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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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魂を見る者の役割とは


 ルーネリアの部屋から出ると、ザンクがラウンジで一人飲み物を口に運びながら物思いに耽っている様と出くわした。


「ザンク、思わぬ旅路となったね」


 私が椅子に腰掛けると、ザンクは少しバツに悪そうな顔を見せた。


「ああ、ラクロアの旦那でしたか。いけませんねえこんな辛気臭いところを」


「いいさ、誰だって人の死は心が痛むものだよ」


「ラクロアの旦那でもですか? あ、いや、別に旦那を人でなしと思っている訳ではないですよ?」


「分かっているよ。腕力の強さが知能の高さと結びつかない様に、如何に魔法を使えても心まで扱えるわけではないのが人の常だと僕は思っているよ」


「はは、まるで司祭様から説法を説かれているような気分ですね」


「年相応にみられる様に、僕としては何度も時の流れを急かしているんだけれど、どうやら時間っていうのは中々人の願いを聞いてくれないみたいだよ」


 ザンクはそこで破顔すると、残った飲み物を飲み干した。


「私も祈りを胸に仕舞い込んで、準備を進めるとしましょう。『微睡の矛』の方々も手伝いが必要でしょうから」


「そうだね。僕たちは僕達で情報収拾に勤しまなければならない。聖堂国教会における穏健派と教皇派の内紛の火の粉が僕達の足元を既に焦がし始めているからね」


「ええ、その通りです。旦那達をお待ちする間に商工会議所やら酒場を回って幾つか情報を集めてきたんですが、かなりきな臭い状況みたいですよ。穏健派に対する粛清がかなり酷いようで、ガイゼルダナン公爵家も動いているようです」


「いい情報だね、可能であればルーネリアを通してガイゼルダナン家にも接触を持ちたいところだけれどね。まあ、聖堂国教会におけるルーネリアの立場がどこに有るのかを確りと確認する必要もあるのだけれど……」


「サンデルス伯爵家は前回の政変で公爵家から辺境伯へ位下げを受けた家柄ですから、王家に弓を引く理由としては十分かも、なんて話が出回ってますよ」


「……それはまた、旗色が芳しくないな。サンデルス家はこの騒ぎに乗じて本当に王家の簒奪を企んでいるのかな?」


「さあ、それまでは私には分かり兼ねますがね。旦那も身の振り方は考えておいた方がいいですよ。そのお力に目を付ける人間は何もルーネリア様だけではないでしょうからねえ」


「それを言うのであればザンク、君も同じだよ。既に僕たちは巻き込まれ渦中に放り出された身なわけだ。何れにせよ火の粉は払い、迫る大火は消化するのが肝要というものさ」


「はっはっは、怖いですねえ。怖いので私は『微睡の矛』の皆さまのお手伝いへ向かわせていただきますよ」


 そう言うとザンクは『微睡の矛』のメンバーがいる部屋へと向かっていった。



 私は宿屋を後にし、未だ闇と光の狭間に沈む街を歩く事とした。白を基調とした街並みに燃える様に映り込む朝日があたり一面を埋め尽くし、陽が昇るに連れゆっくりと群青が空から拭い去られ、それに伴うように街もまた徐々に静けさから目を覚ますようであった。


 目的は無く、整理を付けるために私は歩いていた。眠らずとも身体の疲労は徐々に抜け始めていたが、それと共に自分の中で渦巻く感情が顔を出し始め、私は誰もいない広場に設置された噴水の縁に腰掛け、静かに『魔翼』の呼び声に耳を傾ける様に、目を閉じた。


 白く塗り尽くされた、空間は何処までも広がりを持ち、それでいて何処にも行くことのできない世界がそこにはあった。


『俺が生まれたアンダルシア家は古くからシュタウフェン家に仕えてきたんだが、長兄以外は出奔して思い思いの道に進むのが習わしだった。俺は何の因果かアルバート様に気に入られ、シュタウフェン家に仕え続けて来た。昔は騎士になる事が夢だったのだが、それが気が付けば冒険者になっているとは思わなんだ』


