表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/59

5、素直になれない




 きっと、アイツも同じだと思ってた。

 利用される前に、利用してやるーーそれだけだった。




 私はベリアル。何もない荒れた世界、ルージュ・デザライトで上位悪魔として生まれた。

 悪魔族は例外なく見た目が美しい。もちろん私も自信があったし、私の魔力を利用しようと寄ってきた奴らは逆に利用してきた。


 悪魔族は強者には従うけど、大きな群れを作ったりはしない。一緒に行動するのは、せいぜい家族単位だけ。その代わりに、家族や愛する人はものすごく大切にする。

 私にも歳の離れた妹がいた。すごく可愛らしい子だった。

 多分、利用されて連れ去られてしまったんだと思う。今はどこにいるのかわからない。


 だから、()()()を利用する存在は反吐が出るほど憎かった。


 初めてアイツを見たのは、悪魔族の子供に食料を分けてやっていた時だ。魔力を感知されないように抑えて、空間を歪めて身を隠し、子供たちの少し後ろから堂々と眺めていた。


(バカじゃないの。ここでそんなことしてたら、生き残れないわ)


 どうせすぐに餓死してしまうと思って、放っておいた。あの綺麗な紫色の瞳が光を失うのは、もったいないなとは思ったけど。だけど、アイツは襲ってくる悪魔族は倒すけど、逃げ出す悪魔族は放置してる。


 そういえば逃げ出す奴らが、『殲滅(せんめつ)祓魔師(エクソシスト)』って叫んでたよね。……なんだか、仲間から聞いていた印象と違うみたいだけど。


 なんなんだろう、アイツは。あの種族といったら、すぐに攻撃を仕掛けてくるか、自分の欲望を叶えたくてギラギラしてるかのどちらかなのに。

 いいわ、どっちのタイプか確かめてみようじゃないーー




     ***




「ちょっと! 殲滅(せんめつ)祓魔師(エクソシスト)ってアンタね! よくも私の縄張りで暴れてくれたわね……許さないから!!」


 あ、ヤダ。ちょっと緊張してるかも。思ったより強気に出過ぎちゃったかな。

 ……こっそり見てたのバレてないよね? 気配感知できるみたいだから、細心の注意を払っていたけど、大丈夫だよね? もしバレてたら記憶から抹消してやる! ……ん?

 ……………………ちょっと、いつまで黙ってるの?


「ねぇ、聞いてるの!? 無視しないでよ! 人族の分際で!!」

 

「あ、悪い。無視したわけじゃないんだけど、ちょっと考えごとしてて」


 えええぇぇ!! あり得ない。あり得ないからっ! 今まで私の前にきた奴らは、みんな見惚(みと)れるか欲にギラついた眼で見つめられるだけだったのに……なんで、そんな面倒くさそうな顔してんの!!


「はぁぁ!? 私を前に考えごとだなんて……バカにしてんの!?」


「いや、バカにもしてないから。 悪魔族に縄張りがあるなんて知らなくて……荒らしちゃって、ごめんなさい」


「ごめんで済むわけないでしょーーーー!!」


 なんで私を見てくれないの! わざわざ目の前に現れてあげたのに!! 私なんて、アンタがルージュ・デザライト(この場所)に来てから、ずっと見てるのに! なんなの!?


「じゃぁ、どうしたら許してもらえる?」


「っっ!?」


 ……へ? なに、何、ゆゆゆ許してほしいの!? しかも何その子犬みたいな瞳は! 私が悪いことしてるみたいじゃない!!


「俺にできる事なら、なんでもするよ」


 アメジストみたいな、綺麗な紫の瞳と視線が絡まる。

 ーーーーなんでもする? ……じゃぁ、この綺麗な瞳を独り占めできる? それなら、契約書で縛ってしまえば、ずっと()()()()になる?


「ふふふ……なんでもねぇ。それなら、あなたの全てを私に捧げて。 そうしたら許してあげる」


 そうよ、さぁ、私の前に(ひざまず)いてサインしなさい。そして私だけのものになってーー


「うん? 全てってどういう意味?」


「全ては全てだよ。あなたのその祓魔師(エクソシスト)の力も、血も身体も魂も、何もかも。これからは私ーー上位悪魔のベリアルのためだけに生きていくの」


「……それは無理。他のでお願いします」


 なっっっ…………!! 即決でお断り!? なんでもするって言ったじゃない!!

 何なの! 私ばっかり気にしてるみたいじゃない!! ほんと、何なのっっ!!


