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プロローグ~熊野家の秘密~

よくある一軒家、表札には熊野という苗字が掲げられている。そんな熊野家は朝からドタバタと騒がしい。


「ママ!今日たっちゃんと待ち合わせしてるの忘れてた!もう出るね!!」

高校の制服を着崩した玲奈が少し焦げたトーストを手に持ちながら、バタバタと足音を立てて玄関へと向かう。


16歳の玲奈はばっちりメイクにゴテゴテとしたハンドネイル、髪は明るい茶髪のボブ姿だ。スカート丈も短く、全身校則を無視した今時のギャルである。



「ちょっと待って、玲奈ちゃん!お弁当忘れてる!っていうか、また彼氏変わったの!?先週は学君と付き合ってなかったっけ?」

走りながら玲奈は追いかけてきたのは母親の凛子である。


凛子は30歳という若い母親で、容姿はさらに若く見える綺麗系美人だ。胸下まで伸びた黒髪がトレードマークで基本は髪を後ろの低い位置で束ねている。主婦業をメインとして、時折パートタイマージョブをしている家庭を守る母だ。



「ちょっとテンションが合わないから別れたの!今度こそ長続きする彼氏だよ。」

玲奈は笑顔を携えながら、凛子の差し出すお弁当箱の入った赤いギンガムチェックのきんちゃく袋を受け取る。


「もう…今日の晩御飯は皆大好きなハンバーグだからね。早く帰ってくるのよ。」

凛子がため息をつきながらそう言うと、玲奈は元気に返事をし駆け足で家を出て行った。



リビングへと戻ろうとする凛子の元にランドセルを背負った8歳の陸人も玄関にやってくる。

熊野家の長男であり最年少の陸人は、黒くサラリとした髪と小学3年生ながらも鋭い目つきが特徴だ。


「あ、りっくん。りっくんももう登校の時間だったね。」

玲奈を送り出した陸人に微笑む凛子。


「…うん。」

簡素に答える陸人は運動靴を履いている。


「今日は晩御飯ハンバーグだからね。」


「うん、さっき聞いた。じゃ、行ってきます。」

陸人は話しかける凛子に振り返ることもなく、そう言って家を出てった。



「気を付けて行ってね~!」

そそくさと家を出る陸人の後ろ姿に凛子は大きく手を振って送り出す。



そして、ちょうど陸人が出ていく際に凛子の義父である源五郎が帰ってきた。

源五郎は凛子の義父であり、この家で同居をしている。65歳の源五郎のグレーヘアの毛量は少し寂しくなってきてはいるが、定年後ボランティアに積極的に参加している元気なおじいちゃんである。


「お義父さん、おかえりなさい。今朝のボランティア清掃は早く終わったんですね。」

凛子が声を掛ける。


「おう、まぁな。今朝は参加者多かったしなぁ。凛子さんも朝からご苦労さん。」

源五郎が渋い声で言う。


「いえいえ、ありがとうございます。もう子どもたちは学校に行きましたよ。」


「そうか。わしは居間でテレビでも見ながら休憩するかの。」


「じゃあ、すぐに温かいお茶入れますね。」


「気にするな、それくらい自分で出来る。」

源五郎はそう言うと、リビングへと入って行った。源五郎は無口ではあるものの、自主的に色々としてくれるので凛子としては大助かりだ。


凛子も源五郎に続きリビングへと戻る。


リビングではコーヒーを飲みながら新聞を読む秋鷹の姿があった。秋鷹は熊野家の大黒柱であり、凛子の旦那でもある。秋鷹の隣には源五郎が座り、朝のニュース番組を見ていた。


秋鷹は35歳で細身の高身長、”ひょろり”という表現がピッタリな見た目の男だ。優しそうな瞳に眼鏡を掛けた穏やかパパである。いつもにニコニコしている柔和な秋鷹は大学の研究員として働いており、少しだけ大学でも教鞭を取っているらしい。


