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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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天上の意思を知る者達 その1 『進む者達』

 

 ザンクを宿に残し、ルーネリアを伴った我々はヴァリスの先導に従ってガイゼルダナンから二十キロメートルと離れていない、嘗ては古戦場として使用された平野をひた進み、廃城を目指していた。


 ところどころ地面は抉れ、大きな亀裂を幾つも臨む大地は内戦の跡をありありと残し、その傷跡を後世へと伝える役割を担っていた。そのせいか、過去にこの近辺を治めていた辺境伯が政変と共に家が断絶してからは、誰の手が入る訳でもなく放置される政治上の空白地帯と化していた。


 小雨の降る中、視界はある程度十分に確保できつつも、雲が掛かる闇夜は暗く、我々が行軍するには最適な条件下であると言えた。魔力感知の警戒網に気を張り巡らせつつ、我々は無言のままに進む傍ら、私は自身が置かれている状況について再び考えを巡らせていた。


 『微睡の矛』が先頭を進むに任せ、私はアイゼンヒルにルーネリアの持つ魔眼の能力について改めて私自身の推測も含め話を聞く事とした。


「未来視、若しくはそれに近い結果予測それがルーネリアの能力という訳ですよね」


 私が不意にアイゼンヒルへと質問投げかけると、彼はしかめ面をしつつも観念した様であった。


「俺はそれについては首を突っ込むなと言ったはずだがな……最早、お前達の安全について保証は出来んぞ。その情報は俺達にとっては虎の子の情報であり、お嬢に対する危険度を悪戯に上げる物だからな。この一件がひと段落ついた後に、俺がお前の寝首を掻かないとも限らねえぞ?」


 半分本気、そのような雰囲気であるが故に私は笑みを浮かべながらもう一歩踏み込んだ質問をする事を止めなかった。そもそも、情報流出を恐れるのであれば私達を護衛として任務に付けた事自体が誤りでしかないのだ。


「はは、よく言うね。僕達に目を付けたのもそもそもが彼女の予知ありきだったんじゃ無いのかい?」


 ジロリとアイゼンヒルは若干血走った視線を私へと向け感情を隠す素振りは無かった。


「察しが良すぎるのは時に己の寿命を削る事になるぞ」


 その言葉は最早答えと言って差し支えは無かった。ルーネリアは何等かの理由で『白銀』に目を付けた。恐らくは私が『魔翼』を持つ者である事にも察しがついているのだろう。けれど、恐らくはそれをアイゼンヒルは知らされていない。恐らくはキリシアもまた同様の様子であった。


「僕とて察したくて察しているわけでは無いのだけれどね。都合が良すぎる状況には常に裏があるのが世の常というものだからね」


「はっ、ガキがよく言うぜ。てめえこそ冒険者になった目的は何だ? それだけの力があれば、野良冒険者として浮名が立たなかったこともおかしな話だろうがよ。お前が教皇派では無いにせよ、ただの冒険者として捨て置くには違和感があり過ぎる」


「はははは。皆、人を信用するという気持ちが無いんじゃないかな? 権謀術数、権力闘争に身を置くばかりで純真な心を失っている様に見受けられるね」


「そのうち化けの皮が剥がれない事を祈っているぜ」


 軽口を叩く中で、目視で廃城が遠目に確認できる距離となり、一旦『白銀』とアイゼンヒル並びにキシリアがその場に待機し、『微睡の矛』がルーネリアを連れて廃城へと向かう事となった。


 私は魔力感知を張り巡らせ、常にルーネリアの状態を追跡できるように準備を怠らずに警戒を続けていた。この警戒度合であれば、仮に『微睡の矛』が何等かルーネリアに良からぬ動きを見せたとしても即座に動ける体勢を整えていた。


「ったく、微塵も他人を信用してねえのはてめえだろうが……」


 そんなぼやきを見せながら、ギラついた魔力を全身に巡らせ始めるアイゼンヒルもまた、私と同様に既に臨戦態勢を整えて見せている。


 そんな私達に付き従う形で、スオウ、ザイ、ミチクサが息を潜めながら付き従い、決戦の火蓋が落とされる瞬間を今か今かと待ち構えていた。三人に気負いは見えず、落ち着き払った様子に私は頼もしさを覚えながらも念のために注意喚起を行う。


「三人とも、準備は良いかい? 三人はアイゼンヒルと共に行動しつつ、ルーネリアの確保と『微睡の矛』 の援護を最優先に頼む。まあ、あそこにいるのは準上級者相当の魔術師と騎士だというのだから、命を危険に晒す訓練としては絶好の機会だと考えると、少しは滾るかな?」


 ミチクサは私の煽りを鼻で笑い、そおの全身に静かに巡らせた魔力に確かな自信を覗かせながら私に軽口を叩いて見せる。


「旦那、冗談にしちゃ笑えねえ上に、鼓舞だとしたら質が悪いぜ」


「ラクロア様は少し危機感というものを抱いた方が宜しいのでは無いでしょうか。何であれ、実戦なのですから」


「まあ、ラクロア様が負ける姿が想像できないのも一つの事実、俺達もそれに従うのみだ」


 スオウ、ザイ共にミチクサと同じように流麗な魔力操作を伺わせながら、私の言葉に応えふてぶてしく笑って見せる。


「いい塩梅だね、取り敢えずは、やれるだけの事をやるとしようか」


 廃城の中にまで魔力感知の範囲を広げ、地形の把握と合わせてヴァリス達の動向を探りつつ、彼等がアルバートと邂逅するタイミングを狙っていた。


 ルーネリアが捕虜として連行されている事もあり、廃城は若干の騒めきが見られたが、問題なく『微睡の矛』は城内へと侵入し、ルーネリアをアルバートの幽閉されている城の地下場へと連れて行き始めていた。


