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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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天上の意思を知る者達 その4 『半人半魔と天を名乗る者』

 

 天雷が厚い雲の中で蠢く音に耳を澄ませつつ、稲光に世界が一瞬明滅する。闇夜を引き裂くような光に世界が満たされる中、私の魔力感知には息が詰まる程の圧力を放つ人外の生物が一際目立って見えていた。


 圧倒的な存在感を放つ怪物を相手取り、私は魔力を全身に張り巡らせると共に、無詠唱による魔法術式の構築を怠らず、一挙手一投足に反応出来る様、ただひたすら敵を見据えていた。気が付けば、研ぎ澄まされた魔力によって視界は昼間のような明るさを帯び、半径百メートル以内の地形、生物、その全てを事細かに認識し、見渡していた。


「お前達は何者だ」


 私の短い呼びかけに二人は狂ったように笑い出した。その声は怖気を催す甲高さであり、人間にとって本能的に敵意と嫌悪を抱かせるものであった。

 

 青白い肌の色は血管が浮き出ており、その皮膚の一部は無機物かのように灰褐色掛かった色味を帯びている。地上に足を付ける事はなく、宙に浮いているのはその放たれる魔力の強さ故か、ただの魔力が術式を通さずに周囲に影響を与える様は、私に緊張を走らせるに足るものであった。


『半人半魔の出来損ないは我々天族の存在を知らぬと見える。魔族を殺す為に生まれし我々の存在を!』


 化物は言い放つ。自らの存在を誇示するように、魔族に対する明確な敵対者として己の存在を高らかに宣言するように。


『仰ぎ見るべき天を知りながら、七大聖天が一人、天族のエルアゴールの実在を知らぬ哀れな木偶か。それであれば下す結末は凄惨な死しかあり得ないでしょう』


 エルアゴールと名乗った『天族』は私を嘲笑いながらも、体内を巡る膨大な魔力の質は一切隙を見せていない。


「……人を超えた存在がなぜルーネリアを狙う? 教皇派の内紛等に手を貸して何が目的だ。彼女の予知能力が目的なのか?」


『人はほとほと無知蒙昧であると見える。己の身に何が起こったかも判らぬ哀れで無力な獣擬きよ。貴様は所詮は人造の獣。魔に連なりながら何も知らぬ、気付くことも出来ぬ。魔と天と冥府の連なりも、人族の愚かさにすらも』


 私はエルアゴールが言っていることの半分も理解する事が出来なかった。しかし、その場において少なくともこれ以上の会話は無駄である事は理解出来、私は既に取り終えた臨戦態勢を強固な物とすべく動きを見せる。そしてそれはエルアゴールも同じ考えであった様である。


『人の手で造られし獣よ、その肉体から解き放たれ、等しくエーテルの底へと還るが良い』


 急速に膨張する魔力の圧力を感知し、私は身構えつつも、エルアゴールの僅かな動きを欠片も見逃さんと魔力の密度を高めて見せる。


 来る、と殺気を認識した瞬間、男の顔をオブジェのように覗かせるエルアゴールの半身は先程迄とは比べものにならない速度で魔法構築を完成させ抗力を発動させた。その速度は圧倒的であり、私の知覚を凌駕し眼前に肉薄する。警戒の裏を掻く速攻に完全に虚を突かれた格好となった。


(詠唱待機かッ!!)


 それは魔法術式構築を一から行ない魔法抗力を発揮させたのでは無く、エルアゴールが既に完成させ、待機させていた魔法を解き放ち即時に抗力が発揮される物であった。私も戦闘時に用いる常套手段であったが、エルアゴールの膨大な魔力に覆い隠される形で既に待機されていた魔法術式の構築を私は感知する事が出来ずにいた。


(くっ、間に合わない……!!)


