セクシャルお姉さん、結婚す。
あの日、娘が家を飛び出してから、もう何年になるだろうか……。
突然送られてきた招待状には度肝を抜かされたが、お前ももうそんな年頃になったのかと、遠い過去の小さな記憶が流れ出す。
妻とはごく稀に電話のやり取りをしていたようだが、私はあの日以来、娘と口をきいてはいない。
──お父さんのパンツと一緒に洗わないで!!
中学生。多感な時期を迎えたお前は、洗濯物入れを見るなりそう声を荒げだした。妻は笑いながら私の下着をゴミ箱へと投げ入れていたが、今思えば捨てる必要は無かったのではないのだろうか……。
次第に下着が減っていった私は、仕方なく妻の下着を着用した。思いの外悪くはなかった。私の下着が無いと分かったお前も、口煩く言わなくなり、私はとても安心をしたものだ。
──お父さんハゲ散らかさないでよ!!
高校生。難しい時期を迎えたお前からの注文は、次第に難題へと変わっていき、私はどうすることも出来ず、出て行くお前の背中に手を伸ばすことすら出来なかった。
いっその事剃り上げてしまおうかと、何度思った事だろうか……。しかし私には出来なかった。
出来なかったのだ…………。
「新郎新婦の御入場です。皆様拍手でお迎え下さいませ」
大扉が開き、門出を迎える二人がカーペットの上をゆっくりと歩いて行く。
久方ぶりに見る娘の晴れ姿に、思わず熱いものが込み上げた。
「……母さん。若いときの俺達にそっくりじゃないかな」
「そうね……ほんと」
数十年前の、輝かしいあの頃を彷彿とさせる二人。まるで未来は君達のためにあると言わんばかりの眩さだ。
神父の前で愛を誓い、指輪を交換。招待客の若い友人達が、皆拍手で二人を祝福した。
披露宴。着物に着替えたお前を見て、私は胸が高鳴った。若い頃の母親に瓜二つだったからだ。
「母さんそっくりだ……」
「ほんとねぇ……」
会場にあった飲み放題のバーでメッチャ美味いカクテルを見付けた。あまりの美味さにおかわりをし過ぎて、気が付けばケーキ入刀が終わっていた。酒に溺れて見逃したのだ。
二人の馴れ初めを紹介する再現映像が始まった。
ホテルのレストラン。新郎がカツラの下から指輪を取り出した。フラれた新郎がカツラの中に涙の海を作っていく。
会場になんとも言えない笑いが広がった。
「ハゲもアホも貴方そっくりよ。信じられないわ」
「え、ああ……え?」
娘よ……。
──何度フラれてもあなたが好きです!!
花束を抱えた新郎が、娘の前で頭を思い切り下げた。その勢いでカツラが開き、中からシルクハットを被ったハトが指輪を咥えて現れた。
──私で宜しければ……。
諦めたのか笑い疲れたのか。根負けした娘がそっと手を差し伸べる。ハトが咥えていた指輪をそっと娘の指にはめた。いやいや、それをハトがやるんか。
「こういう所、ホント貴方そっくりよ」
「……」
妻の視線が辛かった。
式も佳境を迎え、娘から手紙が読まれる事となった。
泣きながら手紙を取り出すお前を見て、思わず私は立ち上がってしまった。
「お父さん……お母さん。今まで育ててくれてありがとう」
18以降は育てた覚えがないが、な。
お前は一人でも立派に成長したよ。
「お父さん。昔パンツを一緒に洗うのを嫌ったり、色々と酷いことを言ってゴメンなさい」
大丈夫だ。怒ってはいない。だいぶ傷はついたがな。
「お母さんから聞きました。昔、お父さんも酷かったって。酷いプロポーズだったって」
時代劇の撮影上がりすぐに妻の職場に押しかけたからな。
『血だらけの侍が居る!』って、ちょっとした騒ぎになったのは今では良い思い出だ。
「お父さん。彼は、政行さんはお父さんそっくりです。そして、お父さん以上に素敵な人です。私、必ず幸せになりますから……どうか、見守っていて下さい」
会場が大きな拍手に包まれた。
新郎の政行くんが、俺の方を向いて帽子を外した。中からハトが1羽現れ、彼の肩へと飛び移る。
俺も食べかけだったカニを置き、ハットを外してそれに応じた。余興で披露するつもりだった中のウシガエルが、ピョンと俺の肩へと飛び移る。
「お義父さん! お義父さんのパンツと一緒に洗って下さい!!」
政行くんがタキシードの下を降ろすと、情熱の赤が飛び出した。会場に笑いが起こった。
「ありがとう!」
俺もスーツの下を降ろし、妻のお気に入りを披露した。会場から悲鳴が聞こえた。
「嬉しいです!」
政行くんの赤の中から、ハトが大量に飛び立った。会場から拍手と笑いが起こった。
「私もだよ! ハトは一緒に洗えないけどね」
妻のお気に入りの中から、外国産の大蛇を披露した。会場から悲鳴が聞こえた。
「明香音、苦労するわよ……」
隣で妻が泣いていた。
私も二人の門出を祝えて泣くほど嬉しい。