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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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天上の意思を知る者達 その7 『ミチクサ・タオウラカル』


 宙に舞うヴァリスの腕と、崩れ落ちる彼の身体がやけにゆっくりに見えた。


 俺とヴァリスで放った必勝の一撃は目の前の騎士が魔力を放出すと同時に容易にいなされ、気が付けばヴァリスは地に伏していた。


 目の前で何が起こったのかを理解すると共に肝が冷え、底無しの恐怖が湧き上がるのを何とか抑え込むが、柄を握る手が震えを見せている。


「後ろの援護が無ければ、ヴァリスと同様にお前も今頃は地に転がっていただろうにな」


 アルヴィタルドの言葉は挑発でもなんでもなく、事実を物語っていたと言えるだろう。騎士の肩には一本の矢が突き刺さり、フルプレートの鎧具足を僅かに貫通していた。それとは別に叩き落とされた矢が足元に転がっており、更にはキリシアが放った魔法を打ち消して見せてみせた。


 ザイとキリシアが俺とヴァリスの攻撃に合わせて弓矢による速射と魔法術式を合わせて放った事で、アルヴィタルドが対応に割かれる手間が増えた分、俺の首が落とされずに済んだという事なのだろう。


 恐怖そして、屈辱。しかし、より身体を支配したのは焦燥であり、俺はその感情を抑えられずにいた。このままでは三人共が殺されると直感が囁き、身が竦んでいる。


 このままでは死ぬ。


 明確な死のイメージが全身を駆け抜ける。冷たい刃が自身の胴を薙ぐ瞬間が数瞬先に差し迫っている。


「彼我の差を感じ取ったな。恐怖の色がありありと見える。戦士としては未熟よな」


 再び騎士の体内を巡る魔力濃度が高まるのを感じると共に、俺は目の前の騎士に死を見出していた。


 横にいるスオウも自分達が置かれた状況が悪い方へ進んでいる事に気がついてか、ちらと目が合う。お互いに考えている事は同じ様であった。


「キリシア様、ザイ、後は任せます。ラクロア様と早期に合流し脱出を図ってください」


 誰か一人でも生き残れば、旦那の顔も立つと言うもの。仇は絶対に取ってくれる、それであれば上々、思い残す事はない。


「ラクロアの旦那に後は任せたと伝えてくれや」


「馬鹿共が……」


 ザイは絞り出す様に声を上げるが、その場に踏みとどまり逆に魔力を巡らせ戦う意志をありありと見せていた。


「私とてこの場で退くほど、リアリストではありませんよ。まだ我々であれば戦えますから」


 唯一、キリシアの戦意は衰えていないように見えた。


 ヴァリスの死と、アルヴィダルドの力を見ても尚ひるむ事の無いその胆力は一級魔術師という彼女の自信が現れたものに違いなかった。それを見せつけられ、俺もまた沸々と戦意が湧き上がるのを感じていた。それは彼女の堂々とした立ち居振る舞いがアルヴィダルドに呑まれていた俺に冷静さを取り戻させたに違いなかった。


 ゆっくりと息を吐き出し、全身を弛緩させる。急速な動きを伴う前に行う事前動作であり、アルヴィダルドと斬り合う準備が整った事を示していた。


 それを見たアルヴィダルドはその意気や良しとしながらも、俺達を嗤っていた。それは、無意味な死であるという嘲が込められていたのは間違いない。


「ふむ、ここを死地とするか。それも良かろう。己ら全員の屍を晒すが良い」


 アルヴィダルドに再び魔力が集中し、その鎧に魔力が満ちる。鈍色に虹彩を放ちその鎧を纏う肉体をこれでもかとばかりに増強して行く。


 騎士の足元が突貫の構えを見せた刹那、騎士の魔力に乱れが見えた。アルヴィダルドは突如として動きを止め、虚空を見つめると酷く狼狽した声を出した。


 一瞬遅れて、轟音が周囲に響き、この世のものとは思えない魔力の余波が強かに場を駆け巡り地下であっても明確な力の衝突を感じさせる程の揺れを伴い視界を揺らし始めていた。


「まさか、エルアゴール様が? 一体何が起こったと言うのだ……!?」


 それは間違いなく、旦那があの怪物とやり合った結果に他ならない。騒然とする中、突如として俺達とアルヴィダルドの間に世界を塗りつぶす様な魔力の迸りと共に、空間の歪が発生した。


 それは俺達の前に姿を現した異形の怪物がこの世に顕現した際と全く同じような現象であった。嫌な予感が全身を駆け抜けていた。


 気が付くと全身に怖気を催させる、刺す様な強い冷気を感じ、冷や汗すら出ない程に身体は震えていた。世界が凍ったかの様な錯覚を覚えると共に、俺達の前にアルヴィダルド以上の脅威が現れたのだと改めて自覚する。