 魔法抗力に発揮は一瞬であり、虚を突かれた私がその魔力の流れ、威力、性質を読み切るよりも早く、エルアゴールの白き翼から、天地を揺るがす雷撃が無数に産み出された。


 雷撃は他者の一切の介在を許さない撃滅の閃光となって私に避ける間も与えずに降り注いだ。耳を劈く爆音は、生物の断末魔のようであり、魔法障壁に阻まれて拡散する雷撃の余波が周囲に存在するあらゆる物質と共に弾けては轟音を立てて唸り続けている。


 降り注ぎ続ける閃光の一撃一撃が大地を穿ち、瞬時に地形を変えて行く様を横目に見ながら、幾度となく魔法障壁に直撃する雷撃の奔流に私は意識を集中し、その衝撃と熱量に視界が歪む様を見据え、歯を食い縛りながら堪えていた。


 明滅と爆発、走る紫電が視界を歪ませる。エルアゴールは連続した魔法術式の詠唱を止める事はなく、天を切り裂く雷光は大地を捲り上げるようにして穿たれ続けている。


「うおおぉぉおおおおおッッ――――!!!!」


 私は気圧される魔力障壁へと魔力を込める傍ら、長剣を引き抜き、四肢に魔力を込めて強引にその場からエルアゴールに対し突貫を開始する。それは無謀な突撃であるが、その場に縫い留められ続けていては勝機が無い事は疑いようの無い事実。それであればと肉体強化と合わせ、距離を殺す事でエルアゴールに対し至近距離戦を挑み、僅かなりとも隙を作り出す為の試みであった。


『あはははは、愚か愚か愚か愚か!!!!雷撃に呑まれ塵と消えなさい!!』


 それでも尚、容赦ない魔法が私目掛けて連続で射出され続けていた。底無しと思わせるエルアゴールの魔力量から発揮され続ける魔法抗力に対し、私は元から発揮していた魔力障壁に込める魔力の密度を更に高める事で、何とか耐え凌ぎ続けていたが、遅々として距離を詰める事が出来ず、逆に足元の地面から吹き飛ばされ、地面を転がされてしまう恰好となった。


(これは……不味いな……)


 間断無く降り注ぐ雷撃に私自身が持ちうる魔力は徐々に擦り減らされ、このままでは魔力の底が尽きる事は明白であった。それは人としてのラクロアという魔術師の限界で有るとも言えた。


 エルアゴールが何者であるのか、何故この場に現れたのか、幾つもの疑問が脳裏を駆け巡ると共に、そうした因果関係を考える事も、人の領域を超えた存在が力を振るうこの一瞬においては完全に無意味であると妙に冷静に理解が及んだ。


 人は、人を超えた存在の前には無力でしかなかった。


「そうか、此処までか」


 私は己を圧殺しかねない猛攻を眼前に感じながら、自分の中で何処か感情が冷えるのを感じていた。


 トリポリ村を出て、ロシュタルトに至り、冒険者として龍を殺し、そして人々に受け入れられた自分自身の姿は決して悪くは無いと感じていた。それは、トリポリ村以外にも私の居場所が存在するかのような錯覚を私に抱かせるに十分な経験であった。もしも自分がただの人間であったなら、このスペリオーラ大陸を隅々まで旅をしながら、安らぎを得る場所を見つける事もできたのかも知れなかった。


 だが、それは恐らく無理なのだろう。


 目の前の化物が魔族を赦さぬと言うように、スペリオーラ大陸において魔族は敵であると定められていた。人々の笑顔の裏に潜む敵愾心を受けずにいられたのは、私があくまでも素性の知れぬ人間として捉えられていたからに他ならない。それを心のどこかで私は理解していた。それ故にノクタスの助言の通りに力を抑える事を自らに枷を課していた。しかしそれは人の領域であればこそ通用するものであり、人の領域を超えた者との対峙は、やはり人を超えなければたどり着く事の出来ない場所であった。


「それであれば、私は()()()()貴様の前に立たなければならないという訳か……」


 外界に満ちるエーテルが雪崩れ込み、魔翼を通して魔力(マナ)へと変換されて行く。それに気が付いたのか、エルアゴールは私を見て喜悦を浮かべて見せた。


『なるほど、それがお前の本来の姿という訳か……嬉しいぞ人造の獣よ、そうだお前はまさしく魔族の化身、我々が打ち斃すべき敵に他ならないのだ。そしてそのまま死ぬがいい!』


