急ぎ足で改札口を出て、私に手を振り、『新宿テラスシティ』の方へと去って行った。その方角は、これから迎える夜に向かって、まるで御伽の国のように、色とりどりのネオンに包まれ、燦然と輝いていた。倉田社長は女に会いに行くに相違なかった。後をつけようかと思ったが、見つかったら赤恥をかくだけだと思い、追うのを止めた。寂しさがつのった。私はマンションの自分の部屋に駆け込むや、桃園と夕食を済ませた。そして『快風』にアルバイトに出かける桃園を見送ってから、私は1人、部屋の中で泣いた。自分は何故、泣いたりするのか。それは分からぬ相手への嫉妬が原因だった。私より、倉田社長を夢中にさせる女とは、どんな女なのか。私はあれやこれや想像を巡らせ、暗い時間を過ごした。9時半過ぎ、そんな私の事を思ってか、倉田社長から歌舞伎町で写したクリスマスツリーの写真がメールで送られて来た。私には、それが、からかいのメールとしか感じ取れなかったので、ちょつと怒りを覚えた。

 *今日は誰かとの忘年会ですか?

 予定を聞いていませんでしたけど*

 この私のメールに対して、倉田社長から、何時かと似た冷酷な返答が送られて来た。

 *私は私。貴女は貴女。

 それぞれ自由。

 突然、変わることもあります。

 誰と忘年会しようと

 お互い勝手では良いのでは*

 何時かと同じ、私を嫌悪しているかのような文面だった。普段は優しいが、時々見せる彼の冷たさに、私の怒りは過熱した。何故、私を虐めたがるのか。私は頭に来て、返信した。

 *雪ちゃんに会いに行ったのでしょう。

 いいね。

 もう聞かないよ*

 すると彼は予想外の返答をして来た。

 *雪ちゃんは仕事中で、深夜まで

 歌舞伎町で働いています。

 彼女は真面目に働き、努力しています。

 私は努力する人が好きです。

 昔の貴女のように。

 私が会っていたのは仕事関係の男の人です*

 彼が本当に男の人と会っていたのか私には分からなかった。真実が分からないが故に、私の不愉快な気持ちは倍増した。

 *分かりました。

 答えは今の私が好きでないってことね。

 良く分かったわ*

 私は、そうメールを送って、再び泣いた。私は雪ちゃんという呪縛からどうすれば解放されることが出来るのでしょうか。彼女の薄ら笑いが聴こえるようだ。


         〇

 日本には昔の清国や満州国のように、皇帝という地位の人が現存していた。そして日本国民は、その皇帝を天皇と呼んでいた。その天皇の誕生日の12月23日は日本国民の祝日になっていた。自由平等を自慢する民主国家にしては、このことは異例だった。中国の教えでは帝国主義思想国家、日本が中国に軍隊を侵攻させ、中国人を大量虐殺し、東アジアの盟主に成ろうとした為、中国共産党がそれを打ち破り、アメリカと協力して、第2次世界大戦の戦勝国になったとの教育だった。当時の日本人は崇拝する天皇の為に、暴虐なことを行っても、それを犯罪とは感じていなかった。天皇の為なら命をも捧げる考えだった。その暴君の子孫である天皇が、民主国家となった現代も生きた亡霊として存在が許されていることが、私には理解出来なかった。そして第2次世界大戦で敗戦した後、その悪の根源である天皇が存在しているのに、侵略もせず、侵攻もされず、60年以上も、不戦の歳月を積み重ねて現在に至っていることが不思議でならなかった。現在、中東でもアフリカでも、地球のあちこちで武器を使っての紛争が繰り返されている。それに対し、米、英、仏、中、露の大国が戦争を仕掛けたり、首を突っ込んだりしているのに、日本の天皇は何の命令も下さず、平和国家を維持しているが、それは何故なのか。時代が昭和から平成に代わったからか。私は、このような天皇家の存在を許す日本人の心が理解出来なかった。いずれにせよ、その天皇の誕生日が祝日で、会社が休みということは、自分の時間が持てて嬉しかった。私は桃園と遅い朝食を済ませてから、洗濯をし、その後、『茜マンション』まで歩いて行った。斉田医師はまだ『ハニールーム』に来ていなかった。私は部屋の中にたまっている自分の下着やTシャツ類を洗濯した。またクローゼットの中の洋服類を整理した。『ハニールーム』は完全に私の部屋になっていた。何時の間にか、私の所有物でいっぱいになり、出来ることなら桃園との同居を止め、ここに移って来たかった。しかし、芳美姉や大山社長に斉田医師との関係が露見したなら、2人は私たちのことを黙認せず、斉田医師を脅迫し、多額の慰謝料を要求するに違いなかった。2人に脅迫された『快風』のお客を、何人か知っていたから、絶対に、ここでの生活は気づかれてはならない事だった。そんなことを考えているところへ、斉田医師が肉まんとおでんを買って現れた。彼は入って来るなり、言った。

