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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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魔術師とガイゼルダナン その3『領主の住まう場所』

 

 キアラ・ユーリスと別れた後、私は一度、貴族専用区画ある宿屋へと戻る事とした。宿屋の側を通り掛かると聞き慣れた声が外にまで聞こえて来ていた。それに誘われるがまま庭先に立ち寄ると、そこではアイゼンヒルがスオウ、ミチクサ、ザイへと稽古をつけているところであった。


 先日の一件以降、三人でアイゼンヒルに頼み込んだようで、アイゼンヒルは渋々と言った様子ではあったが、三人の気迫に根負けして稽古をつける事を了承したようであった。


「団長殿は呑気に散歩とは良いご身分だぜ、全く」


 アイゼンヒルは私を視認するや否やそう吐き捨て、一方でミチクサの突貫を稽古用の木槍で軽々いなし、鞭のように腕をしならせては的確にミチクサの急所を突き崩していた。


「てめえら、槍を目で追うんじゃねえ。相手が何を意図しているか、身体の動き、魔力操作の流れ、攻防全体の組み立てを予想し、対応しろ。強敵であればあるほど、瞬時に即応しなければ死ぬぞ!」


 三人の悪い部分を的確に指摘しながら実践形式でひたすら身体に覚え込ませるようにアイゼンヒルは稽古を続け、三人は汗だくになりながら黙々と稽古に励んでいた。


 アイゼンヒルは疲れた様子も見せず、どこか嬉しそうに容赦なく三人を叩きのめしているようであった。


「実は先ほど、ガイゼルダナン家に仕える魔術師と出会ってね。キアラ・ユーリス、元辺境魔術師と言っていたけれど聞き覚えはあるかい?」


 ミチクサの次にスオウの双剣による素早い攻撃を器用に躱し、素早く足元を狩るようにして槍を薙ぎ払いスオウの体勢を崩しながらアイゼンヒルは意外そうな表情を見せた。


「ほう……ほっつき歩いているだけでは無かった、という事か。キアラ・ユーリス、確かに今ではガイゼルダナン家のお抱えになったとは聞いていたが、そこまで詳しい事は知らねえな。何でも王立魔術学院を十二歳で卒業した逸材だとか、っていうのは小耳に挟んだ事はあるがな。キリシアの方がその辺りは詳しいだろうぜ」


「なるほど、ありがとう。確かに若い割りに実力は確かに見えたね……。この後僕はガイゼルダナン家に御呼ばれしてね。少し外させてもらうよ」


「好きにすりゃあいい。公爵家の心証を悪くするような事だけしなけりゃ、俺から言う事は何もねえからな。お嬢との会談の前にガイゼルダナン公の人と成りが分かればこちらとしては言うことねえよ」


「そうかい。まあ、可能な範囲で情報収集はさせてもらうよ」


 私はそう言い残し、ガイゼルダナン家の城へと足を向けることとした。ガイゼルダナン家へ訪問するに当たり、その城へはなだらかな螺旋上の坂道を進む必要があった。貴族地区から切り離された城までの道のりには登城する者達を確認する為の検問が存在しており、私も足を止めざるを得なかった。


 検問では基本的には許可証を持った者のみを通すように管理されており、許可証を持つ者は平民では領民の中でもそれなりに権力を持った者しかおらず、それ以外では男爵以上の爵位を持つ貴族のみが検問を通る事が可能とのことであった。しかしながら、何れにも属さず許可証を持たない私は暫く検問の待合室にて待たされることとなった。


 一応、私がこの検問に訪れる事は予め知らされていた様子で、守衛は奇妙な顔で私を観察しつつも世間話に興じてくれるあたり、確りとしていた。時間を潰すこと数十分後、キアラ・ユーリスが馬車の御者と共に私を迎えに現れた。


「ラクロア様、ご足労頂きありがとうございます。城までの道のりは登り道なので馬車を用意いたしました。こちらにお乗りください」


 私が馬車に乗り込むと、キアラも同じように乗り込み、御者へと合図を送ると緩やかな歩調で馬が動き出し、私達を乗せた客車もそれに合わせて動き出した。


「キアラさんは元々辺境魔術師であったと言っていましたけど、どうしてガイゼルダナン家へ?」


 世間話がてら、キアラの出自を聞くと、彼女は特に躊躇うことなく私にありのままを話聞かせてくれた。


「私は王立魔法学院を卒業した後、本来であれば魔法技術研究所への就職を希望していたのですが、年齢資格を満たす時間が必要であったのと研究論文の作成の為に先ずは辺境魔術師となったのです。残念ながら何をするにも先立つものは確かに必要ですので、お給金が良い各地へ派遣されるに身を任せておりました。しかし、辺境魔術師とは意外に雑務が多く、纏まった研究の時間が取れないので、結果辞めました。それをどこから聞きつけたのか、シャルマ公爵閣下が私をお誘い下さり、こうして今はガイゼルダナン家専属の魔術師となっているわけです。実際のところ、資金援助さえいれば、辺境魔術師という身分はそれほど執着するようなものでは無かったという事ですね」