 それは私自身が箍を外した事に他ならず、同時に一つの確信を持って、目の前に立ちはだかる私にとっての死の傀儡を見据え、冷静な分析に努めていた。


 それは自身の経験を振り返り、彼我の力量差を測る事に外ならなかった。


 奴の魔法構築はノクタスよりも速いだろうかと。


 奴の戦力はシドナイよりも高いものだろうかと。


 仮に、何れも違うというのであれば、私がエルアゴールに勝てない事があるのだろうかと。


「それは……有り得ない!!」


 私は魔力障壁へと再び魔力を注ぎ込み、崩れ落ちそうになる膝を確りと支え、エルアゴールの魔法攻撃を徐々に押し返し、完全に立ち上がると同時にローブの内側へ押し留めていた魔翼結晶体を身体の周囲を覆う様に放射状に展開させた。


 魔翼の封印、それは人間として扮する為には必要な物であると考えていたが、しかしその考えは人界であれば魔翼が無くとも上手くやれるだけの実力があると思い込んだ私自身の驕りの象徴でもあった。


 魔翼とは、私が人とは違う一面を持つという象徴であり、人外の領域で戦う為の手段であり、そしてそれは本来の私自身の姿であった。


 これまで解放する事無く待機していた魔翼が魔力を精製する為に周囲に存在するエーテルを在らん限り掻き集め出し、濃縮し、魔力へと還元を始めて行く。場に存在するエーテルから迸る感情の塵芥が魔翼を通し、魂を通り過ぎてゆく。その度に数十に上る結晶体が俄かにその深緑を煌めかせ、意思を持つかの様にエルアゴールと名乗った天族へと向けて狙いを定め、今にもはち切れんばかりに魔力を膨張させ始めていた。


 濃密な魔力の膨張を具に感じ取ったのか、エルアゴールはより一層の警戒感を露わにし、私を見据え始める。


『存外やるではないか、人造の獣よ。だが我々に届くことは無いと知るが良い!!』


 私が見せる反撃の構えに対し、男顔のエルアゴールの半身は魔力の濃度を高め、物量で押し潰さんと天を貫く雷撃を連続照射し、私を地面に縫い止め続けていた。


 それに対して女顔の半身が気色に悪い笑い声を上げると共に高速での魔法詠唱を開始した。魔翼を用いた魔力感知を通して知り得るエルアゴールの魔法構築術式の規模に、私は反撃を取る為に即座に魔力を集中し無詠唱魔法を構築せしめる。そこには既に意識と魔法構築の誤差は存在せず、魔力は全て自分の身体と同じように縦横無尽に機能を果たし始めていた。


『あははははははは、天上の意思を知らぬ愚かなる獣よ。業火に焼かれ死に絶えるが良い。死の鉄槌を、死の救済を、煉獄の窯が開く音を聴け』


 膨れ上がる魔力抗力の気配は天上を貫く一本の炎柱として上空に顕現した。広範囲に渡る殲滅型の魔法構築術式の発動、それは射出される前に対象に対して魔力的な照準を定め、座標を確定して発動する類の魔法術式であった。


 迸る魔力が天空を貫き、厚い雲を穿ち、太陽と見紛う程の熱量が収束すると共に極大の熱光線へと変貌を遂げんとする。魔力抗力が発揮されずとも、集中する魔力が瞬時に水分を蒸発させ、夜を溶かし、古戦場を灼熱地獄に変える威力が込められている事を肌で感じ、私は自分が今、死線上の只中にいる事を認識する。


 いつ振り落とされるか分からぬ獄炎の一撃の構築の傍らでエルアゴールは無駄のない洗練された魔力操作を以て相も変わらずに雷撃を繰り出し続け、私の動きを牽制し続ける。しかし、その一撃一撃に対しては既に魔翼の力を以て対抗を示し迎撃を開始していた。


 数十対の翡翠の結晶体が闇夜に飛翔し、肉体を消し飛ばす速度でエルアゴールへと殺到し続ける。雷撃を相殺し、僅かな隙が生まれれば容赦ない牙となり敵を食い破らんと意思を持った獣のように荒れ狂い続ける。