「ご飯のおかわりいる?」

凛子は秋鷹の前に並べられていた空のどんぶり碗を見て言う。


「うん、もらおうかな。おかずも何かあると助かる。」

秋鷹は微笑むとどんぶり碗を凛子に手渡す。


凛子はお椀を受け取ると山盛りにご飯を盛り、秋鷹の前に納豆や焼き鮭、お漬物をどんどん置いていった。


「ありがとう、凛子。」

秋鷹はそう言うと嬉しそうに目の前にある大量のご飯を口に放り込む。秋鷹は大食いで毎朝ご飯を二合も食べるのだ。


「秋鷹は今日帰り遅いの?」

凛子が洗い物をしながら尋ねる。


「う~ん、どうだろ。何か用事でもあるの?」

秋鷹は箸を止めずに言った。


「今晩は特製デミグラスハンバーグだから早く帰ってきてほしいなって。あ、お義父さんには和風ハンバーグにしますね。」


凛子の言葉に源五郎はテレビを見ながら頷く。


「それは早く帰らないと。出来るだけ残業しないようにするよ。」

食いしん坊の秋鷹も二コリと微笑んで答えた。




…―――これが熊野家のいつもの朝の光景だ。どこにでもありそうな平凡な家族、それが熊野家である。しかし、熊野家には大きな大きな秘密が隠されていのであった。






**********

その日の夜、熊野家の大好物であるハンバーグのために一家5人全員はいつもより早く家で待機していた。熊野家がハンバーグの日は決まって皆18時には家に揃うのだ。

それが熊野家の最大のシークレットとなっているのだ。


18時が近づくと、各々家の階段下にある収納庫に入って行く。一見普通に見える収納庫にはトイレットペーパーや工具等の備品の奥に扉が隠されており、その扉の奥には地下へと続く階段が伸びていた。


熊野家の5人以外誰も知らないその地下室には、大きなモニターが複数並ぶ会議室や工作部屋、トレーニング部屋、大きな備品庫等が並んでいる。


5人は会議室の机に腰掛けると秋鷹が仕事帰りに買ってきた中華料理のテイクアウト品を並べ、それぞれ好きな物を食べ始める。今朝凛子がしつこく言っていたハンバーグは見当たらない。


