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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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眠り姫は何を思う


 風呂場から戻った後、用意された出来合いの食事を取っているところで、ザンクからルーネリアが目覚めた一報を受け、彼女が待つ部屋へと向かう事となった。


「あら、ラクロアじゃない。何だかずっと眠っていた様な不思議な気分だわ!」


 ベッドから身を起こしなに甲高い声を上げたのは確かにルーネリアであった。それは天真爛漫という言葉が似合う、私がロシュタルトで見知った彼女の姿であり、ロシュタルトを出てからこれまでに渡って彼女が見せていた貴族然とした振る舞いとは異なる、年相応の振る舞いを見せていた。


「お嬢、身体に違和感は無いか?」


 アイゼンヒルは私達よりも先に部屋に到着しており、ルーネリアの状態を慮っていた。


「ええ、大丈夫だけれど……そう、アイゼンヒルが心配していると言うことは随分と長く彼女が表に出ていたわけね?」


 頷くアイゼンヒルと辛そうな面持ちのキリシアを見てルーネリアは納得した様であった。


 ルーネリアは要領を得ない顔をする私に対して彼女にまつわる幾つかの状況を話し始めた。


「私には他人の魂を覗く能力と、物見の巫女と呼ばれる二つの力がある様なの。後者は一般的には未来予測と呼ばれる能力。断片的に想定される未来の結果を垣間見る事が出来る力ね。けれどそれを私は意識的に使うことは出来ないのよ。魂を見る力は私が、後者の未来予知は私に中にいるもう一人の私が表に出ている時だけなのよ」


 ルーネリアが開示したのは彼女が持つ特殊な能力についてであった。タオウラカルの村落で出会ったサルナエと同じく人の魂を覗く事が出来る能力。そして更に彼女には第二の人格が存在し、もう一人は更に未来予知を能力として持つと言う。


 だが、ロシュタルトを出た際に教皇派に強襲を受けた際に確認できた事項として、もう一人のルーネリアは魂を覗く能力と未来予測両方の能力を持ち合わせていた。つまり、目の前にいるルーネリアの人格は、今は隠れているもう一方の彼女の事を正確には把握できていない事になる。


「普段は私がほとんど表に出ているのだけれど、偶に彼女が顔を出すのよ」


 ちら、とキリシアに視線を遣るが、彼女は伏せ目がちに僅かに首を振った。つまり、今このルーネリアがいう事は正確ではないと言うことになる。主人格はこの幼きルーネリアではなく、あのカリスマ性を持つ聖女然とした彼女の方であるということに他ならない。


 アイゼンヒルも、キリシアも居た堪れない眼でルーネリアに対して接している。それが私の推測が正しい事を意味していた。


 ルーネリア本人は人格の入れ替わり時の間は記憶が無い。それが何を意味するのか――恐らくはもう一人のルーネリアがオドを消費し尽くすとこの年相応のルーネリアがオドの回復の間、強制的に人格として浮かび上がるのではないか、そのように感じられた。それが先天的か、後天的かは分からないが、あのルーネリアであれば意図的に情報を隠す為に行いそうな方法ではある。


「一つの身体に二つの人格ですか」


 人格という言葉を聞いてルーネリアはそれを訂正した。


「人格じゃないわ!どちらもルーネリアだけれど別人なのよ。魂が違うのだもの」


 人格では無く、魂が違うという言い方に納得と同時に違和感を覚えつつも、私はそれ以上の追求を辞めにして、取り敢えずは話を前に進める事を優先させた。一つの身体に二つの魂が存在することが健全であるのか否か……そんなことを今考えたところで哲学的な思考にしか至らない事を理解していた。


「それで、そうした能力を持つルーネリアが教皇派から狙われる理由は何が考えられる?」


 私の質問に対して答えたのはアイゼンヒルであった。


「教皇派の主目的は国王から教皇の地位を取り戻す事、そこに相違は無いだろう。しかし……奴らの中に近衛騎士がいるという事実は引っ掛かりを覚えるな」


 それは、少しピントのズレた返答であった。敢えて話をそらしたとすら思える露骨な話題のすり替えに、それこそ違和感を覚えるが私はその話に一先ず付き合う姿勢を見せる。


「つまり?」


「あの場にいた騎士、ルクイッド・ザルカルナス及びアルヴィダルド・イクティノスは元近衛騎士だ。二人ともがそれなりに名前が通った人物として知られている。如何に既に引退の身とは言え、私怨によって国王に対して刃を向ける様な玉じゃない」


