第一章<青葉のアジト>
月が綺麗に輝く深夜、某所にある小さな町工場”柳工業株式会社”からはまだ光が漏れていた。
「ここか…」
物陰から工場を見つめる秋鷹は神妙な面持ちで言った。
後ろには真っ黒なドレスを着た凛子が立っている。裏の仕事での正装は黒のドレスに黒のピンヒールというのが凛子の流儀らしい。場末の町工場では浮く格好だ。
「母さんが佐田の部下から聞き出した情報によると、表向き小さな町工場として登録されているここが青葉のアジトの1つらしい。」
イヤフォンから陸人が言う。
陸人、玲奈、源五郎の3人はいつもの地下からバックアップを担当している。
「部下さんの言うことが正しければ、青葉はここの事務所に全ての青葉関連の情報が保管されてるんですって。」
凛子が言う。
「らしいね。青葉では関連する情報を外部で持ち出さないように徹底管理されていて、仲間への電話も電話番号を丸暗記しておいて、スマートフォンには一切の記録を残さないようにしてるらしい。」
そう言うのは陸人。
「だから今回青葉の情報を見つけるのに難航したってわけか…」
秋鷹は舌打ちをする。
「…父さんはダクトから侵入して電機版を見つけて。そこからの指示は姉ちゃんがする。母さんは見張りが2人立っている倉庫へ。そこに違法薬物が保管されているという情報がある。」
会議室のモニターに映し出された映像を見ながら陸人がテキパキと指示を出す。
「了解」
「はぁ~い」
秋鷹と凛子は返事をすると、すぐに行動に移った。
凛子は優雅にピンヒールの音を鳴らしながら倉庫へと歩いて行く。
「何者だ!?」
すぐに倉庫前の見張り2人は凛子に拳銃を向けた。
周辺に店や民家すらないこの場所で微笑みながら歩いて来る凛子は明らかに異様だ。しかし、どこか美しさも感じる。
ドサッ
ドサッ
それは一瞬の出来機事だった。
凛子は目に見えない速さで動くと、一瞬で拳銃を向ける男性の後ろに周り混むと首元に手刀を叩きこんだ。音を立てて崩れる男性達は自分の身に何が起こったかも理解できないまま気絶する。
拳銃から弾を抜くことも忘れない。
初めて凛子の力を見た陸人達は呆然としていた。
バキッ
ピッキングが出来ない凛子はいとも簡単に倉庫の南京錠を叩き割る。そして、静かに倉庫の中へと入って行った。
母に逆らってはいけない…その光景を見ていた玲奈と陸人はその言葉を胸に刻み込んだことは言うまでもない。
「えっと…ここからどうすればいいのかしら?」
いつもの調子で凛子が言う。
凛子の前には数百箱ものダンボールが山積みにされていた。
「あ、えっと…その倉庫にあるダンボールをいくつか確かめてくれる?」
陸人がはっとして言う。
「了解~」
凛子は返事をするといくつかのダンボールを開け始めた。そこには全て透明なビニールで梱包された白い粉や錠剤が入っている。
凛子は迷うことなく粉のビニールを引きちぎると、それを小指に取りペロリと舐めた。
会議室にいる3人はその様子を固唾を飲んで見守る。
「…うん、これが今流行ってる違法薬物ね。たぶん錠剤の方もそうよ。」
ケロリとした感じで言う凛子。
「……わかった。じゃあ、計画通りに頼む。」
陸人はそう言うと、凛子に指示を出した。
「パパのおかげで工場の監視システムにハッキングできたよ。」
玲奈がパソコンを操作しながら言う。
凛子が倉庫に侵入している間、秋鷹はダクトから事務所へと入り玲奈のサポートのもと監視システムへ接続をしていたのだ。
「佐田がどこにいるかわかる?恐らくそこが幹部室だ。」
「今探してる……よし、見つけた!」
陸人に返事をしながらパソコンを操作していた玲奈は佐田が映っている監視カメラの映像を大きなモニターに映す。佐田は部屋にある電話で誰かと話しているようだ。
「父さん、佐田の部屋の上に行って何を話してるか確認してもらえる?」
「はいよ。」
陸人の指示により、秋鷹はダクトを移動し佐田の居る部屋の上へと移動する。
天井裏に着いた秋鷹は通気口から佐田の様子を覗く。
「……はい、九十九さん…」
微かに聞こえる佐田の声。
確か九十九とは青葉の日本支部長をしているトップの名前だ。
「驚くくらい順調ですよ。この国の人間はちょっと優しくされたら信じる奴ばっかで、腹立つから皆犯罪者や売春婦送りにしてやりましたよ。」
佐田は機嫌が良さそうに話している。
糞野郎が…胸糞わりぃ…。秋鷹は心の中で悪態をつく。
「平和ボケしてるこの国の警察も動きが遅いし、俺らの動きに気付いた頃にはこの国は取返しのつかないことになってますよ。」
ジリリリリッ
気分良さそうに話していた佐田の耳にけたたましい警報音が聞こえる。
秋鷹は静かにそうの光景を見守っていた。
「何事だ!?」
佐田が異常事態に驚いていると、そこにドアを勢いよく開けてやってきた部下が一人。
「大変です!例の倉庫が燃えています!」
汗だくになって言う部下。
部屋にも焦げ臭い煙の匂いが充満してきた。
凛子の仕業だろう。凛子は陸人の指示通り倉庫に灯油を蒔き、マッチで火をつけたのだ。
「凛子か…」
秋鷹か呟く。
「うん、母さんは無事脱出してるよ。大量の違法薬物が燃えて、この違法薬物を接種するはずだった人が救われると良いいんだけど…でも、これでも証拠が弱い。父さん、お願い。」
陸人がそう言ったとき、丁度佐田が慌てた様子で部屋を出ていくところだった。
秋鷹は改めて、幹部室の中に誰もいないのを確認すると通気口の蓋を外し静かに室内へと降り立った。玲奈が警報音を鳴らすとともに幹部室の監視カメラを無効にしたので、秋鷹の姿が記録に残ることはない。
秋鷹は真っすぐに佐田のいたデスクへと向かい、デスクに置いてあるパソコンを玲奈の指示通りに操作をする。そして、USBメモリを差し込み全てのデータをコピーし始めた。
コピーをしている間、秋鷹は同じくテーブルの上にある電話を手に取る。そして、予め亜陸人に教えられていた番号に電話を掛けると、相手が電話に出る前に切った。
秋鷹がUSBメモリを回収し事務所の外に出ると、外は真っ赤な炎の火柱が出来ており倉庫が強烈な熱気を帯びながら燃えていた。
燃えている倉庫の周りには呆然と立ち尽くす青葉のメンバーと先程到着した消防車の姿があった。
「なんてことしてくれたんだ!?」
大切な商品を消失してしまった佐田は部下に怒鳴り散らしている。
これからもっと酷いことになるぞ…。
秋鷹は心の中でそう呟いた。
そうしていると、秋鷹の元に頬に煤をつけた凛子がやってきた。
「帰りましょうか。」
秋鷹の腕を取る凛子。
「おう。」
秋鷹と凛子は静かにその場を去って行った。