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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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魔術師とガイゼルダナン その2『魔術師を見張る者』


 尾行者がその足跡を掴ませないのであれば、と私は歩行速度を高め通りに密集する人垣を滑るように抜け出した。


 それに釣られるように動き出す不審者を既に張り巡らせた魔力感知で捉えるつもりの陽動であったが、想像通り私を追う為の動きが俄かに感じられ私はほくそ笑んだ。


 追跡者は私の突然の行動に驚いたのか、先ほどまで見せていた高度な尾行技術は影を潜め、私の視認に意識を割いたお陰で、人混みの中でこそ、その特定は容易であった。


 幾つかの区画を駆け抜け、人通りの少ないにおびき寄せる動きに対し流石に私の意図に気付いたのか尾行者は踵を返し、人混みに紛れようと試み始めた。しかし、それを許す私ではない。


「まあ、少し落ち着いて話しをしませんか?」


 その背後へと瞬時に移動し、腕を掴み退避行動を許さなかった。


 掴んだ腕は思いの他に細く、薄い布地のローブから伝わる柔らかさは明らかに男性の物では無かった。


「すみません、すみません、すみません。悪気は無かったんです。殺さないで下さい!?」


 甲高い声で喚く様は先ほどまで高度な尾行技術をも用いていた者とは思えない程、彼女を幼げに見せていた。その素っ頓狂な顔に驚くと共に周囲が「痴話喧嘩か?」等と怪訝な目で我々を見咎め始め、妙に居心地が悪くなり始める。


「いや、そんなつもりは無いのだけど。取り敢えず少し落ち着いてもらってもいいかな? 」


 物騒極まりない言葉を吐く少女を宥めながら、つぶさに彼女を観察する。栗毛色の髪は整えられる事も無く、雑に跳ねたままにされ、眠たげな目元と相まって少々ずぼらな印象を受けた。


 私は彼女の手をそのまま引き、商業区画に建てられていた手頃な宿屋で一部屋を借りると、その中に彼女を連れ込み、備え付けの席に座らせた。


「あ、あの、私、何されちゃうんですか? ま、まさか、ここで無理矢理に乙女を散らす事になるのでしょうか……。ああ、白馬の王子が現れる事を思い描いていたかうら若き乙女の儚い夢は男の醜い欲望によって踏みにじられてしまうのですね……」


 よよ、と泣くようなそぶりをした後に、彼女は何か意を意決したかのようにぎゅっと目を瞑っていた。


 諧謔心を僅かながらに掻き立てられる物言いであったが、しかし些か演技が下手すぎると言えた。その演技の裏で、纏ったローブの内側に隠し持つ何等かの『触媒』を通し、刻まれた魔法術式を発動しようとする動きが魔力感知を介して見えており、嘘くさい演技とは裏腹に彼女は私の隙を突く気が満々であると言えた。


(私でなければ多少は隙も見せるかもしれないが、残念ながら色香も十分とは言えないな)


 内心で私は苦笑しつつ、彼女を見遣る。私に気付かれないように微細な魔力操作を始めようとしている辺り、彼女の強かさが確かに窺えたがこれ以上面倒を起こすつもりは私には無く、機先を制する事で彼女の行動を止めることとした。


「それ以上の魔力操作は敵対行動とみなす。分かったなら魔法構築を解き、触媒をこちらに見えるように取り出して床に置け。魔法構築速度においても私に勝てると思わない方がいい」


 彼女は眉をぴくりと動かすと、観念したようにローブによって隠されていた仕込み杖を取り出し、私に見えるように床に落とした。


「なるほど、全部お見通しという訳ですか。今の魔力操作を見切る辺り、かなりの腕前と推察致します」


 彼女は先ほどまで見せていた少し抜けたような雰囲気を一蹴する、ぎらついた目つきを見せると、私を値踏みするように観察していた。


「物分かりが良いのは助かるね。先ずは名前と私を尾行した目的から教えてもらえるとこの後が早くて助かるのだけれど?」


 私がそう告げると、彼女は特に躊躇いも見せずに言葉を紡ぎ出した。


「私はガイゼルダナン家にお仕えする元辺境魔術師のキアラ・ユーリスと申し上げます。目的は単純明快、力ある魔術師の勧誘と囲い込みです。特に貴方のような実力を持つ方であれば他の貴族に唾を付けられる前に接触を持ちたいと思うのは当然ではないでしょうか?」


