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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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天上の意思を知る者達 その3 『アイゼンヒル・ゲルンシュタット』


「てめえ、最初からこっちを認識していやがったな。何のつもりだ」


 騎士は魔力を静かに全身に漲らせ、フルフェイスの兜越しにも良く通る声で俺に応えた。


「何、我々は天上の使徒なれば。客人をもてなす程度の礼儀は弁えていると言うことだ」


「天上の使徒とは御大層に……、頭に蛆でも湧いてんのか?」


「貴様も見たであろう、あの神々しき存在を。あれを神と呼ばずに何とするのだ。天上の方々を認めぬ王等、この世に存在してはならぬ」


 先程目にした超常の存在。ラクロアが言うがままに彼に相手を託したが果たして、彼一人で潜り抜ける事が出来るかどうか。存在を視認した瞬間に全身を駆け巡った師の予感、あの感覚が正しいのであればアルバートを救出しても尚、城内にいる騎士や魔術師とは比べ物にならない存在を相手にする必要性があるかも知れなかった。


「はっ、まじで言ってんのかあんた。ありゃ、ただの化物だぜ」


 冷気。


 大理石が敷き詰められた広間の気温が数度下がったような、冷やりとした、突き刺すような殺気が容赦なく俺の身体を貫いていた。目の前の男から放たれる殺気と圧力は本物のそれであった。


「神を理解せぬ輩に慈悲は無い。その首だけを置いてい行け。七大聖天が一翼エルアゴール様に忠誠を誓いし天上の使徒が末席、ルクイッド・ザルカルナス推して参る」


 ルクイッド・ザルカルナス。その名前には覚えがあった。二十年以上も昔、近衛騎士に名を連ねていた者の名であり、剣聖にすらなり得る人物であったとかつては名高い人物であった。


 口上と共に抜剣する姿は紛う事なき騎士の姿で有り、流麗な動きによって、交わさずとも伝わる技量が見て取れた。それ故に俺は目の前の男を理解する事が出来なかった。


 忠誠とは信仰では無く、あくまでも自らに委ねられた自由である筈が、強大な存在の傘に入り、彼が何か重要なものを見失っているような違和感を覚えていた。


「……近衛騎士にまで成った程の人物が何故、聖堂国教会の内紛に手を貸す?」


「くっくっく……世の成り立ちを知らぬか若い騎士よ。私に勝つ事が出来たなら、教えてやろう。だが、それは無理と言うものであるがな」


 これ以上の言葉は不要と、ルクイッドは身の震えるような殺意を隠す事をしなかった。俺もまた、これ以上の問答は不要であった。必要であれば、力で道をこじ開ける。それもまた騎士の役割なのだから。


「人理に伏して尚大地を翔るが天命の楔と知るが良い、辺境騎士が一人アイゼンヒル・ゲルンシュタット、参る!!」


 魔槍を構え、ルクイッドの間合いの外から愚直な迄に直線的な一突きを放つと、青眼に構えたルクイッドは、腰を深く落とすと同時に難なくその長剣を振い火花を散らしながら一撃をいなして見せた。


 それであればと、体制を入れ替えながら滑る様に槍を振い、下段のなぎ払いから更に変化を加えて跳ね上げる連携を次々と繰り出すが、ルクイッドは足捌きと体の入れ替えを隙なく行い、難なく攻撃を避け続けていた。青眼に構えるルクイッドは常に間隙に狙いを済ましており、間合いを押しつぶす瞬間を狙っていた。


「その闘気からは想像出来ぬ繊細さだな、アイゼンヒルよ。来ないのであれば私から行かせて貰う」


 ルクイッドから放たれる魔力が膨れ上がると共に、ルクイッドは腰を深く落とし、そこから目にもとまらぬ速度で長剣を振り抜き、完全な間合い外から三方向へと延びる魔力を乗せた斬撃波を放った。


(魔剣の能力……ッ!!)


 強力な一撃にフロアを埋め尽くす大理石は瞬時にめくり上がり、減衰する事なく眼前まで瞬時に到達する一撃であった。だが、発動を感知すると同時に魔力操作によって同等の魔力を込めた槍の一振りによって斬撃波を正面から打ち払って見せた。


「舐めるんじゃねえ」


「ほう、では連続ではどうかな?」


 間断無く高速で振るわれる連撃の一撃一撃を俺は全て薙ぎ払い、一切の攻撃を無力化して見せた。


 その刹那、ルクイッドが一気に間合いを詰め、手に持つ長剣を容赦なく袈裟斬りに振い始めた。


 一合、二合、剣と槍が衝突すると同時にルクイッドの剣線から魔力を伴った斬撃波が放出され、防具によって守られない箇所が強かに引き裂かれた。


 刃物で斬られるのと同じ、熱が奔ったかの様な痛み。顔を顰める暇もなくルクイッドから繰り出される連撃に対応するために魔力操作によって肉体の強化を行い、斬撃波を防ぐ為に意識を割かざるを得なかった。


 合わせ、いなし、躱し、薙ぎ、突き、蹴り、それでも尚肉薄するルクイッドを引き剥がせずに悪戯に斬り合いが進み続ける。


 ルクイッドの騎士としての実力は確かであり、獲物の差が有りながらも拮抗する戦いに若干の苛立ちを感じながらも、目の前に迫る死神の一撃を捌き、反撃を試みる事既に八度、一息つく様にルクイッドは間合いから離れ再び青眼に構えると、何がおかしいのか突如として笑い出した。