「肉まんとおでん、買って来たよ。冷めないうちに食べよう」

「わあっ、美味しそう。食べよう。食べよう」

 私は急いで整理していた洋服類をクローゼットやタンスにしまった。そして斉田医師が肉まんとおでんを並べているテーブル席についた。それから2人で楽しく食事をした。彼は、今日は祝日だが病院で調べたいことがあると言って家を出て来たのだという。肉まんとおでんを食べた後、私たちはみかんを食べた。そのみかんを食べ終え私がみかんの皮をキッチンのゴミ箱に捨てようと立ち上がった時だった。斉田医師が後ろから私を羽交い絞めにした。

「まだ他の肉まんが残っているよ」

 私は、それに対し抵抗しなかった。ミカンの皮をテーブルの上に置いて、彼の為すのに任せた。彼は私を軽々とベットに運んだ。彼は診察が好きだった。真昼間から、彼の診察が始った。私は部屋の暖房温度を高くしてもらい、裸になり、彼の診察を受けた。毎回、同じようなことをされるのだが、彼の指先のいじくりと舌先での舐める悪戯に、私の果実が敏感に反応し、爛熟し、ためらいも無く、果汁を溢れさせた。まだ指でかき回されているだけなのに、その果汁がピチャピチャと音を立て、私は、その快感に思わず声を漏らしてしまった。

「ああん」

 私の良がり声を聞き、斉田医師は興奮した。自分の固くなった肉塊を私の肉まんの中に突入させ、腰を激しく前後させた。私は、その猛り狂う彼の欲望を増幅させ、自分の奥へと誘い込み、彼の肉欲を満たして上げた。斉田医師は目的を果たすと、私の上から転げ落ち、虚脱感に意識朦朧の状態になった。私はそんな彼を横目で眺め、彼に言ってやった。

「何時まで私を、こんなままでいさせる積り」

 その問いに対し、彼は何の返事もせず、深い眠りに落ちた。私も、一眠りすることにした。


         〇

 休み明けの24日、私は冷静になって倉田社長に対応することにした。与えられた仕事に意欲を燃やして従事することが、倉田社長に好かれることだと分かっていた。彼がどのような苦労を重ねて来たかは分からないが、彼は時々こう口にした。

「私は額に汗して、努力し、働く人に報いたい。銀行や投資家の為に、金を払うのは真っ平だ」

 この言葉は貧しい生活を強いられて来た私の父、周志良の苦労を思い出させた。共産党員で無いが為に、酷使され続けて来た父が、何故、苦しい生活を何時までも続けなければならないのか、納得出来なかった。そんな中国に較べ日本という国は、働けば働くなりに収入を得ることが出来るので、貧富の差はあっても、生活はしやすい環境にあると感じた。その上、私は『スマイル・ジャパン』に入社し、仕事が未熟であるというのに、賞与までいただいたのだから、倉田社長には感謝せねばならぬ立場だった。なのに私は倉田社長が自分に厚意を抱いていると見透かし、高慢な発言や勝手な行動を繰り返して来た。このことは反省しなければならなかった。その倉田社長は、始業時間より、1時間遅れて出勤して来た。

