天上の意思を知る者達 その2 『キリシア・ペトルノーレ』
フレイア・サンデルス様に拾われ、はや十五年。気がつけばその落とし子であるルーネリア様に仕える年月の方が長くなり始めていた。
特殊な力を持って生まれた事をルーネリア様は隠しながら生きながらえてきた。本来魔眼は生来的に発現する能力であり、それを隠し通すという行為は、生まれたばかりの乳飲児が行って良い諸行ではない。その身に二つの魂が宿る事によって生み出された偶然の産物。全ては神の為させる技なのか、それともノエラ・ラクタリスという当代切っての魔術師による企みなのか――思索に耽るも、結論として導き出される事はいつも同じであった。そんな事は私にとってはどうでも良い因果関係でしかない。
私はフレイア様から託された通りにルーネリア様を護る。それが魔術師として取り立てられた身としてキリシア・ペトルノーレが果たすべき役目であった。
しかし、ルーネリア様が持つ力は常に彼女を取り巻く環境を一変させる。私とて彼女の力の片鱗を知るまで信じる事が出来なかったのだから、他者からしてみれば尚一層のことであるのは間違いない。
自身の父親に牙を剥く事をルーネリア様は理解していながらに抗っている。教皇派が台頭するという事は即ち、ゼントディール様が裏で糸を引いている事に外ならない。魔眼の力をルーネリア様が持つと知った以上、次回の教皇叙任権を巡る闘争の中にルーネリア様を巻き込む事は必須。それは即ち、カルサルド国王陛下へ名実共に弓を引く行為に他ならない。
ゼントディール様の動きに気が付いたルーネリア様がタルガマリア領から姿を眩ませたのは、その教皇派の裏に存在する何者かの動きに気が付いたからであった。その裏で蠢く者達が一体何者なのか、ルーネリア様は恐らく気が付いていた。それ故に彼を、白銀の魔術師を求めロシュタルトに至ったに違いなかった。
それほどの人材がどうしてロシュタルトなどと言う最果ての辺境に居ると言うのか、私には理解が及ばなかったが、ルーネリア様の予言通りに彼は現れた。銀髪碧眼、そして対照的な黒のローブに身を纏い、その底知れぬ実力をひけらかすでもなく、年齢に似合わぬ泰然自若とした様子を見せていた。
ルーネリア様が選んだ白銀の魔術師と呼ばれる中級冒険者の存在はこれまでの魔術師としての常識を覆す存在であるのは間違いなかった。私が研鑽の果てに手に入れた魔法技術、それを凌駕する程の能力を若干十歳という年齢で身に付ける事が本当に可能なのか……そんな疑問が脳裏を過ったが、確かに天才等世の中には腐るほど存在するの事実である。しかし、重要な事はそんなところには存在しない。彼が何故、ルーネリア様に選ばれたのか、その理由が重要であった。
彼が何者なのか、どうしてルーネリア様が選んだのか、彼と出会ってからも未だそれを推し量る事は出来ずにいたが、教皇派と事を構える、この段階に来て漸く理解に至った。
彼は、この化物を倒すために選ばれたのだと。
胸中に抱いたのは恐怖と羨望、そしてルーネリアの意向に殉じる為の改めての決意。その感情がアイゼンヒルと歩調を乱さずに身体を動かす事が出来た要因に他ならない。例えそれが人外の化物であったとしても。
「気後れしている場合ではありませんね」
「そういう事だ。奴はラクロアに任せればいい、俺達は手筈通り内部の魔術師と騎士を殺る」
私は魔術師の魔力感知を阻害する術式を唱えつつ、合流を見せる『白銀』の三名とアイゼンヒルと共に廃城の内部を目指した。
◇
廃城内は濃密な死の匂いがしていた。
ラクロアによる狙撃魔法を合図に城内の魔術師と騎士を殲滅し、アルバートを救い出す算段であったが、それも瓦解した以上、決死の突破を図らざるを得なかった。
そう言った意味で、潜入から地下への踏破を敵に気づかれるよりも早く実行する必要に迫られ、移動も自ずと足早にならざるを得なかった。キリシアがこの程度ついてこれる事は理解していたが、実際のところ『白銀』の三人は良く俺の動きについて来ていると言ってよかった。
廃城と言えど、その城としての機能は保持され、想像以上に外観も保たれている。その為に侵入可能な経路は限られており、加えて見張りの魔術師が行う魔力感知による探知も警戒が必要であった。その点はキリシアの感知疎外術式によって担保を取るしかない。
草原を直進し、魔力感知には可能な限り引っかかる事の無い様に、魔力を瞳に集中しつつ、抜け道を探る。
ヴァリス達『微睡の矛』から予め与えられていた情報に基づき、程なくして彼等に示された経路を確保することが出来た。
「行くぞ」
先陣を切る形で一部崩落しかかった外壁に取り付き、一足飛びにその壁を超え、三角柱の屋根を持つ見張り台へと移動する事が、橋頭保を確保する。瓦礫に身を隠しながら魔力感知とは違う、五感を使用した独自の感覚検知により内部を見渡すと、広い城内に確かな人の気配とでも言うべき生命の息遣いを感じる事が出来た。勿論全ての人間の気配を探る事は叶わないもののお、騎士としての直感とでも言えばいいのか、敵がいるであろう大凡の位置把握は可能であった。
突入に向けて四人へと合図を送る。
「城内の地下へと続く広間に二人の生命反応がある。俺が二人を始末する間にお前達は広間を抜けて地下でヴァリス達と合流しろ。恐らく地下には騎士と魔術師がペアで居る筈だ。俺は広間を死守する事になる」
四人人は俺の目を見つめて頷いた。その目に恐怖は無く、今の自分が出来ることを最大限に果たすという強い意志が宿っていた。
「いくぞ!」
見張り台から屋根伝いに進み、広間へと続く天窓から飛び降りると同時に、広間に立ちはだかる二人の魔術師を見据えた瞬間、手に持った魔槍を空中から渾身を以て投擲を行い、簡易の魔力操作により一投の元に二人を穿ち殺傷せしめた。
「先に行きますよ!」
着地と同時に『白銀』の一人であるスオウがこちらに一瞥を寄越し、他の三人を伴いそのまま地下へと進んで行った。
壁に突き刺さった魔槍を魔力操作によって手繰り寄せ、自らの手に納めると、タイミングを見計らっていたかの様に漆黒の鎧に身を包んだ一人の騎士が広間の柱の影から姿を現した。
(ミスリル鋼の鎧……、魔装では無いようだが、あの腰に携えるのは魔剣の一振りか)
ゆらり、と蠢く影のように音もなくその騎士は俺に相対する。その足取り一つとっても並みでない事が理解できる。修練によって積み重ねてきた者である事に違いは無かった。