 十五、六歳の少女といった年齢でありながら、彼女はすまし顔で身分と研究を天秤に掛けてそれを投げ出したという事であった。能力のある人間であればそうした柵も気にせずやりたい事が出来ると言うのはどの世界、どの時代も同じなのだろうか。


「なるほど、そういう考え方もあるのですね。参考になります」


「王立魔法学院については、ラクロア様も一度お立ち寄りになられるのも良いかもしれませんよ。平民、貴族関係なく受け入れはされていますからね。何より魔法技術の先行研究に触れるには手っ取り早いとも言えますから」


 暫くキアラと談笑をしながら、時間を過ごすうちにガイゼルダナン家の城門が見え、そのまま中へと進み馬車が停止した。


 降車すると、正門から先には城内に作られた中庭があり、美しい色取り取りの花が咲いていた。その合間には清廉な小川を思わせる用水路が作られており、魔石と魔法術式によって時間が来ると自動的に水が供給されるように細工がされていた。


 その他にも至る所に魔法陣が描かれ、気温や湿度の調整等、潤沢に魔法が用いられていた。どこから魔力を供給しているのかと魔力感知を巡らせると、城の地下に巨大な魔石が安置されており、そこから適宜必要な魔力が供給されているようであった。


 空を見上げると硝子によって屋根が作られており、その透明度は極めて高い。街中で見かける濁度の高いステンドグラスとは違う透き通った作りに、何等か高度な技術によって作り上げられている様が見て取れた。目を凝らすと、そこにもまた魔力が流されており、どうやら取り込む光量の調整を行っているようであった。


(これがガイゼルダナン公の趣味、というわけか……)


 中庭をコの字型に囲むように館が建てられており、日陰を作るように一階には白を基調としたアーチ型の回廊と大理石による石畳が続き、三階建ての左右対称の建物は極めて神経質に映る。石造りの基礎の上にモルタルを丁寧に塗り、更にその上から幾つもの彫刻が装飾として施されていた。二階からは中庭全体を見下ろす事が出来るテラスが取り付けられており、中庭を眺めながら一時が過ごせる設となっている。


「城、と言うには開放的ですし、どちらかと言うと館と言った方が正しそうですね」


「ええ、ガイゼルダナンの市街に対して城というのはそぐわないとガイゼルダナン家は考えたのでしょうね。確かにガイゼルダナンは城塞都市ではありますが、その本質は交易都市ですからね」


 私とキアラを迎えたのはガイゼルダナン家に仕える使用人であった。


「ラクロア様、ご足労賜り誠にありがとうございます。キアラ様、旦那様のご準備は整っておりますので、二階の執務室へお招きするようにと仰せつかっております」


 丁寧なお辞儀と共に、我々のエスコートを担当する事になったのは二十代中盤と見える青年であった。


「ありがとう、ヴァン。ラクロア様、この先はヴァンと私がご案内致します」


 ヴァンと呼ばれた使用人の機敏な動きから、彼が何等かの訓練を受けている者のような印象を受けていた。


 ちらと私を見る鋭い視線からは戦闘に携わる者の凄みを感じ、彼が使用人兼警備役を担っているのは間違いなさそうであった。


 私は案内のままに建物の中央棟に入ることとなった。中は奥行きの広いホールとなっており、外観からも見て取れた通り、内部も随分と拘った作りとなっている。


 ステンドグラスから取り込まれた陽光によって室内が美しく照らしだされ、ホールの中央にはガイゼルダナン家の家紋が浮かび上がる演出が見て取れ、建築的な側面においても趣向が凝らされていた。


 華美ではないが、決して質素ではない。無機質な美しさがガイゼルダナン家の趣味であるように感じられ、私はシャルマ・ガイゼルダナンなる人物がどのような人であるのか、徐々にではあるが想像がつくようになり始めていた。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)


 私は少し昂揚感を覚えつつ、ヴァンとキアラに誘われるがままに歩を進めていた。


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