「遅くなってごめん。銀行に寄ったりしたので、遅くなっちゃった。これ浩子さんから」

「あっ。お給料。有難う御座います」

「羨ましいな。私には給料が無いんだ」

「えっ。そんなこと無いでしょう。嘘でしょう」

 私は、その話を聞いて、驚いた。倉田社長は給料を取得していないのだった。倉田社長は、その理由を話した。

「浩子さんが、会社の業績が順調になるまで、社長に給料は払えませんと言うんだ」

「まあ」

 矢張り、『スマイル・ジャパン』も、『スマイル・ワークス』と同様、業績不振に陥っているのでしょうか。私はちょっと心配になった。年金をもらっているとはいえ、派手に動き回っている倉田社長のことを思うと、会社にお金が貯まらないのは当然のように思えた。

「可哀想な社長。じゃあ、今日は、私が夕食を、おごっちゃおう」

「何、言ってるの。今夜はクリスマス・イヴ。彼氏とデートじゃあないの」

「そんな人、いないわ」

 すると倉田社長は嬉しそうに目を輝かせて喜んだ。雪ちゃんと会うのではなかったのか。雪ちゃんは店が忙し過ぎて、倉田社長に会えないのか。互いに都合があったりしたのでしょうか。私は彼氏がいるのに、いないと嘘をついた。その彼氏である斉田医師は家庭サービス、工藤正雄は仕事優先なので、私に会いたくても会えないのだ。だから今夜は浩子夫人から倉田社長を借りることにした。今夜の約束をすると、私たちは仕事に取り組んだ。これで休み前の不快だった互いの気持ちを解消出来ると思った。そんな気分になった私の所へ中国の春麗姉から電話が入った。

「愛。元気にしてる。こちら、1週間前から若い子がやって来て。クリスマスに着るからと言って、いろいろと買って行ってくれるの。お母さんも私も嬉しい悲鳴よ」

「まあっ、それって本当?」

「本当よ。冬物の在庫が少なくなって来たから、追加を註文しておいてね。入り次第、早く送るのよ」

「分かったけど、本当に、そんなに売れてるの?」

「本当よ。こちらもクリスマス用で日本製の製品在庫が、随分、減っちゃったわよ。ブーツも売れてるから、追加注文しといて」

「分かった。入荷したら直ぐ送るね」

「よろしく頼むわよ」

 春麗姉の気持ちは弾んでいた。私は春麗姉との電話を終えてから、中国店の状況を倉田社長に話した。倉田社長は、いよいよ動き出したかと、嬉しそうな顔をした。午後になると、『松岡』と『ラクーン』からアパレル商品が入荷した。その中に私が個人的に注文したVネックの男性用セーターが入っていた。私は、それを紙袋の中に入れて持ち帰り用として準備した。5時半過ぎ、私たちは新宿のレストランに行ったら、クリスマス・イヴで混雑していることを予想して、事務所を出て、近くの銀行の相向かいにある焼き肉店『赤煉瓦』に入り、クリスマス・イヴの食事をした。飲み物は倉田社長がビール、私がワインを飲んだ。私たちは競うように焼肉を食べた。互いに満腹になり、ほろ酔い気分になったところで、私が勘定を支払い、店を出た。当然の如く、私たちはそこからタクシーを拾い一直線、鶯谷の『シャルム』へ移動した。部屋に入り、私はVネックのセーターを倉田社長にプレゼントした。彼も私に『ティファニイ』のネックレスをプレゼントしてくれた。それから私たちは裸になり、互いを見詰め、触れて、愛撫し合い、感じて、互いの欲情を確かめ合った。倉田社長の巧みな手練手管から伝わる熱情が、次第に私の身体を駆け巡り、それに応えて私の身体から、彼を迎え入れる為の愛液が湧き上がる様に溢れ出た。この現象は愛なのか。この世には、愛と隔絶した欲情というものがあるというが、それなのでしょうか。私たちはめくるめく快楽に溺れ、陶酔した。目を閉じると、天井がぐるぐる回っているような感覚に囚われた。今夜は倉田社長と2人のクリスマス・イヴ。満足いっぱい。