 先程とは打って変わり、その幼げな顔立ちからは想像の出来ない、丁寧でありつつも淡泊な事務的な口調から伝えられた内容は私の知りたい情報を八割程度は網羅していた」


「なるほど。けれど最初から僕を目的として動いていたわけでは無かったようだね? とするとあの『指輪』が選定作業の一環になっていたという事かな」


「その通りです。市街に高度な魔道具を紛れ込ませ、流通させる事でそれに目を止めた魔術師に当たりをつけるというものです。しかし、あの指環を一瞬で魔道具として見抜く慧眼には驚かされました」


 私は自分の右手の中指に嵌めた指輪を親指の腹でなぞりながら彼女の言葉を咀嚼していた。確かに人材確保という観点であれば市場を取り仕切るガイゼルダナン家であればそれも不可能ではないのだろう。


「なるほど、それで合点がいった。僕が指輪を購入したところまでは群衆に紛れた良い尾行をしていたのに、私の陽動の動きで乱れたのはそういう訳か……。勧誘目的を果たせずに私を帰すわけにも行かなかったけれど、逆にこうして捉えられるとも思っていなかった訳だ。ちなみに、もしも一般人が誤って購入して行った場合は買い戻すなり何なり、そうした対応もしていたのかな?」


「お恥ずかしながらその通りとなります。今身に付けられている指輪は嘗て人魔戦争時代の魔術師が使用していたと言われる遺品の一部となります。現代の魔術技術では再現が困難な事から末端価格でも大金貨六百枚はくだらないでしょう。王都にその指輪一つで家が建つと考えていただければその価値もお分かりいただけるでしょうか?」


 この触媒が持つ力の一端については私自身も理解に及んでいたが、市場価格については大いに驚かされる。確かにこのキアラと名乗った少女を困らせるだけの価値はあるに違いない。


「はは、それが小銀貨六枚で買い逃げされては、洒落にもならないと言う訳か」


「はい。しかしながら、ガイゼルダナン家としてはその指輪の価値が分かる魔術師に対してそれ以上の価値を見出しておいでです。その指輪はそのままお預け致しますので、領主のシャルマ・フォン・ガイゼルダナンにお会い頂ければ幸いです」


「積極的ですね。いいでしょう、お会いする事はやぶさかではありません。ああ、こちらの自己紹介が未だでしたね。中級冒険者『白銀』のラクロアです。以後お見知りおきを」


 私が承諾と共に名乗りを上げると、キアラは安心したのかほっと胸を撫でおろしていた。


 すぐに訪問するべきか一度、スオウ達に断りを入れておくべきか迷っていると、キアラは部屋の中を見渡しつつ、少しもじもじとした様子でこちらを見ていた。


「どうかしましたか?」


 不審に思い、声を掛けると先ほどまでの事務的な口調とは打って変わり最初に見せた演技のような声音で緊張した様子を見せながら、しどろもどろにキアラは答え始める。


「いえ、あの、実はこうした場所に連れ込まれた事が初めてでして、冒険者の殿方はやはり女性をこのように宿に連れ込むのが慣わしなのでしょうか? ラクロア様は聡明なお方のように見えますし、何もないとは思っているのですが、ひょっとすると本当にこの後なにかされてしまうのではないかと、いえっ!! 別にキアラがそうして欲しいとかそういうわけではないので、すみません、ごめんなさい!! まだ私にはそういう事は早いと思うんです!!」


 急に早口でまくし立てる彼女を眺め、私は静かに目を閉じて心を落ち着けてから彼女に諭すように言った。


「そういうの、本当に止めてもらっていいですか?」


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