「ふむ……一般的に近衛騎士は、国に忠誠を誓い、王都を守護する為に存在する騎士である。この認識に間違いは無い?」


 アイゼンヒルは、ああ、と肯定を見せる。


「一般的に語られる騎士道精神と近衛騎士における役割期待は分けて考えるべきだ。近衛騎士が忠誠を誓うのは王に対してでは無く、あくまでも国に対してという点が重要になる。そもそも騎士団の創設は人魔大戦以降に外敵から国を護る名目で整えられた制度だ。特に近衛騎士については個人へに忠誠という範疇を超えて国家存亡に纏わる事柄に対して即応性を持った独立的な戦力であることを主眼とされている。国王は統治者という観点間から騎士団員に対する任命権は持っているが騎士団全体の統帥権は持っていない。統帥権を持つのは騎士団長のみとして定められており、騎士とは一般的に王の私兵とは隔てられた国家武力として考えられる」


 統帥権を持つのが騎士団長である以上、独自に彼らが動く可能性があり得る。とすれば、騎士団が国王が持つ教皇権という、言わば権力の集中を防ぎたい何らかの理由が存在するのでは無いだろうか。


「教皇の地位に就くことで得られる利点は何だと思う?」


 アイゼンヒルは怪訝な顔で、そんな事も分からないのかとばかりに私に教皇の立ち位置について説明をしてくれた。


「教皇とは国教会の最大権威者である以上、信心深い国民の人気が集中するのは目に見える利点だろう。国民の心情として、国王が国を護り租税を徴収する者であれば、教皇は人を護り信仰と最低限の保障を与える者だ。時の王が教皇としても君臨すれば当然、意のままに国民感情を操る事が出来る。国民の反感は即ち内乱の元とすれば、反乱の芽を早期に摘む事が出来る以上、王権の拡大を国王が望むのは当然だろうぜ」


 教皇権における優位性は単純に時の王にとっては火種そのものと考える事も出来るが、この場で重要な事は、現在、教皇権を握っている王から、国教会へと教皇権を取り戻そうとする流れが有り、その裏に国を護る近衛騎士の存在が見えているという事だろう。


「教皇権を餌にアルヴィダルドを筆頭とした騎士及び魔術師が裏で画策して国王を弑逆しようと考えているとも考えられるか……。まあ、裏と言うよりもよりそっちが本命になりそうではあるけれどね。ふむ……ただそれだけではルーネリアが狙われる直接的な理由にはならないか……。ルーネリアの持つ魂を見る力と、未来予知の力、彼等にとって何等か使い道が何らかあると考えるべきだとは思うけれど、現時点では結論は出なさそうだね」


 聖堂国教会、確かにロシュタルトでも教会と思しき建物を見つけはした。そして実際に聖典を読む事でその内容を理解もしたが、今にして思えば何等か直接的に聖堂国教会における教説を学ぶ事は無かった。トリポリ村に於いても人族における宗教学並びに神学については特に触れる事は無く、寧ろ魔族にとっての神性存在としての魔王という存在について学ぶ事の方が多かったようにも思う。


 トリポリ村の人族の心情を汲めば、確かに、魔族にも四聖獣なる神がいる以上、トリポリ村で人族における神を語るのは避けたい所ではあったのだろう。


「僕には残念ながら学が無くてね。敢えて聞くのだけれど、国教会が信奉する神の概念がよく分からない。七英雄を人として崇めるのでは無く、神的な存在として崇めるのは何故なのだろう? 国教会の人間に直接説教を受ければいいのかもしれないけれど、学術的にその辺りが纏まっていたりしないかな? 少なくともロシュタルトの図書館には見掛けなかった気がするのだけれど」


 これについてはルーネリアも驚いた様であった、人族における神聖存在である七英雄が何故こうまでして奉られているのか、それを知らないのはどこぞの蛮族かと貴族からは映ったのかもしれない。しかし、それに対してアイゼンヒルは然程驚きを見せなかった。