         〇

 12月28日の最終出勤日は朝から小雨だった。倉田社長は今日も出社前に銀行に立寄ったとのことで、雨が上がってから、顔を見せた。期末ということで午前中、2人とも伝票整理の業務に従事した。事務所経費、交通費、交際費、在庫金額など、見落としがないか、細かくチエックした。そんな最中に、中国の春麗姉から12月の売上げ経過の資料が、メールで送られて来た。今までの3倍の売上げ金額になっていたので、私も倉田社長も、びっくりした。昼食は『シャトル』に行き、穴子丼を食べ、その後、倉田社長が、西崎マスターや石川婦人に彼の出版物のコピーを渡した。『シャトル』の人たちは、倉田社長が文筆の仕事にも手を出していることを知り、予想外だと驚いた顔をした。昼食後、私は事務所に戻るや、アパレルの荷物をダンボール箱に詰め、中国店に送付する準備をした。倉田社長は『スマイル・ジャパン』の売上表の他、『スマイルワークス』の売上表を作成したりした。私には疑問だった。

「何故、他の会社の売上表作成の仕事をしたりするの?」

「一応、私は『スマイル・ワークス』の常務取締役だから」

 倉田社長は、そう言って苦笑した。どこまで、お人好しなのでしょう。午後3時、中国向けに船積みするアパレル商品の入ったダンボール箱を台車に乗せて、倉田社長と一緒に郵便局に行くと、年末とあって郵便局は人がいっぱいだった。私は顔見知りの彼女に頼んで、何とか中国への輸送手続きをしてもらった。その手続きを終えて、事務所に戻ってから、私は事務所内の大掃除。倉田社長は事務机に座り、客先へ年末の挨拶メールや電話やFAXをした。客先からも同様なメールや電話やFAXの挨拶が入った。これが日本の会社の年納めの習慣なのかと理解した。夕方5時半過ぎ、私と倉田社長は1年の業務を終え、押上駅から地下鉄で新宿に移動し、歌舞伎町のホテルの2階にある鉄板焼きの店『朱華』で、2人だけの納会をした。『朱華』のカウンター席に座ると、長くて白いコック帽と白いコック服姿の料理人が、私たちの目の前の鉄板で、ステーキを焼いてくれた。倉田社長はビールを飲み、私は赤ワインを飲んだ。私たちは目の前で料理してくれる頬が落ちそうに美味しい厚肉やホタテの鉄板料理を食べ、ゴージャスな雰囲気に酔った。ワインに酔った私は『朱華』を出ると、倉田社長にもたれるようにして、『ピーコック』まで歩いた。『ピーコック』の部屋に入ってから、2人での納会。部屋の中にあるカラオケセットを使い、歌の練習をした。倉田社長は『夜来香』や『月亮代表我的心』など、テレサテンの中国語の歌を唄った。私は自分の好きな中国語の歌と日本の歌を唄った。そして唄う歌が無くなると、私はソフアに座り、カラオケを楽しんでいる彼の股間をマイクで突っついた。すると彼は唄うのを止め、ソフアに座っている私にキッスした。私はソフアに座ったまま、彼を引き寄せた、キッスに応じた。私の身体に染み入っている赤ワインは、私を燃え上がらせた。私たちはシャワーを浴びないまま、ソフアの上でもつれ合った。彼は私の乳房に触れ、私は彼のマイクに似た物を掴んで、弄んだ。私が着ていた白いトックリのセーターは彼に脱がされ、ベージュ色のスカートは彼によってまくり上げられた。彼は、そっと囁いた。

「君の花園を見たい」

 その言葉に触発され、私は自らパンティをお尻から外し、両脚から抜き取った。倉田社長は、それを見て、待ってましたとばかり、私の股間に頭を突っ込み、割れ目を覗き込んだ。もしかして斉田医師が現れたのではないかと錯覚する程だった。でも、その細くて長い指先の感触は、倉田社長の物だった。私は股間を広げて、彼の髪の毛の薄くなった頭を撫でながら、彼の愛技を楽しんだ。彼は詩人気取りで、囁き続けた。

「丘と丘のわずかな隙間に小さな紅い花が震えて咲いている。ちょっと触れてみると、花は舐められるのを待っているかのように濡れている。舐めて良いのだろうか?可愛い花よ」

