第一章<佐田との接触>
2限目の授業を終えた佐田は教材を片手に持ちなかがら化学準備室へ続く廊下を歩く。佐田の手先である警備員はすでにおらず、廊下には誰も居なかった。
ドンッ
バシャッ
「キャッ」
廊下の角を佐田が曲がろうとした時、急に人影が現れた。
佐田の目の前には黒髪の女性が尻もちをつき、倒れた拍子にはだけたスカートからスラリとした綺麗な白い足が伸びていた。上から下までスタイルの良い女性からは色気が醸し出されている。
床には女性が持っていた書類が散らばり、場には零れたコーヒーの匂いが香る。
「大丈夫ですか?」
佐田は女性の色気に一瞬固まってしまったが、すぐに気を取り直して女性に手を差し出した。
白衣を着た凛子は腰を押さえながらも差し出された佐田の手を取り立ち上がった。
「ごめんなさい…道に迷って焦ってしまってて……」
凛子がしおらしく言う。
「いえいえ。確か数日前に臨時で来られた…」
「保険医の葵と申します。えっと…」
「高等部の化学教師佐田です。よろしくお願いいたします。」
凛子と佐田は握手をして微笑み合う。
「あっ、書類拾うの手伝いますよ。」
「ありがとうございます。助かります。」
佐田の一声で凛子と共に床に散らばった書類を拾う。
そんなやり取りがされている中、周りに誰もいないことを確認した秋鷹は化学準備室の扉の鍵穴をピッキングし簡単に部屋に侵入する。中に入るまでの時間はわずか5秒だ。
秋鷹は静かに化学準備室の中に入ると室内を確認しながら手早く盗聴器や隠しカメラを設置し始めた。
「まだ時間はあるか?」
秋鷹は小声で尋ねる。
「大丈夫。まだ母さんが引き留めてくれてる。」
声を受信した陸人が会議室から即座に答える。
陸人は凛子についているボタン型カメラで、凛子が佐田と談笑している姿を確認する。
秋鷹は陸人の返事を聞くとすぐに室内にあった佐田のものらしきノートパソコンを鞄から取り出し、電源を付けるとUSBメモリを差し込んだ。
そして予め玲奈に教えられていた手順で中の情報をコピーし始める。このUSBメモリを持って帰れば玲奈が解析して何かしらの情報を見つけてくれるだろう。
「父さん!もう佐田が戻ってくる!」
秋鷹がUSBメモリを服のポケットに仕舞ったとき、陸人の声が届いた。
秋鷹は素早くパソコンを鞄に戻すと、部屋を出て再度鍵を掛けた。
そして、秋鷹が掃除をしながら歩き出したとき佐田が部化学準備室の前へとやってきた。
すれ違い様に秋鷹は佐田に掻くる会釈をする。
佐田は何かを怪しむ様子はなく、化学準備室へと入って行った。
秋鷹が足を進め角を曲がると、そこにはコーヒーで濡れた凛子が居た。
「あ、清掃員さん!コーヒー零してしまって、ここ拭いてもらっても良いですか?」
凛子が微笑んで言う。
「はい、わかりました。」
秋鷹は清掃カートからモップを取り出すと、コーヒーで汚れた床を拭きはじめた。
「どうだった?」
秋鷹は俯きながら掃除をしつつ凛子に尋ねる。
「上々だよ~。佐田のズボンにGPS信号機を付けたから運が良ければ彼の行動がわかるはず。」
凛子も清掃作業を見るフリをして、書類で口元を隠しつつ答える。
「流石だな…」
「褒めてくれてありがとう。今晩は秋鷹の好きなエビフライにするよ。」
「ったく…玲奈の好きな店のたい焼きも買ってかえってやるか。」
秋鷹と凛子はそんな会話を少しすると、すぐにその場を離れそれぞれの役に徹するのであった。