 怒りが込み上げてきた。なぜ私を見て平然としてられるの? なぜ私のそばにいることを拒否するの? なぜ私を欲しがってくれないの?

 こんなに引っ掻き回されるヤツなんていらない!!


 今まで培ってきたプライドが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 無言でレオンのまわりを炎の柱で囲いこんだ。真っ赤な炎はあっという間に燃え盛り、すでに人影は見えない。骨すら残さないつもりで魔力を込めた。


「もう! アンタ……何なの!? 燃え尽きて灰になってしまえーーーー!!」


 バチバチッと音が鳴った瞬間、あれほど熱を放っていた炎が消えていた。そんなに簡単に消せる魔力じゃないはず……!


(何っ!? 今何をしたの!? あれだけ魔力を込めたのに、炎が消された?)


「悪いけどーー俺に敵意を向けるなら容赦しないからな」


 ゆらゆらと立ち上る煙の間に、紫の瞳が光った。嫌な汗が背中をつたう。

 ……っ! 今までと空気がちがう。でも、私もここで引き下がりたくない。


「ふっ、だから何?」


 指先から紅蓮の炎を次々と放ってはいるものの、全てきれいに躱されている。しかも、顔色ひとつ変えずに。


 これが、殲滅(せんめつ)祓魔師(エクソシスト)……なるほどね。焦りを顔に出さないようにするだけで精一杯じゃない。


 気がついた時には背後にレオンが回り込んでいて、紫雷をまとった刃を構えていた。

 ()られるーーーー


 これほどの圧倒的な力の差を感じる相手がいただろうか? 身体の奥に眠る本能が叫ぶ。強者に従えと。強者を求めろと。

 ーーーーそうだ、私は、初めて見た時からこの人が欲しかった。


「……悪いな、安らかに眠れ」




「まっ、待って……!!」


 ベリアルの首の薄皮に、触れるか触れないかで刃が静止している。思わず、叫んでいた。湧き上がる感情が何なのか理解してしまった。もう、目をつぶることはできない。


「命乞いか?」


 冷めた紫の瞳は変わらないままだ。

 どうする? どうやって、この人をつなぎ止める? どうやったら、そばに居られる?


「はぁ〜、わかった、負けたわ。ねぇ、あなたの下僕(しもべ)になるから命は取らないで? まだやり残したことがあるの」


「下僕……?」


 そう、私の話を聞いて、私と契約を結んで。そうしたら、あなたの望むものを全て与えるから。

 ……なんだ、魂はもらえないのか。残念、ずっと側に置きたかったのに。


「わかったから! ほら、これでいいんでしょ!?」


「よし、契約成立だな。よろしく、ベリアル」


 え、笑顔! しかも優しい笑顔!! ホントに!? さっきまであんなに冷たかったのに! え、どうしよう、心臓がうるさい!!

 そして、訳がわからないうちに、気づいたら握手までしていた。レオンの手……大きくて温かいな。


「ところで、さっそく願いを伝えていいか?」


「はいはい、どうぞ!」


 ウットリしてたのを隠したくて、変にツンツンしてしまう。あぁ、この調子じゃ、レオンに誤解されちゃう!


「まずは、俺に嘘をつかないでくれ。ベリアルを信じたいから。それから、嫌なことやできないことはハッキリ言ってほしい」


「…………………え? それだけ?」


「今のところは」


「…………随分と変わった人族だね……」


「? そうか? よくわかんないけど」


 本当に、望めば何でも叶えるのに、それだけ? レオンが望めば、名誉もお金も、あんまりっていうか、全然気は進まないけど美女も用意できるのに。

 こんな風に言われたら、大事にしてもらってるって勘違いしちゃうよ?


「……対価だけど」


「うん、何がいい? 今の俺じゃ、あんまりできることないけど」


「…………わ、私を、守って」


 言っちゃった! 言っちゃった!! いっつも守る側だったから、守ってもらうの憧れてたんだよねーー!!


「そんなんでいいのか?」


「うん、それがいい」


「そうか、任せとけ。ベリアルは俺が守ってやる」


 ふっと微笑むレオンの紫の瞳が優しくほそめられる。

 顔が赤くなるのがわかって、ごまかしたくて慌ててしかめ面をする。今はこれ以上私に何かを望まないで。もうね、ムリ。ムリったらムリ。

 『俺が守ってやる』ーーだって! もう、レオン様って呼ばせていただきます!!


 レオン様、あなたの側にずっといさせてね。あなたの願いを全て叶えてみせるから。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