凛子が今朝言っていた「今晩ハンバーグ」という言葉は会議室に集合という合言葉で、特にハンバーグを食べる日というわけではなかったのである。



「…盗聴とか諸々チェックしたの?」

エビチリに箸を伸ばしながら無機質な声で陸人が聞く。落ち着いた陸人の声だけを聞けば彼が小学3年生であることは誰もわからないだろう。


「うん、大丈夫よ。全部確認した。念のため、外部からは普通の家族の会話が聞こえるように予め録音した話し声も流しておいたし。」

答えたのはチャーハンを食べている凛子だ。凛子は今朝と同じ笑顔だ。


「ママだけじゃ心配だから、私もチェックしたけど問題なかったよ~。」

玲奈がニヤニヤと凛子を見ながら言う。いつも誰かがうっかりの多い凛子のサポートをしており、今日はその役目を玲奈が担ったようだ。


「もう!私だって、それくらい出来ます!玲奈ちゃんはちゃんと野菜も食べて。」

凛子は頬を膨らませながらも、酢豚の肉しか食べていない玲奈の皿に野菜を次々と乗せていく。


「あー!野菜嫌いなのに!」

玲奈は次々と自分の皿に乗せられる野菜を阻止しようと自身の箸で防御するが、野菜を置く凛子のスピードには叶わず、無常にも野菜が積み重なっていった。


「はいはい、もうわかったから。話始めるよ。」

二人の野菜攻防戦を遮ったのは陸人だ。


そんな3人を横目に秋鷹はもくもくと大量の料理を食べており、源五郎は静かに皆を見守っていた。



「で、今日の報告ある人?」

幼い姿に似合わず陸人が場を仕切る。


「あ~、俺今週の金曜日は職場の歓迎会で帰り遅くなるわ。晩飯もいらねぇ。」

今朝の柔和な態度と違ってぶっきらぼうにそう言う秋鷹。

秋鷹は地上では優しく穏やかな父親として通っているが、素はぶっきらぼうで表の顔とは正反対の性格だ。


「うん、また帰る時間わかったら教えてね。」

凛子は秋鷹の態度の変化にも気にせず答える。


「あ!私、明日学校の大掃除で雑巾がいるんだった!。」

次に元気良く言ったのは玲奈。口元には先程まで食べていたチャーハンの米粒をつけている。


「玲奈ちゃんまたなの!?いつも直前に言うのはやめてって言ってるでしょう!今から雑巾買える場所ってあったかな…」


「ごめんってママ~」

悪びれる様子のない玲奈は軽く謝るだけだ。


「ったく、後で俺が24時間やってるホームセンターに車で連れて行ってやるから。」

困り顔の凛子に助け船を出したのは父親である秋鷹。ぶっきらぼうな秋鷹ではあるが、仲は悪くないらしい。



「他に報告ないなら最後に俺から。」

長男であるしっかり者の少年陸人は手に持っていたレーザーポインターのボタンを押すと、皆の目の前にある一番大きなモニターに明細書のようなものが表示される。


「これは…」

源五郎がが画面を見て神妙な面持ちで呟く。

他の家族のメンバーもご飯を食べる手を止めて画面に釘付けだ。


そう、これこそが熊野家の最大の秘密にして誰にも知られてはいけない事実の一つである。


明細書には家計の収支や貯蓄額の明細が事細かに記載されており、その中には他の家庭では見ることはないであろう防衛費や施設維持費等の単語も並んでいる。



「もう全然貯金残ってねぇじゃねーか。」

「これは来月の生活すら危ういね…」

秋鷹と凛子が続けて言う。


食事を終えた玲奈だけは深刻な空気を気にせず、現在の話に興味をなくしハンドネイルのお手入れをしていた。



「ということで、皆の持っている貯金を切り崩してカンパしてください。1億2億くらい楽勝でしょう。」

陸人がサラリと言う。


「「「はぁああ!?」」」

源五郎以外の3人秋鷹、凛子、玲奈が勢いよく立ち上がって驚きの声を出した。

しかし、そんな熱気にも陸人は涼し気な顔だ。源五郎はいつものように皆を見守り熱いお茶をすするだけ。



「ふざけたこと言いやがって!」

秋鷹が大人気なく陸人に詰め寄る。


「父さんが一番お金持ってそうじゃん。これまで世界中で集めた盗品もすでに全部売り払ってるんでしょう?」

陸人は表情を変えずにそう言った。


秋鷹は世界を股にかける大泥棒で、彼に盗めないものはないと言われる程の人物だった。秋鷹は世界中の美術品や宝石を盗み、それを闇オークションで売ることで生計を立てていたのだが、数年前に引退し、現在は熊野家のパパをしている。もちろん各国から国際指名手配されており、第一級のお尋ね者だ。



「それを言うんだったら玲奈が一番儲けてるだろう!?結局情報が一番の金になるんだよ!」

秋鷹はそう言いながら、ネイルを手入れしている玲奈を指差した。


「はぁ?パパって本当に大人気な~い。子どもにたかるの?情報なんて持ってるだけじゃ意味ないし、それにもうハッキングはやめたのでお金はありませ~ん。」

玲奈はふいっと顔を反らし、また興味なさそうにネイルの手入れをするだけだ。


玲奈はこの家族に入る前には自身がハッキングした情報を売ることで、お金を稼いでいた過去がある。若いながらも腕前は超一流で世界の政府や大企業が正体不明の玲奈の力を欲しているらしい。



「じゃあ、凛子だろ!?お前が一番世間離れした仕事してたんだし。暗殺なんて超高額依頼案件なんだろ!?」

娘に相手にされなかった秋鷹が次に指差したのは妻である凛子だ。


「え~、もうお金なんてすっからかんだよ。もらったらすぐ使っちゃうもん。」

天然な凛子はそう言われてもきょとんとするだけで、自身の貯蓄は全くないらしい。


いつもおっとりしている凛子は実はアジアの某国で幼い頃から完璧に育てられた元諜報部員だ。驚異的な運動神経とセンスを持っており、珍しく女性でありながら暗殺の仕事を多く担っていた。地獄に葬った人の数は知れず、多くの国の警察や悪徳組織が血眼になって凛子を探している。そんな凛子も現在では母親を演じ、包丁は殺すためではなく食材を切るために使っている。



「…全く協力する気なしじゃん。」

陸人は呆れた表情で言った後、ちらりと源五郎を見た。


視線に気付いた源五郎はひらひらと手を横に振るだけ。

「お前らもわかってるじゃろ。ワシはすでに引退した元サラリーマンじゃ。こんな高度なからくりの家を維持する金なんて持ち合わせておらん。買ってやれるのはお菓子くらいじゃ。」


「お菓子って…じぃちゃんはサラリーマンはサラリーマンでも国家を支える技術やだったんだろ。」

陸人がため息をついて言う。


熊野家において秋鷹の祖父である源五郎は元は国防に関する武器の研究開発を行っていた超エリートだ。技術の幅は広く、この熊野家の地下設備や対盗聴機器等も作ったのも全て源五郎なのである。そんな源五郎はその働いていた会社から政府の重要機密を盗み出し、現在は逃走の身でもある。



「で、りっくん、どうしよっか?」

危機感もなくほんわかした空気を醸し出している凛子が言う。

基本熊野家の女性陣の辞書には危機感というものがなく、いつも焦っているのは男性陣だけだ。


「俺らのメインブレイン陸人、頼りはお前だけだ!」

完全に8歳任せの秋鷹。


熊野家の最年少である陸人は幼いながらもIQ200を越える天才で、すでに知識や構成力等は大抵の人に負けることはない。そんな陸人の才能を知っている実の家族は、今も陸人を探しており、家へ戻りたくない陸人はここに身を隠しながら熊野家を支えている。



全員お尋ね者で構成された熊野家はもちろん本当の家族ではなく、誰一人として血が繋がった者はいない。この家のメンバーは源五郎によって集められ、傷を負った皆が本当の愛と絆を不器用ながらに紡いでいく物語である。

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