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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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魔術師とガイゼルダナン その1『誘惑』

 

 目を開くとそこはまたも白い世界であった。何も無い、塗りたくられた無が広がるだけの寂寥感が募る空間が果てしなく広がっていた。


 其処には清楚でありながら高貴な印象を見る者に与える白と灰色を基調にした衣服に身を包んだ男女が、仲睦まじく会話を交わしていた。


『私達が未だ人であった頃、英雄は魔族に挑み、破れ去った』


『人の身にて神に等しき者達への反逆は、成功する事等あり得ないものと知った』


『けれど天上の意思を知る者共は今も未だ見果てぬ夢を望み、それでも尚走り続ける』


『暗き闇を討ち払うと信じて止まぬ徒花の輩が夢を見る。愚かにも愛おしく』


『叶わぬと知りながら、敵わぬと知りながら、手を伸ばす姿を憐む者はいない』


『おかしな話。誰も彼の王の意思を知り得ないのに、妄執に囚われている』


『止まることが出来ぬのであれば、この終わりなき囚われの世界に光を望む事が、我々の望み』


 一人、腰を下ろし静かに彼らの会話に耳を傾ける者がいた。


 彼は何を思って彼等の言葉を聞いているのだろうか。どこか寂しそうな、それでいて慈しみを湛えるような、彼の心は私の知らない感情で埋め尽くされているようであった。


『思い残した事は無いのかい?』


 それを聞いた女はくすくすと笑う。


『平等では無くとも公正な世界を』


 続くように、自らの胸に手を当てながら男は高らかに声を上げる。


『理を知らぬ子供達に力を。閉ざされし人の世界に光を』


 腰を下ろしたまま、男は頷いていた。


『その想いを届けよう。その為に私はここに居るのだから』


 そう言葉を紡いだ者は私に顔を向けて微笑んだ。彼の顔を私は上手く捉える事が出来なかったが、今までよりも確かな輪郭を浮かべながら、未だ形にならぬ無定形な者がそこには存在していた。気が付くとゆっくりと視界はぼやけ、そこから私は意識を散らすと世界は霧散して消えて行った。



 穏やかな朝の日差しを浴びて私は、ゆっくりと目を覚ました。


 記憶の端に残る僅かな余韻、漠然と感じる何かの残滓。私は記憶を手繰り寄せようと試みるが、何故か上手く思い出す事は出来なかった。


 気を取り直して、部屋に置かれた水差しから給水し一息つけると、私は市街を探索するべく準備を始める事とした。ガイゼルダナン家の庇護下にある聖堂国教会の治療院においてアルバートの治療に合わせルーネリア達が準備を整える間、護衛として四六時中彼等を見張り続けるというのも合理性に欠けているのも事実であった。


 つまるところ時間を持て余していたわけだが、それであればと、私は纏わりつく視線を釣る為の生餌としてガイゼルダナン市街を散策することを決めたに過ぎない。勿論、その任務に合わせてロシュタルトとは比べ物にならないガイゼルダナン全体の物流動向や、政治的な噂、生活の営みにおおけるまで知りたい情報を吸い上げることもまた視野に入れた動きであった。


 宿を出ると綺麗な街並みを作る貴族専門区画を横目に、徐々に商業の盛んな地区へと進んでいく。相変わらず碁盤の目の様に秩序立った街並みを見せる市街には大通りごとに番号の振り分けがされており、自分が今どの地区にいるかが一目で判る様に区画分けが確りとなされていた。緑園地区として設置された公園や、下水道も完備されたガイゼルダナンを歩くにあたって、改めてこの行き過ぎたとすらいえる都市機能がどの様に維持しているのかという、疑問が拭えなかった。


 地下水を汲み上げ式に供給するだけでは間に合わないであろう市水はガイゼルダナンを見下ろす山中から流れ込む川を利用した重力落下を使用した物が主要な水供給場となり、その多くが地下を巡る用水路へと送り出され各家庭にまで水が届く様に設計されていた。下水道も確りと埋没式で設置されており、市中に不快な臭いが漏れ出す事も無く衛生度を高めていると言える。


 また、生活用水は基本的には魔法術式によって熱消毒処理と冷却処理を施されているとの事で、その莫大なエネルギーは鉱山から取れた魔石によって賄われているようであった。それ故にインフラ整備に割かれる財源はかなりの規模との事であった。


 各魔法技術の動力炉となる魔石の採掘は近郊の山々を切り崩す形で行われており、ガイゼルダナンは現在ではスペリオーラ大陸内でも有数の魔石産出地としても有名であるということを商工会議所で自慢気に話す商人達から容易に情報取りが出来た。東西の要所として商業が盛んなだけで無く鉱山資源まで取り扱うとなれば、その財源が持つ力はかなりのものである事が想像付く。このガイゼルダナンという都市はまさしく、ガイゼルダナン家の持つ力量そのものを現しているに相違なかった。


