アルバート・シュタウフェン・ロッシデルト
アルバート・シュタウフェン・ロッシデルトが昏睡状態でガイゼルダナンの治療院へ送りこまれてから数日間後、『微睡の矛』と、漸く会話が出来るようになったアルバートを交え今後の方針について意見を交わす事となった。
アルバートは、やや痩せた身体付きであったが、それは彼が拘留されている間に受けた苦痛を反映した物であった。聖堂国教会による治療、そしてクレアートとキリシアの世話の甲斐もあり数日で衰弱状態から脱しはしたものの、未だベッドの上で介護が必要な状態であった。
「改めて礼を言わねばならんな。アルバート・シュタウフェン・ロッシデルトだ。この度はルーネリア様のお力添え誠に感謝申し上げます。また、アイゼンヒル殿にキリシア殿、そして『白銀』の一行にも心から謝辞を申し上げる。『微睡の矛』にも世話を掛けたな。それで、ヴァリスはどうしている? 未だ姿が見えぬが」
ちら、とクレアートを見るとアルバートから見えない位置で唇を噛んで自らを鎮めている様であった。
「ヴァリスは死んだ。あんたを助けるためにアルヴィダルドとの戦いの末に討ち死にした。亡骸は既に清め、死に化粧をしている。故郷に埋めてやると良い」
アイゼンヒルが淀み無く言い放つと、アルバートはそれを聞いて目を細め、そうか、と短く呟くと、直ぐに目線を戻し、努めて平静を装っていた。
「伝え聞くに騎士アルヴィダルド・イクティノス、元近衛騎士との戦い、さぞ壮絶であったのだろう……。ヴァリス・アンダルシアは私の良き部下であり、友であり、兄であった。今はその冥福を祈るしか無いが、故郷に戻り次第葬儀を執り行い、手厚く埋葬する事を約束しよう。『微睡の矛』の皆も大義であった」
アルバートは殊勝な態度で貴族らしい振る舞いを見せたと言えた。それで幾ばくか皆の心が晴れれば良いが、それであったとしても、仲間の死についての整理には時間が必要だろう。
「悪いが、感傷に浸る時間は後にしてくれ。死者への弔いの前に先ずは生者の今後を考えなきゃなんねえ。あんたに聞きてえのは教皇派と呼ばれる奴等の目的が本当に教皇権の復権なのか、そして何故奴らがあんたを狙ったのかという点だ」
アイゼンヒルのその容赦の無い言葉に対して、物言いたげなルーネリアと『微睡の矛』の様子が見えたが、それを他所に、アルバートはアイゼンヒルの言う事も最もであると頷いた。
「奴等が聖堂国教会の縁者によっての教皇の復権を求めているのは間違いない。現実として国教会の力が年々弱まっているには火を見るより明らかだからな。その下支えとして、以前の様に権力分散が起こればそれなりに潤うと考える連中も少なくは無いだろう。私が誘拐されたのも、国王に仕える臣下において多少なりとも影響力を持つ地方諸侯に対して、牽制を込めた暴挙だったのだと考えるがね。ルーネリア様の父君であるゼントディール伯爵と私の父であるガルアイン伯爵は古来より聖職者の叙任について王からの相談役と国教会の繋ぎの立場にいるのは君も知っての通りだろう。次回の教皇叙任投票を前に、急所を突く形で私を襲ったと考えるべきだと思うが、どうかね?」
アルバート曰く、教皇叙任は過去の慣習に則って叙任権を持つ諸侯の投票によってその在位を認められるものとされているとの事であった。これは国民に対するポーズでもあり、その在位について正当性を持たせる事を目的としていた。
弑逆によって王位を簒奪した現在の王にとってはそうした正当性に基づいて教皇権を獲得する事は重要な箔付とのことであるらしい。但し、実際のところ投票券を持つ諸侯は王から信任を受けた者のみで現在は固められており、結果として王が教皇を兼任する流れが裏では取り決められている。
また、教皇の地位を得るためには立候補が必要であり、伯爵以上の爵位を持つ者の推薦状が二十枚若しくは公爵の推薦状が二枚あれば立候補が可能となる仕組みであった。教皇派と呼ばれる貴族諸侯は表では当然身の安全の確保から国王を支持しており、裏で国教会の大司教を候補として擁立しようとしている様であった。
「国王に裏切りが露見すれば、貴族位を剥奪され家ごと取り潰しですよね? 裏切るならそれこそ教皇権どころの話ではなく、謀反を起こす気概で無くては難しそうですね……。しかしながら、こんなに分かりやすい縮図の中で国教会が本当に謀反を企むのか……正直それについては甚だ疑問ではあるように見えますが……。この辺りの真偽を確認するのであれば、それこそ聖堂国教会の大司祭辺りを詰めなければ情報が出てきませんか?」
「なるほど、ラクロア殿の言う通り、教皇派の本質的な狙いは国王に対する反逆かもしれん。確かに教皇派に元騎士がいる事も懸念事項だ。国王に牙を向ける騎士とはいやはや、本気の度合が違うと言うべきか……大司祭の周辺については父も私の無事を知れば調査に動き出すことだろう。『微睡の矛』と共にロッシデルトへ早急に戻り、私としても動き出す必要があるな。恐らくはこの辺りの事情をガイゼルダナン家も公爵家としては見過ごしはすまいな」
アルバートのいう事を嘘と言うつもりは無い。しかし、もしもこれが国王派閥が行った自作自演であり、国王側が今回の情勢下において邪魔者を排除しようと画策していた場合、そもそも国教会における相談役を担うシュタウフェン家の立場は危うい。
ルーネリア誘拐に加担した『微睡の矛』を擁するシュタウフェン家が今回狙われたのも、この辺りの事が考えられてだとすれば、教皇派を名乗る者達は馬鹿ではあるまい。済し崩しに窮地に立たされた者達が反転して国王に牙を立てざるを得ないように画策しているとも考えられる。それ故に幾重かに張り巡らされた罠があるとして考え、動いたとしても慎重過ぎると言う事も無いだろう。
「お嬢、どう思う?」
アイゼンヒルは暗にアルバートの言葉に何らか虚偽が無いかを確認した物であった。それに対してルーネリアは静かに首を振った。アルバートの述べる言葉に偽りが無ければ彼は単純な被害者であり、ルーネリア及ザントディール・サンデルス伯爵が本件を大事にしなければシュタウフェン家が槍玉に上がることは無いだろう。しかし、不祥事を揉み消した事が露見した場合、被害を受けるのは両者となる、嫌らしい嵌め込みが叶う状況であり、これを知った第三者が何等か企みを起こすとすれば、それは最適なタイミングであり、アルバートの心配はこの点についてであるのだろう。
そんな私の予感を現実に落とし込む様に、広げていた魔力感知に反応する人影が治療院内に見られ、私は未だ厄介事が継続しているという事実を認識せざるを得なかった。
国教会、教皇派、穏健派、そして貴族としても位の高いガイゼルダナン家、サンデルス家にシュタウフェン家、そしてこの先には国王であるカルサルド・シュタインズグラードの存在が見えており、更には元近衛騎士の存在、そして七大聖天なる天族を名乗る者達の存在がちらついている。
それぞれの目的と、裏に何らかの思惑が存在する予感が私の中で警鐘を鳴らし続けていた。