「良いのよ。舐めて」

 私が答えると、彼は谷間に顔を突っ込み、小さな紅い花を舐めた。その卑猥な感覚は、私の欲情を揺さぶった。私は歓喜の声を上げ、彼に恥じらうことなく言った。

「早く入れて」

 すると彼は吐息を吹きかけ、ゆっくりと股間の勃起した物を私に挿入し、私と合体した。私は彼にしがみ付き、彼をしっかり抱きしめ挟み込んだ。後は互いに愛を貪り合うだけ。倉田社長は年納めの鐘突きをする。百八回。私は良がり声、百八回。私たちは年納めのセックスに燃えまくった。


         〇

 冬休みになり、私は、この1年を振り返ってみた。多くの読者の皆さんは、私の日常を知って、まるで私の事を色情狂のように思うでしょうが、私は私の人生が、そんなものだけでは無かったと言いたい。私は生きて行く為には抗いようのない苦難の時代があることを身をもって体験して来た。家族の仕合せの為なら、どんなに辛くとも自分を殺して、働くことを覚悟して、日本にやって来た。日本には中国では掴むことの出来ない夢があると思って、やって来た私なので、男たちと付き合って生活費を稼ぐことを汚れている行為だなどと感じていなかった。むしろ優しい人たちに巡り合えて幸運だと思った。特に倉田社長と浩子夫人には感謝せねばならなかった。2人は『スマイル・ジャパン』での将来の私に期待し、社員として私を採用し、教養や知識や思考力を身に付けさせようと親切に指導してくれた。また忘れてならないのは斉田医師だった。東京都内で女ひとりで苦労しながら、どうにか生活をしている私を、奥さんに隠れて支援してくれていた。肉欲の伴う支援にせよ、私には有難かった。2人の愛の部屋『ハニールーム』を借りるなど、私の為に相当無理をしているのが分かっていた。しかし一般の日本人の目からすれば、私の生き方は異常に相違なかった。人に気づかれなければ良いというものでも無かった。私は自立しなければならなかった。その為には、申し訳ないが、『スマイル・ジャパン』を利用し、実力をつけ、共に夢を創り、拡大させることが願いだった。振り返れば、今年の大きな収穫は、健康であったことと、『スマイル・ジャパン』の社員になれたことであったといえよう。このことを同室の桃園に話すと、彼女は彼女の今年の収穫を私に語った。

「私の収穫は関根君という1人の対象者に出会えたことね。彼は私との結婚のこと、真剣に考えていてくれるわ。それと美容の技術が向上したことも収穫だわね」

「それは良かったわね。順調に進んでいるのね」

「まあね。ところで愛ちゃんはまだ1人に絞れないでいるの」

 桃園の質問に私はドキッとした。何と答えれば良いのか迷った。今、付き合っている男2人は既婚者であり、倉田社長とは年齢差が40歳もあり、優しい浩子夫人にも可愛がってもらっているので、1人じめすることは出来ない。斉田医師とは、いずれ結婚しようかと、『ハニールーム』で同棲の真似事をしているが、中途半端なままで、進展が無い。独身の工藤正雄とは、年に数回、会っていて、彼は私と結婚したがっている。それが実現可能なのか、私には分からない。何故なら彼にはまだ材木店を経営している現役の両親がいて、中国人の私を息子の嫁に迎えることに反対しているように思えるからだ。そこで私は桃園に、こう答えた。

「大学時代の友達は、大学のクラスメイトだった彼氏と早く結婚したらと言うのだけれど、私、今のところ、そんな気持ちになれないの。中国店を開いたので、そちらの仕事が優先なの」

「そうよね。私たち中国人は異邦人だから、本人は別として、相手の両親も悩むに違いないわ。私も同じかもね」

 桃園とそんな会話をしながら、ミカンを食べていると噂をすれば何とやらで、工藤正雄からメールガ送られて来た。

 *こんにちは!

