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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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天上の意思を知る者達 その6 『ヴァリス・アンダルシア』

 

 騎士に憧れを抱いたのはいつからだっただろうか。


 ただ無心に剣を振るい、自らの力で成り上がる、そんな青い夢を私は疑わずに抱いて生きていた。

 しかし現実は甘くはない。騎士を目指す前に、家系がそれを許さなかった。シュタウフェン家を主として生きる事が使命であり、存在意義だという柵、それは皮肉にも自らが目指した騎士と同じ在り方であった。


 アルバート様とは彼が幼子の頃から主従を結び家の繁栄を願い、彼に仕えてきた。彼の器量は私が主とするに相応しい天稟を発揮し、彼に仕える事は私にとって喜びと変わり始めていた。


『ヴァリス、私はシュタウフェン家を持続させるだけではなく、発展させなければならない。その為にお前のお力が必要なのだ。他の誰でもなく、お前のな』


 灰色の瞳に宿る強い意思、家を背負って立つ人間の屹然とした言葉に私は心底喜びを覚えていた。それは、自分が人生を捧げる人物がそれにふさわしいと思えたからに他ならない。


 この方を護る事がシュタウフェン家を護る事に繋がる――命の使い方としてこれほどに真っ当な事があるだろうか。


『ありがとうございます。常に私は貴方と共におります』


『ふふ、その信頼の天秤が傾かぬ様、私も努力するとしよう』


 私は彼が見据える先を見たいと思った。どのようにして彼が考え、事を為すのか、その全てを見届ける覚悟を持っていた。冒険者稼業へと転身したのも世相を密かに探る為に帯びた使命の一つにしか過ぎなかった。


 故に、天秤は動かない。



 私は身体に走る痛みを鎮める為に大きく息を吸い込み、気を確かに保つように努めていたが、額に滲む汗は身体が上げる悲鳴に他ならない。


 ダルヴィード、ハーサイド、それに続いてクレアートが地下室を後にしたのを見届け、私は改めてアルヴィダルドへと意識を集中させた。


 『白銀』の三人は私が訓練を施した以上に魔力操作の質が向上していた。彼等の潜在的な魔力量を含め、その積み重ねられた戦闘技術からしても元々見込みは有ったが、短期間でこれほどまでに成長するとは思いはしなかった。


 生来持ち合わせていた魔力量が多く、彼らの無駄を無くす事で相応の効果が見込めるのは最初から分かっていた事であったが、このタイミングにおいてそれを知れた事は僥倖であると言えた。魔力量と彼らの連携技術を考慮すれば、既に三人で準上級冒険者並みの戦闘能力を得ていると言っても過言では無い。


 ミチクサが果敢に大剣を振るい、小回りの利くスオウがアルヴィダルドの攻撃の間隙を縫う。そして二人の立ち回りを背後で弓による援護で常に支えるザイ。この三人の連携は見事であり、アルヴィタルドは絶え間なく続く攻撃に後手に回らざるを得ないようであった。


「二週間前にダルヴィードと立ち回った時とは別物だな……」


 突如、ぐらりと視界が揺れた。


 私の中で何か線が切れそうになるのを感じていた。肩口の傷は既に痛みを失っており、足元に流れる血液もかなりの量となっていた。魔法操作によって何とか傷口の回復を試みているが回復が追い付かないのが現実であり、もう自分が長くない事を認識せざるを得なかった。


 しかし、そう簡単に倒れる訳にも行かない。


 この均衡が崩れずにいるのは私が三人の横でアルヴィダルドの隙を伺い続けている事も影響がある事を十分に理解しており、未だ私は戦えると虚勢を張り続ける必要が有った。


 その裏では、キリシア殿が魔法術式を三人に施すと共に、隙を突いて攻撃術式を打ち込む構えを見せている。彼女は既に私に対して一瞥もくれる事は無かったが、それは彼女がこの戦況を明確に理解しているからに他ならなかった。


 鉄塊がぶつかり合う鈍く硬い、地鳴りのするような残響が地下室を満たす。


 一進一退を繰り広げる中、均衡を崩す為に二の矢が必要である事を私は感じていた。恐らくそれは他の四人も同様であり、アルヴィダルドもそれ故に警戒心を隠さずにいる。


 それであれば、私が動かずにしてどうするのか――


 全身に再びなけなしの魔力を漲らせ、痙攣する指先に確かに力を籠める。足りない血液の代わりに魔力が酸素を運び、無理矢理に身体を動かす準備を始めている。喉は渇き、口腔には血糊が張り付いている、それでも意識は明確に為すべき事を理解していた。


 長剣を構え、戦士として構えを取る。アルバート様の為に鍛えた技術、身体、その全てをここで見せつける。そうでなくては、シュタウフェン家に仕える者としての矜持が私自身を許さない。


 それ故に、私は全力を以て、地を蹴り出した。


 ミチクサの斬撃がアルヴィダルドに阻まれた瞬間、私はその側面から一足飛びに接近し、ここしかないと言うタイミングを以て一撃を振るった。速度は全力からは程遠くとも、込められた威力はフルプレートを切り裂くには十分であり、アルヴィダルドも即応せざるを得ない。


 私の攻撃は当然のようにアルヴィダルドに受け止められはするが、先ほどのように切り返しが飛んでくる事は無い。これが撒き餌であったが、それにアルヴィタルドは気づき、あたかも後ろに目があるかのように即座に反転し、その背後から追撃を加えるスオウの双剣による連撃へと対応をしてみせるも、その捌きには既に余裕が見られない。


 しかし、如何に元近衛騎士と言えど、同時三方向からの近接攻撃を凌ぎ切れる程に私達の力は優しくはない。


 その間に私とミチクサは再度体勢を立て直し、挟み撃ちの恰好で、互いに剣を振り抜き、アルヴィダルドへ不可避の一撃を放った。


 確実に攻撃が到達すると確信した時、突如として猛烈な死の予感が全身を駆け抜けた。


「ふむ、想像以上ではあったが、まだまだ途上であるな――」


 刹那、アルヴィタルドの防具が魔石の虹彩を放つのを私は目撃していた。


 それは騎士が持つ事を赦された輝きであり、騎士という個人に与えられる最上級の兵器が生み出す、死の閃光に他ならなかった。


「――――ッッ!」


 その直後に、私は自分が剣を握る両腕が為す術も無く宙を舞うのを見た。


 一切の反応を許さない速度。超高速で振るわれた魔の一撃は、私の腕を切り落とすにとどまらず、更にはミチクサの一撃を完全に防ぎ切って見せた。


 アルヴィダルドの着込んだ鎧には各関節の繋ぎ目に魔石が用いられており、そこには魔剣と同様に魔力を流し込む事で発動する魔法術式が組み込まれている。その特殊な鎧を人々は魔装と呼び、畏怖の対象としていた。


「魔装、か……」


 アルヴィダルドの鎧は鈍色に光を放ち、命を吸う魔獣のように妖しく、艶めかしく私の視線を釘付けにしていた。


「私に能力を使用させる迄追い込んだのは見事。だが、それだけでは私には届きはしない……」


 脳裏に浮かぶのは『微睡の矛』の顔、そしてアルバート様の言葉。


 それでも尚、私の天秤は傾いたまま、動く事は無かった。


「すま、ない……」


 私は至らない自らの力を悔いながら、二度と帰る事の無い闇の中へと堕ちていった。


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