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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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穏健派の胸中を統べる者、そして狭間で揺蕩う者達


「ルーネリア様、キリシア殿にアイゼンヒル殿もお久しぶりでございますな」


 治療院の統括者であるラスケス・ゼストは聖堂国教会の穏健派に属する聖職位階において司教の立場であり、ガイゼルダナンにおけるその一切を統括する者であった。穏健派においてはルーネリア様の叔父にあたる、チグリス・ナルガストと同様にその信頼を担う者の一人であった。仮に彼がサンデルス伯爵家の血筋であれば、時代が時代であれば大司教や、ひょっとすると教皇とすらなれる逸材とすら噂される人物であった。


 ラスケスの挨拶にルーネリア様は淑女の礼を取り、挨拶をみせる。彼にとってはそれで充分であり、話の矛先は私とアイゼンヒルに向けられる事となる。


「お久しぶりですね、ラスケス様。ガイゼルダナンでの国教会統括の任に就かれる際にご挨拶をさせて頂いて以来ですね」


「そうですな、あの時にお見送りを頂いた時以来です、キリシア殿。さて、ルーネリア様がこの場にいらっしゃるのは私共にとっては僥倖と考えるべきですかな?」


 ラスケスは私達に着席を促しつつ、手ずから飲み物を入れ始める。真っ先に自ら口を運ぶ事で安全性を証明しつつ我々に茶菓子と一緒に進める当たり、手慣れた動きのように思えた。治療院の一室で私達は机を囲み、情報交換を行う中『白銀』や『微睡の矛』はアルバート様の護衛を行ってもらっている最中であり、この場においてはアイゼンヒルと私の目が全てであったが、ラスケスはそうした行いを欠かさない人物であった。

 

「ええ、恐らくはそうなるかと思います。状況は決して芳しくはありませんが……」


「そのようですな。教皇派の暴虐は日を増すごとに過激になっておりますし、既にカルサルド国王陛下も本件について動きを見せ始めていると噂ですからな。そのうち大司教様も槍玉に上がる事になるでしょう……。とは言え、自体が収束するには時間が必要になるでしょう。その間に穏健派が確実に削がれていく状況は見るに堪えませんな……」


「……裏で教皇派を操っているのはやはり、ゼントディール様で間違いないのでしょうか?」


 私の言葉に対してラスケスは渋い顔を見せた。それが事実であって欲しくは無いが、可能性を排除しきれないと言ったところなのだろう。


「そこまでは私には分かり兼ねますが、明らかに国教会以外の者達が手を貸しているのは間違いないでしょう。騎士や魔術師と言った国教会には存在し得ない武力を持つ者達が確かに戦場には存在し、この内紛を助長しています。既に幾つかの村々で穏健派の医療院や教会が焼き討ちに遭っている中で何とか生き延びた者達から得た独自の証言もあります。何れは王都にもこの災禍が届きかねない勢いです」


「しかし、貴族の血縁者を攫いながら、それでいて穏健派の粛清を行う状況は単純に自らの首を絞める事態に陥っているように思います。内紛故に近衛騎士、魔術師共に動かないというのも理解は出来るのですが、カルサルド国王陛下は彼等に自体の終息させる為に要請を出さないのでしょうか?」


 ラスケスは「それは難しいでしょうなあ」と呟いた。


「カルサルド国王が頭を下げて騎士団と魔法技術研究所に助力を請うと? それは有り得ないでしょう。そもそもが、教皇権をカルサルド国王が奪取したのは自らの権勢を強める為に行った事なのです。それであればこそ、余所の介入を許すはずがないというわけです。騎士団や魔法技術研究所に作った貸しがどれほどになるか、考えるだけでも恐ろしい。そう考えるのが国王陛下でしょう。宰相のジファルデン様も同様のお考えでしょうな」


「……そうすると、国王陛下の兵士達が動きますか」


「そうなるでしょうな。ルーネリア様もそうなる前にお立場を確立された方が宜しい。ガイゼルダナン家にご助力を請うのは如何ですかな? 私も既に彼等の庇護下に入っている状況ですから、悪い話ではないかと思いますよ」


「ですが、それは今後、明確に教皇派と事を構えることとなるという事ですね」


「残念ながら、そうせざるを得ないでしょう。聖職者が口にするものではありませんが、血を血で拭う、それが我々にとって生き残る道でしょうな。内紛が起こった以上、どちらにせよ聖堂国教会の力は今回の件を通して弱まる事になるのは明白ですから、生き残るのが最優先でしょう……、しかしながら、どう動いたとしても政治的な観点で言えばカルサルド国王にとって益となるように出来ているのは見えざる手による差配を感じますがね」


