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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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天上の意思を知る者達 その8 『ダルヴィード』


(これが辺境騎士か……)


 地下から抜け出した後、俺達を待ち構えていたのは戦場であった。


「これで最後だな」 


 アイゼンヒルは最後に残った魔術師の魔法障壁を貫くと、一息付いたとばかりにそう呟いた。


 地下室から抜け出した先に真っ先に眼前に飛び込んだのは騎士であるアイゼンヒルが鬼の形相で魔術師四名を相手に大立ち回りを演じる姿えあった。それまでに騎士を一名、魔術師を二名屠っていたようで、周囲の破壊された状況を考慮してもかなりの消耗を彼は強いられていた様であった。しかし、それでも彼は微塵も疲労を顔に出さず、実際にも戦闘能力が衰える事はなかった。


 我々はクレアートに守護を任せ、俺とハーサイドも戦列に加わりアイゼンヒルのサポートを行なっていたが、それすら必要無いのではと思わせる程、アイゼンヒルの動きは圧巻であった。


「地下でヴァリスと『白銀』の三人とキリシア殿が騎士と戦闘を継続しています。助けに行かなければ」


 俺が進言すると、アイゼンヒルは何か感知魔法に似たものを行使した後に、それは無用だと首を振った。


「……ダルヴィード、どうやら下も終わったようだぜ」


 それはどちらの、と思いながら地下から階段を上がってくる人影を見た時にそれが『白銀』の三人である事を認識し、俺は直ぐに喜んだのも束の間、三人の一人、ミチクサが背負うヴァリスのピクリともしない姿を見た時にそれが淡い期待であった事を思い知った。


「ヴァリス……!!」


 ミチクサが外套にくるまれたヴァリスを丁寧に、ゆっくりと床へと降ろし横たえた。胃が吐き出されそうになるような胸の圧迫感を覚えながら、恐る恐るその身体に俺は触れた。


 停止した生命活動、魂の抜けた虚、未だ身体は生暖かく、しかし徐々に熱を失って行く様をはっきりと理解してしまった。どうしようも無い事実が目の前に横たわっている。頭では目の前の現実を確かに理解しているにも関わらず、受け入れがたい事実をただただ否定したい思いが溢れ、思わず臍を嚙んだ。


「馬鹿野郎が……」


 拳を握り、悔しさがあふれ出す。今にも叫び出したくなるような激情が全身を駆け巡り、そんな言葉だけが口から漏れた。だが、『微睡の矛』のリーダーとして俺達を導いたヴァリス・アンダルシアが死んだのだと、受け入れるしかなかった。


 俺の横で、クレアートも肩を震わせながら物言わぬヴァリスの亡骸を見つめていた。


「ヴァリス、馬鹿ね、頑張りすぎよ。死んだらそれで全て終わりじゃ無いの」


 クレアートはその瞳からとめどなく大粒の涙を流し、ヴァリスへと近づくとその手を握り締めた。彼女が感情を隠そうともせず、そのように取り乱す姿を、悲劇を眺める観客の様に俺は無感動に、ただ茫然と眺めていた。


 彼女のヴァリスとの付き合いは俺やハーサイドよりも長く深い。流しの魔術師であったクレアートを冒険者として身を立てられる様にしたのはヴァリスであったと彼女から聞いた事があったが、ただの冒険者としての関係以上のものが二人の間にはある様に感じていた。


 ハーサイドも奥歯を噛み締めてクレアートの様子を見て口を噤んでいた。ハーサイドはパーティ内でも一番若く、今思えば事あるごとにヴァリスに可愛がられていた。自身が奴隷として売られていたところをヴァリスに拾われたのだと、ハ―サイドはその事を嬉しそうに語って聞かせてくれた。彼は、各地を転々としていた中で漸く居場所を見つけたのだと、ヴァリスのいないところで屈託の無い笑顔を見せて俺に話聞かせていたことを思い出す。しかし、あの頃に見せた笑顔は今は掻き消え、血の気が失せたと蒼白な表情を浮かべている。


 ヴァリスがいなければ『微睡の矛』が結成する事は無かった。そして同様にアルバート様を後ろ盾に持つ準上級冒険者に辿り着く事も無かっただろう。


 冒険者である以上、死は常に側にあり、唐突なものである事を俺は重々理解していたつもりであったが、それでも尚、俺は目の前の現実が受け入れられずにいた。酷い喪失感とやるせ無さがこみ上げ、掻き毟りたくなる様な酷い感情の波が押し寄せ、否応無く目頭を熱くする。


 しかし、泣いている場合ではなかった。今はアルバート様とルーネリア様を無事に移動させる事が優先なのだから。


 そんな俺達を眺めるアイゼンヒルは憮然と特に表情を変える事なく引き続き周囲の警戒を行っていた。彼にとって人の死等見慣れたものであろう事は理解していたが、そこに人としての温かみなど存在していないかの様に感じられるのは、俺が感情に流され過ぎているからだろうか。


「周囲に敵影は無いが、いつまでもこうしている場合でもねえな」


 ぼそりと、そう言う彼に対して私は否定する気にはなれなかった。この場にいる事で自らを危機の晒すのはヴァリスの思うところでない事を十分に理解していたからであった。


「ああ、今は移動するのが先決だろう」


『白銀』の三人の後ろに控えていたラクロアはアイゼンヒルに同意を示した。彼は少し疲労をみせつつも、宙に浮かべた翡翠色の美しい結晶体を身に纏いながら俺達を見据えていた。それを目にして、アイゼンヒルは我が目を疑うかの様に驚いた顔を見せると、突如として槍を構えた。


「……てめえ、()()はなんだ?」


 アイゼンヒルの警戒心に反応するかのようにラクロアの周囲を踊る翡翠色に煌めく結晶体が俄かに魔力を漲らせ始め、彼を護るかのように放射状に構えを見せた。


 闇夜に光る銀髪と藍色の瞳、彼の見てくれとその尋常ならざる魔力に対し、先ほどまで抱いていた感傷は既に消え失せていた。その美しさは妖しく、背筋を寒からしめるには十分な威容を湛えていた。ラクロアの周囲に浮く結晶体――それが何を意味するか俺には理解できなかったが、両者の剣呑な雰囲気に気が付けばじっとりと背中に汗を感じ始めている。


 しかしラクロア自身はアイゼンヒルの態度に対して特に気にする風でもなく、その警戒は杞憂だとアイゼンヒルを制した。


「化物に相対するのに必要な力を出したまでの事さ……。今優先すべきはアルバート侯とルーネリアの安全だろう。それであればここには用はない。ヴァリスの事も有る……。話はガイゼルダナンに戻ってからだ。それに、僕も少しばかり疲れたからね。想像以上に魔力(オド)を消費し過ぎた」


 アイゼンヒルは酷く消耗した様子のラクロアを見て舌打ちをすると共に、槍を納めた。そしてアイゼンヒルは未だ意識が戻らぬルーネリア様を背負うと我々へも移動を促した。


 それに従って俺はミチクサからヴァリスの亡骸を受け取り、自らの背に乗せてアイゼンヒルを追って走り出した。


 今はそれ以外のことを考えるだけの余裕等無かった。


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