『魔翼、なるほど厄介なものであるが、それ以上でも以下でもない。我が魔法術式はここに完成する……。見るがいい――ケイオスインフェルノ――』


 エルアゴールの魔法術式(ケイオスインフェルノ)が放たれる一瞬前、男顔の半身が放ち続けていた四方から迫り続ける雷撃魔法の一撃一撃の重さに魔法障壁が幾度となく音を立てて震えながらも、私は既に構築を完全に終え、抗力の発揮を待機させていた魔法術式をエルアゴールの右半身目掛け狙いを定め続けていた。


 私を封じ込めながらその傍らで魔法術式を完成させる為にエルアゴールは同時並行で三つの魔力操作を行う必要があったが、照準を確定させるその間際、エルアゴールが指向性を加える魔力操作が僅かに止まるその一瞬を私が見逃す事は有り得なかった。


 それは全身にオドとマナを駆け巡らせる事でしか得られない人外の感知能力。それは人間では到底及ぶ事の無い世界であり、視界も、音も、匂いも、全てが明確になると共に感覚は緩やかに流れて行く。


 それは私に与えられた認識の猶予、それは一瞬にも満たない刹那の時間。しかし、エルアゴールが放ち続けていた雷撃の魔法術式が中断される間隙に私の魔法術式を捻じ込む事など、今の私にとっては造作もない事であった。


 そして、それは師から賜りし魔法術式の練り上げられた技術との融合によって最大限の効果を発揮するものであった。私が選んだのは、如何に速く、如何に正確に、如何に敵を制圧するのかに特化した、()()()()()()作り出された魔法術式であった。


『フェルドバースト』


 発動と抗力の発揮に一切のズレ無く炸裂した閃光爆破魔法(フェルドバースト)は強かにエルアゴールを撃ち抜き、けたたましい爆発音と共に右肩から胸を完全に削ぎ落とし、同時に女顔の半身が詠唱担当をしていたケイオスインフェルノの最終制御の阻害に成功していた。


『馬鹿な!? 貴様如きの魔法術式がこの身を削るだと!?』


 ケイオスインフェルノは抗力発揮間際に指向性が消え去った為に、天上から飛来する極大の火柱は、私の数百メートル後方に逸れ、明滅と共に青々と背丈の低い草々が広がる草原一帯を地獄の業火によって容赦無く薙ぎ払った。


 そして、それは奇しくも攻守の交代を告げる一撃となる。


『我が半身よ、修復と共に魔法構築を再開せよ!!』


 明らかな焦りの声と共に実行される肉体の再修復。それは他の魔力操作と並行することの出来ない程にい精緻な魔力操作を必要とし、同時に魔力を大量に消費する、戦闘において致命的な行為に他ならない。


 そして、それを許す私では無い。


「遅い!!」


 エルアゴールの動きよりも速く、待っていたと言わんばかりに数十に散らばる魔力を吸い上げた魔力の結晶体が一斉にエルアゴールへと再度射出された。咄嗟にエルアゴールが展開した魔力障壁を食い破り、その身体を容赦なく抉り、削り、刺し穿った。


『おおおおおおおお、我々の身体が、奪われてゆく……!!』


 絶叫と共に、瞬く間にエルアゴールの身体は既に原型を留めない程に解体されて行く。私が悠々と近付く頃には、二人は既に瀕死と言った体であった。


『馬鹿な……貴様のような出来損ない如きに天上の存在である我々が遅れを取るなど……』


『あり得ないわ、こんな事、人如きが我々を超える事等あり得ないわ……』


 自らの身体を修復させようと試みるエルアゴールの全身を魔力感知によって隈無く探り、生命活動の源となっている核の存在を私は感知していた。


「お前達の目的は知らないが、少なくとも今ここで生かすのは私達にとって危険と見た。悪いが今すぐに消えてくれ。そして冥府にてその罪科を嘆き続けるが良い」


 振り落とした魔翼は寸分違わずに鳩尾付近に位置していたエルアゴールの核を抉り、完全に破壊する事に成功した。それと同時に身体に留まっていた魔力が霧散し、急速にエーテルへと還元されて行き、暫くすると光の粒となって身体自体が完全に消えて無くなった。


 どっ、と押し寄せる疲労感と、魔翼が取り込んだ凄まじい量のエーテルに若干の目眩を覚えつつ、気怠い身体を引きずりながら、私は廃城で戦う皆の下へと急いだ。


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