 首尾は上々と言ったところ、そろそろアイゼンヒルとキリシア、『白銀』によって廃城へと強襲を開始するタイミングであった。


 そう、そこまでは想定通りであり、極めて順調であったと言えた。


 誰も予期しない、そんなタイミングで、尋常ならざる()()が、来た。


 ぴしり、と空間が歪んだような僅かな違和感の直後、抗いようのない怖気が全身を駆け巡った。

突如として振り切れる危機察知の感覚。耳鳴りに似た撓んだ残響が周囲に広がると共に、全身から汗が噴き出し、肌が粟立ち始めていた。


 感覚が身体反応を見せるよりも早く、刹那の合間に全身全霊を以て自己の魔力を解き放ち、絶対防御を保持するために魔力障壁を構築し、その上で五人に対して私は吠えた。


「皆は全力で廃城へ向かい、ルーネリアとアルバートの救出を頼む。どうやらこいつは僕に用があるらしい。悪いけれど、加勢に行けそうにはなさそうだね」


 自らの存在を誇示するように、他の生物を嘲笑うかのように、冒涜するように、自らが其処に存在する事で他全てを支配するかのような怖気を放つ、浮世に存在すべきでは無い、隔世に存在すべき絶対的存在が醸し出す虚が其処にはあった。


 天上からか、それとも地獄の底か、それは物理法則に囚われる事なく、突如として産み出された空間の裂け目から姿を現した。


 ゆらりと陽炎のように立ち昇った立ち居姿は完全に私を敵として見据えており、奢りも無く、拘りもなく、ただ屹然と、死を運ぶ為に存在していた。


『ほう、人造の獣如きが人の世に迷い現れるとは、業深きなるかな』


『ええ、人の身でありながら天上を脅かそうとする不遜なる穢れと言わざるを得ません』


 二つの声が一つの身体から這いずる様に、神経を逆撫でるかの様に発せられ、私は忌避感を覚えざるを得なかった。


 身体的特徴は人の姿に似ていたが、在り方が魔性を思わせる出立であった。目の前のそれは二つの性を一つの身体に宿し、首から生える頭部の側面には離れる事を許すまいと背中合わせに二つの顔が縫い付けられたかの様に重なっており、本来顔が存在すべき正面はくり抜かれたような窪みと無限に広がるかのような伽藍堂の虚無が存在していた。


 白く乱雑に腰まで伸びる髪には高密度の魔力が内包されており魔石の様に僅かに輝きを放っている。地面から僅かに浮いた足元、繊細な筋肉質の身体とそして背中から飛び出る白き三対の翼からは迸る魔力を感じると共に、私はその冒涜的な存在から他者の存在を許容しない、殺気を感じていた。


 それを間近で見たアイゼンヒルとキリシアは気圧されそうになる身体を気合いによって全力で支え、辛うじて戦闘体勢を取ると共に私を一瞥すると、険しい表情を見せながらも言葉も無く廃城へと駆け出した。遅れる事数秒、全身を硬直させていた、スオウ、ミチクサ、ザイもアイゼンヒルに続きその場を離脱しようとしていた。


「大丈夫、必ず追いつく……行けっ!!」


 三人は意を決して脱兎の如く廃城へ向けて全力疾走を始めたが、その隙を見逃すほど悠長な敵ではない事を私は理解すると同時に、無言のままに高速詠唱を行い、全身に魔力を漲らせ目を見開いた。


 目の前の敵の身体から放出される荒れ狂わんばかりの魔力の流れは明確な意志を持って殲滅を意図しており、廃城尾へと移動する五人を捉えていた。


『はははは、羽虫の如き凡庸さ。我らから逃れる術などは無い。その死を以てその矮小さを償うが良い!!!!』


 その天上の生物が繰り出す魔力の膨張と収縮、そして解放。その刹那の間隙を突き、発動される直前の魔力抗力に対して相反する抗力を持つ魔力障壁を放つ事で完全に出掛りを相殺する。


 魔法抗力が発生せずに、放出された魔力が霧散したのを理解するや否や、顔の一つが可笑しそうに声を上げて嗤った。


『あらあらあらあら、天上の意思を踏み躙るというのね? 獣擬き如きが邪魔立てをするなんて、罪深いと思わないのかしら』


 女の声は嬌声のように艶やかであると同時に、私に底知れぬ生理的な嫌悪感を催させていた。


 睨めつけるように目算する彼我の距離感は二十メートルも無い。緊張を解いた瞬間に首を飛ばされかねない死の化身が其処には存在していた。


(ルーネリア、君が私を選んだ理由が、これか)


 魔族とは違う、けれど人とも違う。にもかかわらずその身に宿すのは魔力(オド)でありながら、人として持ちうる魔力の桁を目の前の超越的な存在は明らかに超越している。


 何故、どうして、という言葉は今は必要ない。ただ、目の前に敵が存在しているという事実だけが現実であった。


 これまでの訓練とも、圧倒的な力量差を持った魔獣討伐とも違う。生命の危機を予感する命の奪い合い、その口火が今にも開かれようとしていた。


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