 無定形な揺らめきと共に光を放ち、徐々に崩れてゆく何かが情動のままに言葉を紡いでいた。


『それはヴァリスにとって望ましい事ではなかったのかい?』


 はっきりと感じる言葉無き想いの繋がりと、私とは違う何者かの意思の在り処に、私は魔翼を通じて確かに触れていた。


『いいや、そうでもない。『微睡の矛』と出会えたのはこの上ない喜びだったよ。俺が冒険者となった事も、シュタウフェン家に召抱えられた事も全てが繋がっているからな。あいつらの旅路に最後まで付き合ってやれないのは残念だが、それ以上に俺は良い時間を過ごす事ができた。後はあいつらの好きに任せるさ』


『……やり残した事はないのか?』


 魂の揺らめきは静寂を見せる。何もない白い空間に、朝焼けに映し出された山々と背の低い草原、そして大きな煉瓦造りの門構えと、それに見合った美しい屋敷が突如として現れる。屋敷へ向かう一本同から先には農園が果てなく広がり、朝露が瑞々しい赤い実を実らせた果樹を濡らす様が見て取れる。


『そうだな……もし、帰れるのなら俺が育った家の裏にシュタウフェン家の領地が見渡せる丘があるのだが、もう一度あそこから景色を観たかったな』


『そうか、そこがあなたにとっての原風景か』


『ふふ、良い景色だろう。……後は、皆に伝えておいてくれ。好きに生きろと』


 ヴァリスは清々しそうな、満足したとでも言うような声と共に、光の粒となって消えて行った。


『ああ、伝えておこう』


 何者かは、ふと遠くを見据え、何かに気が付いたように振り返ると、私に合図を送っていた。


 目を開くとそこにはダルヴィードがいた。


「こんなところでどうしたんだ? 疲れているになら宿に戻った方がいい」


 ダルヴィードもまた、私と同じように街を当てもなく放浪していたようであった。確かにこんな時間で一人、噴水の前で半ば眠ったように瞑想に耽る様は奇妙に映ったのだろう。


 ダルヴィードを前に私は無性に堪えようの無い騒めきが込み上げ、気が付くと彼に伝えなければいけない言葉を、ありのまま紡いでいた。


「……今、少し、声を聴いていたんだ。彼は……ヴァリスは、帰るのなら、シュタウフェン家の領土が見渡せる丘の上に行きたいと言っていたよ」


「……あんた、一体何者なんだ?」


 素直な疑問。その疑問に対して私は未だ適切な答えを持ち合わせてはいなかった。


「さあ。僕自身も分からない。分からないけれど、分かってしまうんだ。彼の想いが、ほんの僅かではあるけれど」


 ダルヴィードは私の言葉に一瞬動きが止まり、驚いた表情を私に見せた後に、少し困ったような、それでいて彼ならばきっとそう言うのだろうと、私の言葉をそれ以上疑う事もせず理解を示した。


「そうか……。ヴァリスはあそこに帰りたがっているのか……」


少し遠くを見据え、どこか懐かしむような表情を見せた。


「俺とヴァリスは同郷でな。方やシュタウフェン家に仕える者、方や田舎の風来坊。冒険者になるまで、奴と接点らしい接点は無かったが、ある時冒険者管理組合で同郷の人間が冒険者仲間を募集しているのを、ある時見つけて、何となくパーティーに入っただけだったんだ。それなのに、なんでだろうな。ただそれだけだってのに、何でだろうな……こんなにも胸が苦しいのは……」


「それは仕方のないことだよ、心に嘘は付けない。だからこそヴァリスは言っていたよ。好きに生きろと」


 ダルヴィードは静かに私の言葉を反芻していた。ダルヴィードは「ヴァリスらしいな」と呟くと、口を噤んだ後に浅い呼吸と共に絞り出すように言葉を零した。


「だが……それは、酷な、酷な言葉だぜ、全く……まったくだぜ、ヴァリス……」


 ダルヴィードは天を見上げ止めどなく溢れる涙をぬぐう事もなく、拳を握りしめ肩を震わせていた。恥も外聞も無く、堰を切った想いをそのままに、ダルヴィードはヴァリスが本当に逝ってしまったのだと、深い悲しみと共に嗚咽を漏らしていた。


朝日に呑まれる白む世界の中で私はその様を憐憫と共に眺めるしか無かった。


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