「ここまで、ですか……」


 スオウも俺もその時になった、改めて逃れる術が潰えた事を悟っていた。


 しかし、その空間の歪から身を乗り出すように現れたのは俺達が想像した怪物の姿では無く、俺達が忠誠を捧げると誓った人物が、自らの全てを晒した姿であった。


 それは、タオウラカルの民にとって崇めるべき対象であり、俺達が並び立ちたいと願った憧憬の形に他ならない。


「ら、ラクロアの旦那……」


 銀髪に碧眼、そして魔力の躍動を思わせる深い翡翠色の光を放つ魔力結晶体の数々、その顔を見ると、少し疲労を覗かせる表情をしていたが、その目に宿った生気、そして魔翼を解放した姿は隔絶した世界に存在する者かのような異彩を放っていた。それこそ、俺たちのような人間から見ればそれこそ異形に映るほどに……。


(美しい……)


 しかし俺は、俺達は確かな畏怖と共にその姿に敬意を抱いていた。ラクロアの旦那が放つ圧倒的な魔力、その人智を超えた『魔翼』という力の総体を何の障害も無く、あるがままに支配下に置く姿はある種の神々しさすらも感じさせるものであった。『魔翼』という力が具現化した物質が見せる眩いばかりの煌きは俺達の目にはひたすらに美しく、そして憧れとして映っていた。


「待たせたね皆……。だがすまない、間に合わなかったようだね……」


 ラクロアの旦那はちらと血溜まりに伏せるヴァリスを見ると、残念そうにそう俺達に告げる。憂いを見せる瞳とは裏腹に、その身体を放射状に飛び交う『魔翼』は輝きを増し敵を滅する構えを見せ始めているように見えた。


「それで、ヴァリスの仇はそちらの騎士かな?」


 じろり、と旦那は冷静な口調でアルヴィダルドにそう問うた。急速に高まる魔力の収束とラクロアの旦那から迸る圧倒的な力場の存在に、俺は言わずもがな、スオウ、ザイ共に不思議な笑みを浮かべていた。それは安堵から来るものか、人知を超えた力を目前に底知れぬ恐怖を感じていたからなのか……それでもやはり、不思議な高揚感が身体を満たし、気力を奮い立たせていた。


 旦那の姿を見て、先ほどまでどっしりと構えていたアルヴィダルドはわなわなと肩を震わせ、怒気を孕んだ口調で言葉は発し始めた。


「魔力結晶体……!! 貴様は魔族、いや人造兵器の類いだな。この、薄汚い人族の面汚しめが、エルアゴール様をどうしたッ!!」


 アルヴィダルドは先程まで見せていた騎士然とした立ち居振る舞いからは想像も付かない激昂を見せ、ラクロアの旦那を口汚く罵ると、再びその大剣を構え直した。


「僕のこの姿を見てそうした言葉を放つ辺り、何か訳知りの様だね。確かエルアゴールも同じような事を言っていたね……。それで……僕が奴を倒した、と言ったらどうだと言うんだい?」


「獣風情がぁぁああああ――ッッ!!!!」


 アルヴィダルドは押さえ込んでいた魔力を全開放し、鎧に込められた魔法術式を再度起動させ激昂と共にラクロアの旦那へと今にも斬りかかる構えを見せた。


『イクティノスよ。矛を納めよ、エルアゴール亡き今加護無き貴様が太刀打ち出来る相手では無い』


 突如として地下に響く声。内臓をかき乱す様な嫌悪感に襲われつつ、俺は声の主を探したがこの場には存在しない様であった。


 突然の声に、アルヴィダルドも何とか踏みとどまるも、握り込んだ柄からは強く握り締め過ぎたが故に軋み音が僅かに聞こえる程であった。


「しかし、エルアゴール様を失ったと言うのに、このままこやつを許す訳には……この身果てようとも腕一本程度であれば、あるいは奪えましょう」


『騎士ルクイッドも今し方破れ去った。天上の使徒をこれ以上無駄に消耗する訳にも行くまい。分を弁えよ』


 決死の覚悟を見せるアルヴィダルドであったが、ルクイッドと呼ばれた騎士の死亡を告げられるとそれにも同様に衝撃を受けたようで、迸る魔力は影を潜め、冷静さを取り戻した様であった。


「ルクイッドまでもが……。承知致しました。今はお言葉に従い退きましょう……人造の獣よ、次会い見える時には容赦はしない」


 アルヴィダルドは響く声に従うと、突如として現れた空間の歪みに吸い込まれ消えていった。


『人造の獣が我々に歯向かうとは、これもまた奴の思惑通りかのう……』


 意味深な言葉を残して声の主も同様に気配を消した。


 ラクロア様は何事か言葉を発しようとしたが、それをやめ、すぐ様ヴァリスの下へと向かい、を運ぶ手伝いを俺達に求めた。


 俺がヴァリスを背負う役を申し出る最中、思わずラクロアの旦那へと胸中を吐露してしまった。


「ラクロアの旦那、俺達、何もできませんでした……。俺たちがもっと強ければヴァリスは……」


「ミチクサ、無事に戻るまで感傷は取って置こう。きっとヴァリスもそれを望んでいる筈だよ」


 慰めでも無く正論が其処にはあった。しかし今必要な進む為の言葉を胸に宿すと共に、俺達は歩を進めた。歩を進めるしかなかった。


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