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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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目撃者は語る、そして治世者は思案する


 ガイゼルダナン近郊の古戦場を見た者達は、その大地に残された傷跡を見て、嘗て起こった内戦の歴史を学ぶ事になる。ガイゼルダナン家というスペリオーラ大陸の東西の要所を担うその家の力についても多くの者達は理解が及ぶ事になるだろう。その、歴史の残り香を残す場所で行われた戦闘は我々が認識する個人の戦いという域を超えていた。


「一体、どれほどの数の魔術師が戦っているんだ? この規模少なくとも演習ではあるまいに……」


 一個中隊を殲滅させるに十分な大規模魔法術式の連続発動、その余波が空間における魔力変動を促し、魔力計測機器の針を幾度と無く振るわせている。


 観測所で待機していた何人かの魔術師の中で、親しい付き合いのあるデロス・アークライトに声を掛ける。


「先輩、僕の観測に間違いがなければ二名です。廃城の内部でも戦闘が行われていますが、城外に確認できるのは間違いなく二名、それ以上でも以下でもありません」


「馬鹿を言え、そんな化物共がいてたまるか」


「なら先輩も自分でみて下さい。目は届かないので、僕が個人的に使役している鳥の目を借りていますが、どう見ても二名です。近くに寄りすぎると余波にやられかねないので、これ以上は近づけませんけどね……ッ!!」


 突然、デロスが右目を抑えて蹲った。


「使役獣との繋がりが切れました。殲滅魔法級の魔法術式に呑み込まれてしまったようです、ここからでも見えるのではないでしょうか?」


 デロスの言葉は俄かに信じ難いものであったが、観測所からも肉眼で天を貫く煌々と迸る火柱が確かに確認が出来た。それだけの魔法抗力を発生させる術式を操れる者がいたとして、少なくともそれは一般的な常識の埒外にいることは間違いない。


「聖堂国教会絡みでしょうか?」


 未だに視力が回復しないデロスは眼帯をその右目に付けながら、可能性について検討を開始していた。


「さあな、だがそれ絡みで言えばサンデルス家のご令嬢がガイゼルダナンに入り、その後に再び家臣と冒険者を連れてガイゼルダナンを発ったと報告が上がっている。その直後に()()であれば、関係性を疑うのも当たり前か」


 騎士団や魔術協会の辺境騎士、辺境魔術師が動いているという話は聞いていない。それであれば戦闘が行われたのはあくまでも国教会の内紛という整理になるのは目に見えていた。ガイゼルダナンの観測所からは速やかにシャルマ公爵へと報告を上げればそれで十分と言えるだろう。


「仮に先ほどの戦闘が冒険者によって為されていたとすると、貴族の供回りであれば少なくとも準上級冒険者になるでしょうから、ひょっとするとシャルマ様が欲しがるかもしれませんね」


「その可能性はあるな。だが、先ほどの魔術戦闘においてどちらが勝ったかもわからん。調査隊を至急派遣し調査に当たれ」


「承知しました。しかし、事が大きくならなければ良いのですが……」


 デロスの言う通り、ガイゼルダナンに火の粉が降りかかるのであればそれを見逃すシャルマ公爵ではあるまい。ガイゼルダナンの守護者こそがシャルマ・ガイゼルダナン、その人の役割なのだから。





「報告は以上です」


 ヴァンの報告は私の杞憂を助長させるに十分な情報量を含んでいた。聖堂国教会の内紛が騒がれ始め、実際に市井にも影響が出始めるのも時間の問題と言えた。信仰の担い手というのみならず、幾つかの手工業や、医療従事を担う国教会の人員の喪失は領主としては見逃す事が出来ない懸念事項と言えた。


 問題は政治上の派閥争いのみならず、今回の陣容に関わる中で教皇権の叙任権を持つ公爵家並び伯爵家にも少なからず影響が出始めていることにある。シュタウフェン伯爵家の嫡男が誘拐の憂き目に遭ったという事も一つの事案と言えるのだろう。国教会の主権争いに留まらず国政に影響が出る以上、国王も本件の放置はせず直に首謀者に対して懲罰が下されることになるのは間違いない。しかし、今回に至ってはガイゼルダナン家の立場は決して良いとは言えない状況にあった。


「教皇派の牙がガイゼルダナンにも迫るか……。市街の治療院に駐在している統括者は、確か穏健派のラスケスだったな。直ぐに彼の保護を頼む。我々として、国王に叛意ありと取られては面白くないからな」


「既に手配を進めております。そちらに合わせて会談を設ける必要もあるでしょう」


「あのシュタウフェン家の嫡男とか」


「はい、恐らくはアルバート・シュタウフェン様も一度、治療院で治療を受ける事になる筈。今回の顛末を確認する為にも一度顔合わせを行う必要もあるでしょう」


 アルバート・シュタウフェン・ロッシデルト。伯爵家の嫡男として教皇派から襲われた彼をガイゼルダナン家が保護したとなれば、それなりに意味があると言える。しかし、問題はもう一方であった。


「とすると、サンデルス伯爵のご令嬢にも、という訳か」


「はい、ルーネリア・サンデルス・タルガマリア様がアルバート様救出に一役買っているとなれば、教皇派も一枚岩では無いという事でしょうから、我々としても早急に事態の把握が必要でしょう」


 サンデルス伯爵家は聖堂国教会において多大な力を有する一族であれば、今回の教皇派の謀略に関して裏で何等か手を回している可能性は十分に考えられた。そのご令嬢と面識を持つ事がこの先でガイゼルダナン家にとって不利に働かないかどうか、その一点が争点となる。


「ゼントディール伯爵が如何に考えるか……それを汲み取れば、関わるのは悪手と考えていたが……ここがガイゼルダナン家としても方針の示しどころとでも考えるべきか」


「はい、切り崩し方としては最適でしょう。偵察部隊からの連絡でルクイッドの亡骸が発見された以上、その関りがガイゼルダナン家にとって不利に働くのは明白。それであれば、当家としても何等か王家に対する表明をせざるを得ません。立場を明確にしておく為にも早急に動く必要があるかと」


 ヴァンの言う事は正鵠を射ていた。余計な波風を立てない為にも、自体の把握はもとより、囲い込みは一つの手段と言えた。


「いいだろう。それに合わせて、もう一つ頼みたい事があるのだが、いいかな?」


 私の声音の変化を受けてか、ヴァンは少し気色ばむ。そう、嫌そうな顔をしなくても良いだろうに。


「お戯れですか……。確かにあれ程の力を見せられてはやむなしですか、いいでしょう。それであればキアラを付けさせましょう……。それでよろしいですね?」


 ヴァンも私の依頼を想定していたのだろう。その手際は流石の一言であった。ルーネリア・サンデルスが護衛に付ける冒険者集団、彼等の力量とその立場について興味が惹かれるのは治世者としては仕方のない性であるとも言える。


「ああ、十分だ。良しなに頼む」


 力を持つ者を集めることがそのままガイゼルダナンの力となる以上、この領地に住まう者達にとってもまた、生活を安定させる為に重要な要素なのだから。


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