 正月2日、また花園神社に初詣に

 行こうと思っていますが、

 ご都合、如何ですか?*

 私は、そのメールにときめいた。この間の誕生日の夜の事が、蘇った。あの溶けてしまいそうなめくるめく経験は忘れられなかった。私は直ぐに返信した。

 *連絡ありがとう。

 了解です。

 午後3時頃に待ち合わせしましょう*

 そんな私のメールのやりとりを見ていた桃園が、私の顔を覗き込んで質問した。

「彼氏からのメールみたいね」

「そう大学時代の彼氏」

 桃園の質問に対し、私は素直に答えることが出来た。すると桃園は目を細めて嬉しそうに笑った。


         〇

 大晦日の日は芳美姉の家に行き、琳美と一緒に家の手伝いをした。買い出しに出かけたり、正月料理の準備をしりした。大山社長は、前日に神棚飾りなどを済ませ、昼間はパチンコに出かけて不在だったから、私としては気楽に芳美姉の手伝いをすることが出来た。芳美姉は日本に来て何年も経っているので、正月のお節料理に何を準備すれば良いのか分かっていて、次から次へと料理をこうしらえた。私は買い足りなかった物をスーパーに買いに行った時、ふと年末の仕事納めの時、客先にメールを送ったりしていた倉田社長のことを思い出し、彼にメールを送った。

 *良い天気ですね。

 今年はいろいろと

 お世話になりました。

 来年は、もっと頑張りますので

 よろしくお願いします。

 良いお年を、お迎え下さい*

 こんな太陽が燦燦と輝く青空の大晦日の日中、倉田社長は何をしているのでしょうか。浩子夫人の料理の手助けでもしているのでしょうか。それとも息子が帰って来て、その相手をしているのでしょうか。私は倉田家の家族団欒を想像した。すると暇なのか、倉田社長から直ぐに返信が送られて来た。

 *こちらこそ、お世話になりました。

 来年の活躍を期待しています。

 共に創ることを更に進めましょう。

 来年が2人にとって素晴らしい年で

 ありますよう祈っています。

 良い新年を、お迎え下さい*

 一般的なメールのやりとりでしたが、その文面の裏には、2人で積み重ねて来た愛と夢とが潜んでいた。続いて私は斉田家の家族団欒を想像した。斉田医師の奥さんは慣れないお節料理作りに四苦八苦しているのではないでしょうか。それともデパートから、お取寄せで、お雑煮の準備だけかしら。斉田医師は中学生の孝太と小学生の菜々の面倒を見ながら、カレンダーなどの入れ替えをしているのでしょうか。工藤正雄のことも思い出された。彼は実家の工場の戸締りなど片付けを手伝っているのでしょうか。今日、男たちが何をしているのか想像しながら、私が琳美とスーパーから帰ると、『快風』池袋店の謝風梅が雪薇、長虹、月麗らを連れて、沢山のデザートなどを持ってやって来ていた。私と琳美が、それに加わると芳美姉の家は活気をに溢れた。更に『快風』新宿店の謝月亮が桃園、香薇、梨里らを引き連れ、大量のギョーザを運んで来ると、大賑わいとなった。芳美姉のマンションは一気に熱気に包まれた。夕方6時半、外出していた大山社長が戻り、『快風』の忘年会兼年越しのパーティが始った。まず大山社緒が挨拶した。

「エーッ。皆さんもご存知のように日本は政権交代により、荒波が起こり、迷走が始まりました。このような時代の混迷の中で、日本国民は、不安を抱かえながら、1年を終えることになります。私たちの業界も、その世間の影響を受けて客が激減し、その波及に苦労して来ましたが、何とか1年を乗り切ることが出来ました。これも皆さん1人1人の努力のお陰であると思っております。皆さんの一致団結により、無事一年を過ごせたことを感謝し、皆さんと乾杯したいと思います。では乾杯!」

 大山社長に似合わない、ちゃんとした挨拶だった。大学を中退した男らしさが垣間見られた。乾杯が済むと、私たちは好きなギヨーザを食べ、ビールを飲んだり、ワインやジュースを飲んだりして、いろんなお喋りをした。琳美は母親の芳美姉や大山社長と一緒に年越しそばを食べながら、テレビの紅白歌合戦を観るのに夢中だった。小さな加藤精四郎君の活躍に喝采を送った。その紅白歌合戦が終わると、私と桃園は皆を芳美姉のマンションに残し、明日の朝、また芳美姉の家に訪問すると伝え、自分たちのマンションに帰った。ああ、今年もこれで終わりになるのね。私は夜空の星に向かって、来年もよろしくお願いしますと囁いた。


     〈 夢幻の月日⑫に続く 〉

 




        

 

 



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