「今回の件を仕組んだのは国王陛下とお考えですか?」


「いや、それは違うでしょう。思わぬところで膿が出たのだと、そう考えるべきでしょう。仮に国王陛下を教皇として認めないのであれば、緩やかに滅びる他ないのが現状なのです。それを許容できないと感じる者達が最後の足掻きを見せている、そう考えるのが自然ではないでしょうか? やり方の功罪は有れど、政治闘争の果てに聖堂国教会を統べる者はカルサルド国王となったのです。それであれば、前回の叙任権闘争にて敗北を喫した教皇派はそれに従う他に道が無い。何等か、自身の信念に生きるとするのあれば、待つのは死、それしかありますまい」


「しかし、先ほどラスケス様が仰った通り、影でその教皇派を助長する動きがあるのも確かではありませんか?」


「そうですな。戦火を呼ぶ事によって得をする者達がいる。聖堂国教会の内紛が続けば続く程、ほくそ笑む者達が何者なのか、キリシア殿にそれがお分かりになるでしょう?」


「……騎士団に、魔法技術研究所、ですか」


「そうなるでしょう。仮に教皇派の中心人物がサンデルス伯爵家だとするのであれば、懇意にされるノエラ・ラクタリス率いる魔術協会にもそれなりに影響が出るでしょう。何よりも民の信仰を集める聖堂国教会を手中に収めたカルサルド国王陛下の力を削ぐ事にも繋がるわけですからな。バランスを重んじる者達にとってはこれ以上ない理由となりましょう」


「しかし、近衛騎士も、近衛魔術師も共に現場にはおらず、そこにいたのは既に一線を退いた騎士と子飼いの魔術師達……関係性は匂い立つけれども、それを証明することは出来ませんね」


「生け捕りにしたところで誓約魔法術式で容易に口は割らないでしょうから、状況証拠で物事を語らなければいけない以上、それも難しいという訳です……。勿論、ルーネリア様が目覚めであればそれもまた一つ可能な手段なのかもしれませんが」


「聖女としての役割という訳ですか」


「魔法術式に依らない事実の認識は交渉の上でとてつもない価値を持つ。それ故にカルサルド国王は先の政変でサンデルス家を廃絶せずに格下げの形で存続させたのでしょう。ルーネリア様であればカルサルド国王も喜んで迎え入れて下さるに違いありません」


それまでじっと腕を組んで入り口付近で待機していたアイゼンヒルが口を開いた。


「政治の道具としてか」


 それはルーネリア様にとって幸福なのかどうか、そのような意味合いも含まれた問にラスケスは首を振って応えた。


「言い方次第ではありますが、私はあくまでも民衆の心の拠り所としての在り方を期待しております。美しき聖女が教皇を担う未来を人々は望む事でしょう。そしてそれは国王の器量としても映し出される。そして聖堂国教会としての面子も保たれることになる」


「ちっ、生臭坊主が考えそうなことだぜ」


「なに、アイゼンヒル殿も最初から推察はされていたことを口にした迄ですよ」


 ルーネリア様の価値をラスケスは分かり易く私達に説く事によって突飛な行動をするなと遠回しに言っているに過ぎない。そしてそれを分からないアイゼンヒルではない。


「ですが、ラスケス様は酷なことを仰いますね」


 そんな私の情緒に訴えるような無意味な言葉の中にも同情を見せてか、ラスケスは目線を僅かに落とし、カップの中に視線を注いでいた。しかし、実際に見ているのはそのような些末なものではなく、より先を見据えているに違いなかった。


「確かに私は酷いことを言っているのでしょう。けれど、落としどころを探る役割を私は担っているのです。そして目の前に、その落としどころとなる人物がいる。それであれば選択肢が少ないことはお分かりでしょう?」


 その言葉を聞いたアイゼンヒルは表情を崩さずにラスケスを見つめながら、一つの可能性を提示して見せる。


「……俺達が教皇派に付いたとしたら?」


「考えたくはありませんが、その行いは悪戯に民衆を扇動する事になるでしょう。それこそ信仰を盾に取った内戦へと発展する事になる。聖女の存在はそれほどに重い。今の大司教様は有能ですが、物見の魔眼を持つ者ではありませんから、民衆の求心力は決して高くはない。教皇派は得てして、正当性が無い中での戦いが強いられている。だから、内紛という小さな枠の中で事がおさまっているのです。そしてそれを理解しているが故にルーネリア様をあなた方はお逃がしになったのでしょう?」


「……」


 アイゼンヒルも、私もその指摘に反論する言葉を持ち合わせていなかった。ゼントディール様が教皇派に肩入れする可能性を見越したからこそ、ルーネリア様と共に各地を転々とし、逃げ回っていたのだから。


「一度、シャルマ公爵と会談を持つと良いでしょう。王都へと戻るにせよ、ご領地へ帰られるにせよ、後ろ盾は必要です。如何にアイゼンヒル殿やキリシア殿、そして『白銀』と言った冒険者を従えていたとしてもそれで政治は動きません。国王に叛意が無いことを明確にした上、動くのが宜しい。それが聖堂国教会の未来にも繋がるでしょう」


「ご助言痛み入ります」


 今の私達に選択肢は決して多くない事を痛感せざるを得なかった。



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