 商業組合の取りまとめ役としてもかなりの手腕を発揮しているようで、市中においてガイゼルダナン家の評判は頗る高く、一家揃って都市の発展に力を入れているとの事であった。


 市中に出回る食料も質が高く、ロシュタルトと比べても安価で高品質な物を多く手に入れる事ができるようで、付加価値品に対する取引金額は確りと相場形成がなされており、以前ザンクへと卸したコモドカナドールの鱗も小金貨四枚とロシュタルトと比べてもかなり高く取引されている。


 これは、エルドノックスの外殻等も売りに出せばかなりの高値になったかもしれない、などと様々な魔獣の素材を眺めつつ、その他にも様々な武器、防具、魔石を眺める中、とある露店の前で足が止まった。


 そこに置かれていたのは飾り付けの一切無い酷く簡素な指輪であった。一見すると何ら変哲もない銀製の指輪であるが、違和感を覚え、魔力感知によって注視してみると、その指輪内側には肉眼だけでは確認できなかった細かな魔法陣が浮かび上がり、魔力を通せば何らかの魔法抗力を発動出来る『触媒』として機能しているようであった。


 面白い事に指輪という物体それ自体に対してでは無く、指輪に付与させた魔力に対して直接魔法術式が刻み込まれており、見た目には唯の指輪にしか見えない。


 恐らくは魔術師が抗力発揮を効率化させること、触媒であることを他者に気付かれにくくする為に用いた偽装なのであろうが、その魔法技術の練度は非情に高いものと言え、私は目の色を変えてその指輪を眺めていた。


(もしも実際に魔術師に使われていた物であれば、この製作者はかなりのやり手のようだな……)


「坊ちゃん、慧眼ですねえ。そちらの指輪は純銀で作られたものでしてね。鍛冶名は細工もされていませんが、実に数十年前に使われていた骨董品でしてね。お値打ちものですぜ」


 取ってつけたような説明に苦笑しつつ店主に断りを入れて指輪を手に取り繁々と眺めた。確かに使い込まれてはいるように見える。じっくりと魔法術式を読み解いていくと、刻まれた魔放術式は一つだけではなく、指輪その物の経年劣化を防ぐ保護魔法等も重ねて刻まれているようで、魔力を込める事で都度形状復帰するような作りになっているようであった。小さな指輪にここまで細かく魔法術式を刻む事が出来る物なのかと感心すると共に、これが人族における魔法技術のレベルだとすると魔法戦闘技術に関してはやはり高い水準を保持している事となる。


 逆に言えば、魔法をまともに使用する事が出来ない人間からすれば無用の長物ではあるが、魔力操作の技術が大衆に知れ渡ればより高度な技術が人族の中で培われる可能性もあるように思える。王政を敷く故に技術の漏洩はそれ即ち反乱の芽となると考えれば貴族階級がそうした力を握りたがるのも納得できる話ではあると心の中で関心していた。


 しかし、同時に疑問も浮かび上がる。そのような管理をするとして、一部の機関ないしは貴族によって適切な管理を行う事が出来る物なのだろうか?


「どうです? 今のうちに買っておかないとすぐ無くなっちまいますよ!?」


 価格を確認すると小銀貨六枚と絶妙な価格を提示され、私は特に値切りする事もなく思わず購入してしまった。


 指輪を大きさの合う中指に嵌め、魔力を通すと目論見通りにやや擦れていた指輪は鋳造されたばかりの見た目と遜色ない輝きを取り戻した。私の想像以上に触媒としての能力は極めて高い物であると言えた。私が自身のマナを練り込んで魔力感知の魔法構築を行った際に、その消費量が約三分の二程度にまで軽減されるのを感じていた。


(魔術を極めた者達であれば、それこそ喉から手が出る程に欲しがるもんだろうに……本当にこんな物が一般に流通するのだろうか?)


ちら、と露店の店主とその他の物品についても魔力感知により不審な点が無いかを確認するが、特に変わった点は見当たらず、其の場を後にする事とした。


 引き続き街を散策し同じような物品が無いかと物色をしていると、いつの間にか私の背後を尾行する者の視線を感じるようになった。以前、ロシュタルトで受けたような尾行とは違い巧妙に人混みに紛れており容易に位置を掴ませないように気を配っている。魔力感知内に存在はするものの、その所在を掴ませない尾行能力は極めて高い物と言えた。


(漸く釣れた、という事かな……)


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