「くくくく……、おかしなものだな。私は近衞騎士になった身であるが、今ではたかが辺境騎士一人と拮抗する程に衰えを見せている。だが、あの御方どうだ、老いを持たぬ天上の存在であれば、肉体の衰え等と言うつまらぬ現象に一憂することもあるまい……。貴様は今はまだわかるまい、技量、肉体共にまだまだ成長する時間があるのだから。だが、それ故に不憫でもある、このまま続ければ私がお前を殺す事となるだろう……どうだ、今からでも鞍替えせぬか? 神を信じるのであれば、貴様はより高みを目指す事が出来るであろう」


「お前は騎士としての忠義は何処にある? それだけの実力であればこそ、近衛騎士になったのではなかったのか? 国に対する忠義は何処に消えた?」


 ルクイッドは途端に口を閉じ、再び冷淡な声で応えた。


「忠義なぞ、クソの役も立たぬ妄言よ。国家という虚構に仕えることの無意味さ、己を高めたところで振るうことのできぬ在り方に意味などない。私は私が積みあげた全てをこの国の為に費やしたが、それは何も産み出す事は無かった。そこに在ったのは停滞と言う名の管理された世界のみ……辺境騎士の貴様には何もわかるまい。魔族を滅ぼす為に鍛えた我々の技術が年を経るごとに失われてゆく無力さを……それ故に私はこの道を選んだ!」


「……忠義無き騎士の末路がお前という事か」


 思い浮かんだのはルーネリアの朗らかな笑顔。隔絶した才能が故に己の人生をその才覚に奪われる少女。年端も行かぬ少女が背負うには重すぎる運命、それでも尚彼女は前を向き、己の運命と向き合い、いつ果てるとも知れぬ運命と向き合っている。


 サンデルス伯爵は後ろ盾のない俺を快く迎えてくれた。確かに彼はその恩義に応えるだけの人物であるが、その情けでルーネリアに仕えている訳ではない。全てを受け入れても尚、未来を夢見るあの瞳を護りたいと願った。その為の槍であれと己に言い聞かせて来た。それは誰に求められた訳でも無く己の情動に従ったまでの事。それであれば、それでこそあれば、騎士として、誰かを護る者としてその様な在り方を見過ごすわけにも、看過する訳にも行かない。


 俺はゆっくりと前傾姿勢へと移行し、槍をルクイッドへ向けながら応えた。


「俺の忠誠は今は雌伏の時を過ごされる御方へと捧げられている。それは強制でもなく、信心でも無く、俺の意思で俺自身が決めた事だ。それを簡単に捻じ曲げられるほど俺は落ちぶれちゃいない」


 全身を巡る魔力、それを一つの目的の為に集約する。魔槍ベルサーガはその魔力に応える様に魔法術式を展開させ、目の前の敵を殲滅する為に本来の姿を開帳する。紫電が槍に纏い、魔力が迸る姿、全ての敵を殲滅する為の武器で有り、相棒で有り、兵器であった。


「贖い、恐れ、捻転し、吼え散らかせ。ベルサーガ!!」


 詠唱と共に魔槍の名を叫んだ瞬間、全身を流れる魔力が加速的に増大した。極限まで強化された肉体から眺める世界は、まるで時間が圧縮されたかの様に緩慢であり、この世に存在する全てを置き去りにする感覚。


「行くぞルクイッド。てめえの無力さを噛み締めろ」


 構え、大地を蹴り、ただ突きを放つ。


 魔槍ベルサーガの魔法術式の展開を経れば、それすらも必殺の一撃へと変換される。


 緩慢に進む世界。ルクイッドの一挙手一投足、その全てを俺は我が事の如く瞬時に掌握していた。瞬く間も与えずに超高速で繰り出した一撃を前に、ルクイッドは一切の反応が間に合わず、防御の為に動こうとするその身体反応の僅かな起こりを感知した時には、切先は既にルクイッドが纏うフルプレートの鎧に到達し、その外装を紫電を発する魔槍が容赦なく引き剥がし、一瞬にして肉体を穿ち始めていた。


「馬鹿な、貴様ッ!?」


「遅えッッ!!」


 ルクイッドは己の肉体を襲う目の前の脅威に全身に魔力を張り巡らせ、魔槍の一撃を防ごうと集中させるが、ベルサーガが纏う紫電の一撃により発動前の魔法構築を易々と掻き消し、魔槍の一撃は容赦無くルクイッドの身体を貫通せしめた。


「がぁ……あがっ……」


 ごぽっ、という水っぽい呼吸音と共にルクイッドはフルフェイスの兜から吐血を滴らせつつも、俺を見据えていた。


「なるほど……貴様、神に仇為す者の類であったか。ランカスターが鍛造せし一槍か、我が紛い物とは違うか……間近で見るとは思わなんだ」


「死ぬ前に答えろ。あの化物は何なんだ? この内紛には騎士団が絡んでいるのか?」


「ふふふ……彼の方々は天族の御方、人智を超えた天上の御方よ……。私達は近衞騎士の影、魔族に挑みし者達の執念……だが、影であればそれらしく消えるとしよう……」


 ルクイッドはそう言い残すと共に事切れた。


 魔槍の開放を解くと同時に凄まじい疲労感が身体を襲うが、『微睡の矛』とキリシア、『白銀』の三人が来るまでこの場を死守すると決めた以上、ここで意識を失う訳には行かなかった。


「近衛騎士が国教会の内紛に絡んでいる、一体何のために……」


 ルクイッドとの戦闘に反応した城内の魔術師がこちらへと向かって来ているのを肌で感じていた。今は裏を考えている場合ではないのは確かであった。


「いいぜ、全員俺が屠ってやろうじゃねえか」


 槍を握る手に力を込め、再び身体を奮い起こし自らを鼓舞した。未だ隔絶した存在と相対し続けるラクロアの姿を思い描いて。

 


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