「国教会の力は今はだいぶ絞られている上に公共施設から聖書以外の国教会に纏わる書物は焚書として排除されている現状がある……。お前達の様に元々僻地で活動していた者であれば、それこそ宣教師や修道士と出会う事も無いだろうからな。一般的に神とは世界を創造し、人を生み出し、大地を開拓したとされる存在の事だ。天啓を受けし力を持つ者が巫女や司祭となり、理を以て教説を広く布教してきた歴史がある。その中で七英雄が神という概念に奉られたのは魔族を退けたという一点において人類の守護者として讃えられてきたからに他ならない。力を持つ者の代名詞が七英雄であり、俺達騎士が目指すべきは七英雄に並び立つ人類の守護者となる事にある」


 聖書を絞って公共施設から排除していると言う事実は国王が国教会を危険視していると言うことに他ならない。シュタインズグラード家は七英雄の系譜であるという事実の流布と、七英雄が神聖存在として奉られているという意味、それらが導き出すのは国王としての権力の増大に他ならない。


 国王が目指すのは王権神授説のような在り方か、それとも現人神としての王権の強化か。いずれにせよそれが市民感情においてどの程度の影響を与えるのか……、そしてそれは政治体制の維持のみが目的なのか、それとも他になんらかの理由が有るのかは不明であったが、その強行を実行するに当たり、一見して治世に波乱の見られない中であえて内乱を誘発しかねない政体の変革を断行させる意味に対して目を向ける必要があるように思えた。


 私は、自身の脳裏にちらつく七大聖天、天族を名乗ったエルアゴールの存在を払拭出来なかった。


「なるほど……因みに天族について何か聞き覚えはある?」


 アイゼンヒルはそこで私が何に紐付けをしようと考えているのかに気付いたのか、それは曲解が過ぎると苦笑いを浮かべた。


「聖グレゴリウス一世が著述した『福音書』の一節に天上の存在に関する著述が有るが、それこそ御伽噺だぜ。魔族の存在の方がまだ信憑性が有る」


 福音書については後ほど確認するにせよ、私はそれを頭ごなしに否定する気にはなれないでいた。


「エルアゴールを見て実在を疑う気にはなれないな。確かにあれと国教会を裏付け無しに直接的に結びつけるのは些か難があるかも知れないが、仮説を立てておく分には良いじゃないか。神だとか天使だとか、あれはそういう類から遠い所にある、掛け値なしの化物だったけれどもね」


 暴力的なオドの存在、エルアゴールはマナでは無くオドを利用した魔法を用いていた。その在り方は寧ろ人に近いとさえ言えた。人を超えた怪物、魔族と対を為す存在。杞憂で終わればいいが、私は募る危機感を無視は出来ないでいた。


 そんな思考が入り乱れる会話をぽかんとした様子で眺めるルーネリアは突如、分かったわ! と声を上げ、私とアイゼンヒルの間に割って入って来た。


「二人が何を言っているのかいまいち分からないけれど、取り敢えず先生にお会いするのはどうかしら!」


 ルーネリアの提案に私は怪訝な顔をしつつ、詳細を尋ねた。


「先生とは?」


 後を引き取る様にアイゼンヒルが『先生』について説明を加えた。


「ノエラ・ラクタリス。当代最高峰と謳われる魔術師だ。魔術協会の代行者としてタルガマリア域内のセトラーナという街に今は逗留している」


 ノエラ・ラクタリスという名前には聞き覚えがあった。ノクタス・アーラの師にして最高峰の魔術師。サンデルス伯爵領地のタルガマリア内にあるセトラーナという街に身を置く人物としてノクタスからも何かあれば彼を訪ねる様にと言われた事を思い出した。


「その人物と出会えば何かが分かると?」


 アイゼンヒルはさあな、と肩を竦めた。


「わからなければ振り出しに戻るだけだ。だが、少なくとももう一人のお嬢と意思疎通を行う事は可能となる。お嬢が何を見たのか、今後何が起こるのか、そうした話についてある程度の光明が見える筈だ」


「……まあ、いずれにせよルーネリアを伯爵家まで運ぶのが僕達の役割ですからね、異論はないですよ。諸々の準備が済み次第タルガマリア領へと向かうとしましょう」


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